レグルスの子供たち   作:サボテンダーイオウ

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愛及屋鳥~あいきゅうおくう~

ニックスside

 

 

帝国も間近に迫りつつある中、オレは飛空艇の内部から外を覗ける窓側近くに立っていつになく緊張感に体を震えさせていた。

そんな時、

 

「はい、これに着替えて」

「はっ?……おわ!」

 

気配を感じさせない足取りでいつの間に傍にいたのか、少し離れた場所から佇んでいたアラネアが無造作に投げて寄越した紙袋をオレは慌てて受け取った。「ナイスキャッチ!」と茶化す声に眉を顰めて、「普通に寄越せよ」文句を言いながら抱えている紙袋を覗き見るとそれは綺麗に折りたたまれたニフルハイムの軍人が着る軍服だった。すぐに理解できずに目を瞬かせているとアラネアはオレの隣に移動してきて紙袋を指さしながらこう指示してきた。

 

「それに着替えて。レティがいる宮中の奥は皇帝の許可なく立ち入りできないようになってるからさ。私の部下ってことになってるからよろしく。余計なことはしゃべらなくていいわよ。私の受けごたえにハイハイ言っていればいいわ」

「ふぅん、……大事にされてるようだな」

 

アラネアがレティと親しい間柄だから可能な話らしい。

イドラ皇帝にレティが願い出てアラネアの出入りを許可させてもらったとか。

 

「そりゃ目に入れても痛くないほどにね、自分の念願だった孫娘ですもの。可愛がるでしょうね」

「…なるほどな…」

 

家族、か。何となく面白くない気がするのはオレの気のせいか。

少なくともまだオレの中じゃイドラ皇帝はレティを利用しようとしてる悪の皇帝という印象しかない。それが素直に『家族です、はい仲良くしましょう」と言われてレティが懐くものか。きっと

相槌を打つのも適当になる。オレの答えに対してアラネアはクスリと可笑しそうに小さく笑った。

 

「本人の意思はなんとやらってね」

「揶揄ってるのか?」

 

苦笑しながらアラネアは、

 

「まさか!実際のレティはどう思ってるかってことさ」

 

と意味深な台詞を残してポンと軽くオレの肩を叩くとブリッジへと戻って行った。

 

「……着替えるか」

 

別室で早速ごそごそと袖を通してみるとサイズがピッタリだったことに少し驚いてしまった。

いつの間にオレのサイズ知ったんだ?

 

オレはその時気づかなかった。少し開かれたドアの隙間から怪しいボンボンが激しく揺れ動いていたことを。

 

【クペは有能クポ!】

 

宮殿の中は格式ばった赴きある内装で居心地が悪く別世界にでも迷い込んだかのようだった。慣れぬかっちりとした軍服でオレは視線だけ動かし周囲を観察する。アラネアには必要なこと以外言うなと釘止めされているから彼女の後を付いていくだけでいい。

すれ違う他の軍人に気軽に挨拶をしては怪訝そうに見られたり軽く無視されたりとここでのアラネアでの待遇に不満を抱いていることは丸わかりだった。それでもアラネアは気にした素振りもなく、むしろもっとやっかみなさいと左団扇という感じだ。

ズンズンと迷うことなく宮中の廊下を黙々と進み奥へといくと、ひと際雰囲気が変わる開けた場所へとたどり着いた。どうやらこの先の通路から皇族専用のプライベート領域というわけか。……ここまでたどり着くのに30分以上は歩いた気はするぞ。どれだけ広いんだここは。さすがニフルハイム帝国と納得できた。

 

入口に屈強そうな軍人の男二人がじろりとアラネアとオレを観察するように睨み付ける。

一人の軍人がずいっと巨体を生かして威嚇するようにアラネアと対峙する。

 

「ご用件をお伺いいたします」

「レティに面会したいの。お茶ね、ほらお土産もあるし」

 

そう言ってアラネアは左手に持っているケーキボックスをこれ見よがしに見張りの男に見せつける。本来准将という立場でありながら、軽々しくレティを愛称で呼んでいることに不快感を隠すことなく表情に出しながら男は渋々頷いた。

 

「……分かりました。皇女殿下からその旨の命を拝しております」

 

そう言って目くばせしてもう一人の男にドアを開けさせた。アラネアはねぎらいの言葉をかけながらそのドアをくぐろうと歩き出した。オレも黙ってそれに続く。

 

「ありがとう、いつもご苦労さま」

 

ひらりと手を振ってにこやかに挨拶するアラネアに鋭い視線を向けながら

 

「ですが、節度ある態度を願います」

 

