レティーシアside
人とは慣れる生き物である。だから、心臓にドッキリしそうなイベントばかり重なると耐性がつく。私もその一例にあたる。実際、私はあの出来事から心が麻痺している。だからこれ以上もっと酷い展開があったとしてもなんとも思わないような気がしてたんだ。だから事実を受け止めた今、前よりも落ち込むことなく過ごしている。
特に色々と爆弾発言してくれたある男に関してはかなり変わった。距離は……どうだろう。変わったと言えば変わったし、さほど変化がないと言えば嘘になる。
「暇そうにしてるねぇ。ごきげんよう、レティーシア殿下」
「また来たの、アーデン。……給料泥棒」
アーデンはちょくちょくとは言わないけど、暇そうなときにふらりと野良猫のように遊びに来る。優雅にお茶タイムしてる時に限ってだ。私の嫌味をまったく気にした素振りもないこの男は図々しくも帽子を脱いで挨拶をした。
「いやだなぁ、オレこう見えてしっかり残業してるよ。世にいうブラック企業だから。ここ」
そう言って、シシィが可笑しそうにクスッと可愛らしい笑みを浮かべてアーデンの分を用意するのに対してアーデンは軽く手を上げて私の許可なく真向いに用意されている【アーデンの席でもなんでもない】椅子を引いて座り、はしたなくも私が創った【才能溢れる爆誕フルーツタルト】を「うわ、これデカ盛りしすぎでしょう」とニタニタと嫌味を言って切れやすいようにしっかりと研がれたナイフでフルーツを潰さないように自分様に切り分けてさっと皿に盛りつけた。シシィが注いでくれた紅茶で喉を潤すと、しっかりとフォークを持って口に運ぶ。
「うん、前回よりは焼けてるよ。前のは焦げが酷かったからね」
「だったら食べなきゃいいだけの話よ。誰も食べて欲しいなんてこっちは一言も言っていないもの」
そう、情報漏洩を徹底的に図ったにも関わらず、この男は現れた。しかも乙女に禁句の言葉をさらりと転がすように遠慮なく吐いてくる。
「あまり甘いものばかり食べていると太るよ」
「……アラネアと一緒だもん。二人で半分こするなら太らないわ。それにシシィだっているし」
そう言って、後ろに控えているシシィに「ねぇ?」と同意を求めればシシィは「私もそんなに甘いものは……ちょっと」と苦笑して遠慮した。
シシィとはちょっと溝があったけど彼女の方が精神面でも大人だった。あのカミングアウトから顔を合わせて、私はどんな顔して彼女と会えばいいんだろうと悩んでいたのが馬鹿みたいにいつも通りのシシィがいたんだもの。
躊躇ったのち、こそっと、昨日のことはいいの?と尋ねた。そうしたら、『それはそれ。これはこれですよ』だってさ。
「アラネア准将が随分とお気に入りのようで何よりだ」
何やら含みがあるいい方に私はピクリと片眉を一瞬動かしすぐさま言い返す。
「少なくともアンタとお茶するよりは話に華が咲いて楽しいわ。もうちょっと会話のボキャブラリーに長けていたら少なくとももっと有意義になっていると思うの。だからちょっと一昨日きやがれ?」
要約するなら、さっさと出ていけ、だ。
私の追い出しにアーデンはいらぬボケをかます。
「そう褒めてもらえるとは」
「褒めてないわ」
間髪入れず否定すると今度は開き直った。
「人を揶揄うのは好きだけど、ほら?オレって色々と長生きだったしルシスの王族に復讐果たすことしか頭になかったからそういうところ鈍くてねぇ」
「だからって暇つぶしに私をおちょくるのはやめて欲しいわ。S属性御先祖様」
「オレも君みたいな破天荒な子孫をイジるのは楽しくてやめられないよ」
シシィが私とアーデンのやり取りを訊いて「ふふっ、相変わらず仲がよろしいのですね」と可愛らしい笑い方をした。きっと私たちの言葉の意味なんて冗談と取っているんだろう。その方がいいけど、ちょっと釈然としない。少なくともこのアーデンと遺伝子上血縁関係であることが気に入らない。
だから人差し指を作ってそこからビリビリと雷を飛ばしながらこういった。
「じゃあそれ食べ終わったらストレス発散にサンダガ喰らって」
「ああとても美味しかった。おっといけない。用事を思い出したよ。それじゃあまた」
すっかりタルトを平らげたアーデンは軽やかに立ち上がり挨拶をして部屋を出て行った。
私は雷をバチバチさせるのを止めてねめつけるように閉じられたドアを睨み、自信作のタルトをフォークで豪快に刺し大きな口に放り込んでむしゃむしゃ咀嚼する。何回か噛んだのち、ごくりと飲み込んだ。美味し。
