花に散るらむ。煌々と降り注ぐ香しい花々よ。
螺旋の渦が天上より釣り下がってきて、私の首に赤い糸を巻き付ける。
細く、頼りない糸は鋭利の刃物で切れるように見えて、実は何よりも強靭な記憶の束である。知りたくもない自分の最後。世界がどうとか、人間がどうとか、他の神々がどうとか。関係ない。私は私だ。何者でもない、私なんだ。
私はその糸を解こうと指先を動かすけれど、解こうとすればするほど絡まり合い正しい姿が取り戻せなくなる。この先がどこかにあるはず、きっとあるはず!
躍起になって絡まり合ったところを解こうとするけれど、震える指先ではまともに修正もきかない。その内絡まり合った糸に余裕がなくなって私の首に回る糸がピンと張ってくる。
苦しい、苦しい、知りたくない、これ以上こちらに入ってこないで
私を消さないで、私を殺さないで!
自分で解こうとした糸が、自分の首を絞める結果に繋がっていることにも気づかない愚かな私は、ただただ助けを求める。
酸素が足りない、息ができない、肺が満たされない。
欠落していく記憶、吸収されていく思い出、駄目もっていかないで。それは私の大切な欠片。
自由などない、偽りの生に執着して何の意味がある。
元々あるべき場所へ還るだけなのに。私は、混沌から産まれ、混沌に還るのだ。
様々な言葉、記憶、絆、心、創世から現世に至るまでの全ての歴史が猛烈に私を襲う。
脳に直接焼き鏝を押すがごとくの想像を絶するような燃え盛るような鋭い痛み。限界を超えて人格を汚染されていく恐怖。己が何者であるかさえも消し去ってしまう抗いざる神なる力。私の原理を根本から覆す。
『やめて、お願い……!』
悲痛な願いが口から洩れるも、細く、頼りない糸が私の首に、食い込んだ。
がりがり。
爪を食い込ませて皮膚を傷つけてその糸を断ち切ろうとしても無理だった。
追い込まれる恐怖から混乱に陥った私に正常なコントロールは不可能。
がりがり、がりがり。
水にあげられた憐れな魚のように私は口をパクパクとさえ、必死に酸素を求める。
絞められる首、脳みそに受ける焼き鏝のダメージ、全身に突き刺さる鋭い針のむしろ、臓器をかき乱される気持ち悪さ。
もがき、苦しむ私を抱き込むように彼女はふわりと舞い降りた。
死を、受け入れよと彼女は囁き、死は貴方の故郷と彼女は微笑む。
『嫌だ、……嫌だぁぁぁ』
生理的に浮かび上がる涙、鼻水が滴り落ち、口端からは涎が零れ落ちて首筋を伝う。
『た、すけ』
母なる海はすぐ目の前に貴方を胸に抱く為に悠然と広がり、混沌の大地は貴方に手招きを繰り返しその御手を求めている。
玉座に鎮座し、全てを見定め、その稀有な魂で皆に安らぎを与える。
『い、…や…』
抗うことは許さないと彼女は私の頬を優しく挟み込み、
【貴方は私。私は貴方】
と何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もなんども何度も何度も何度も何度も何度もナンドモ何度も何度も何度も何度も何度も何度もなんども何度も何度も何度も何度も何度も何度もナンドモ何度も何度も何度も何度も何度もなんども何度も何度も何度も何度も何度も何度もナンドモ繰り返し繰り返して呟く囁く唄うように口ずさみ、私の洗脳していく。
次第に侵されていき手足に力が入らなくなり抗うことを止めていく私が出来上がる。
上出来と言わんばかりに極上の笑みを浮かべた彼女は、最後に私にこう囁いた。
【お・か・え・り】
と。
ああ、もう、だめだ。
―――私の体は、彼女色に蔓延されていく。
【融合率71%完了】
※
普通の家庭ってどんな感じなの?とプロンプトに尋ねたら、彼は寂しそう顔で
『うーん、ごめん。上手く教えられないや。オレん家、両親が共働きで忙しくてさ。姫のいう普通の家庭ってのに当てはまんないかもしんないから』
