レグルスの子供たち   作:サボテンダーイオウ

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これまでの流れについて。

ファントムソード入手の為に予期せぬ再会を果たしたアーデンとの取引で帝国へ行くことになったレティはノクト達と辛い別れをしてニフルハイム帝国、イドラ皇帝の元へと連れて行かれる。そこで本当の祖父がイドラ自身であることを知らされ、レティはショックを受け自暴自棄に陥る。だが気まぐれを起こしたアーデンの予想外の行動により多少荒療治だが緩和されることになる。新たな皇女という立場と自分の所為でノクト達の大切な人達、場所を奪ってしまった事実に苦しみながらいっそのこと流されるままでいようとやけくそになるが、今まで気にしまいとしてきた不可思議な事をついにクペに問い詰めた。そこで驚愕する事実にまた打ちのめされることになる。自分自身が一体何者であるのか、真実を知ったレティはクペが自分を慕う理由を義務感から発生しているのではないかと懐疑的になりクペはショックでレティの目の前から消えてしまい、ますますレティは孤立してしまう。次にやってきたのはヴァーサタイルとその娘、侍女のシシィであった。怪しげな地下室にレティを案内するとそこで目にしたのは帝国のとある秘密。それらを打ち明けられ、どうか新たな皇帝として帝国に引導を渡して欲しいとレティに願い出る。だがレティは自分にはそんな力はないと頑なに拒否するが、ヴァーサタイルの口から自分の友人であり大切な仲間、プロンプトが関係していると打ち明けられると、なぜ自分ばかりを頼るのだと憤り込み上げながらもその場から立ち去るしかなかった。

もうこれで終わりだ、おわりなはずなんだと思ったがそうではなかった。

そこにまたアーデンがやってきたのだ。以前とは比べるほどもないほどに柔らかな雰囲気で接してくるアーデンは自分の秘密を打ち明けた。全てを打ち明け、戸惑うレティに自分の不老不死をその力で終わらせて欲しいと願う。だがレティは疲れた笑みで、誰も彼もが私に願ってばかりで私の願いをかなえてくれる人はいないと嘆く。するとアーデンは自分がレティの願いを叶えると言い出した。

レティの願いは、【愛されること】だった。
だからこそアーデンはレティに優しくキスをした。
自分が愛すると。ただのレティを愛すると。レティは心細さからその時の雰囲気にほだされて抵抗することもなくアーデンのキスを受け入れた。だが頭の端で何かが違うと気付く。自分が本当に求めている人はアーデンではなかったと涙ながらに謝罪を繰り返しながら気づいたのだ。

恨まれてもいい、憎まれてもいい。
会いたいのは、ずっと一緒だったノクトだった、と。

それが一体どういった感情から来るものなのかレティ本人には理解していなかったが、敏いアーデンは気づいた。だがあえて告げることはせずに、「難儀な子だ」とため息をつくだけに留めた。その後、空虚な毎日を送る中でふと、イドラの体調の変化に気づく。皇帝の体はシガイの影響でそう長くはもたないだろうということに。頭ではわかっているはずでそれも自業自得であると納得しているにも関わらず行動は裏腹にイドラの体から瘴気を取り除こうと必死になる自分がいて、そこでようやく家族を失いたくないだけなのだと知る。憎むばかりの関係に少しだけ光が差し込んだ瞬間だった。
そして任務を終え帰ってきた仲良くなったアラネアとのお茶の席で、自分よりも一回り年上の彼女からこのまま流れるままに身を任せて中途半端に終わらせるつもりか?と問われる。
レティは言い訳を繰り返しながら心内で私を追い詰めないでと叫んだ。するとアラネアはレティの心を見透かしているかのように行っておいでと笑顔で背中を押した。驚くレティにアラネアはある男を引き合わせた。
曰く、拾い物をしたと。最初その言葉の意味を理解できなかったレティだったが、引き合わせられた相手と対面した瞬間、口元を覆って瞳を潤ませずにはいられなかった。

ニックス・ウリック。

英雄と慕った相手がすぐ目の前にいたのだ。
脳裏に湧き上がる懐かしき想いと他愛もない約束。レティにとって優しい英雄なら嫌とは言わないだろうと打算的な考えで提案した約束をニックスは本当に果たしにきてくれたのだと感動の涙に打ち震える。
ニックスとて感動も一入(ひとしお)だった。王都を出発してから長い道のりをめげずにレティを助けに行くと心に固く誓っていればこそここまでやってこれたのだ。その道中で王子と初対面したり心が折れそうになったことも何度か遭遇したが目の前に美しくなったレティを目にした瞬間苦労も何もかも吹っ飛んで行った。

レティーシア・ルシス・チェラムであり
レティーシア・エルダーキャプトであり、
自分が知るレティでもある。肩書は以前よりも色々とふえたが何も問題はない。自分は英雄としてではなく騎士として助けに来たと真摯に伝えるとレティはついに涙を零した。
積もり積もった想いが一気に溢れ出して許可なくレティにキスをしてしまうニックスだったが、さらりと横から美味しくクペに奪われてイイ雰囲気もお流れになってしまうのは彼が不幸の星の元にいるからか。
ニックスと同じくアラネアに拾われたクペは満足そうにレティと抱き合い仲直りをした。

シシィに必ず帰ってくるからと祖父の事を頼んでレティはニックスとクペと共にアラネアの飛空艇でオルティシエと向かうこととなった。

自分が始めたことを終わらせる為に。
ルナフレーナをノクトの元に無事に帰す為に。

染まりつつある大いなる力に飲み込まれないよう己を律しながらレティは飛空艇の窓から近づきつつある水の都を見下ろすのだった。

一方、ノクトも様々な出会いと葛藤を繰り返しながら着実にレティの出生に秘密に近づいて行った。カエムの岬でフルメンバーの前でつい打ち明けられる真実。
自分とレティの関係は双子ではなく従兄妹同士であった事実を。レティがルシスとニフルハイムの血を受け継いでおりレティがイドラ皇帝の孫で皇女として迎えられたことを。
感情を爆発させるように帝国をぶっ潰すと憤るノクトに待ったを掛けたのは王の剣所属だったクロウ・アルスティウスだった。
彼女は自分の気持ちを正直にノクトに伝えた。

レティが城の外で溌剌と年相応の様子だったこと。イドラ皇帝という祖父との繋がりを大切にしているかもしれないこと。皇女となった事が強制ではないかもしれない、少なからず本人の意思が関係しているのではないかということ。
戦わなければ守れないことは重々承知している。けれど必ず戦になれば犠牲になる民が出てくる。国とはそういうものでノクトにはまだ王としての自覚がない。
貴方は犠牲になる民の事を考えてそのような発言をしているのか、と。

諫めるような発言にノクトは冷水を浴びせられるがごとく何も言い返すことはできずに逃げるようにベッドへともぐりこんだ。それから海を渡る為の船の修理が着々と進む中、ノクトは無気力な日々を過ごすことになる。考えれば考えるほど嫌な方向へと進んでしまうのだ。

レティと自分との敵対関係という間柄。
レティとの途切れてしまったかのような絆。
今までの自分が知る彼女は偽りで本当はノクト達を疎ましく考えていたのではないか。だからこそ以前にノクトに告げていたようにルシスを出ようなどと考えていたのではないか。
段々とドツボに嵌っていき息苦しくなっているにも関わらず抜け出すすべを知らないノクトの前に、手作りのモーグリ人形を手にしたイリスがやってくる。
ノクトはつい、ぽろりと年下であるはずのイリスにレティが自分たちのことを嫌いになったのかと尋ねてしまった。すると驚くくらい思いっきり怒鳴られた。

自分に聞かないで!レティに直接聞けばいいことでノクトは自分がどれだけレティに大切にされてきたか知らない。知らないからこそあえて本人に聞くべきこと。
ノクトがレティの家族であることは変わらないから!