「わざとらしいのよ、全てが」
「でも褒めていただけましたよ。今日のデザートは」
我ながら自信作だと思う。才能溢れる爆誕フルーツタルトと名付けたけどシシィには不評みたい。本来なら皇女が料理するなどあるまじき行為ー!なんてテレーゼが鬼に変化してるところだけど、そこら辺は上手くお爺様におねだりして特別に許可くださった。
こっそりとお裾分けしてみたが、表情緩むくらいに喜んでくださって慌ててきりっと元の威厳ある皇帝陛下の御顔に戻られたけど。
「そうね。前回のはぼろ糞にけなしてくれたからね。それでも食べてたけど」
「きっとそれもアーデン様の気遣いなのでしょう」
暇つぶしに構ってやろうとすればするりと抜け出て尻尾をゆらりゆらりと振って勝手気ままに出ていく。そんな感じに私の所へやってくる彼とは一度だけの過ちを犯した。私が彼を拒んだことで、それは呆気なく終わったけど。
……最近、クペとは顔を会わせていない。
それはきっと私にあの話を打ち明けてくれた罪悪感から顔を会わせずらいと思っての行動なんだと思う。だからあえて私も探すような真似はしない。
時間が欲しいと言ったのは私の方だったんだから。
※
夜、アンティークなベッドサイドランプの仄かな灯りだけが室内にともる中、ふかふかなベッドの上でクペは涙ながらに私に縋りついて語った。
私が、今こうしている事実をクペは以前から知っていたこと。私が、ルシス王族とニフルハイム皇族の血を引いていることを、グラディオラス達が話し合っている時に盗み聞きしたこと。でも私が傷つくと予想して言えなかった。だから今こんな状況になってしまっていることを涙ながらに語ってくれた。
私は、小さな体をぎゅっと抱きしめて何度も柔らかな毛並みを撫でてこういった。
「ありがとう、私の為に。黙っていてくれて」
「なんで、なんでクペのこと怒らないクポ!?クペは、クペは、レティをうらぎって」
小さな手で私の服を握りしめ悲しみを露わにするクペが愛しいと思った。
彼女は私を想っていると感じられたから。
「裏切ってない。クペは私のことを考えてしてくれたことでしょう?どうして怒るの?」
「レティ」
じわりとまた涙を浮かべた小さな召喚獣を胸に抱き寄せて背中をポンポンと軽く叩いてあやした。これじゃあいつもと立場が逆ねと苦笑しながら。
しばらくその状態が続いたあと、私はクペに話しかけた。
「……ねぇ、クペ」
「……」
びくっとクペの体が震え、また私はあやして大丈夫だと落ち着かせる。
「他に、黙っていること、あるよね」
「……言わないクポ」
クペは私の胸を押し退いて逃げようとする。けど逃がしてあげない。
これは私の意地でもあったから。私は卑怯だ。自分がしていることは隠しているのに、クペに無理やり言わせようとしている。彼女が抱える秘密を知りたいと思っている。
こんなの対等な関係ではない。分かってる。それを承知で私は尋ねているんだ。
彼女との関係が、どうなろうとも。私は懇願するように言った。
「クペ、お願い」
「嫌クポ!言ってしまったらっ!レティはきっと!!」
いやいやと駄々をこねる子供のようにクペは涙の粒を振りまく。
彼女にどれだけ大切に想われてきたかが伝わってくる。
ありがとう、ありがとう。クペ。
感謝の言葉をいくら伝えても伝えきれないほどクペの存在に支えられてきた。
今も私の為に固く口を閉ざそうとする。けれど、それではクペが参ってしまうだろう。小さな体で今まで無理をさせてきた。私の為に頑張ってきてくれた。
私はクペの顔をすっぽりと両手で覆った。視線を合わせ、ゆっくりと言い聞かせる。
「それでも知らなきゃいけない」
「っ!」
「それでも、私は知らなきゃいけないことだと思うの」
息を呑んでクペは体を震わせた。それほどに酷な事情にクペは苦しんできたんだろう。私に伝えることをためらうほどに。それでも、彼女は召喚獣。私の願いは決して拒むことはできない。それが、召喚獣だからだ。
「レティ……」
「私は、大丈夫だから。だから、教えて。どうして、召喚獣達は私に力を貸してくれるの?無条件で」
誰がどう考えっておかしい。無条件で神である召喚獣達が私の願いを叶えてくれるわけがない。人であるただの私に。裏を返せば、理由があるから彼らは私に甘いのだ。優しいのだ。そうせざる負えない理由が、私にあるのだ。
「そ、れは……」
言葉を詰まらせる彼女を急かすことなく、じっくりと待つ。
「……それ、は…!レティ、が」