と言ってそれとなくこの手の話題を逸らした。家庭不和ではないらしい。ただ、すれ違いが多いとのこと。それを家庭不和というのではないかと思ったけどプロンプトは気にしているみたいだったからそれ以上何も言えずに、そうなんだと相槌打つだけにとどめた。
ぼんやりと窓から暗い空を眺める。
ここはまったく日が当たらなくていつも寒くて、魔法で出している湯たんぽ代わりのファイアが大活躍である。意外と宮中内でも好評で重宝されている。
コンコンとドアがノックされ、「はい」と返事をするとゆっくりとドアが開かれる。
現れた人物はケーキが入っているらしいボックスを手土産に入ってきた。
「レティ、暇してないかしら?お茶にしようよ」
「アラネア!」
一回り年上の新しい知り合いが部屋を訪ねてくれた。ここしばらく姿を見なかったから何処か遠い所へ仕事に行っていたと思っていた。
監視の目はないにしても、やはり居心地が悪いのは本当なわけで用意してくれた祖父に対して申し訳ない気持ちにもなる。
アラネアは最初興味本位で接してくれていたらしいが、思ったよりも皇女らしからぬところが好感触で暇を見つけては私の部屋を訪ねてくれていた。他の臣下からは皇女に媚びへつらっているなどと陰口叩かれているとシシィにそれとなく教えてもらった時、もう来ない方がいいと頼んだのだが、アラネアはそんなこと笑い返してあげるわよと言って本当に可笑しそうに笑った。だからアラネアといると気が楽になる。
少しだけ、皇女という仮面から解放されるんだ。……それがしばしのものだったとしても多少私の救いとなっている。
アラネアはケーキボックスをシシィに手渡すと、出迎えた私にツカツカと早足で近づいてきてぎゅうぎゅうに抱き着いてきた。
「ああ~!唯一の癒し~。お肌も滑々になって健康的になってきたわね。うん、よし」
痛いくらいに頬に顔をスリスリさせてくるが、彼女なりに私を心配してのこと、らしい。
そりゃ、食事もまともに取ろうとしてませんでしたからね。お肌なんかヤバかった。これも全て甲斐甲斐しく世話してくれたシシィのお陰です。彼女のゴッドハンドはとてつもなくヤバイ。眠気を誘うこと間違いなし!
とても30過ぎとは思えない姉さんアラネアをそれとなく押し戻して離れてもらった。
「……今日は忙しくないの?」
「そりゃもうレティの為に仕事終わらせてきたわよ。それに勤務時間外はほとんどフリーなわけ。当たり前でしょう?休憩は休むためにあるんだから」
満面の笑みでおっしゃるアラネア様。ははー、現代社会にこそ物申してもらいたいものです。お互いにいつもの席に腰かけてスタンバイオーケー。
「ごもっともです。それにしても何処まで買ってきたの?ケーキ」
「ガーディナよ」
ケロッと言っておりますが、あのガーディナですよね。侍女の鏡たるシシィが用意してくれた紅茶で喉を潤しつつ、アラネアが買ってきてくれたウルワート・オペラ(買い占めてきたらしい)がシシィの手によりお皿へとうつされ互いのテーブルの前に用意される。シシィにもちゃんと買ってきてくれているらしいので後でヴァーサタイルと一緒に食べると嬉しそうに笑みをこぼしていた。……祖父にも分けてあげようかな、と思い付きアラネアに「お爺様にもあげていい?」とお願いすると「いいわよ」と快く了承してくれた。
最近イドラ皇帝は体の具合が思わしくないようで、床に臥せる日も多くなった。……元々アーデンに政治のことは任せていたららしいからそちらの事では問題はないらしいけど……、宮中内では密かに次なる後継者について準備がなされているとか。直接耳にしたわけじゃないけどね。イドラ皇帝の病は恐らくシ骸による影響だろう。アーデンのように耐性があるわけではない。そうコロコロ不老不死が産まれても困るが、なんだろう。この焦燥感は。長くはないことは分かっている。私が直接手を出せるものではない。シ骸からの瘴気を取り除いたとて弱まった体が回復するわけでもない。