一番大切なことを忘れてしまっていたノクト。
不安だけが先走り悪い方へ悪い方へと転がり落ちていく思考が正常に戻りつつあった。
勿論、完全に不安が消えたわけじゃない。ただ一人で考えるばかりで答えが出るわけでもないと気付けたのだ。
もやもやは直接本人へぶつけるべし。

イリスから託されたモーグリ人形を手にイグニス、プロンプト、グラディオに新たな旅仲間リベルトとクロウを連れてノクト達はオルティシエへと向かう。

水神が封印された地にて邂逅するであろう主だった三者。

己の命を削りながらも一途にノクトを想いながら待つテネブラエの神薙、ルナフレーナ。

人智を超えた神なる力の片鱗に恐れを抱きながらも一歩前へと進みだすニフルハイムの皇女、レティーシア。

王という意味と真なる家族の絆を胸に留めて船に揺られるルシスの王子、ノクト。

はたして、彼、彼女らはどのように交差していくのか。
また彼らを取り巻く他の仲間たちもどのように関わっていくのか。

それを知るのは、ただ【彼女のみ】である――。


chapter.07
水平思考~すいへいしこう~


あれは自分専用の図書室を与えられて間も無くのことだった。天井まで届かんとするたくさんの本に囲まれて私は衣食住すら忘れて本にかじりつくように知識を求めた。実際本当に忘れてた。

 

もっと、もっとたくさんのことを得て見返してやる。

あの人が叶わないようことを成し遂げて見返してやる。

 

幼い子供が考えそうな陳腐な考えだった。捻くれているともいうかな。そんな可愛げのない私に執事や侍女たちはさぞ手を焼いたことだろう。扱いにくい少女に嫌な顔ひとつせず甲斐甲斐しく世話をしてくれた。本当に、感謝している。色々と訳ありな王女で事情を知らされていたのは極側近のみで普通なら王子と同じような環境で育てる所、お城から出さない方針になった為軽く引きこもりみたいになってたかな。実際そうなる手前だった。

王女である私を本気で叱る人はほとんどいなかったし、クレイだって仕事がある。だから私の生活リズムは一般的の子供とは思えないほど生活リズムが狂ったりした。ひどい時は夜昼逆転!

それでもあの人は注意してくることもなく私に無関心な日は続いた。私も意固地になりなおさら本にのめり込んだ。目の下に隈を作ってでも不規則な生活を続けた。それでもあの人は注意すらしてこなかった。

 

そんな中、いつものように夜図書室に閉じこもり、鍵をしっかりとかけて寝た方がいいクポと心配してくれるクペを抱き込んで黙らせドアの外側でノクトがいつも通りにドンドンと叩いて「レティ!ちゃんとベッドで寝ないとダメだよ!一緒に寝ようよ」と誘ってくるノクトにドア越しに覚えたてのスリプルかけて強制睡眠させて黙らせて執事に連れて行かせてさぁ、もっと知識をと、山積みされた本に挟まれながら本を開きかけた時。

 

『ゴメンクポ!』

 

と、謝罪の言葉と共に急な眠気に襲われそのままふらりと倒れるように私は眠りについた。次に朧げないしきを覚ました時、図書室に備え付けてある柔らかなソファに横に寝かされておりタオルケットがかけられていてクペが私の腕の中で『すぴー』と寝息を立てて寝ていた。柔らかな感触に心地よさを感じながら私はクペをもっと抱き寄せて気がすむまで眠りについた。

 

静かな世界で私とクペ二人だけだったらいいのに何度も願いながら、そんなこと叶うはずもないのにと諦める私はいた。勉強とは別に合間に息抜きとして童話を読んでは王子様という夢の人に憧れを抱いた。

 

中でもその時好きだったのは、サンドリヨン。

継母や意地悪な姉二人に虐められて召使いのようにこき使われていた可哀想な少女が舞踏会に出たいと願うと、少女の前に魔法使いのおばあさんが現れ、美しいドレスと装飾品、硝子の靴で少女を可憐に変身させてかぼちゃの馬車で舞踏会へと送り出す。でも魔法使いのおばあさんは少女にある約束事を守らせようとした。時計塔の針が12時になる前に帰らなくてはいけないよ。でないと魔法は消えてしまうから。

魔法使いのおばあさんに見送られて胸をときめかせながら少女は舞踏会へと足を踏み入れた。そこで素敵な王子様と踊ることができたけど楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

12時の鐘がなる前に慌てて少女はお城から出ようとドレスの裾を翻して長い階段を降りていく。その後を追いかける王子様が少女に追いつくことはできなかった。

ひとつだけ少女の手がかりとなるものが残されていた。

それは硝子の靴。

王子様はその硝子の靴を後生大事に持って必ずあの人を見つけ出すと固く胸に誓った。それから国中でお触れが出された。

この硝子の靴をはける少女を王子様の花嫁とする、と。その後は定番の流れで見事意中の少女を見つけることができた王子様は少女を花嫁なら迎えて末永幸せに暮らしましたとさ。

 

少女にとっての転機は硝子の靴だった。

王子、王子様、優しくて格好良くて強くて勇敢で逞しくて秀でた人。誰からも慕われて大人気で女の人にモッテモテ。

そんな凝り固まった王子像が私の中で形成されていた。情報源は主に童話から。そのせいで理想像が高くなったかもしれない。だから私の身近にいる王子は範疇外というか、ああそう言えばノクトも王子だったっけ?と思い出すこともあった。その時は。

でもね、一番印象に残った時があったの。

それは、全然姫らしくない私に似合わないようなシチュエーションだった。ぼさぼさの髪に目の下に隈、山積みの本の中に埋もれるようにして本を読んでいる時の事。大体ワンピース姿で普段はいるんだけど靴は放り投げて裸足で過ごしていた。その方が気持ちいいし自由な感じがしてよかったからだ。私の教育係にしてみればとんでもありません!らしい。けどそんなものむしムシ無視だ。右から左へ聞き流して適当に相槌打っておいてしっかりと反省した殊勝な態度を取っておけば大抵納得するしそれ以上小言は言わない。それでもって誰も見てない所でのんびりと満喫するってことだ。

 

私の図書室に入ってこられる人物は極限られている。いかに教育係と言えど簡単に入室は許可されてない。ちなみにその許可をもらうには陛下の御許しをもらわないといけないけどね。

そういうわけでマイ図書室にいる時だけは自由に過ごせるのだ。でも逆に言えば監視の手が行き届かないので生活リズムも乱れる。そりゃトイレとかお風呂とか入るけど必要最低限で済ませて飲食も部屋の中で食べてるし一日人と会わない時もある。所謂引きこもり状態だ。幼いながらも今考えると恐ろしいことしてたと思う。それぐらいその時の私は他人との接触を拒んでいたんだ。

 

ノクト、以外は。

 

そう、ノクト。彼だけは飽きずに私に声を掛けてきた。根暗な奴なんか放っておけばいいのにわざわざ二つの内の一つの鍵をあの人から借りてきて施錠されているのを解除して無言で入ってきてさ、ドア付近に脱ぎ捨てたサンダルを(よく見つけ出したと思う)おもむろに拾い上げて椅子に座って本読んでる全然可愛い顔してない呆けた私の前にやってきて、

 

『レティ、ほら。靴だよ』

 

幼いノクトは片膝ついて私の足にサンダルを履かせようとした。

 

『なんで』

『だってコレ、レティの靴でしょう?』

 

小首傾げながら不思議そうな顔をしてビー玉みたいな瞳を細めた。

 

『そうだけど、でも自分ではけるよ?』

『そういってレティはいつも裸足じゃないか』

 

ずばりその通りです。だって窮屈なんだもの。

 