と釘を指されたことに彼女は気にした様子はなく「了解!」と返事してさっさと奥へと引っ込んだ。オレはアラネアに早足で追いつき「あれいつもの事なのか?」と耳打ちした。すると「ああ、あれ?いつもの歓迎の仕方よ。可愛いわよねぇ~。もっと噛みついてくればいいのに」ととんでもないことをサラッという。

 

「アンタが余計なことしてどうするんだ」

「そん時はそん時よ。私、縛られるの嫌いだから」

 

あっけらかんとアラネアは開き直って豪快に笑った。だがその笑い声が広い回廊に響いて侍女やら関係者やらに睨まれてしまいオレは肩身の狭い想いをした。

ほとほとこの竜騎士には苦労させられる。思えば出会いからしてそうだったと遠く思いはせていると「さっさと行くわよ」と遠くから大声で呼ばれ慌てて追いかけた。それから目的の部屋の前にくれば、「御呼びが掛かるまで外で待機」と笑顔でドアを閉められた。

 

待て状態とかアリか?

この扉の向こう側にレティがいると分かっているのにお預けを喰らったオレが辛抱できるわけがない!

 

と己の本能のまま突き進めば今まで耐えてきたことが全ておじゃんになることは分かっているので、オレはただ黙って腕組んで耐えるしかない。

 

好きだ、大切にしたい、もう離れない、ずっと一緒だ、会えなくて切なかった、

待たせて悪かった。オレのこと忘れてないよな。

 

言いたいこと色々あった。でも、レティの顔を見た瞬間全部すっ飛んでいった。綺麗さっぱり。

 

レティと会えなくなった時から、彼女のことは公の場で駆り出された警備の時に映し出されるモニター越しでしか会えていない。オレの一方通行な恋はスッパリ斬られたわけだ。その時は、ああ、オレの助けなんて必要ないよななんてしょげてたのが笑えるぜ。

 

オレはこうして何度も何度もくじけそうになって落ち込みそうになっても、レティに必ず会うと決心して諦めずに来た。さすがにガーディナに戻ってきた時には滅茶苦茶落ち込んだが、あの配達召喚獣、クペに根掘り葉掘りレティに関することを教えてもらったから期待が膨らむばかりだった。

会えたら、どうするか。何を真っ先に伝えようか。

はやる気持ちは、まるで餓鬼みたいに落ち着きなかったと思う。実際アラネアにうるさい!って叱られたしな。

 

ずっと求めていた人とこうして出会えた喜びはどんな幸運よりも勝るものだ。

 

随分と姫らしい恰好をして、一瞬本当にオレが知るレティかと信じられずにいた。オレは間抜けにも見惚れてしまった。

 

「え、あ」

 

彼女がオレを「……ニックス……」と呼ぶまで。

 

当たり障りのない言葉を絞り出すことさえやっとだった。

 

「レティ、綺麗に、なったな……」

「………」

 

実際彼女は綺麗に成長していた。あの頃よりもずっと女性らしく、誰もが彼女の前に手を取って傅いてしまうほどに美しくなった。あの頃よりも伸びている銀髪が彼女の震えから

呼応して少し揺れる。

 

口元に小さな両手を当ててレティは、信じられないと首を振る。

オレは一歩一歩噛みしめるように歩み寄る。見下ろせる位置で止まり、彼女の頼りない両肩を包むように手を置く。前よりも小さく見えてしまうのは気のせいか。ああ、オレが身長伸びたのか?それともこのブーツのお陰か。

理由など些細なことだった。ただ、オレが守りたいと欲した人はこんなにもか弱く小さな女性だったのだと再確認できた。

 

「……」

「約束通り、助けに来た。英雄としてではなく、騎士として」

「ニ、ックス……」

 

レティはいつもそうだった。

子供のように大声を上げて泣いてしまえいいのに、そうしない。静かに肩を震わせて耐えるように涙を流す。溜め込むばかりの彼女が今までと変わらぬ姿でいることに胸が痛んだ。

 

どうして自分の想いを吐き出さないのか。

それは誰よりも自分の立場を弁えているからだ。決して望まぬ地位だからと言って責任感の強い彼女が放棄する真似などしないことは分かっている。我儘一つだって些細なものだ。全ては王子の為にと肩身の狭い想いをずっとしてきた。彼女なりに葛藤もあっただろう。だが決して不安を漏らすことはなかったはずだ。

 

それがレティなりの矜持だった。

もてはやされることをおくびにも出さずに、常に対等であろうとした。

立場に縛られた関係ではなくその相手の良い部分を知ろうと彼女なりの努力を重ねた結果、それが彼女の立場をより強固なものとしたはず。

彼女のように【人間臭い】お姫様なんてオレが知る限り、聞いたこともない。

自分の欲に正直でありながら、それを実行するまでの長い道のりを持ち前の不器用さと努力でひたすら突き進む。多少、召喚獣のフォローなり周りの手助けなりあっただろうさ。けど実行するのは本人で周りじゃない。諦めたらそこで仕舞だ。

