レグルスの子供たち   作:サボテンダーイオウ

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水平思考~すいへいしこう~2

レティーシアside

 

甘酸っぱい恋なんて知らない。

胸が痛くなるような恋なんて知らない。

振り返るような過去なんていらない。

取り戻したい青春もない。思い出なんていらない。

結局全て置き去りにするものばかりだ。持っていくものなんて何もないもの。

 

今私がやらなくちゃいけないことは私が始めたことにケリをつけること。

責任もって終わらせなきゃ。ルナフレーナ嬢をノクトの元に生かす為にも。きっと今の状態では長くもたないはずだ。

神薙が時別な存在であれ、彼女は人間だ。替えのきく体でもないし神と同じ土俵に上がることなど生身の体では無理な話だ。それを承知で行い続けているのは彼女に死の覚悟があるからこそ、己の命賭けてまでノクトを王にさせようという想いがあればこそ。

……好きな人の為に命を賭けるって王道のヒロインだしね。

あーあ、私には到底無理な話だ。精々悪役の魔女がお似合いなレベル。別に今さら張り合おうなんて気はない。

 

敵いっこないのはわかってるからさ。

もう、私に残された時間は少ないのだから。

 

ニックスにテイクアウトできる夕飯を頼んで部屋から無理やり追い出した私の元へ音もなく静かに彼女が宣言通りに現れた。

内に眠る力が覚醒に近づきつつあることを知って、人間の姿であるゲンティアナとして。

 

「それがシヴァの仮の姿なのね」

「ええ。大抵はこの姿を成しているわ。ゲンティアナとしてルナフレーナにも接していたの」

 

黒髪の美しい女性の姿でシヴァは朗らかに微笑み、私が座る椅子の目の前におもむろに膝をつき、片手を胸につけて頭を垂れた。

 

「貴方が目覚める時をずっとお待ちしておりました。幾千の時をこの瞬間の為だけに夢見て、ただただ……」

「……苦労をかけたね」

 

そう労うと彼女はバっと顔を上げてふるふると顔を振り声を震わせた。

 

「いいえ!そのような勿体なきお言葉……身に余る光栄です」

 

妖艶な色香を放つ女が私の態度言葉一つに翻弄されでまるで初心な少女のように頬を染める。しおらしい姿に今まで騙されていた憤りなどどうでもよくなった。気が遠くなるような時間の中でよくくじけなかったと逆に褒めてやらなければいけないのだろうがそのつもりはない。一つ確認しなければならないことがあるのだ。もし、手違いが起こっていたのなら間違いはしっかりと正さねばならない。

すわなち、私が気になっていたことである。ニックスと再会した当初感動の場面からうやむやにしていたが彼と接する時間が長くなるほど、その疑念は深まっていった。ニックスの手の模様から感じ取れるシヴァの力の片鱗。これがどういった作用をもたらしているのか分からないが、元々レギス王と直結した指輪の恩恵を受けて魔法が使えていた一般人である彼がレギス王の死後も魔法が使える状態にあるということ。

王族でもないノクトと繋がりがあるとも思えない彼がどうして魔法の力を自在に操れるのか。その絡繰りを創りだしたシヴァから直接説明、もとい釈明をしてもらわなければ今回の事を許すつもりはない。

人間である彼を神の謀りに巻き込むなど許せることではない。

 

私は少し体を屈めて両手を伸ばしゲンティアナの頬を挟んでそっと顔を持ち上げさせ視線を交わせる。

 

「ねぇ、シヴァ。答えて」

 

偽りは許さないと前置きしての問いかけにゲンティアナは素直な返事をした。

 

「はい」

 

どこか恍惚とした表情なのは待ちに待った存在を前にしての歓喜から来るものなのか。

従順なのは私だからこそであり、他の者に対しては氷の女王の名に相応しい冷徹さを持つ彼女がどのようにして彼と接点を持ったのか。脅すような真似をしていないといいが。

 