『………』

『ほら、僕が履かせてあげるから』

 

私の返事を待たずにノクトの手ずから靴を履かせてもらった。丁寧に優しく労わるようにつま先から入れてくれた。

 

『……別にいいのに』

 

素直にお礼が言えない私は視線を逸らしてわざとらしく言い返す。ノクトはもう片方のサンダルを履かせ終わると立ち上がって私に手を差し出した。

 

『はい、行こう』

『…どこに?』

『庭だよ。一緒に遊ぼ』

『……なんで』

 

顔を顰める私にノクトは笑ってこう言った。

 

『だって、レティ笑ってないんだもん』

『ノクトに関係ないよ』

『関係あるよ』

 

ノクトは私の読みかけの本を取り上げてパタンと閉じて山積みにされている本の上にそっと置いた。

 

『だってレティは僕の家族だもん』

『………』

『最近のレティは難しい顔しすぎだよ。もっと力抜いて?僕がレティを守るから』

 

ノクトの手が私の手に伸ばされそっと握りしめられる。

王子様はお姫様を守ってくれる。強くて優しくて眩しくて太陽みたいな人。人の視線が怖くて逃げるように閉じこもっていた私。誰も彼もが信じられなくて、心の中じゃどのように受け止められているのか怖くて、怖くて、消えたかった。

 

生きる為に知識を得ようとしたところで基礎ができていないんだもの。すぐには無理だったわ。だからもっと、もっと頑張らなきゃって思って自分を追い詰めてた。それでも上手くいかないからもっと本を貪り読んだ。眠くても我慢してその内羅列された字がぐにゃぐにゃなものに見えて気持ち悪かった。目が回って世界が歪んで見えて山積みにした本に倒れ込んだりもした。クペがすぐに助けてくれたけど、あれは参ったなぁ。

……精神的に参っていた私を助けてくれたのはノクトだった。

その時のノクトがただ私の身を案じて言ってくれたもので、深い意味はないと思う。だから縋るような私の声にノクトは迷わず頷いてくれた。

 

『………本当に?守ってくれるの?』

『うん!』

 

王子様みたいに、私を守ってくれる。

 

童話の中の御姫様みたいに、どんな時もずっと一緒にいてくれる。無意識にノクトに理想の王子様象を重ねてみたのはその頃から。じわじわと満たされるような感覚に酔いしれて私は満面の笑みを浮かべた。

 

私だけの王子様。

 

『ノクト、ありがとう』

『やっと笑ったね、レティ』

 

私の為に靴を持ってきてくれて、サンドリヨンのように靴を履かせてくれて、私の手を取って誘ってくれる人。

 

その時の私は大切なことに気づいていなかった。

王子様はお姫様を助けてくれるけれど、必ず結ばれる二人ではないということに。

もしかしたら、王子様はただの【善意】でしただけであって、

【好意】ではないかもしれない。小さな思い込みが日常の中で当たり前のものとなっていつしか独占力の塊に支配される。

王子さまは私のもの。いつもずっと一緒。

そんな物語のように現実は甘くはない。手に入っていたはずのものが幻で本当は手からすり抜けて行ったからみっともなく拾おうとしたけど、それはすでに他人のものだった話。伸ばした手よりも先に拾い上げたのは正真正銘の御姫様。

白くてキラキラしてて目が眩みそうなほど愛されている彼女に近づくことすらできない私は視界を庇いながら後ずさるのが精一杯。彼女のように必要とされたい、愛されたいと願うのはすでに土台が違うから無理な話だった。

 

最初から高望みしすぎたんだ。

 

「レティ、そろそろ着くぞ」

「うん」

 

ぼんやりと思考を現実に戻しながら到着することを教えてくれるニックスに頷いてはそれはそれは大きく美しい水上都市を見下ろす。壮大な造りで端から端まで町の中を見回るのに一体何日かかるのか、予想もできない広さだ。

ここにリヴァイアサンが封印されている。

人間のエゴで利用され用が無くなれば封じ込められる。まるで物の様に扱われさぞご立腹だろう、彼は。……目覚めの瞬間が大荒れになることは目に見えていたが、さてどうしてやろうか。

神薙が目覚めさせればすぐにでもリヴァイアサンの怒りを解くことはできる。私が命じれば一発で彼は応じるだろう。

だがそれでは彼らの為にもならない。

神を使役しようとしている時点でそれは敬う心がないということだ。つまり、私達に救いを求めているわけではない。あくまで都合よく利用しようとしているだけ。

ここは、傍観と手を打とうか。多少痛い目を味わえば神頼みなどと馬鹿げた考えも改まるかもしれない。

 

「……緊張しているのか?」

「うん?私が?」

「ああ」

「そう、見えるのね。ニックスには」

 

緊張、緊張か。意識してなかったけど言われてみれば自分の手が若干震えている。片手で押さえようとするけど反対の手も震えだした。これは苦笑してしまった。

 

「私、初めてなのよ。ルナフレーナ嬢に会うのは」

「ああ、そうだな」

 

会うのは一度きりでいい。それだけで十分だわ。

 

アラネアの話じゃアーデンやレイヴスもアコルトに軍を率いてくるらしい。アーデンめ、一言言っておいてくれればいいのに……。

 

ノクト達もいずれこちらに来るはず。一度アコルドの首相と面会しておくべきかしら。いずれ先のことを考えてここで借りを作っておくのも悪くはないでしょうし、帝国を終わらせるには彼らの【逃げ場所】が必要になる。

 

読みを間違うな。一つでもこじらせたら私の負けになる。

一つ一つ確実にクリアしていくことだけを考えろ。

 

感情は二の次。

 

確実に失敗なく終わらせるためには、ルナフレーナ嬢、貴方のノクトへと想いを利用させてもらうわ。

 

機体が大きく揺れて不時着したことが分かった。

ニックスが私に手を差し出して立たせてくれる。

 

「行くか」

「ええ」

 

私は迷いなき瞳で強く頷き返しニックスの手を取った。

 

【私は私の道を行く】

 

 

水都オルティシエ。ニフルハイム帝国の属国ながら独自に築き上げられた文化が際立つ水上都市。町の中をゴンドラが行き来し、老舗が軒を連ねる大通りには人の姿が絶えず観光名所とされている。カフェや船上市場にコロシアムと娯楽に飽きないスポットも多数存在している。歴史ある建物から異国情緒が感じ取れさながら映画の中に飛び込んだようになる。

さて、普通に正面ゲートから入国するならしっかりと入国審査なるものがある。これをパスしなければ入国できない。だが、私は普通の人ではない。

一応、お忍びとは言っているものの乗りつけているものが帝国の飛空艇だ。しかも外装が赤と目立つアラネアの印の飛空艇。停泊する場所も軍の常駐する基地内。せっかく観光と洒落こもうと考えていたのに、ゲートからニックスに手を引いてもらいながらクペを伴ってタラップを降りると魔導兵らがズラリと列を為して仰々しい出迎えとなった。黒スーツを着込んだアコルドの官僚関係者らの数人待っており、私が完全に地面に足をつけるとそのうちの一人の男性が前に一歩歩み出て私に向かって恭しく頭を垂れて挨拶をした。

 

「ようこそ、オルティシエへおいでくださいました。レティーシア皇女殿下」

「……出迎えご苦労さまです。随分と耳が早いことね」

 

情報規制はされたはずだけどどうやら無意味だったらしい。早くも皇女即位の話はこちらに伝わっている。となると、ディーノも情報を掴んでいるかもしれない。……ノクト達は確実に私のことを知ったということか。

 

「はい。すでに殿下即位の儀は我がアコルド内でも瞬く間に知れ渡っております。殿下の御威光の前に……」「余計な世辞はいらないわ」

 

ぴしゃりと言葉を遮る私に男性は目を丸くして一瞬呆けた。

 

