カエムを出発してからしばらくは快適な船旅を楽しんだノクト一行。座り心地のよい椅子に腰かけて優雅に海を眺めて冷やしておいたビール片手に乾杯したり、滅多にないチャンスとシャッターチャンスに勤しんだり。
「私、海って初めて!」
「オレもだけどな」
童心に帰ったかのようにクロウのはしゃぐ姿の隣でリベルトも同意しながら青い海を見つめては遠くに来たもんだと感慨深く感じる。故郷に執着していた自分がまさか大陸を飛び出すとは。それも雰囲気に流されてではなく自分の意思で王子達と共に行動している。あれだけ毛嫌いしていた王族だったはずなのに、フレンドリーに次の王と会話を楽しんだりして。
まだまだ半人前の人生だが変わろうと思えば変わるもんである。
リベルトにとって幼い頃にレギスにニックスとクロウと共に拾われたことは生きる上での手段であり、そこから学ぶ中で命の危険もあったが死んだと悲観していたクロウがまさか生きていたし、ニックスの弟である幼馴染のユーリーとも再会できたことは一重にたった一人の御姫様から始まったようにも思える。
レティーシア・ルシス・チェラム。
癖の強いニックスをのぼせ上らせるだけの魅力を持つルシスの宝とうたわれた彼女と初めてニックスから紹介された時の第一印象は、変な逃走癖を持つ少女だった。それからまさか突然「今まで黙っていてごめんなさい。私はルシスの王女レティーシア・ルシス・チェラムです。レティは愛称なの」と茶目っ気たっぷりに微笑まれては恰好悪くもその場で気絶してしまうのも仕方ないというもの。
慌てて姫自ら介抱してもらった時にはニックスから恨みがましい視線を送られタジタジにもなった。コイツどんだけ嫉妬深いんだよ、と。
だが裏を返せばそれだけ破天荒な姫に夢中だったということだ。必ず助けに行くんだと意気込んでいたニックスは果たして無事に姫の元へとたどり着けたのだろうか。
あんな無茶なやり方で飛空艇に飛びかかっていくなど正気の沙汰じゃないがなりふり構っていられないほど会いたいという気持ちの現れなのだろう。ニックスの所在は掴めていないが携帯の方は死んでないようでしっかりと着信を呼び出すコールだけは鳴る。
「しっかり会えてりゃいいんだけどな」
ため息交じりの声にクロウが「ん?何か言った?」と振り返ってきたがリベルトは曖昧に流して「いや、何も」と水平線の彼方を見つめた。
せっかく楽しんでいる彼女に水を差す真似はしたくなかったし、何より自分もこのゆったりとした時間を楽しみたかった。
※
海からの専用の水上通路を通ってしばらく見張りの職員に「そこの船!通行証は?」と通行許可証の提示を求められ、ノクト達は一同に顔を見合わせては困惑したが、そこはシドがドン!と構えて「心配すんな、ちゃんとある」と30年前の通行証をわざわざ船に乗り込んでチェックしにきた職員に堂々と提示した。職員の男は怪訝そうに眉をひそめたが、ものは確かなようで「通ってよし!」と声高らかに宣言したのでノクト達はほっと息をついた。
それから船に備え付けのラジオが復活し、女性キャスターが原稿を読み上げる声が流れ出す。
『水神を目覚めさせる儀式を執り行うことについては、演説の中で説明すると政府から発表がありました。』
「電波入った!」
海の上では音楽もなかったため、プロンプトは嬉しそうにはしゃぎ声をあげるがすぐにイグニスに「しっ」と注意され「ごめん」とすまなそうな顔をした。ラジオからはルナフレーナの近況が伝えられた。
『一時は死亡されていたという情報も流れていたルナフレーナ様ですが、この演説で調印式の衝撃事件以来初めて公の場に姿を見せることとなります。なお――』
一同はそれぞれの反応をした。
「ルナフレーナ様の演説?」
「らしいな」
「ほう、また世界が活気づくな。神薙が与える影響は計り知れんからなぁ」
シドのいう通り、世界から支持される神薙の言葉は誰もが耳を傾けるイベントだろう。期待も高まる分責任も重大だ。