「……どうしてニックスの手から貴方の力の片鱗が感じ取れるの」

「ニックス・ウリックを貴方様の守護者候補として選定いたしました。その加護を与えたのです」

 

一応シヴァのお眼鏡にかなったということか。

 

「当然それはニックスが同意したものなのよね」

「はい。ですが貴方様の御力に関することは伝えておりません。あくまでニックス・ウリックは候補ですので確実に守護者として認められてからでも遅くはないかと判断いたしました」

 

事情は大体把握した。行きずりで契約をしたわけではないのが分かっただけでも上々だ。私はシヴァの顔から両手を外して背もたれに寄りかかるように椅子に座りなおした。

 

「……なら結論はこうだわ。ニックスを守護者候補から外して」

「…なぜ!?」

 

これはシヴァにとって予想外の答えだったのだろう。目を見開いて驚く彼女に私は窘めるように指摘する。

 

「彼は人間よ。私達とは違う。生ある者に永遠の縛りを与えるというの?そんなこと、私は望んでいないわ」

「ですが、それではいざという時に貴方様を守る者がおりません!どうか、今一度御考え直しを……!」

 

縋りつくように私の手を握ってくる彼女の手は思ったほど温かく、必死な顔が人間らしく思えた。

どうしてそこまで私に守護者を与えようとするのか。

 

感じた疑問をそのまま伝えた。

 

「貴方達がいるじゃない。それではダメなの?」

「それでは足りないのです。いつあの神が目覚めぬとも限らないのに……」

 

私の言葉に頭を振っては悔し気に唇を噛む彼女。召喚獣たるシヴァが力及ばなずに恐れを抱く相手。それは我らが主神たる者しかいない。

 

「……なるほどね。我が母なるあの御方に似せて作ってしまった出来損ないのファルシである女神が煩わしいと。でもどうせ目覚めないんじゃないの?この世界が無くならない限りは。一度神々の支配から解かれた世界だもの。壊れた後での復活については何とも言えないけど。でも、仮に目覚める兆しがあったとしても阻止するけどね」

 

召喚獣の主だった者たちは主神たる者に創られた。けれど支配から解放された彼らは他のファルシに付かずに私を慕ってついてきてくれた。一度、私が滅んだ時、彼らの嘆きの声が胸に響いたのをよく覚えている。そのなかでも一際耳に覚えているのはシヴァのつんざくような悲鳴だ。

 

『――――――――!!』

 

声にならない声。

悲しみと苦しみと絶望と怨嗟が入り混じったもの。

女神としての存在が消えて魂だけが混沌の海に沈んだ私がいつか蘇ることを確信して心血注いで今度こそ守ろうと今まで傍に居続けてきてくれたのは誰よりもシヴァだった。

幼い頃から私を愛しんでくれた彼女の愁える顔など見たくはない。最後の発言で私が無理をするのではないかと、不安げに瞳を揺らすシヴァに安心させるように微笑みかける。

 

「レティ……」

「そんな顔をしないで、シヴァ。貴方が私の身を案じて進言してくれていることはよく分かったから。だからこそお願いよ、ニックスを解放してあげて」

 

ここからは神の領域で人間が足を踏み入れる先ではない。いずれ彼の地に帰る私にはこの世界から何も持っていきたくはないのだ。だがそう簡単には上手くいかないようだ。表情を曇らせ申し訳なさそうに眉を下げるシヴァは躊躇いながら理由を説明してくれた。

 

「……本人がそう望まない限り契約は解消できないようになっています。だからニックス・ウリックが望まない限りは」

 

そういうことなら仕方ない。

ふぅと息を漏らしてシヴァには礼を伝えた。

 

「……分かった。ならそう勧めてみるわ。彼だって自分の命は惜しいでしょう。ありがとう、シヴァ」

「レティ……」

 