「は…?」

 

だが私の静かな剣幕に気づき徐々に顔を青くさせていく。先ほどよりも声音を低くして命令するように私は言った。

 

「至急、カメリア・クラウストラ首相との会談を要求するわ」

「で、殿下。それは」

 

お願いではなく、あくまで命令であること。この意味はこちらが上位であることを示す証でもある。

どうせ見た目で判断してちやほやともてなしをしとおけば満足して帰るとでも思ってたのかしら。目論見通りにならなくて男性は見るからに慌て始めた。ごちゃごちゃといらぬ言葉ばかり無駄に並べてくるものだからハッキリと伝えた。遊びできているわけじゃないことを。

 

「神薙を匿っている件についてと言えば伝わるかしら」

「っ!」

 

男性は図星だったようで分かりやすく息を呑んだ。ポーカーフェイスもできてない男を出迎えに寄越したのは誤算だったわね。でも逆に扱いやすくてこちらとしては演技しやすい。

 

「急ぎなさい。貴方が私の前で止まっている分、この国が滅亡するタイムリミット迫っているわ。貴方の所為で滅んでもいいのなら、このまま立ち話でもしてましょうか?」

 

そうにっこりと微笑んで滅亡宣言かましてみれば男性はバッと後ろに控えた数名の男らに怒鳴るような大声で命令を出した。

 

「急ぎ!首相に連絡をっ」

 

バタバタと駆け足で走っていく数人の男に私の機嫌を損ねないよう必死に取り繕った笑みでご機嫌伺いに精を出す男らと女性関係者。

 

後ろの方で珍しく静観していたアラネアがぶふっと吹いて慌てて部下二人がフォローしていたけど、無視しておいた。素知らぬ顔で「案内お願いするわ」と歩き出すと、「レティ!」と名を呼ばれ、立ち止まり振り返ると「行っておいで」とにこやかに送り出してくれるアラネアに自然と頬が緩んだ。軽く手を振って案内してくれる女性に行きましょうと先を促して再び歩き始めた。

 

官邸に向かうまでの道中は至れり尽くせりでそれはもう快適でした。オルティシエで有名なパティシエが作ったケーキとやらで舌鼓打ちつつ優雅に紅茶飲みながらクペとニックスと談笑。

 

「レティ、脅かしすぎクポ」

「これくらいしないとあしらわれるだけよ。たかだか小娘ってね」

 

クペが呆れたように私の隣でもぐもぐケーキを美味に頬張りつつ、ニックスは紅茶よりはブラック派らしいので手は付けておらず。

 

「前よりもあざとくなったな」

 

と複雑そうな顔をした。出会った頃の純粋な私でも思い出しているのだろうか。だとしたら申し訳ないけどあの頃よりは成長した証だ。私はフッと笑みをこぼして

 

「やぁね、あざといだなんて。賢くなったって言ってよ」

 

と言い返してつかの間の会話を楽しんだ。

誰も神薙を捕まえるだなんて言っていないもの。ただ、その件について話があるとだけ伝えただけ。相手が勝手に勘違いしてくれたのだから手間も省けて助かった。

さぁて、二人と楽しい会話をして緊張もほぐれた。

これから先は気合を入れて望みますか。

 

レティーシア・エルダーキャプトとして一国の首相と会談するのだから。

一方その頃、官邸では急遽決まった会談の準備のため関係者の人々が慌ただしく邸内を行きかっている。帝国側から引き渡し要求をされているルナフレーナはあてがわれている室内でソファに座りながらその異常さを感じとっていた。

室内から出なくてもいいように一流ホテルのような客室にいるもののドアの外には魔導兵の監視が行き届いており文字通り逃げることはできない。逆に言えば安全と言える状況だったが、それも帝国側との会談によりそうもいっておけなくなってしまった。

 

「………」

 

もしや、身柄を引き渡せと強行手段にでるつもりなのかと緊張から体が強張ってしまう。

自分に叱咤を送り、ノクトの為にまだ捕らえられるわけにはいかない!と言い聞かせるもやはり人間であるルナフレーナから完全に恐怖心が消え去ることはなかった。

その証拠に無意識にドレスの生地を強く握りしめてしまった事を後から気が付いて手を離すと少し皺がついてしまっていた。

 

「あ」

 

吐息のように漏れた声が静かな室内でルナフレーナには大きく聞こえた。いつも傍にいるゲンティアナも今はおらずアンブラは先ほど最後の一言を添えて送り出したばかり。プライナは別の仕事があると教えられて今無事でいるのかも分からない。

「………」

 

一人孤独に使命と向き合う中でここまでやってこれたのは、神薙という立場が前提だとしてもほかならぬノクティスの為だけに行動してこれたことを深く感じた。幼い頃に出会ったばかりの時を思い出しては懐かしさに胸が温めらると同時に切なさもあった。母、シルヴァを失った事。兄と離れ離れにされ一人監禁状態にあったこと。いつかノクティスに再び出会うため、世界を救う王を支える為に己の力を高め神薙としての使命を全うさせること。

辛い経験をしてなおも乗り越えられてきたのは、ノクティスに恋をしていたからだ。初めて出会った時にノクティスに抱いていた庇護欲がいつの間にか恋愛感情へと発展していたと気付くのは文通を続けてそれなりに成長してからのこと。

ノクティスが綴る文章の中には時折、妹姫であるレティーシアの名が書かれておりその仲の良い様子は文面でも感じ取れ、少しだけルナフレーナは会ったこともない姫に羨ましさを抱いていた。お互いが出会った頃もノクティスは置いてきた姫の事を気がかりに心配だと何度もルナフレーナに話しては浮かない様子もあった。

どのような方なのですか?と話題探しに尋ねると、ノクティスは表情を緩ませた。ルナフレーナにとっては仲良くなるきっかけになればよかったのだ。それが意外にも照れ屋なノクティスとは思えないほど饒舌に語りだした。

『危なっかしくて本ばかり読んでご飯も僕が呼びに行かなきゃ食べないくらいの本の虫だし覚えたての魔法を見せにきて僕をスリプルかけて眠らせたりとか夜一緒のベッドで寝たりすると寝相が悪くて夜中に僕を蹴ったりしてベッドから落とそうとするし機嫌が悪くなると簡単に許してくれないんだ。この前は許してもらうのに一週間はかかったんだよ。でも憎めないんだ、どうしても。あ、笑うと可愛いんだよ!妹だから可愛いとかじゃなくて本当に可愛いんだ。だから学校とかでもよくレティの写真はないのとかクラスの女子とかに聞かれたりするけど父さんからそういうのは持っていないと断りなさいって強く言われてるから持ってないって言うんだ。本当は皆に言いふらしたいけど、でも僕だけのレティって感じで独占できてるみたいで嬉しいんだけどね。……本当ならルーナにも紹介できてたはずなのに父さんはレティを連れて行かないって……あ、ごめん!しゃべりすぎちゃった、僕』

 

すまなそうな顔をするノクティスに、少し間を開けてから『大切な方なのですね』と返せばノクティスは恥ずかしそうに頷いて、『僕の大切な人なんだ』と嬉しそうにえくぼを作って笑った。

 

ちくり、と胸に小さなトゲが刺さった。

ノクティスとレティーシアとの絆はほんの心の隙間に入ることもできないほど強いものと当時は強く感じたものだ。それは今も変わらない。初めて婚姻の話を聞いた時も、花嫁衣裳が出来上がった時も浮ついた気持ちはその時だけで、ノクティスの、『僕の大切な人なんだ』という言葉が脳裏をよぎり気持ちも消沈してしまう。

 

彼から直接婚姻を断られたわけでもないのに、ビクついてしまう姿はとても民の前に見せられない。文通の内容にそれとなく書きだすこともできたが、それは自分の矜持が許さなかった。