 

頬を涙で濡らす彼女の顔を包むように両手を肩からなぞるように滑らせて、彼女がいることを実感するように頬を包み込む。レティの手がオレの胸へと置かれて、距離を詰めるように彼女の瞳にオレを写らせる。

 

「今度こそ、守らせてくれ」

 

そんな彼女を守れることをオレは誇りに思う。

 

「うん……、うんっ!」

 

オレと会えたことを涙して喜ぶ彼女が愛おしかった。

このあふれ出る想いを抑えきることができない。いや、我慢できなかった。

 

触れたい、キスしたい。

 

「……レティ、悪い」

「え?」

 

謝罪の言葉もそこそこにオレは吸い寄せられるようにレティの唇へ吸い付いていた。

重ねるだけのキスだ。子供でもできる。だがその時のオレは心臓が張り裂けそうなくらい鼓動をときめかせていた。

 

好きな女とのキス。

ただ触れあうだけのものだが、こんなにも胸が満たされることは感じたことがない。

愛しい、愛しい。

 

ついにオレは夢にまで見た女との再会を果たすことができた。

 

とここまではいいところだったのに邪魔が入った。

すっかり頭から弾き飛ばしていた。レティが最も誰よりも信頼している人物が後ろでスタンパイしていたことを。人の頬を叩いていた威勢など何処へ行ったやらと不思議なほどに萎縮した姿でレティの名を呼ぶ。

 

「レティ」

 

案の定、そいつの声がした途端レティは、目の色変えてキスしてる最中ということも構わずにオレの胸をぐぐぐっと押し出して

 

「クペ!」「どぁッ!?」

 

と手荒にオレを横に退かして(とても勢いある力だった)クペの方に注目した。

流石に体制を崩しただけで尻餅つくようなみっともない真似をさらすことはなかったが、置いてけぼりな微妙な雰囲気に何も言えなくなる。というか、侍女とアラネアからの視線がビシビシと地味に突き刺さるんだが気のせいだと考えたい。

 

「……レティ、クペはシヴァに言われたからずっとレティの傍にいるわけじゃないクポ」

「………」

「レティが、レティが大好きだから一緒にいるクポ!それだけは信じて欲しいクポ!」

「………うん、……うん……」

「レティ……、泣いてるクポ。クペの為に泣いてくれてるクポ……?」

 

それはオレとの感動の涙のはずだが、あざといモーグリが余計なことを言ってくれたな。

レティも雰囲気の乗せられて否定する素振りもない。

 

「……だって、帰ってこないと思ってた……。私、嫌われてるって」

 

地味に傷つくぞ。

 

「嫌いになんてならないクポ!レティはクペがいないととことん駄目だからクポ!」

「うん!」

 

気まずいオレをよそに感動的な二人はひしりと抱きしめ合った。

アラネアはうんうんと自分の事のように嬉しそうに頷いたり、侍女の方は「姫様……」と感動の涙を流しては白いハンカチで目元を覆った。

 

おい。オレは一体どうしたらいいんだ?

 

「っ、あ、御免なさいってニックス!?突き飛ばしちゃった……」

「……軽く傷ついたぞ」

「ゴメンナサイ」

「片言だし」

 

軽くおでこを小突いてやった。

 

「っていうか!?さっきのキスは!?私全然許してないからっ!」

「あ、いやそのさっきのは衝動的というか抑えられなかったというか…」

 

しどろもどろになりながらもオレなりに気持ちを伝えようとしたがいい方がマズかったらしい。レティは顔を真っ赤にさせて怒った。

 

「衝動的って何?!私の唇は安売りしないって言ったじゃないっ!」

 

予想もしない発言にオレはぴしりと固まった。すぐ傍に羽根を動かして飛んでいるクペがぼそっと「……レティ……、相手が違うクポ…」とフォローみたいなことを言うがオレには聞こえちゃいない。

 

「は!?」

「……どういうことだ…?」

 

逃げられる前にオレはレティをガシリと確保する。わざとらしく挙動不審なレティはオレの追及の視線から目を逸らす。

 

「なななななんでもないわ!ちょっという相手を間違えただけで」

「安売りしない?言う相手を間違えた?待て、どういう意味だよ」

「べべべ別にニックスは関係ないわ!昔の事よ昔のこと」

 

さらっと流そうとしているようだがそうは問屋が卸さないぜ。

 

「昔?どれくらい前の昔だ?オレと会う前か?っていうか、もしかして……他の奴と」

 

ビール瓶で頭殴られるほどのショックだ。このきょどり様……経験ありと見た。

誰だ、一体相手は誰だ!?