私が、なに。私は、何者。
クペは声を震わせて真実を明かしてくれた。
「………―――の生まれ変わりだからクポ」
一体どのくらいの時代の話なのか。少なくとも王が七神から力を授かった時代よりはもっと古いはず。……途方もない話だ。とても現実的とは思えない内容でよくできたドラマの台本の設定とでも言える。もしくは小説の中での話。だが、納得できしてしまう。
なぜかって?それは自分のことは自分が一番よく知っているからだ。幼い頃から、私だけは異質だった。私だけが皆と違っていた。
私だけが一人で取り残されていた。だから閉じ込められていた。
ずっと、もらえない愛を求めていた。
求めていた、けど誰も彼もが、私を見てはくれない。
私の形だけを私の名前だけを、求めて、ただのレティを求めてはくれなかった。
分かっていたよ。私は、普通じゃなかった。産まれから容姿から立場から状況から何もかもが。決して人ではない。私がなぜ召喚獣に慕われるかも、なぜ、この体は枯渇しない魔力に満ちているのかも、なぜ私がクリスタルに選ばれているのかも。全ての辻褄が重なった。
半狂乱とか、泣き叫んだり、喚いたりできたらどんなに良かったか。
けど納得できてしまったのだ。だから、私はこう呟くしかなかった。
「………そっか」
色々な意味を含めた一言だった。
空音だったら良かったのに、と残念がる私がいたのは事実。両手の力が抜けていくように顔から手が離れ若干声のトーンが低くなったことで私がショックを受けたと思ったクペは慌てて私の手を掴んでフォローに入る。
「でも!レティはレティクポ!クペが知ってるレティだけクポ!」
「わかってる」
自分でも冷たい声に驚いた。可哀想に、クペはびくりと怯えるように体を震わせた。
私は、誰でもない私だ。その自覚はある。けど、いつか、その何かに支配されてしまうのではないかと危惧してしまう。私が、私で無くなったら、それは、私ではない。
これは不安か。それとも諦めか。
「……レティ、……クペはレティが大好きクポ……」
一生懸命に気持ちを伝えてくれていた。でも、私はそれが、その時だけは非常に苛立った。だって、それは植え付けられた疑似的感情から来るものじゃないかって懐疑的になってしまった。彼らが私を慕ってくれた根本の理由は、私が生まれた理由にあるんだから。だからクペがいう、【大好き】が信じられなかった。信じたくなかった。初めて、その友情に疑いがうまれた。彼女も、私ではなく、違う私だから慕ってくれていたのではないか、と。
「うん。私も好きだよ。大丈夫大丈夫だよ。きっと、何かあるって分かってた。でも私はただ逃げていただけなんだね。全てのことから。もう逃げちゃいけないんだね。そう、私はそういう宿命にあっただけなんだよ」
自棄っぱちになって早口でまくし立てるようにクペに言った。
自分から知りたかったこと。聞けて良かったはずなのに、どうしてか感情がぐちゃぐちゃに乱れた。
「……」
「私はずっと不思議に思ってたの。どうして彼らは私を愛してくれるのかどうして彼らは私を慕ってくれるのか。やっと理由がわかってほっとしちゃった。うん、スッキリしてる」
「………」
「でもね、もう少し、だけ。時間が欲しいの。いつもの私に戻るまで」
そう言って私はクペの手から逃げるように手を退いて、自分の顔を両手で覆った。
それ以上、何も言われないように。私の顔を見られないように。
私は、クペから、逃げた。
「……レティ……」
縋るような声で私の名を呼ぶ彼女から私は逃げた。
無視して自分の体を抱えるように体を縮こまらせた。全てをシャットアウトさせるように。暫くして、クペの気配は蝋燭の灯をフッと息を吹きかけたかのようにか細く、消えた。
「結局、……私が、私だから愛してくれる人はいない」
少しだけ顔を上げて、私は自嘲気味に笑みを浮かべた。
「誰も、いない」
これだけ広い部屋なのに、また鳥籠に戻ってきた。場所は違うけれど意味では同じだ。
何処まで落ちても、私は結局、一人になる。
大切だった人を死なせてしまって、大切だった人達から恨まれて憎まれて、大切だった友達さえも傷つけてしまった。
「一体、なんで生きているの……?」
私の呟きに、応えてくれる人はいなかった。
【いっそのこと心を凍らせられたらいいのに】
※
帝国には影が満ちている。染みついた匂いはちょっとやそっとじゃ簡単に取れない。
しかもその匂いに気づけるのは極極一部の者のみ。私?
