レイヴスside
分かり合う気も、分かり合えるとも思っていなかった。
オレにとって、ルシスそのものが宿敵であり敵の対象であり、憎悪をぶつける唯一の相手。レギスが死に、残されたノクティスにもその憎悪をぶつけようとした。あの男を負かすことに躍起になっていたからだ。だがそれが無意味であることを、オレはその身をもって知った。左腕を失ったことによりその力の御するに及ばないのは自分であり、指輪の力は単なる力でしかない。王の器にたるに相応しい存在は自分にはないのだとまざまざ思い知らされた。
グラウカ将軍が死んだことにより軍の全権がオレへと移行されオレは将軍職を拝命し、妹のルナフレーナ捜索に全力を注いだ。それこそ王子よりも妹を優先させた。もうオレに残されたたった一人の家族なんだ。たとえ、神薙としての使命を受け入れようとしていたとしても納得できるはずがない。だから見つけたらすぐに確保というなの保護をしてテネブラエから出さないつもりだった。だがルナフレーナの意思は固かった。
周りには悟られることはなかったが、あの宰相、オレのやっていることに気づいている節があった。だからこそ、オレをけしかけるようにあのようなことを言ってきたのだろう。
「君さぁ、そろそろ疲れたでしょ」
「何か」
滅多にすれ違うことのない回廊でオレを出待ちしていたかのように奴から話しかけてきたが、オレは短く答えるだけにとどめた。話しかけるなと言いたいが、立場的に奴の方が上だからな。
「憎む対象がいないってことにさ」
「……」
食えない宰相はオレの心を完全に見抜いていた。だからこそ、下らぬ提案をしてきた。
「じゃあ、新しい皇女様にその憎悪向けて見れば?」
「………馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てるようにそう言い返すと、宰相はわざとらしく眉を上げて驚いて見せた。
「おや?彼女は君の嫌いなルシスの人間のはずだけど」
「……関係ない、オレには」
そうだ。ルシスという括りで見ているわけじゃない。
あの時、オレが助けを求める声を無視して息子を連れて走り去った男が憎いのだ。アイツらが来なければ母上は、……ルナフレーナは…。
取り戻すことのできない過去だからこそ、余計に執着してしまう。
家族という関係が壊れてしまったオレには復讐以外の道など知らないのだ。
その時は、まだ。
※
オレが皇女と初めて会ったのは、皇帝イドラへと謁見する時だ。大層大事に着飾られた姿は滑稽にも思えオレは唇を震わせて忍び笑いをした。あれが、ルシスの王女だった者。
ルシスで邪魔者扱いされ、自分が憎んでいた帝国に拾われて戻ってきて新たな操り人形となった酔狂な女。そう侮蔑を込めた眼差しでオレは新たに担ぎ上げられた皇女を見つめた。
皇女は、生気の抜けきった顔をしていた。
それから暫く日が経ってからだ。それとなく風の噂で皇女が精神的疲労から部屋に閉じこもりがちになっていると聞いた時は、オレは嘲笑い声に出して笑っていた。
「馬鹿な皇女だ」
愚かな娘。自分から赴いておいてこうも分かりやすくど壺にはまるとは。
滑稽と言えば滑稽。だが数日もしない内に皇女は普段通りの生活を始めたと聞けば、随分と適応能力のある皇女だと驚かされたもしたが、すぐにどうでもよくなった。オレとは関わりなどないと思っていたからだ。だが、皇女との邂逅は予想もしない場所で訪れる。
「……ここで何をしている」
薄暗く灯りが灯された人気の少ない回廊内に歴代の皇族の肖像画がずらりと並ぶ様をぼんやりと眺めていた。結われた常人ではありえない銀髪のいかにも皇女らしい装いが随分と板についている。腐っても皇族というわけか。
「………レイヴス将軍、だったかしら」
オレの声に反応するようにゆっくりと顔を向けてまるで待ち構えていたようにも思え、オレは敬う態度など微塵も出さずに声を低くして命令した。