死とは人間に等しくあるものだ。だから、イドラ皇帝が死んだところで、ああ死んだと受け止めればいいはずなんだ。……そのはずなのに、私は少しでもあの人が長生きできればと、うまく扱えない力を使って瘴気を取り除こうとしている。名目は御見舞いと植物の世話と言って、薄暗く重苦しい部屋から少しでも日の当たる部屋へと無理やりイドラ皇帝を移動させ戸惑う侍女らに構わず私が温室で育てている草花を大量に持ち込んで緑に囲まれるようにして閉じていたカーテンなどは色合い温かな物へ変えさせて、無駄に高そうな装飾品や飾り棚とかは売りさばいてもいいから何処かへやってと頼んで移動させて出来るだけ温もりある部屋へと変えさせた。それと不器用だけど夜なべして縫い上げた小さなクペを模したぬいぐるみをイドラ皇帝へと手渡した。
『これは、なんだ』
『クペです。御爺様の安眠を守ってくださいますわ』
『………レティーシアが、作ったのか?』
目を瞬かせてイドラ皇帝は私力作クペを片手に持ち上げた。もう片方の手でクペのボンボンを触った。肌触りはいいんです。そこは拘ったポイントだ。
『はい。不器用ですが。幼い頃、彼女と一緒に寝ているとふと怖いと思った時もぐっすりと眠れたんです。ですから』
『そ、そうか。すまないな』
『いいえ』
ベッド脇に椅子を置いてイドラ皇帝の年老いた手を労わり込めてさすり瘴気を少しずつ取り除いていく。他愛もない話をしながら毎日同じことを繰り返すが作業自体は苦ではなかった。穏やかな時間を二人で過ごした。アーデンのように年季の入ったものではないから。
『今日はこんなことがありましたよ』
『そういえば温室に今育てている花が芽を出したんです。きっと綺麗な花を咲かせてくれますよ。そうしたら一緒に愛でましょうね』
『悪夢を見たとお聞きしました。大丈夫です。私が御傍におります。安心して眠ってください』
ある日、いつもは話しかけていれば相槌や返事をしていたイドラ皇帝がぼんやりと私を見つめてきた。
『御爺様?』
『レティーシア』
『はい、御爺様……、あの?』
イドラ皇帝はやや躊躇ったのち、意を決して口を開いた。
『その、愛称で呼んでも、よいか』
『………はい。どうぞ御心のままに』
決して、今まで愛称で呼ぶようなこともなかったしその素振りもなかった。大体許可なども求めなくても命じればよいものを、そうはしなかった。私は、
瞼を伏せ、軽く顔を伏せ了承の意を現すとイドラ皇帝はほっと、両目を細められた。
『レティ』
『はい、御爺様』
イドラ皇帝の手を包んでいる両手を握りしめられ、私は思わず顔を見上げた。
そこには、真摯に私を見つめる優しい瞳があった。少し頬がこけてしまったが出会った時よりも、恐ろしいと思わない祖父がいたんだ。
『……其方は、幸せか』
労わり込められた言葉には、きっとたくさんの意味が含まれていたんだと思う。
今までの事、これからの事。本当に幸せかと問われれば分からないというしかない。
けれど、
胸が、ぎゅっと詰まった。私の身を案じているだけのただの、家族が目の前にいたからだ。ずっと、欲しくて欲しくてたまらなかったもの。手に入らないと思っていた人は、孤独の内に血の繋がりだけを求めて他国を侵略した。いや、他にもきっと欲望が渦巻いていたんだろう。けどこうしてイドラ皇帝は私を案じてくれている。
純粋に私だけを想って。
敵国同士だった私たちの絆は、今、繋がったように思えた。
『……はい、皆よくしてくれていますよ』
『そうか』
目元に皺を幾筋も寄せてイドラ皇帝は、まるで自分の事の様に嬉しそうに笑った。
※
「ガーディナまで行ってきたなんて。……皆驚くでしょう。確かアラネアの飛空艇って赤い機体なのよね」
「大丈夫よ、ちゃんと一般市民には気を遣ってたから。それに拾い物もあったし。あ、そういえば王子様元気にしてたよ」
「………そう」
何気ない会話と流して私はケーキをフォークで小さく切って乗せてパクリと口へと運ぶ。
美味しい。
ルシスには出回らない果実を使っていて、くどくない味だ。
以前、イグニスがノクトの為にと何度も作っていたお菓子が頭に浮かんだ。