なんにせよ、直接ノクティスに指輪を渡すまでは限られた命を燃やし続けても生きなければならないのだ。

 

そう意気込むルナフレーナの元にドアがノックされ、「はい」と返事を返すと開かれたドアの先には護衛を伴ったカメリア首相の姿があった。

 

「急で悪いわね」

「いいえ」

 

ルナフレーナは椅子から立ち上がって頭を垂れて挨拶をしようとしたが手で制され「座って」と促されたのでまた椅子に座りなおした。カメリアも向かい側の椅子に歩み寄り腰かけてルナフレーナの顔を見つめておもむろに口を開いた。

 

「貴方も騒がしいことに気づいているでしょうけど、マズいことになったわ。わざわざ帝国の皇女殿下自ら会談の要求をしてきたの。……貴方を匿っている件についてね」

「……皇女、殿下?ニフルハイムにそのような方がおられたとは記憶にありませんが…」

 

戸惑うルナフレーナは何とか記憶を掘り起こしてみる。

ニフルハイムの属国となってからイドラ皇帝に跡継ぎがいた話はとんと聞いてもいないし噂にもなっていない。20年くらい前に身分の低い皇子が病気で亡くなったことで世継ぎはいないことになっていたが。

 

カメリアはルナフレーナの困惑した様子に一つ頷いた。

 

「貴方の記憶は間違いないわ。つい最近なのよ。皇室に迎えられたばかり。てっきり王女の枠に収まってるかと思いきやとんでもない行動してくれたものよ。レギスの娘は……」

 

そう愚痴を零す様は疲れても見えたが、同情するよりも先に聞き逃してはならない言葉にルナフレーナはすぐに喰いついた。

 

「陛下、の娘?……まさか、その方は……レティーシア様?」

「まだ公にしてない話だから他言無用よ」

 

信じられないということよりも瞬時にこみあがってくる怒り。

 

つい衝動的に腰を浮かしてルナフレーナは相手が一国の首相という立場ということも忘れ攻めるような口調で尋ねた。

 

「一体、どういうことですか…?なぜ、彼女が…!?ノクティス様はこのことを知っておられるのですかっ!?」

 

感情に心乱す神薙とは裏腹に冷静な対応でいなすカメリア。

 

「そう興奮しないで、王子のことは知らないわ。でもレギスの息子がそう簡単に死ぬとは思えないし案外タフに生きているんじゃないかしら。ちらほらと向こうの大陸では帝国の基地が次々と何者かの集団に潰されて警戒態勢が敷かれているらしいわよ。……こちらとしてもやれるだけのことはやるつもりよ。でも最悪のパターンもあり得るわ。悪いけど、覚悟だけはしておいてちょうだい」

「……わかっております」

 

また座りなおしたルナフレーナは苛立ちを抑えるように息を整えてそう答えた。だがどうに確かめたい気持ちが強く無理を承知でカメリアにこう願い出た。

 

「レティーシア様にお会いすることは、可能ですか」

 

ほとほと自分でもどうかしていると思った。危険を顧みず自分から首を差し出すようなものなのに。どうしてもレティーシアの真意を聞きだしたい想いから出た言葉なのだ。互いに面識すらない者同士ではちゃんとした会話さえ成り立たないだろう。

それでも、会って話してみたい。

彼女の出自を死に際のレギスから掻い摘んで教えてもらったルナフレーナだが帝国に赴く理由が想像できないからだ。

 

どうして、ノクティスを裏切るような真似をしたのか、と。

 

突然の狂言にカメリアは呆れ果てたように視線を鋭くさせた。

 

「……もっと冷静だと思っていたわ。幻滅させないでくれるかしら」

「無理を承知でお願いいたします。どうか」

 

カメリアの厳しい視線に尻込みすることなく真正面から受け止め真摯に頼み込むルナフレーナに軽く前髪を掻き揚げて瞼を閉じてふぅとため息を吐いた。

 

「分かっているのなら言わせないで。これは貴方だけの問題じゃないわ。我がアコルド存亡にかかわる大事なのよ」

「……」

「今の貴方は国同士のやり取りに私情で割り込もうとしている。少し、冷静になりなさい。それに、レギスの娘がそう馬鹿な真似をみすみすするとは思えないのよね」

「……何か、理由があると?」

「一概に言えないけれど、女の勘かしら」

「勘、ですか?」

 

一国の首相からの言葉とは思えないほど確定には程遠い回答にルナフレーナは眉を下げて困惑してしまう。

 

「ええ。ともかくそういうことだから貴方は少しでも水神復活の為に力を蓄えておきなさい」

「……ありがとうございます」

 

カメリアはこれで用事は済んだわと足早に椅子から立ち上がり部屋を出て行った。また一人になったルナフレーナは、ふと立ち上がり窓辺へ近寄った。

 

ここから見える景色をもしかしたら違う視線から見ているのかと考えてしまう。今、何処にいるのか自分に捜し出す術は残念ながらない。

 

「……ノクティス様……」

 

無事でいるのか、怪我などしていないだろうか。

 

今何もできないことが歯がゆく、自分の力不足を責めてしまう。優しいノクティスならきっとそんな自分を慰めてそんなことはないと否定してくれるだろう。

それでももっと力が欲しいと願ってしまうのはいけないことだろうか?

 

神薙としての立場を蔑ろにするつもりはない。

けれど、叶うのなら一人の女としてノクティスをただ支えてあげたい。

いつもどんな時も共に苦しみや悲しみを分かち合い共に喜びあいたい。すぐ、傍で。

 

「どうか、御無事で」

 

両手を組んで瞼を閉じてルナフレーナは祈りを捧げた。

 

どうか、六神の御守護がありますように。

 

【仮初の神を崇めたてる】

 

 

 

官邸に到着し、表からではなく裏口から入ることになった。(こちらとしても大々的にバレるのは嫌なので承知で)それから応接間に通された私とクペとニックスは魔導兵らが待機している部屋で暇を弄びながら数分くらい待たされただろうか。廊下から近づきつつある数人の気配を敏感に感じ取りながら、私の脇に立つニックスに早口で

 

「何があっても動じないで無言で通してね」

 

と上目遣いでお願いすると彼は

 

「……そのやり方、反則だろ」

 

と口元覆って私から視線を逸らした。若干頬が赤いのは照れているから?よく考えてみたらニックスに告白されてたんだ。しかも許可なしにキスまでされいたわけだし。……やばい、思い出したら私も照れてしまった。暑くて手をパタパタするとクペが私の異変に気づき

 

「レティ、熱でもあるクポ?顔が真っ赤クポ」

 

と心配され、おでこにぺたりとクペの手がつく。けど慌てて手を振って「大丈夫だから!」と上ずった声で言い返した。怪訝そうに「本当に大丈夫クポ?」と再度言われたけどコクコク頷いてやっと納得してくれた。

 

あー、やばいやばい。会談に集中しなきゃ。

 

胸に手を当てて息を整えているとついにドアがノックされ私が「どうぞ」と一声出してからゆっくりと開かれていく。本当なら迎える立場である私は椅子から立ち上がって待っていなければならないだろうけど、もうすでに会談はスタートしている。

どちらが上位であるかを示す必要があるのだ。

だから、あくまで私は両手を膝に重ねて座ったまま相手を待つ。

最初に入って来たのは黒服の護衛の男。それから続いて女性が入室してくる。目に鮮やかな緑色で印象的なバリバリウーマンって感じの女性。きりっとした眉と鋭い視線が私を射貫くように見つめた。けれどすぐに消え去りよそ行きスマイルで対応してくる。

 

「遅くなりまして申し訳ありません。ようこそ、我がアコルドへ。レティーシア皇女殿下。お会いできて光栄ですわ。私がアコルド首相のカメリア・クラウストラと申します」

「初めまして。レティーシア・エルダーキャプトです。突然の訪問に戸惑われたかと思うわ。その点についてはご容赦願いたいの。何分、『火急の件』だから。……どうぞ、お座りになって」

 

此方が客人であるはずなのに、まるで自分の部屋のように手を広げて向かい側のソファに座るよう促す。

イメージは妖艶な魔女。でも私がやると貧相な大根役者になってしまう。うぅ、気迫で負けそうだわ。でもファイトよ!レティ!