勿論、気づいた。匂いというか、シ骸の気配にね。何度も戦闘をこなしているから気づけた事も理由だろうけど、他にもあると思う。それは私自身が死を纏っているからだ。
まだ『彼女』の自覚なんてない。ただ、そうなのかと受け止めただけで『彼女』になりたいとも考えていない。
ただ、流されている自覚はあった。誰も彼もが私に何かを託そうとする。
押し付けようとする。面倒だと突きとばせはいいのに、私はそれさえも面倒だと思った。だから流されるままでいようと半分自棄になってしまった。
皇女として最初で最後の仕事を頼みたいと私は、ヴァーサタイルに頭を下げられた。彼のすぐ傍に寄り添うように佇むシシィも共に私に頭を垂れて「お願いいたします、姫様」と声を震わせながら懇願してきた。
この帝国に巣食う闇を払い、願わくは帝国に終わりを迎えさせてほしい、と。
どうしてそのようなことを頼んできたか。理由はこの帝国の闇そのものに直結していた。
何処まで降りてきたのか分からないほど深い地下につくられた実験場のような研究所『ラボ』に私はシシィに先導されて連れてこられた。神妙な面持ちで「どうか姫様、私を信じていただけますか」と頼まれては無下にできない。短い間だが、彼女には世話になっているのだ。珍しく彼女からの願いに私は了承して黙ってついてきた。
元々機械に特化した国とは情報として知っていたとしても、いくつものゲートをくぐってパスワードを入力して進む先にどんどんと瘴気が濃くなっていくだけでヤバイもの創ってるんじゃなかろうかと或る程度の覚悟はしていた。使われていない休憩室、いくつものモニターが並ぶ監視室。使われてからかなりの時間が経過している研究室など。
人気の感じられぬ地下には不気味な機械音とシシィと私の歩く音が響き渡った。
どれくらい歩いただろうか。
けど実際に見て見ると、思わず口元覆うほどの衝撃を受けた。
その先に見たものは、……生命を根底から否定させるものがずらりと並んでいた。
所謂、アレだ。試験管ベビーだ。
母たるお腹の中で十月十日時間をかけて育まれる小さな命たち。、無機質な硝子の中で人工的に産み出されその命は、何に利用されるのか。
ガラス越しに嫌でも目に入るいくつものチューブに繋がれた小さな体。
成長途中で死んだものがそのままになっているのか。辛うじて生命維持装置だけはそのままにしてあるのか。何とも悪趣味で吐き気を催す。
非道そのものなことを命令したのは、イドラ皇帝なのか。
「……。あの人は、一体何処まで堕ちれば気がすむの」
我が祖父ながら、やることが悪役すぎて褒め言葉もでない。
私の辟易とした呟きに「イドラだけを責めないでやってくれ。儂も、イドラを唆した一人なのだ」とあまり交流のない相手、ヴァーサタイルがまるで私を待ち構えたかのように姿を現した。シシィが私から離れ、ヴァーサタイルに「御父様」と心配そうな表情で近づいた。
「シシィ、いい。事実なのだ」
自分の腕に縋りつくシシィの肩を抱き寄せて気遣う姿はまさに親子。だが訳ありの親子のようだ。まぁ、ツッコミたい所もあるが先にはっきりさせておきたいところがある。
「シ骸の気配がするわ。残り香だけど。まさか、ここで捕まえて実験でもしていたの」
私の指摘にヴァーサタイルはあっさりと「行っていた」と過去形で認めた。
「それは今は行っていない、と解釈してもいいのね」
「ああ。我らではシガイは手に負えないことはわかった」
それは利口ことだ。分不相応という言葉はそのためにある。
シ骸がどのように産み出されたかなんて、今の人間が知ることはないでしょう。