まだ言いたげなシヴァに手で制してそれ以上続けるなと止めさせる。これ以上の会話は無意味ではっきり言って答えなどでない。本人の意思のみで結果が分かるのだ。

シヴァは少し悲しそうな表情で「分かりました」と頷いて立ち上がると一礼してからふっと霞みがかるように消えた。

 

一人になった瞬間にどっと疲れがあふれ出て椅子の背もたれにもたれかかった。

自分の知らない古の情報をスルスルと口にだせる異常さ。それをすぐに違和感と捉えることができない感覚。飲み込まれまいとたたらを踏んでいるにも関わらずこの影響の強さ。

いずれ私の人格も消えてしまう恐怖はいつも襲い掛かってくる。ふと気を緩めば私の名前させ忘れてしまうのではないかと怖くなる。

 

「………怖いよ……」

 

弱気な自分を隠すように身をすぼめて体を抱きしめた。

強く強く。痛みで怖さを紛らわせるように。

 

誰にも聞かれてはいけない。

私の本音。

 

【孤独な苦しみ】

 

 

唐突にその事件は起こった。場所はオルティシエの豪華なホテルの一室。不本意ながら仕方なく!二人部屋に泊まることになったんだけど(しっかりと偽名で借りた)、ちゃんと線引きをしてそこから一歩でも立ち入ったらサンダガ喰らわせると脅しので不埒な真似に及ぶことはないと信じたい。というかしたり顔で逆にこんなことを言われた。

 

「前は普通に一緒に寝転んでたけど、ようやくオレの事を異性と認めたってことだな」

 

だって。確かにニックスの部屋でベッドで昼寝してた時にニックスも横にいて一緒に寝てたけど狭いベッドだから仕方ないじゃない。それに寝ていいぞって言ったのはニックスの方だった。決して!私の方から誘ったわけじゃないし、そういう男女のアレコレあったわけじゃないもの。

だというのに、何その余裕!

全然違うし!とムキになって否定したけど頬紅いぞと指摘されてグッと詰まってしまい結局はニックスの顔目がけて枕を投げつけて彼からの抗議の声そっちのけでそっぽ向き無理やり会話を終了させたから今回は引き分けにしておいた。

 

その頃に私には異性に対しての免疫がなかった。

箱入り娘だと思うさ、私でも。……大切にされてきた証なんだって今さら思い知ったよ。どうしてそう思うのか?それはニックスが直接レギス王から教えてもらったことだから。そのことをようやく落ち着いて話せるってニックスは私が座るベッドの隣に腰を下ろして話してくれた。

 

王都襲撃での詳細。どのようにレギス王たちが応戦し勇敢に戦ったかを。命を惜しまずに一人一人地に伏していく中、深手を負いながらも執拗にレギス王を狙うグラウカ将軍の手から逃げるルナフレーナ嬢とニックス、そしてレギス王。辛うじて逃げ込んだエレベーターの中で指輪をルナフレーナ嬢に託したレギス王はニックスに伝言を頼んだ。王子に、お前は私の自慢の息子だ、と。そして今まで辛い思いをさせてきた大切な娘にこう、たった一言だけを残した。

 

「王は最後にこういった。『レティ、ずっと愛している』と」

「……愛して、いる」

 

たった一言だけど確実にそれは私の胸を強く打った。

みるみる内に、瞳が揺らいでいき波打って表情がクシャリと歪んでいく。

 

コルから以前に打ち明けられていたけど間に受けなかった。信じられなかったんだ、その時は。

 

【愛して欲しい】

 

それは私がずっと欲しかったものだった。幼い頃から願い続けてきたもの。欲しいと思っていても与えられなかったもの。

 

「お前は王に愛されていた。ずっと。陰から支えられながらな」

 

でも私は多大な勘違いをしていたらしい。

ずっと欲しかったものは、私が気がつかなかっただけで知らぬ間に与えられていたんだ。

 

愛称で呼ばれることなど等しくずっとなかったというのに。最後の最後でそう、呼ぶなんてなんて卑怯な人。

 