「部屋に戻れ。お前に城内を歩き回る許可は下りていないはずだ」
「まだ、ね。でもいずれ降りるわ。だからいいの」
「……」
なんとあざとい女だろうか。自分の立ち位置をしっかりと把握しての発言にオレは苛立ちを募らせた。イドラの寵愛を受けていることを盾に今後政治にも介入しようと腹積もりあるのか。どちらにせよ不快であるのは間違いなかった。
皇女はオレの不遜な態度を気にした様子もなく、絹のドレスの裾を両手で抓み、皇女らしく優雅に会釈をした。
「初めてではないけれどご挨拶させてもらうわ。レティーシア・エルダーキャプトよ。……貴方ってルナフレーナ嬢のお兄様なのね、シシィから初めて聞いたわ」
「それがどうした」
皇女はオレの答えに両目を細めて口元に手を当てがってクスリと笑った。
「随分と嫌われたものね。……少し、私の質問に答えてもらえるかしら。ねぇ、兄から見て妹ってどんな感じ?」
同じ場にいるだけで不愉快になるというのにオレがその問いに答えるはずがなかった。
「お前に答える義理はない」
すげなく斬り捨てるような答えに皇女は、
「義理はない、ねぇ。『一応』立場的にはノクティスの妹だったのよ。未来の御義姉様について教えてはもらえないの?」
そう皮肉めいた言葉を口にしながらオレと徐々に距離を詰めて近づいてくる。
嗅いだことのない匂いが鼻先を擽る。この匂いは、香水か。
「……今さら知って何になる。お前に」
「別に。知ってどうするつもりもないわ」
素っ気ないいい方をして皇女は一歩、オレに近づいてきた。
「………」
「私が、彼女に嫌悪感を抱いていることは知っていて?」
また皇女はオレに一歩近づく。
「………」
「私は、彼女が苦手。好きじゃないわ。だから彼女が力を使い果たして死んだとしてもなんとも思わない」
「っ!貴様っ」
オレは怒りから剣を抜き、皇女の喉元に突きつけた。ぎりぎりの理性でオレは踏みとどまった。でなければ今頃首と胴体が切り離されていただろう。
皇女は、驚く素振りも欠片ほどみせずに凍てついた瞳でオレを見上げた。
「貴方は妹に死んでほしいと願っているのね。今、私の首を落とせばイドラ皇帝は真っ先に貴方と、貴方の大切な妹を抹殺しにかかるでしょう。私は、この国を統べる者だもの」
「貴様ぁ!」
激昂するオレに、脅してきただろう皇女は「そう。それでも貴方は妹の為に剣を奮うのね」と小馬鹿にするような態度を取った。
「貴様には分かるまいっ!オレ達が、オレがどのようにして家族と引き裂かれたかなどっ」
「知らないわ。だって他人ですもの」
「っ!」
ぷちり、と剣の先が喉の皮膚に食い込んで赤い血が徐々に溢れ出す。
無防備な皇女はそれでも怯む態度は見せなかった。
「でもそうね。私だってみすみす殺されるのは嫌だわ。……一つ、可能性の話をしましょう。もし、私に神薙の力を奪うことができたなら――」
「っ!」
「もし、ルナフレーナ嬢が生きられるなら――貴方は、私に何を捧げる?」
戯言だ。オレを誑かそうとしている。できもしないことをでっち上げ、自分の命救いたさに嘘をついていると感じた。だからオレは怒鳴り返した。そんな、ことができるわけない!と。
「私は、クリスタルに選ばれているわ。まだ指輪の力を得ていないノクトよりも先に扱うことはできる。ちょうどここにもあるしね」
寝耳に水とはこのことだった。レギスはそのようなことは一言も漏らしてはいなかったし、確たる証拠もない。信用する理由がない。
「それにね」
皇女は、己が喉元に食い込んだ剣先に手を伸ばし、あろうことか強く握りしめた。
目を見張るオレの前で皇女は自分の手から零れていく赤い血を気にすることもなく、
「ブリザド」
氷の魔法を唱え、掴んでいる部分から凍らせていった。