実際、私も知らない。ただ、漠然とそうなのだと思うのだ。……きっとこれも影響か。
「…これらは…魔導兵にでも利用してるのかしら」
「いや。もう創ってはおらん」
私に静かな追及にヴァーサタイルはあっさりと答える。
「……それは帝国にとってかなりの痛手でしょうね。駒が減るんだから」
今も増産されてると言ったら、すぐにでも潰すつもりだった。
偽善からじゃない。ただ、胸糞悪いからだ。このような力に頼っている時点で皇帝の名など相応しくない。私とイドラ皇帝は同族だ。だからこそ、身内の不始末は私の手で行わなければならないだろう。そう考えていたのは私だけでないらしい。
祖父と腐れ縁らしいこの年老いた研究者なりに考えるところがあるらしい。
「だからこそチャンスなのだ。レティーシアよ、この国を見てどう思う。先があると思うか?」
「ないわね」
嘘を言っても意味はない。この国に未来はないだろう。今のままでは。遅かれ早かれノクト達は必ずこのニフルハイムを攻めに来る。クリスタル奪還を名目に。
私を、討ち取りに来る。
「もはや我らの大船は沈みかけている。舵取りなども不可能だ。だが、最後の責任としてこの帝国を終わらせなければならない」
「……なら、貴方がやればいいでしょう。私には関係ないわ。幾ら後継者と望まれていても今の私に力はないもの」
大体、面倒だ。何を好き好んで重い荷物を背負わなければならないのだ。
義理は果たした。私はさっさと地上に戻ろうとヴァーサタイルに背を向けて元来た道を戻ろうとした。突然、ヴァーサタイルは予想外の言葉を投げかけてきた。
「……王子一行の中に、プロンプトと名乗る青年がいるな」
「っ!」
僅かにシシィの息を呑む声が漏れた。
だがそんなもの、どうでもいい。奴が言った名前こそが起爆剤となった。
「……彼に何かしたら許さないわ」
凍てつく冷気が辺りに充満し、詠唱なしに放ったブリザラによる氷の刃が十数本ヴァーサタイルを囲んで浮かぶ。ヴァーサタイルは焦り一つ見せずに軽く私を宥めた。
「そう殺気だすな。シシィが怖がっている……。彼は赤子のころ養子としてアージェンタム家に引き取られたのだ。儂がその手引きした。少しでも生き残れる可能性を与えたかった。ここにいては何れ意思無く魔導兵の核となってしまうからな。」
シシィを庇いながら、ヴァーサタイルは淡々と告白してきた。
「出鱈目を」
「彼は、この研究所出身だ。ここにいる、シシィと同じように」
「………」
「ただの自己満足にすぎん。全てを救えぬ愚かな儂はただ、ほんの一握りでも助けられたらと」
そう言ってヴァーサタイルは自分の腕にしがみ付く幼子のような顔をするシシィの頭を愛しむような視線を向けて撫でた。瞳を緩ませシシィは「御父様…」とか細い声で縋るようにヴァーサタイルを見上げた。
目に見えぬ絆に繋がった親子。
私が、喉から欲しくても得られなかったもの。
胸が、チリチリと焦げている感じがした。
見ていて腹立たしさと、苛立ちと、羨ましさなどがごちゃ混ぜになって嫉妬心となって燃えていて私は見ることすら苦痛であからさまに視線を逸らす。
「レティーシア。お前は彼がこの帝国出身であることを、知られたくないのではないか」
「……」
五月蠅い、五月蠅い。
だから私にどうしろというんだ。自由になりたいだけなのに。誰もが私に足枷を強要させる。
「姫がこの帝国に引導を渡せば、それで全てが闇に葬られる。彼に知られることもない。遅かれ早かれ王子達がもしこの帝国に乗り込んでくるようになったなら、彼らはいずれ知るだろう」
「………鳥籠の私にどうしろと」
爆破でもして証拠隠滅でもしろと?