私の高慢な態度に険悪一つ隙一つ見せずにカメリア首相はにこやかに対応をして

 

「ええ。ありがとうございます」

 

と彼女は向かい側のソファに腰かけた。絶対あの顔、小娘が何を偉そうに~!とかイラついてると思う。

 

「それで、急がせるようで悪いのだけど。こちらに匿われている神薙ルナフレーナ・ノックス・フルーレが水神を呼び起こすイベントをするとかしないとかで少し小耳にはさんだのだけど。どうなのかしら?カメリア首相」

 

いきなり確信を突けば言い訳すらせずにカメリア首相は開き直ったように認めた。

 

「殿下の仰る通り我がアコルドで保護しております」

「こちらとしては面白くないのよねぇ。属国である貴方方が我が帝国の妨げとなることをしているのは。国が惜しくないのかしら」

「そのようなことはありません、殿下。ですが人道的な立場として保護しただけですわ」

 

それはつまりこっちが悪者ですよって言っているようなもの。肩肘張って強がっているのか最初から舐められているのか。こっちから揺さぶりをかけるか。

 

そう判断して私は目を細めて相槌を打ちながらひじ掛けに片肘をついた。

 

「そうねぇ。世間一般的には世界の神薙を不用意に追い回しているようにも見える。我が帝国の株は大下り。……面白いわよねぇ」

「……失礼ながら、殿下。不用意な発言は避けたほうがよろしいのではないかと思われますわ」

 

あら、意外と優しかった。わざわざ釘を指してくれるなんて。

浅はかな娘に要らぬ発言で身を滅ぼすと年上からの教えらしい。それとも聞き耳でもたてている間者が紛れ込んでいるのか。そのような気配は今のところないし、ニックスも平然と私の傍で控えている。ならば問題なし。

 

「あら。貴方達だっていつまでも属国扱いなんてごめんでしょう?演技しなくてもいいわよ。分かり切っているじゃない?高圧的な恐怖政治に民が付き従っているのはただ怖いから。支持しているわけじゃないわ」

「………」

 

ここは世辞でもそんなことはないと言わないと。

と言っても褒められるようなことはしていないから仕方なく黙るしかないんでしょう。だって本当のことだし。

私は気にせずに演技をあくどい皇女様を演じ続ける。自慢の銀髪を指先で弄びながら軽い口調で暴露話をする。いかにも能天気な御姫様を装って。

 

「ねぇ、カメリア首相。すでに知っていると思うけど私。御爺様の後釜に選ばれてるの。つまり次期女帝。でも国を背負うなんてまっぴらごめんだわ!いつか寝首かかれるかもしれない所の玉座なんて誰が欲しがるっていうの?もうウンザリなのよ。閉じ込められるのは。ルシスでもあの男に幽閉されていたものだしまたあんな想いをするのは嫌!満足に外にも遊びに行けないわ」

「……心中お察ししますわ」

 

私があの男と示唆したら一瞬雰囲気が険呑めいた。わざと演技しているのか、それとも単純に私がレギス王を侮辱したことに怒りでも感じたのか。まだこの人の真意が分からない。

 

「心にもない発言なんかいらないわ!欲しいのは、協力だけよ」

 

吐き捨てるように言い放つとカメリア首相は顔を顰めた。

 

「協力、とは?」

 

もったいぶったいい方をするなということかしら。それとも真意を図ろうとしているのか。たぶん、後者だな。この人はキレ者らしいからアーデンの話じゃ。

 

「貴方は帝国からアコルドを切り離したい。独立したい。けれど今のままでは無理な話。けれど代替わりをして私が帝国を解体させれば貴方達は晴れて自由の身になる。簡単な話でしょ」

「……ふっ……失礼。そのようなことが貴方に出来ると?」

 

失笑され、鼻先で笑う素振りに私はわざと片眉を吊り上げてみせた。

 

「あら、私の素性は御存じのはずよ。カメリア首相。元々はルシスの王女だったのだから。まぁ、今でも名乗れるけれど、裏切ることなどお手のものよ。十分知っているでしょう?」

 

舐めてもらえて結構。腹の探り合いも佳境に入った。

 

「………それで、殿下の条件は一体何なんですの」

 

パンと一つ手を打った私は声を弾ませて身を起こした。

 

「話が早くて助かるわ!さすがやり手の首相さんね。帝国解体の折、我が国民の避難受け入れ先として求めるわ。流石に私情に付き合わせてしまうのは可哀想だもの。路頭に迷わせるなんて私の品位を疑われてしまうから。やっぱり、評判が悪いのも嫌だし。……ね、どうかしら?いい案だと思わない?」

 

小首傾げて微笑みながらそう提案するとカメリア首相は見定めるように両目を細めて口角を上げた。

 

「デメリットが大きいようにも見えますが、それに確実に貴方が帝国解体を果たせるかどうか分かりませんもの」

 

カメリア首相は大きくヒールを履いている足を組みかえてポーズを変えた。

 

「そうね、確かにその通りだわ。でも何か勘違をしていないかしら?私は貴方に協力を求めたの。拒否する言葉はいらない」

 

ここで一気に空気が張り詰めたものになる。

今の言葉で私ははっきりとアコルドに圧力をかけたことになる。ここで一気に畳みかけることにした。

 

ルナフレーナの護衛をずっとお願いしてきた頼れる召喚獣。会いたい会いたいという気配(気持ち)をオルティシエ入りしてからビシビシと感じていたけど忠実に私が良いというまで待っていてくれた。

 

「カーバンクル、シヴァ。来て」

 

待たせてごめん。

 

そう心の中で謝罪を送りつつ、力ある私の呼び声に召喚獣が姿を現す。たちまち部屋の中に冷気が漂い、雪がひらほらと天井から降り注いだ。

室内に、雪である。

 

さぶい。さぶいよ。演技だとしても寒い。でも我慢よ、レティ。ここでくしゃみ一つしてみなさい。今までの悪役皇女ぶりが一瞬で無駄になってしまうわ。

 

相手の反応を伺えば顔を強張らせて僅かに椅子から体を浮かしたカメリア首相と彼女を庇おうと懐から銃でも取り出して牽制しようとする護衛二人だがそこは事前にニックスがシフトで移動して巧みな体術であっという間に男二人を床にねじ伏せた。さすが私の騎士。

 

あ、私が見惚れてると思って口元緩んでる。

いや見惚れてるのは貴方の華麗な動きですよ。

 

私の方ではひやりと冷たい感触が首に触れる。

氷の女王シヴァが私の後ろに浮かんで現れて縋るように私の首元に腕を回して交差させたのだ。

 

『やっと呼んでくれたわね。レティ』

『僕も来たよ!』

 

嬉しそうにカーバンクルが軽快な足取りでジャンプして私の膝にちょこんと座る。私がカーバンクルの喉元を擽ってやると彼は嬉しそうに「キューン」と鳴き、シヴァは自ら顔を摺り寄せてくるのでマジ冷たい。小さく小声で『ありがと』と礼を言ってから、驚愕しているカメリア首相に余裕な態度で向き直る。

 

小馬鹿にするように薄ら笑いをして見せれば蟀谷辺りがぴくっと一瞬だけ痙攣したのを確認した。

 