いつでも冷たい瞳で私を見つめてああ、疎ましく思われているんだと誤解している私をあの人は否定しなかった。私をわざと突き放す素振りは全て私の成長の為だったらしい。ミラ姫の二の舞にさせないために、不器用なやり方で遠回しの愛を送り続けてきた。興味ない振りをして過剰に私を閉じ込めさせたのも、破天荒な私を心配してのこと。私が皇族の血を受け継いでいること。情報が少しでも漏れないようにとのこと。

 

ついに溢れてじわりと目の端から零れる涙を隠すように私は両手で顔を覆った。くぐもった声で溢れ出す感情のまま気持ちを吐き出す。

 

「……だったら直接言えばいいのに……。なんで言わないのよ、どうして最後の言葉がそれなのよ!?………なんて、空回りな旅だったのかしら……。結局、私は馬鹿みただけじゃない。……ううん、あの人も馬鹿よ、大馬鹿じゃない……あの人は!親子そろって……なんて、間抜けなのかしら……。父上、父上……ちちうえっ……!!」

 

そっとニックスが私の肩を抱き寄せてくれ、「レティ」と優しく私の名を呼んでくれる。

 

「……ち、ちう、え……!」

 

むせび泣く私の心は温かくてこれ以上にないほど満たされいた。時を戻すことが出来たならもう一度会いたい。

 

直接伝えたかった。この言葉を。

 

貴方を、父と敬えることを嬉しく誇りに思います。

父上、私は貴方の娘で本当に良かった。産まれてきてよかった。貴方に出会えて良かった。

 

貴方が父で、良かった、と。

 

私が落ち着くまでニックスはずっと傍で寄り添い続けてくれた。

 

『私が欲しかった愛は、最初から与えられていた』

 

さて、ようやく私が落ち着きを取り戻し始めた頃。隙を突くように犯人からの犯行声明。

 

「好きだ」

 

白馬の王子様のように格好良く馬に乗って現れたりはしなかったけど私が困っている時、辛い時、心が一杯一杯でパンクしそうな時、彼は敵国の軍服を身を包んで約束通りに助けに来てくれた。でもその時の彼はひどく狼狽しながらこれでもかっていうくらいに目を大きく見開いてて正直、間抜けだった。

飛空艇の中でそれとなく笑い話で振ると彼はバツが悪そうな顔をして「忘れろ」と言いながらそっぽを向いて拗ねた。

 

「忘れないよ」そういって笑って言い返す私に彼は悔しそうな顔して「覚えてろよ」と捨て台詞言ったのが記憶に新しい。

 

彼はベッドから腰を浮かして目を瞬かせる私の目の前に跪きながら決して視線を私から逸らさず真面目な表情で私の両手を優しく包み込むように掴んだ。

 

「レティの想いだけでここまでやってこれた。お前がどんな存在だっていい。オレの命は一度は消えたんだ。王都崩壊と共に消えた。だから今のオレはお前を守る存在だ。そうでありたいとオレは考えてる。……どんな試練だろうと喜んで受ける。全力で勝ち残ってみせる。だから、どうか。……何処までも一緒にいさせてくれ」

 

私を真摯に見つめながらロマンあふれる告白が彼の口から紡がれる。辛うじて人間に片足突っ込んでいる状態の私を愛しいと言ってくれる。好きだと、言ってくれる。

どこまでも優しい彼は、どこまで私を甘えさせてくれるのか。

底がないようで、怖い。

いつか、底が見えてしまうのではないかと危惧してしまう。

 

言い訳を並べて彼の想いを断ろうとする。私は卑怯だ。

手に入りそうになった瞬間に、恐れをなしてその手を拒むんだ。相手も私も傷つかないように。私がもうどんな存在であるか、敏い彼なら薄々気づいているのではないかと思った。

 

「私は、人間じゃなくなるんだよ」

「それでもいい」

 

彼は迷わずに言い切った。

目を見張り驚くがすぐに取り繕うように表情を改める。

 