ああ、其れよりももっといいものがある。メテオを落とす。
一発で滅びるくらいのを空から落としてやろう。そうすれば、皆、死滅だ。
連帯責任でちょうどいいくらいに、清々しい。
「それはレティーシアが考えて行動しろ。お前にはそれだけの発言力と後ろ盾がある。何より、お前はイドラの後継者だ」
「…ハッ、狸爺が」
吐き捨てるようにそう言って私は今度こそ二人に背を向けて歩き出した。おそらく出る分にはパスコードを入力する必要もない。もし、出られないのなら壊すだけだ。
何処までも勝手な人間。勝手に期待を掛けていざとなったら私を捨てるのだ。
だから協力してなんかやらない。自分たちで勝手にすればいい。
「姫様……!」
「……ゴメン。シシィ、もうちょっと、考えさせて」
もう、疲れた。何もかもが。
私は逃げるようにそこから立ち去った。
※
私はクペがいない夜を過ごすのは久しぶりだった。いつもより冷たい寝床は寒くて、ベッドの中で丸まるようにして眠っているがうまく寝付けない。クペが私と出会う前と同じに戻っただけの話なのに、彼女の存在にどれだけ私が依存していたか思い知る。そして馬鹿みたいに落ち込むんだ。あんな態度取るべきじゃなかった。傷つけたかったわけじゃないのに。今更謝ってきっと許してはくれない。
もう、何も考えたくなかった。
ただ肩書が増えたと思えは心も軽くなる。そう、私に抗う術はない。抗おうとしたけど無駄だった。もう、力を出すのも億劫だ。だからもう受け入れてしまえと私は諦める。
最初は、ルシスの王女。次にニフルハイムの皇女。そして、最後―――の生まれ変わり。
ほら、たったこれだけのことだわ。
……ああ、そういえば他にもあった。
アーデン・イズニアの正体。彼もまた、運命に翻弄された一人だった。
夜、突然の訪問だった。普通なら異性を引き入れることなんてしない。恰好もネグリジェだしいかにも襲ってくださいと言わんばかりの恰好。無防備な状態だったのに、私は彼を引き入れた。浅はかだった。ただ、話し相手になってほしかっただけなのに。
「オレの、本当の名は。アーデン・ルシス・チェラム。かつてルシス王家の人間だった。オレは当時に流行していた病気の原因である虫、と言ってもシガイなんだけどね。それを体に取り込んでしまったことでクリスタルから拒まれた。だから王位に就くことはできなかった。……そこまでは仕方ない。元々重苦しいものは苦手でね。そうなのかと納得はした。けど、病気は一向に収まることはなかった。だからオレは病で苦しむ人の所に赴いてはシガイをオレの体に吸収して病を取り除いたりして回った。感謝の言葉を送られるたびにオレにもやるべきことがあると逆に勇気づけられたよ。けど、当時の王の考えは違ったらしい。オレの存在そのものが世界に悪影響を与えるとオレを一方的に攻め断罪した。理由さえ言わせてもらえなかった。だから」
彼は、王家を滅ぼそうと憎んで不老不死となった体で、ただ王家だけを憎み続けてきた。
「レティーシア、オレは一度絶望しかけたんだよ。長い歴史の中で、歪んでしまった。だがアルファルドのお陰で人としての自分を少しだけ取り戻せた」
私の父であるアルファルド皇子は、アーデンの異質な力を見抜いていたらしい。それでも皇子はアーデンを拒まなかった。むしろ、その力を個性と言ってはアーデンの度肝を抜いたらしい。皇子との出会いから友人となるまでの馴れ初め、そこに至るまでの彼と思い出話。長く気の遠くなるような時を生きてきた中で初めての友人だと語るアーデンの表情は始終和やかだった。
そんなアルファルド皇子が病により帰らぬ人となる前に、残してきた恋人の身を案じた
王族に裏切られ王族を滅ぼすだけに囚われていた彼は、ふと私の存在に気づいたそうだ。
私が、アルファルド皇子の血を引いているならもしかしたら、自分を止める存在になるのではないかと。私が、彼女の生まれ変わりであることを知った上で賭けに出たそうだ。
私が何も自覚せずにいるのならこのまま復讐を続ける。