「知っていらしたかもしれないけど、私。召喚獣達と仲がいいの。だから例えば……私がこのオルティシエを凍らしてと願えばシヴァはあっという間にこの水都を氷の美しい都に変えてしまうかもしれないわ。人も建物も水源も何もかも。ねぇ、シヴァ?綺麗な氷の都とか見て見たいと思わない?」

『レティが望むのなら叶えてあげましょう』

 

通常、召喚獣の言葉を理解することは人間では不可能。指輪の力を得た王と神薙なら意味を理解できるけどね。カメリア首相にシヴァ言葉は理解できないけどそれとなく同意していると説明すれば後は雰囲気で誤魔化せるだろう。

 

私の演技に付き合ってくれるシヴァは私から少し離れると指先をくるくると回して人間の頭くらいある氷の塊を出現させ空中にふわりふわりと浮かばせる。

お見事。ところでそれで何するのかしら、と心の中で疑問を抱いたらシヴァは『イフリートの頭でもこれでかち割ろうかしら?』とぞっとする笑みを浮かべておっしゃいました。

やめてあげてください。マジで。

 

『レティ、私ちゃんと数えているのよ。貴方が帝国に行ってから涙した数を。事前にイフリートにレティに何かあったらしっかりと守れと言い付けたにも関わらず貴方は心痛めながら涙してどれだけ私がイフリートを氷の彫刻にして砕きたかったか……。だからこれくらい可愛いものよ』

 

ウフフとシヴァの笑みが深くなった。この目は本気だ。

ええい、さっさと話を流してイフリートを救わねば!

 

「シヴァも見たいって!……あら、不服そうねぇ。その顔……」

「ええ」

 

オッケー待ってましたこの展開!

隙を逃さず畳みかけるように上から目線で偉そうに言い放つ。

 

「じゃあ、提案があるんだけど。神薙をうまく使って貴方方の株を上げてあげてもいいのよ。独立しやすいように手柄を立てさせてあげる。神薙を保護し続け、非人道的な扱いを強いる帝国に屈しない国家アコルドの新たな伝説を作ってあげるわ。貴方は歴代の首相の中で誰よりも名を連ねる首相になるでしょう。……ねぇ、取引しない?貴方が拒否しない前提での取引を」

 

勿論、受けてくれるわよね。

 

召喚獣の圧倒的な力と帝国という背後『バック』を持つ悪役皇女な私に彼女はどんな選択を下すのか。もし、彼女が私を試すつもりでこの会談に臨んだのならご愁傷様。

 

完全にこの戦、私の勝算だ。

 

誇りで飯が食えるか、矜持の為に命を捨てられるか。

生き残りを賭けて一国の首相が下した苦汁の決断は。

 

「……お受けいたしますわ」

 

絞り出すような声に私はにやりと、口角が上がてカーバンクルを片腕に抱き上げて今まで静観していたクペを肩に乗せて椅子から立ち上がる。シヴァはするりと私の頬を撫でてキラキラと光を纏って消える。ちなみにシヴァからのメッセージは後でゆっくり話しましょう?です。

 

やることはやった。さっさと逃げるべし!

もう緊張感から限界だったんだ。

 

「今後も良い友好関係が築けるでしょう。カメリア首相、貴方のお陰で。ニックス、引き上げるわ」

「はっ」

 

私の掛け声にニックスは倒した護衛を一瞥してからすぐに先導してドアを開けてくれる。そこまでしなくてもいいのに。

 

「私とニックスは民間のホテルで休ませてもらうわ。そちらの方がお互いに気疲れしなくて済むでしょう。計画の詳細については使いを出します。用があればその者に申し付けてちょうだい。それじゃあ失礼するわ」

 

相手の返事待たずに私はさっさとドアをくぐった。ニックスもそれに続いてパタンとドアを閉める。ゆったりとした足取りでなおかつ立ち止まらずに悪役皇女はひたすら官邸脱出に専念。

無事に官邸から出て人通りの多いところから人気の少ない路地裏にたどり着いた時には、膝がガクガク震えてその場にへたり込んでしまった。

 

「つ、疲れた……」

「お疲れクポ」

『レティ、頑張ったね』

 

モフモフのクペとカーバンクルに撫でられ擦り寄られ疲弊した精神が癒されていくのを感じる。むぎゅうと胸に二匹を抱きしめて顔をこすりつけていると、ニックスも隣にしゃがみ込んで頭をガシガシと乱暴に撫でてきた。

 

「よく頑張ったな、レティ。滅多にやらない悪役キャラ結構見ものだった」

「でしょ!?あのカメリア首相って絶対百戦錬磨の女傑って感じだったから内心気が気じゃなかったのよ。なんか怪しまれてるんじゃないかって時もあったし。……そろそろ髪がぼさぼさになるからやめて」

 

褒めてくれるのは嬉しいけどもうちょっと丁寧に撫でて欲しい。クペとカーバンクルを腕から解放してニックスの手を退かそうとする。すると抗議がしっかりきいたようで手で髪形を整え始めた。最初は撫でつけるように徐々に指に髪を通らせてニックスの手が下へと降りてくる。黙って見守っていればとうとう直すという名目で堂々と私の髪の滑らかさを堪能している。それはもううっとりと。

 

「さらさらだな、相変わらず。……怪しいねぇ、まぁ確かに立場的にはこっちが上だけどああいう場数の経験は圧倒的にあっちの首相だろうな」

 

私は頷きながら髪をいじりだすニックスの手を両手で捕まえて動きを止めさせる。

 

「うん。だからこっちは馬鹿だけど権力振りかざす悪役皇女って設定で挑んだけど。違和感なかった?」

 

動きを止めさせたはいいが、今度は悪戯めいた目でニックスがおもむろに私が捕まえている手に力を込めて手前に引いた。すると反動で私にニックスの方に倒れ込む。

 

「うわっ!」

「ゲット」

 

調子のいい発言にムカついた。

体よくニックスの腕の中に捕らえられてしまった私はじろりと睨みあげるとニヤリと笑み返された。誰がゲットされた、だ。まだゲットされてないもん。仕返しに頭突きでもしてやろうと人の頭の上でご満悦と言わんばかりに下顎をゴリゴリ寄せてくるニックスに頭突きしようとしたらさっと顎をグッと持ち上げてタイミングよく逃げた。さらにムカついたので両手をワキワキさせて『バシッ』と小気味よい音を立たせてニックスの頬を挟んでやった。

 

「痛い。……オレはレティの素を知ってるから違和感ありまくりだけど」

 

反逆も一瞬で終わってしまった。私の腰に回している腕とは反対の大きな手で私の手首をきゅっとまとめて掴まれてしまった。もうこうなったら言葉攻めだ!

 

「そういうニックスだって紳士な振舞いして変なの」

「似合わないか?」

 

急にキリっと真面目な表情になって私をじっと見つめてくるから思わず頬が熱くなって視線を逸らした。もごもごとハッキリ声に出せないなんて情けない。しかも認めてしまうし。

 

「……いや、似合ってるけどさ、でも別にそういうことして欲しいわけじゃないもの」

 

そうだ。ニックスは私の騎士であって従者じゃない。

 

「あれは演技だ。でもレティにはなんでもしてやりたくなるんだよ」

 

今まで離れててた分埋め合わせの意味もあるしな、だって。

 

「………そういうこと、今言う?」

「言う。リベンジもしっかり考えてるから覚悟してろよ」

 

なんのリベンジかなんて聞くほど野暮じゃない。

というかニックスに誤魔化しなんてきかない、意味がない。だって私の為だけにあの王都からやってきたくらいなんだもの。彼に嘘はつけない。

だから余計に彼の熱の籠った瞳が、私の胸をじりじりと焦がす。

 

「………聞かなかったことにします!」

「逃がすつもりはないぜ」

 

顔を寄せられ耳元で低く囁かれて背筋がぞわりと逆立った。

 