このベリー、使ってたような気がする。確か、テネブラエに居た時に出されたお菓子だってノクトが言っていた。『思い出のお菓子』。
甘いはず、なのに急に苦さが口の中に広がった。
やだ、気にしないようにしてたのに。
「怒れる元気があるくらいよ、レティ、まだ引きずってるの」
優雅な仕草で紅茶を口に運ぶアラネアはそう言って静かに私を見つめた。
「引きずるも何も事実としてちゃんと受け入れているわ」
「……あのボウヤが大切なのね、レティにとっては」
「………。私は、彼に嫌われてるから。いいの、もう」
フォークをカタンと音を鳴らして、お皿の上に置く。
「どうしてそう諦めているの?」
「だって、私は……ノクティス達を裏切ってたんだから」
自分の声が思ってたよりも沈んでいたからちょっと驚いた。けど表情には出さずに自嘲的に笑って見せると、アラネアは私の虚勢を見破るかのように目を細めた。
「………血が理由?レティの意思がなくても?罪悪感」
「血だけじゃない。私の存在はルシスを狂わせた要因だわ」
頭を振って否定し私は事実を述べる。なのにアラネアはさらに私を追い立てるように口を開く。
「じゃあ、帝国の皇女の立場はどうするの?黙ってすんなりと受け入れる?」
急がせないで、
「……!わた、しはっ!」
これでも頑張って。
「レティ、時には自分を甘やかしてもいいんだよ」
「アラネア?」
テーブルに乗せた私の手に、アラネアがそっと自身の手を重ねてきた。
「我儘言ってもいいんだ。アンタは幼い頃から自分の為と言いながら他人を気遣ってきたんだ。今から自由になったって誰も文句なんかいいやしないよ」
「アラネア、どうして」
彼女と初めて会ったのはこの帝国に連れてこられてからだ。
幼い頃のことなど彼女が知るはずがない。だけど知ったかぶりで話しているわけじゃないと分かる。彼女の慈しむような目が私を見ているから。
「いいかい?レティ。選択肢はいつもある。けれどどれか一つ最後には必ず選ばなきゃならない時がくる。でもその選択肢を選ぶ前に、下準備はしておける。ゲンティアナだってそうさ。その為に動いてる。全てはレティの為だと言いながらな」
「ゲンティアナって、誰?」
アラネアが私の手を取って椅子から立ち上がらせる。
「ああ、知らなかった?まぁいいさ。とにかくレティの為に人肌脱いでやるよ。アンタはここで散る子じゃない。何より、じっとしていられない性分でしょう?」
「アラネア……」
ズバリそうだ。
「実は、ね。あるお得な拾い物をしたんだよ。今なら彼に任せて抜け出せられるわ」
「え」
拾い物って、何?
戸惑う私をよそにアラネアは言い聞かせるようにゆっくりと言葉を続けた。
「レティ?今のアンタは自分の手で選択できる。ずっとここにいるか、それともやりかけている事を終わらせてくるか。アンタは何を目指していた?やりかけていることを放棄するなんて中途半端なのはアンタが一番嫌いなことだろう?昔からとことん極めるというか勉強熱心だったんだ。その癖はちょっとやそっとじゃ抜けない。王子はラムウへ協力を仰いで無事に得られたよ。啓示としてではなく、あくまで協力だ。残る七神についてレティ自身がカタをつけな。それが始めた者の責任だもの」
「アラネア、貴方、一体誰?」
思わず尋ねていた私に、アラネアはウインクをして妙にそれが様になっていた。
「私はしがない元傭兵さ。ちょっとお節介好きの、ね。さぁ、レティ。目的地は決まってるね、そこでレティがやりたいことをやり遂げておいで」
ほらほらと背中を押してくる。とりあえず着替えろと言いたいらしい。
いつの間にか、シシィが「さぁ、姫様!こちらです」と私の手を取って立ち上がらせようとする。けど私は待ってとストップをかけた。
「アラネア、でも私は。この国を」