パキパキと氷が増殖していく様は素早くオレは本能的に異常な者に恐れをなし、剣の柄から手を離して後ずさりした。皇女は、パッと皮膚が裂けて血だらけの手を開き瞬く間に完全に凍り付いたオレの剣を床に落としわざとらしく謝った。
「あら、使い物にならなくなったわ。ごめんなさい、貴方の武器には別のものを用意させるわ。大丈夫、これくらいいつものことだから貴方が私を傷つけたことは内緒にしてあげる」
そう言って、皇女は次いで「ケアルラ」と唱えると手の平の傷と首元の傷を一気に癒した。また凍らせた剣が落ちた部分から床に氷の増殖が止まらずその辺りを浸食していき周りの部分を凍らせていく。
「それで、話の続きだけど」
靴先で完全に氷の塊となった剣を横に蹴とばすと、皇女はオレとの距離を完全に縮めてきた。身長差で言えば完全にオレが皇女をよりも上だというのに、どうしてだろうか。
皇女の放つ雰囲気に負けてオレは情けなくも膝をついた。いつのまにか、見下ろしていた立場が逆転したオレは皇女に見下ろされていた。少し体を屈ませて顔を近くまで覗き込まれ冷たい指先で顎先をクイッと持ち上げられる。凛とした声がオレの名をフルネームで呼んだ。
「レイヴス・ノックス・フルーレ。―――神薙の血を受け継ぎし者よ」
全身の力を奪われる感覚だった。全神経が目の前の皇女に縫い付けられるように集中させられる。オレの意思とは裏腹に。
抗うことができない圧倒的な力。
抗うことが許されない力の差をまじまじと見せつけられたから圧倒され屈服したというわけじゃない。皇女自身が放つ雰囲気にオレは飲み込まれたんだ。
「答えて。貴方は、私の願いを叶える気は、ある?」
偽りなき答え〈誓い〉を、この皇女は求めている。
だが、手立てがないオレにとって皇女の言葉は藁にも縋るものだった。
「……本当に、可能なのか?」
震える声でそう尋ねた。これほどに弱弱しい声が自分のものなのかとすぐに信じられなかった。
オレは、諦めなくてもいいのか。
「推測の域で確定ではないわ。でも、可能性はある。貴方の愛してやまないルナフレーナ嬢は生きる『可能性』がある」
希望は、あると。
「……」
「貴方は、妹に生きていて欲しいのではないの?」
「生きて欲しいに決まっているっ!」
最愛の家族に死を願う者がいるか?
少なくともオレは違う。ルナフレーナに生きて欲しい。母上の分まで。
その為ならオレはなんだってできる。だからこそオレはこの手を血で染めてきた。
オレの偽りなき答え〈誓い〉に皇女は満足そうに口元に笑みを浮かべた。
「そう。なら誓いなさい。私が彼女を助けたなら、私の願いを叶えると」
「願い?」
「そう。私の、願い」
ニヤリ、と月を描くように口角が上がる。
「その願いとは、なんだ」
皇女は、口元に人差し指をつけて悪戯めいた顔をした。
「今、言ってしまったら叶えてもらえそうにないから、内緒」
「―――」
「答えは出ない?ならば、こうしましょう。私が彼女の命を救えたなら、その時は貴方は私の願いを叶える。これでお相子でしょう?」
正直不可能では、と一瞬そんな考えが頭をよぎった。
だが、それもすぐに払拭される。オレに選択権はないのだ。
「分かった。お前が、もし、ルナフレーナを救えた時オレはお前に力を貸そう。どんな願いでも全力を尽くす」
半信半疑でオレは承諾した。どちらにせよ、力ないオレはあの頑固で真っすぐな妹を救う術を知らなかったのだから。
「そう、約束よ」
皇女は、そういって大勢を戻すとオレに手の甲をスッと差し出した。
敬愛を示す証だが、皇女はそんなもの求めていないだろう。
ただこうすることで、約束を破るなというのなら従うしかない。
「オレの忠誠をお前に捧げる」
オレはその手を取り、軽く唇をつけた。語りばかりの契約。
「大丈夫よ、きっと。――神薙が不要となる時代はもう、まもなくだもの」
皇女、レティーシアはここで初めて年相応の笑い方をみせた。
※
彼女はオレとの約束を偽りない言葉で果たしてくれた。