 

「ああ、なんでニックスが気にするのよ!?」

 

パニックなっているのか先ほどのキスのことはすっかりと頭からスッとんでいるらしい。だからだろうかオレはたくさんの視線が集中する中、言っちまった。

 

「好きな女のことはなんだって気にするに決まってるだろ!」

「……へ……」

「あ」

 

気が付いて後の祭りとはこのこと。もっとこう雰囲気あるとこで告白するとこだったのに……。

 

「………」

「………」

 

オレとレティはしばし見つめあい、【ボフン!】と噴火するように顔から火が出るほど真っ赤になったのはレティで口をパクパクさせてつい可愛くてクスッと笑いながらオレは彼女の口元を片手でしぼめてやった。

 

「!?」

「可愛いのな」

 

これがマズかった。羞恥心に耐え切れなくなったレティはぷるぷると肩を震わせ瞳に涙を溜めこんで声高らかに叫び魔法を発動させた。

 

「~~~!!サンダァァアアアア――!!」

 

バリバリバリ。

 

「!!」

 

脳天から直接雷魔法を喰らったオレは、体中に走る痺れから立っていることもままならずその場に倒れ伏す。

 

「レティ、とりあえず着替えるクポ」

「………」

 

クペに引っ張られて、ハッと思考を戻らせたレティは「ゴ、ゴメンナサイ――!!」と叫びながらサンダー喰らったオレを介抱するよう侍女に頼んで脱兎のごとくクペを引っ掴んで別室へと駆けこんだ。

ぴくぴくと痙攣しているオレを一瞥して侍女は一つ頷いて、

 

「自業自得ですわね」

 

とにこやかに言うと静々とレティが逃げ込んだ別室へと向かった。

 

駄目だ。アラネアなら助けてくれるかと思いきや、

 

「サンダーごときで死なないわよ。サンダガ喰らってもケロッとした顔してないと王子達に対抗できないわよ?それじゃちょっと準備してくるんで適当に回復しといて」

 

と非情にもオレを放置して部屋から出て行った。

女二人してオレを放置。マジで帝国の女って最悪だ。

 

 

何もなかったかのように振舞うレティにオレは日を改めて告白しようと思った。

すっかり動きやすい恰好で(可愛いが)再登場したレティは、

 

やるべきことをやったあと私は今度こそ自分の意思で自分の道を決めようという。

決意を固めてた瞳でオレを見上げて誓った。

 

きっと今度こそ私は逃げない。

と。

 

オレは、彼女のひたむきな強さに目が眩みそうになる。

彼女は何処にいたって自分の輝きを失わない女だ。

自分自身が強く輝いていることに気が付かないほど真っすぐに人の胸を打つ。

こんなにも、オレの胸を打つのは彼女以外いない。だからこそ、この手をもう離しはしないと決めたのだ。

 

「クペ!ニックス、一緒に行ってくれる?」

「当たり前クポ!」

「ああ、もちろんだ」

 

これからオレ達が向かうのは、オルティシエのようだ。

 

そこでレティは、きっと王子達と再会を果たすだろう。それがどういった結末になるかは分からない。だが行かなくてはと決意に奮い立つ彼女を、彼女の横で支えたい。

 

いずれ、オレは彼女の本当の真実を本人の口から伝えられることになるはずだ。

あのゲンティアナが七神の内の一神なら何らかの形でオレをレティの守護に回したこともレティ自身と関係がある。きっと、人間の手に負えない責務をレティは担がされているんだろうな。

 

オレも変わったもんだ。

 

きっと、彼女と出会う前のオレだったら厄介ごとなんて流してただろうな。ただの正義感からとかじゃ背負えないくらいの使命だ。とてもとてもタダ仕事じゃやってられない。さっさとやること終わらせて故郷復興の為にトンズラこいてるだろうな。

 

今のオレも良しとしよう。

 

「行こうぜ、レティ」

「うん」

 

差し出した手にほっそりとした手が乗せられオレは固くもう二度と離さないと誓う。

 

何があっても。

 

おまけ。

 

シシィ「ところで女性に断りもなく唇に触れるとは万死に値しますわ」

クペ「いくら守護者候補だってそこまではしないクポ」

アラネア「一応広い心持ってるけどさぁ、あんまりいい気はしないわねぇ」

 

ニックス女子三人に詰め寄られてタジタジになってたとさ。

ついでにシヴァがつけた印が反応するようにニックスの頭上にデカい氷の塊を落としたりしてきたとさ。

 

【結局すぐには出発できませんでした。】

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