でも、少しでも自覚の欠片があるのなら、託すのも悪くはない、と。
結果、彼は賭けに買った。だから彼はノクティスを殺すつもりはなくなったらしい。代わりに私に願った。
「……チャンスは今しかないんだ。レティーシア、オレの意識が飲み込まれてしまう前に君の力でオレを殺してほしい。君のその力で」
全てを終わらせて欲しいと。
私なら、最悪なシナリオだけは避けられるんだってさ。
「……誰も彼もが、私に願うのね。私の願いは叶えてくれないのに」
「君の願いは」
静かに問われ、私は口を開いた。
「私の、願いは……自由に、なること」
幼い頃からの願い。ずっと、夢見てきた。鳥籠の内側から、大空に羽ばたくことを。
でも、アーデンはノクトの名を出す。
「ノクトを救うことじゃなくて?」
「………ノクトは、私を殺しにくるもの。皆、私を恨んでいるはずだわ……。今更、私の助けなんかなくても」
アーデンは、私の本当の願いを知っていた。
ノクトを救いたい、それは願いではない。ただの言い訳。
自由になりたい、それは願いではない。ただの
「君が、本当に欲している願いとはなんだい」
それは。
「私を、……愛して欲しい……。本当の、私を……」
吐露した言葉こそが偽りない言葉だった。
苦しくて切なくてどうしようもない心は救いを求めている。
「……っ…」
嗚咽を漏らし、肩を震わせる小さな私をアーデンは抱きすくめた。
「ならオレが……君を愛そう」
「……」
それは魔法の言葉。
背中を介して肩に回された手に力が籠められた。
「オレは、本当の君を知っている。ルシスの王女でもニフルハイムの皇女でも彼女の生まれ変わりでもない、素のままの君を、オレは知っているよ」
「………わたし、は」
縋ってもいいの。落ちてしまってもいいの。
俯かせていた顔を少し上げると、彼と見つめ合う形にとなった。
「レティ」
バリトンボイスの声は非常に心地がいい。この声が嫌いだった。聞くのも虫唾が走るくらいに。でも今は、この上なくこの声に聴き入っている自分がいる。
だってその名を呼んでくれる人はもう誰もいない。
どうせ、私に居場所などないのだから。いつか、殺されてしまう命なら全て使い切ってしまおう。……そうすれば、ノクティスもきっと許してくれるかもしれない。
私が完全にいなくなれば心から笑ってくれるかもしれない。
「ノクティス」
私は、もう彼を愛称で呼べないんだ。私と彼は敵であり家族ではなくなったもの。
ノクティス、ノクティス、ノクティス。
彼を心の奥底から求めている。こんなにも求めているのに。
私には、もう手が届かない。彼は、あの人のもの。これは愛情ではない。ただの契約だ。分かっている。分かっているんだ。けれど、どうしようもなく彼に縋りたかった。
目の前の現実に押しつぶされそうになった。苦しかった。
自由になりたいと願ったところで、本当の自由など私に得られないことは分かっている。
だったら、残された願いは、ただ『愛して欲しい』。
「その名は、今は言わないでほしいな」
耳元でアーデンはそう囁いた。いつの間にか私の片頬に手がそえられていて腰にもう片方の腕が回され密着度はさらに増している。それこそ、お互いの唇が触れ合える距離に私達はいる。
「……アーデン……」
「お利口さんだよ、レティ」
塞がれる唇の温かさが徐々に脳を麻痺させていく。
溺れてしまえ。そうすれば、私はただ、愛される温もりに浸れる。
私だけを愛してくれる人。それは誰でもいいんだ。
するりと少しだけ開いた先からあっさりと侵入してくる舌が私の舌を絡めとるように強引ではなく、丁寧に隅から蹂躙していく。
誰でもいい。
誰でもいいから、私を、愛して。
呼吸を送ってくれる人。息をしていいと囁いてくれる人。
私は逃がしてしまわないように彼の首に腕を回して、求めるように後頭部にしがみ付く。
より一層深くキスと、何度も角度を変えて絡ませる吐息と交り合う唾液。体が熱い、迸るような熱さが内側から私を狂わせる。