ルナフレーナは生きている。代わりに神薙の力は完全に無くなりフルーレ家の役割は終わりを告げ、新たな生き方を自由に選べることができた。過去からの柵から解放された妹は溌剌としていた。
だからオレは彼女との約束を果たした。
彼女の望み通りに、オレは彼女に引導を渡した。
彼女の願い、それは彼女の命を奪うこと。
『ありがとう――レイヴス―、これで私は……』
肩から斜めに走った傷は深く、助からないことはわかりきっていた。オレが斬ったのだから嫌でも分かる。喋るだけで辛いだろうに、オレに礼を告げる彼女の姿は忘れることなどできやしない。
姫の仲間である男が彼女の体を抱き上げて顔を覗き込み囁くように「…レティ…」
と名を呼んだ。姫は血だらけの手で男に縋りついた。
『ニッ、くす……このまま、つれてって……』
『……ああ』
ニックスと呼ばれた男は瀕死の姫を壊れ物を扱うように抱き上げてオレの前から立ち去っていった。おそらく、地下にあるクリスタルの方へ行くんだろう。
オレの手から、赤く染まる剣がカラン!と音を立てて地面へと抜け落ちた。
これほどに人を斬る恐ろしさを感じたことはなかった。
たとえ、約束だったとしても相手はルナフレーナを救った恩人だ。
その恩人の命をオレは絶ったのだ。彼女から新しく与えられた剣で。
※
ふと、僅かな時間の間に居眠りをしていたようでその証拠にルナフレーナの声で目が覚める。
「お兄様、そろそろ出発しますよ」
「―――ああ」
軽く目頭を押さえて頭を振り、微睡を振り払い椅子から立ち上がる。
今日はルシスへ訪問することになっている。彼女への墓参りの為に公務のスケジュールを調整して空けておいた貴重な日だ。だからだろう、あの時の光景が夢に現れたのは。
ルナフレーナは彼女の手向けとしてジールの花束を今年も送るようだ。両手では抱えきれないくらい大きさに結局はオレも持たされることになる。
帝国から解放されたテネブラエを復興させることは決して容易なことではなかった。だが決してくじけることはなかった。新しい風が吹き始め、人々の心に新たな芽が生まれ始めたのだ。
そんな世界の人々はオレが彼女を斬ったという事実を知らずに、彼女自身の手で自害したことになっている。そういう風に根回しされたのだ。いらぬ混乱を避ける為に彼女が遺したもの。ふと、本当に、彼女は幸せだったのだろうかと考えることがある。
だから誰かに尋ねずにはいられない。
「彼女は、幸せだったのだろうか――。お前はどう思う?」
「……分かりません。その問いに答えられるとしたら、おそらくレティーシア様本人でしょう」
ルナフレーナが彼女と顔を会わせたのは、ほんの数回程度だったはずだ。オルティシエのあの混乱の中で。だから自信なさげにそう妹は頭を振って答えた。
「確かに、そうだな」
本人にしか分からないだろう。
自分の命を捧げてまでノクティスが犠牲となるはずだった運命を捻じ曲げた。それは彼女の想いからだ。オレにルナフレーナが苦手だとも打ち明けていたはずなのに、ルナフレーナを生かし、オレを帝国の楔から解放させた。
だが別の意味では彼女はオレを縛り付けた。
彼女はオレがこうなることを分かった上でオレを選んだのかもしれない。
自分をよく知る人物に、自分を傷つけることはできないから、と。
だから自分を知らないオレに頼むしかなかった。
だからわざと煽るように挑発してみせて、圧倒的な力を見せつけ、自分との優劣の差を見せつけて屈服させ、さも高圧的な態度で取引を行わせた。それは一重に彼女の優しさだった。ルナフレーナが好きではないとはっきり言っていたのも、嫌いだと直接言葉にしなかったのも、オレを気遣ってのこと。
遠回りのやり方にオレは知らずに救われていた。
お互いに利用し合っただけと言えばそれまでになる。
だが、不器用で優しい彼女の命を絶った罪を
【死を与えた役目を忘れはしない】