これまでの道のりを考えてイグニスが感慨深そうに「ようやくお会いできそうだな」とノクトに言うと、
「――ああ。指輪、もらわないとだ」
とはっきりと自分のすべきことを口に出した。
だが浮かない顔でクロウが抱いていた疑問を投げかける。
「でも、すんなりと会わせてくれるものかしら?今ルナフレーナ様はアコルドに保護されている形でしょう?帝国側も指輪を狙っているとしたら身柄受け渡しの要求をしていてもおかしくはないわ」
「確かに。ここはノクトがアコルドの首相に直訴でもしてみるか?」
リベルトも同意しながら揶揄うように口元に笑みを浮かべて大胆な発想を提案するとノクトは「オレがぁ?」と怪訝な顔になる。だが意外とイグニスには好評な提案だったらしく、「その策も視野に入れておいても悪くはないな」と同意を示した。
ノクトは渋々と「まー、イグニスがそういうなら」とあまり乗り気ではないらしいが、じゃあ他に案を出せなどと言われたら浮かびそうもないので素直に諦めた様子。
今回の旅の中で一番の年長者であり、誰よりも経験豊富なシドが士気を上げるためか鼓舞の声をあげる。
「気合入れてけよ、お前ら。そうなりゃ王子の初めての会談デビューになるかもしれねぇからな」
「お!ノクトがついに王様っぽいことするってことだね」
プロンプトがこれは貴重なシャッターチャンスと目を輝かせて話題に飛びついた。だがいい方が気に入らなかったノクトはじろりと友人を睨む。
「王様っぽいってなんだよ」
「いやいやただの冗談ですから~」
手をパタパタと振って冷や汗をかきながら睨みから逃れようと巧みな瞬発力でサッとリベルトの背にしがみ付くように隠れた。すぐにリベルトから抗議の声が。
「おい、引っ付くな!」
「仲間のよしみで助けてください!」
必死なプロンプトにノクトが意地悪い笑みを浮かべた。
「リベルト、王命だ。プロンプトにヘッドロック刑を執行しろ」
「え!?」
サァーっと顔を青ざめ、リベルトから離れようとするがすでに遅かった。いつの間にか向き合う形でリベルトがプロンプトの肩をがっちり掴んでいて、憐みの視線を向けている。
「王命じゃ仕方ねぇな。諦めろ」
「そんな!?」
無情にもヘッドロックの刑が執行されたそうな。
青空をカモメが何羽も飛び交い、潮の香りと異国情緒に人々の喧騒。初めてオルティシエ入りを果たしたノクト達は見るものすべてが新鮮で目移りさせながら入国ゲートへ歩き出す。
そこでも職員に入国の目的を尋ねられ、先頭を歩いていたノクトは慌てて後ろに続くイグニスについつい「イグニス頼む!」と逃げた。イグニスは首を振りながら「仕方ないな」と零して職員の方に向き直るとスラスラとよどみない口調で入国の目的を告げた。ずばりその内容とは、『自分たちはアコルドの文化を勉強しており、今回は郷土料理と食材の研究の為に訪れた』である。一発で職員を納得させることができ逆に仕事がはかどりますようにと労いの言葉させもらう始末。
これで無事に通過できるかと思いきや、職員はぎょっとしてノクトを呼び止めた。
「あ、そこのお前!ちょっと待て」
「あ?なんだよ」
「その後ろに縛り付けている人形はなんだ?」
「ああ、これか?」
職員から指摘を受けたのはなぜかノクトの背中にひもで縛って背負っているぬいぐるみだった。ノクトが動くと頭のボンボンや手足が揺れる。それはイリスが作ったモーグリぬいぐるみでレティに渡すと約束したもの。
後生大事に背負う姿は事情を知っている者からすればなんとも健気な姿とお涙頂戴誘うものであるが、初めて見た者にしてみれば衝撃的な姿である。下手すれば頭大丈夫かと疑われても文句も言えない。だが成人している男がぬいぐるみ背負って「なんだよ?」と狼狽える様子もなく逆に堂々としていると問い詰めようとしている職員の方が困惑してしまうというもの。
もしや、何か深い事情があって仕方なく背負っているのではと敏い職員の男は気づき、ノクトに躊躇いがちに理由を尋ねた。
「何か、事情があるんだな?」
「ああ」