「ちょっと持ち上げるから」
そう言ってアーデンは私を軽々と横抱きに抱え上げるとそのまま何処かへ運ぼうとする。
ぼうっとする頭。熱に浮かされ抵抗しないままの私を丁寧に降ろした先はベッドだった。そのまま覆いかぶさるようにアーデンが横たえられた私を逃がすまいと閉じ込める。
アーデンのキスは目元へ頬へ下へ下へと行く。首筋をぬるりと這う舌が熱く感じた。そのまま鎖骨へ、胸元へと這うように丁寧に彼の這うようなキスがくる。彼の剃っていない髭がチクチクと地味に刺さって痛い。
痛い?……痛みが急な熱さから冷静さを取り戻させる。
今、私を押し倒す男は、誰だ。この先に待つ情事を一体誰と行っている。
私が、本当に求めている人は、誰。
「………」
ノクティスではない、蒼く深く吸い込まれそうなビー玉のような瞳ではない。私の王子様ではない。榛色の、癒えない傷を宿した瞳を持つ男。王家から追放された男。
決して、私が夢見た王子様ではない。
「違、う」
「……?レティ」
怪訝そうに、アーデンが私の名を呼ぶ。
違う、違う。この声じゃない。
私を見つめる瞳はこの色じゃない。
冷水を浴びせられたごとく、私は自分の過ちに気づいてしまった。
「ち、が………」
いつも助けてくれたのは、彼じゃない。榛色の瞳じゃない。
彼じゃない。私が愛して欲しい人は、彼じゃない。
くしゃりと、紙を手でつぶしたかのように私は表情を歪めた。
「のく、とぉ……」
「……レティ…」
アーデンが困ったように眉を下げた。私は、酷い女だ。盛り上げるだけ盛り上げておいて、今さら別の男の名を呼ぶのだから。
でも求めずにはいられない。目頭が熱くなり、じわりと涙が目の端に浮かび上がる。
「のくと」
嫌いになっていても構わない。私を憎んでいても構わない。
私の命を求めてきても構わない。
ただ、会いたいの。
私が欲しい人は、アーデンじゃない。
「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめん、なさい」
顔を覆って泣きじゃくる私を見下ろすアーデンは「今さら卑怯でしょ…」とぼやいて、私の腕を掴んで引っ張り上げると彼は私を少し持ち上げて胡坐をかいた膝の上に乗せた。
「!」
「泣きたいなら泣けばいい。君はまだ人だ」
ポンポンと頭を撫でられ、舌が上手く動かせなくて舌足らずに「……あーでん」と呼び縋りつく私は、幼子の様に声をあげて泣いた。
「難儀な子だなぁ……これじゃあ、手なんて出せるわけない」
アーデンは私が眠りにつくまで傍にいてくれた。
泣いたことで目元がヒリヒリして突っ張るような違和感で瞼を開き少し倦怠感を伴う体を起こして、自分はちゃんとベッドに寝かせられていたことに気づく。
流石に朝になってまで彼の姿が近くにあるとは思っていない。
けれど、すっかり忘れて行ったのだろう、残されていたのは彼の愛用の帽子が目についた。枕のすぐ横に無造作に転がっていたのをそっと、手を伸ばし潰れないよう力を抜いて大切に胸に抱きしめた。
彼の、優しさが胸に沁みた。
【愛し唄】
その他
ルナフレーナ・ノックス・フルーレ
正当な神薙であり、星の病の進行を遅らせることができるとされているフルーレ家の姫。政略結婚で決められたノクトの婚約者であり、次期ルシス国妃と期待されていた。属国であるが自分の使命にしっかりと向き合っている。レティとの直接の面会はないものの、幼少の頃のノクトの話の中で大切にされていると記憶している。
ゲンティアナ
黒衣に身を包む神秘的な雰囲気がある女性。幼き頃よりルナフレーナの成長を見守っていた。色々と個人的に画策してる模様。執着心は誰よりも強い分、冷酷になる。だが制約に縛られているので目立って動きはできない。
アンブラ&プライナ
ふわふわな毛並みの黒と白の犬。アンブラはノクトとルーナの交換日記を運ぶ役目を担っている。電話手段もあるが、あえて待つ楽しみの為にこの方法を取っているらしい。プライナは現在別行動中だが元気な模様。