「生かすも殺すもまだ時間はたっぷりある。あのじーさんには皇位に着く前の羽根伸ばしだって言っといてやるさ。あの宰相もうまく言い含めるだろうし。とにかく!そこでアンタの行く末を決めたらいい。また会うことがあるならその時はレティ、アンタに忠誠を誓うよ。皇帝としてではなくレティ自身に」
「アラネア……ありが、とう」
「うんうん。素直なのが一番さ。それと、もう一つのお土産。シシィ、ごめん連れてきてもらえる?」
「はい」
頷いてシシィが一旦退出し外で待機していたのか腕を引っ掴んで中に連れてきたのは、一人の軍人だった。途端、反射的に身を竦めた私だったが彼の顔を視界に入れた瞬間、思わず声を漏らした。信じられなかったからだ。
「え、あ」
そこに、立っていたのは、服装こそ帝国の准将が纏うような軍服に身を包んでいるけれど私のたった一人の英雄。記憶の時よりももっと男らしさが増してちょっと疲れた顔してたけど私と視線を交わせたことで生気が蘇ったかのように瞳が輝きを取り戻した。
「……にっくす……?」
精悍な顔立ち、オールバックの髪形に口回りに生える無精ひげ。
ずっとその自由な姿に憧れていた。手を伸ばせばいつか彼のようになれるのではないかと叶うこともないことを願い望んだ。けれど彼との別れにこれが現実なのだと打ちのめされた。
「…………」
懐かしさが込み上げてきて、鼻の奥がツンとした。
嘘だ、きっと、嘘だ。
私は信じられなくて頭を振った。
ふにゃりと表情筋が緩み、口元両手で覆い隠し、一気に溢れ出す感情は涙をなって私の目尻から頬へと伝い下に落ちていく。
「レティ、綺麗に、なったな……」
私のカシュクールワンピース姿を彼に見せたことは一度としてない。というか彼に会いに行くときはカジュアルな動きやすい恰好していたから、女の子っぽい恰好を見せたことは一度もない。だからお世辞で言ってくれたのかも。それとも、他に何を言っていいか分からないほど会話を探すのに苦労してたのかな。
けど、なんでもいい。
この声だ。この声はいつも私が逃げる場所を与えてくれた。ニックスの部屋が私の逃げ場所だったんじゃない。彼自身が私の逃げ場所だったんだ。
離れて、今、ようやく分かった。
ニックス・ウリックは私にとってかけがえのない人となっていたことを。
一歩一歩ゆっくりと歩いてくる彼が目指すのは私。
ニックス・ウリックが、私の目の前に現れたのだ。
彼は、約束を覚えていてくれた。
まるで壊れ物を扱うように両肩を掴まれ、自然と背の高い彼を見上げる形になる。
「……」
「約束通り、助けに来た。英雄としてではなく、騎士として」
「に、っくす……」
ぐじゃぐじゃな顔で恥ずかしいのに、ニックスは私の頬を優しく挟み込んで顔を近づけて覗き込んでくる。彼の胸に手を置いて、ぐっとさらに距離は縮まる。彼は真摯に私を見つめて誓ってくれた。
「今度こそ、守らせてくれ」
「うん……、うんっ!」
一度は別れた私達。お互いの立場に縛られていた。それは仕方なかった。
けれど、彼はこうしてまた私を探して探して追いかけてきてくれたんだ。
私だけを求めてくれた。
胸に沁みいるこの気持ちに名をつけるとしたら何だろうか。
上手く、言葉に表せない。
ただ、嬉しいのだ。
嬉しくて涙がこぼれる。彼がいる。彼が傍にいてくれる。
こんな安堵感は……、ノクトと別れて以来だ。
だからだろうか、ニックスの熱を孕んだ瞳に気づかなかった。彼の頬を包んでいた片手がぐっと私の後頭部に回る。ニックスは少し屈んで私と距離を詰める。キスできそうなほどに。
「……レティ、悪い」
「え?」
短い謝罪の言葉と共に彼は瞼を閉じ、一方的に唇を重ねてきた。
「????」
軽く、触れあった唇が妙に熱く私は突然のキスになすすべもなく呆然とぴしりと石のように固まってしまう。
なぜキス?なぜ彼と?っていうかこれは幻?っていうか私と彼ってどんな関係?!
脳内パニック発動中発動中と警報が頭の中で響く中、少々カサつく唇の感触と私が食べたあのケーキの、ウルワートベリーが微かな甘みを引き出していた。
【騎士から姫へのキス】