「いい加減にするクポ!」

『僕も一緒に遊ぶー!』

 

一方的に絡まれていると我慢していたクペとカーバンクルも飛び込み乱入してきてその勢いで地面に転がってしまった私達。せっかくの服が薄汚れてしまって頬膨らませて拗ねる私にニックスはご機嫌取りに服を買いに行こうと私の手を引っ張って有名デザイナーのブティックに飛び込んだ。

どうでもいい服でいいのに!と突っぱねようとする私をにこにこスマイルの店員達に押し付けてたくさん着せ替え人形になって辟易して不機嫌モードに入る私。けどニックスのお眼鏡にかなった服がやっと決まりそれを服と靴と帽子を一式プレゼントされた。

どこぞの可憐な貴族のお嬢様スタイルである。白のフレアワンピースで肩口から袖口にかけて半透明の白のレースでできており涼しさを感じさせる。胸より下のウエスト部分をきゅっと締めるように黒のリボンがワンポイントが特徴的だ。それと鍔の広い麻の帽子は顔が隠されるようにとの意味があるらしい。ヒールもワンピースに合う白のシンプルでそんなに高くないタイプでこれでニックスの身長に少しは近づけたと思う。

 

今まで来ていた服をしっかりと紙袋に入れてもらい(ニックスが持ってくれている)「またお越しくださいませ」と店員に見送られてショップを出た私とニックス。さり気なく手を伸ばされ握られる私の手。

 

「ありがとう。全部高そうだけどお金大丈夫?」

「それなりにハンターやって稼いだから心配するなよ。それにレティとこうしてデートしてみたかったんだ」

「……デート……。初めてかも」

 

考え込んで声に出した結果、ニックスはしたり顔になった。

 

「ふぅん、じゃあレティの『初めて』もらいだな」

「厭らしい言い方!」

 

クペがニックスの肩に乗ってカーバンクルを抱き上げながら私とニックスはのんびりと散策しながらホテルへと向かった。

 

 

フロント係「いらっしゃいませ。ご宿泊でしょうか?」

 

レティ「はい。あの二部屋お願いします」

 

ニックス「いや、何かあったら困るから一部屋で」

 

レティ「何言ってるの!?」

 

ニックス「いや真面目な話で、いだっ!蹴るなよ」

 

レティ「馬鹿なこと言い出すからでしょう!?」

 

ニックス「これぐらい大きいホテルなんだ。別に一緒の部屋でも…。大体一緒に昼寝した仲じゃ「馬鹿っ!!」だっ!?」

 

レティ「二部屋でお願いします!!」

 

フロント係「申し訳ありません。あいにくと予約が満杯でしてお二人様用のお部屋が辛うじて一部屋空いているのですが……いかがいたしますか?」

 

ニックス「じゃそこで」

 

レティ「ニックス!!」

 

ニックス「大丈夫だよ。許可もらえるまでは手出さないから」

 

レティ「絶対ないから安心して!」

 

【結局一緒の部屋になりました。召喚獣付き】




かつての、女神の守護者はこう最後の言葉を残した。

【光と闇。強さと弱さ。美しさと醜さ。いっさいが散り乱れる混沌。人は、それを心と読んだ。心は苦難を超える力をもたらす恵み。けれど時に呪いのように抑えがたく荒れ狂って、おのれを傷つけることもある。それでも私は、心を失わずにいたい。希望への想いを守り続けたい。世界に溢れた混沌に、人の心が融けていく今。私は、想いを失わずにいられるだろうか。永劫の夢を見て、私は眠る。永遠すらも終わりを迎える時をまつ。来るべき、目覚めの時を】

彼女が目覚めるのが先か。
それとも、彼女の主が目を覚ますのが先か。それは先読みできないこと。
だが、いつの日か、女神は復活を遂げる。女神の心臓は壊されたが、魂は深く、深く眠りについていた。彼女が望むことは一つだけ。いつか、母なる女神に会いに行くこと。

【貴方は、誰―――】

闇夜に交じる月の光とよく似たそれは、そう疑問を投げかける。
死の国の女神は滅びに散った。人々の記憶から忘れ去られクリスタルを残したまま、核たる【心臓】が破壊された今、元の彼女を前提とした復活はない。
主要たる神々が表舞台から姿を消し、縋るものを求めて人々が崇め奉ったのは残された召喚獣達。人々は長き時代の中で彼らを神と選定仕上げ、心の拠り所としおとぎ話として世界に広めた。召喚獣たちはそれも良しと受け入れた。託された者としての責務を全うしようとしたのだ。一度は神々の手から解放された人間たち。

だが愚かにも人々は全知全能たるその力に魅入り、再びその力に支配されることを望んだ。

縋ることを止められない人間だからこそ、同じことを繰り返す。

【私は、―――】

青き世界で泡がいくつも頭上へと昇っていく静かな音のない世界。

ピクンと瞼が微かに動き、薄くパチパチと瞬きをして、その瞳はゆっくりと露わになる。
深く吸い込まれそうなほどの緑色。

彼女は深き眠りから覚めよとしていた。
自分が何者であるかを自覚しないまま。その大いなる力に導かれるように。

召喚獣達は、騒めきだった。ついに主たる存在がこの世に降臨しようとしている。ついに彼の地に再び迎える時が来た。その責務は彼ら召喚獣にある。女神に傅き来るべき時まで守護し奉る。決して女神の意思に背くことはない。もし、仮に女神の意思に反することならば古からの盟約により相応の罰が発生する。

女神が、歓喜に満ちた産声を上げ、天から祝福の花びらがたくさん舞い落ちる。

【ああ】

身に纏うものはなく生まれたままの裸体で、女神は両手を広げて宇宙〈そら〉から降る花びらを受け止めた。

ひらり、ひらり。
血の様に深く深くしみ込んだようなどす黒く、そして紅く明か(さや)で鼻腔にその香り立つ花びらをそっと握りしめ、瞼を完全に閉じた。

人の形を成したゆりかごに子守歌代わりに聞こえる雑音が心地よくこのまま微睡み続けたかった。女神は心情を吐露する。

【私は、……目覚めたくは、なかった―――】

自ら望んで得た力ではない。
根本から備わっていた力を果たして己の力を言えるのか。それは高慢ではないか。
努力なしに得た力で皆の注目を集めさも努力した風を装い同情を誘う。
それが人間らしい感情の一つであることは理解できる。だが言いたい叫びたい。

【どうして、私なの】
【どうして、私でなければならなかったの】
【どうして】

生まれたくなどなかった。
選ばれたくなどなかった。
最初から混沌に沈んでいたかった。

女神が知りたかった人たる証は、結果的に彼女を人たらしめた。
人よりも人であった。故にその苦悩は誰よりも深く、深く辛く苦しく悲しいもの。自覚してしまえば進むほどその苦悩は大きくなっていく。

彼女は、両手を強く強く握りしめた。
綺麗に整えられた爪先が滑らかな皮膚に食い込んでめり込み、ぷつりと皮膚が裂けてじわりと血が食い込んだところから溢れ出す。

【私は、目覚めたくは、なかった】

女神は怨嗟を吐くように呟いて、また瞼を開いていく。

【私は】

先ほどまで、緑色だった瞳は花びらのように紅く染まる。
近づくほどの融合は深まり後戻りはできない。受け入れる受け入れないの前に彼女には〈拒否〉することは不可能。なぜなら受け入れることを前提でこの世に生を受けるよう誕生したのだ。
あとどれだけの時間が残されているのか。果たしてうまくいくのか。
無謀ともいえる己の行動が果たして幸福に繋がっているのか。

悩むばかりで答えなどでない。だがやるしか道はない。どちらにせよタイムリミットは動き出したのだ。ともかくやるべきことを終わらせる。それまでにこの未練も断ち切れているかもしれないと、彼女は投げやりに思った。

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