「馬鹿じゃないの。シヴァとの契約だって軽はずみに受けちゃってさ。七神の影響はニックスが考えているものよりもずっと恐ろしいものなんだよ。せっかく助かった命じゃない。まだ契約は仮だから解消することだってできるわ。もしシヴァが怖いなら私からお願いするから大丈夫よ。それにニックスの故郷だってまだ帰っていないんでしょう?友達のリベルトだって心配してるだろうし私のことは大丈夫だから帰った方がいいわ」

 

辛辣に言い返して私から離れさせようとしているのにニックスの瞳に迷いはなかった。

 

「嫌だ。レティが好きだから離れたくない。……どうしようもなく好きなんだよ」

 

再度の告白と懇願するように手の甲に落とされるキス。思わず「……ばか」と眉を下げて情けない声が出た。

 

お願いだからこれ以上私を甘えさせないで。

 

私の心の声とは反対にニックスは迫る勢いで私の頬へと手を伸ばし上げてくる。逃がさないと言わんばかりに頬を挟まれて視線を逸らすこともできない。

 

「返事は?」

「………正直に言うと、嬉しい。けど……」

「……けど?」

 

言葉を詰まらせる私を急かすように片方の髪を掻き揚げられてニックスの顔が近づき耳にフッと息を吹きかけられて背筋がぞくりと逆立つ。私は肩を強張らせた。

 

「っ!私は、もう特別はもちたくないの!……失うのが怖いから」

「それでもいい。オレはレティを守りたいんだ」

 

そう言ってニックスは私をベッドに押し倒す。スプリングが効いたマットレスの上で軽くバウンドする体とすぐ私の顔の横に押さえつける手と私を組み敷き上気している男。乱れた髪と少しめくれてしまったスカート。逃げ場のない状況でせめてもの抵抗としてニックスの胸を押しやる為に両手をつけているがさほど効果も見られない。

唐突に彼に口から紡がれる言葉は私を篭絡させる勢いはあった。

 

「……愛してる」

「っ、ちょ、反則!」

 

一瞬くらくらしてしまうほどの破壊力ある言葉だった。だが必死に抗議の声を飛ばすもにニックスは喉を鳴らして可笑しそうに笑った。

 

「反則でもなんでもいい。必死なんだよ、それだけ。……不意打ち狙うようで悪いけどな」

 

とか何とか云ってまったく悪びれた様子もない。余裕そうに見えるのに必死だとか嘘だと疑ってしまうくらいだ。このエロ顔め。私の方ばかり焦って馬鹿みたいじゃない。

 

「……なんで私なんか。他にも、もっと素敵な人とかいるじゃない」

 

尻込みしてしまうが、誰だと逆に問われたりしたらハッキリ言えないのが情けない。思い浮かぶ人がいないんだもの。けどニックスは苦笑しながら

 

「無理だな。お前以外見えない」

 

と私に止めに一撃を喰らわせる。駄目だ、今の私では敵わない。そうだ、この際認めてしまおう。彼からの好意を嬉しいと認めるだけでもいいじゃないか。想われてすぐに応えるだけが恋愛の形じゃない。

 

「……」

「レティ、返事は急がない。けど、傍にいさせてくれ」

 

私が戸惑っていると思ったニックスは懇願するように切なげな声を降らせる。

愛されると感覚は心惑わす麻薬のようなものだ。

心地よさに浸り続けて二度と正常に戻れなくなるくらいに私を引き込んでいく。

 

けれどここで飲まれてはいけない。

行きずりの関係に幸せなものはないのだ。

 

今は彼の想いを受け取ることも拒むことも私にはできない。それでもいいと彼がいうのなら私はこう願う。

 

「ニックス……、一つだけ守って。……絶対無理だけはしないって」

 

誰かを失うことはもう耐えられない。

私の心情を察してニックスは「……了解」と頷いてから瞼をそっと閉じながらおでこに軽いキスをした。

 

【親愛のキス】

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