ノクトは一度瞼を伏せ、辛さを堪えるかのようにまた瞼を開き気丈に笑い返した。
「コイツは、オレと大切なアイツとを繋ぐ唯一の絆なんだ」
「!?」
職員は驚愕した。
絆。なんの変哲もないぬいぐるみが大切な人との絆を結ぶものであったなど誰が想像できようか。そんな重たい話がその背中のぬいぐるみから伝わるわけもない。だが口にするのも苦しいだろうにノクトは初対面である職員の男にそっと打ち明けてくれたのだ。肌身離さず傍に置きたいからこそ背中に背負うことを決め、世間から後ろ指さされて奇異なる者と思われようと構わないという鋼の決意で今、目の前に立つノクトが眩しく思えた。
なんて、立派な奴だよ。
職員は、何か込み上げてきそうなものを無理やり抑えて目元を手で覆いながら「わかった。もう何も言うな」ともう片方の手でさっさと行けと促す。ノクトは「ありがとな」と礼を言ってゲートを進んだ。一部始終を見ていたプロンプトは妙な雰囲気についグラディオやイグニス達に「なんかおかしな雰囲気になってなかった?」と同意を求めたが、グラディオやイグニスからは、
「別にいいんじゃねぇの。ノクトが好きでやってんだ」
「それに誰もルシスの王子だと疑う者はいないだろう。良い策だと思うが」
とそれほど抵抗はないようで口元をヒクつかせて「あっそ」と終わらせる。じゃあリベルトとクロウではと縋るようなおもいで尋ねれば、
「ある意味男の中の漢だぜ」
「こういうギャップもありよね」
と好印象でやっぱり自分の感覚がおかしいのかと落ち込むばかり。最後の頼みでプライナに抱き着いても「わん」としか返されないのでプロンプトはがっくりと肩を落とした。
どうしてノクトが背負うスタイルになったのか、理由は結構単純だった。
それは少し時を遡ることになる―――。
まだオルティシエ入りを果たす船の上での出来事だった。ノクトが肌身離さず後生大事に抱えているモーグリぬいぐるみ。
クペによく似た特徴を掴んでいて気が抜けそうな糸目と頭のボンボンがチャームポイントで暇な船上では退屈しのぎにモーグリぬいぐるみを抱き抱えてプロンプトに写真を撮ってもらう行動などがプチ流行っていた。一通り写真を撮ったところでノクトの元に戻ってきたぬいぐるみを抱えて突如思い出したようにノクトがハッと気づき声をあげた。
「やばい、これ持っていざ戦闘って時にどうすりゃいいんだ?」
「確かに。それを持ったままではまともに武器も持つことも不可能だろう。シフトで一度安全な場所に置いてから戦闘入をしてはどうだ?」
イグニスが真面目な顔で冷静に状況分析をした。なぜぬいぐるみを持った状態のまま戦闘をしなければならないのかという点については誰も突っ込まないので不思議である。
プロンプトは軽くイグニスの提案にツッコみつつ代わりの案を提案した。
「いやなんかそれおかしいよ。あ!そうだ、敵に向かって囮として使えばいいんじゃない?こう、身代わりの術!なんつっって――」
冗談のつもりだったのだ。これから見知らぬ土地に足を踏み入れようとする仲間の緊張をほぐし場を少しでも和ませようとの心意気だったのに。若干その冗談さえも通じない人が残念ながらいた。自称兄馬鹿を誇るキャンプ大好きにーちゃん。
「ああ!イリスがレティの為に作ったぬいぐるみをデコイに使うだと!?」
「ちょ、なんでグラディオがキレるのさ!?」
イリス馬鹿である兄貴に反対され詰め寄られて「ちょ暑苦しい顔突きつけないで!」とマジ半泣きにされる憐れプロンプトだった。ノクトもその案には納得できないようで顔を顰めては
「レティにやるって約束してんだ。戦闘でボロボロにしたくねぇ」
とぼやく。そこにクロウが妙案を思いついた。
「じゃあ背負えばいいじゃない」
「え、マジかよ」
リベルトは信じられない顔でクロウを見つめるが、クロウはノリノリで長めの紐を準備してノクトも「それイケるかも」と乗り気になってクロウに背中に縛り付けてもらうのを手伝ってもらいあっという間にノクトぬいぐるみだっこverの完成。
「これいいじゃん!全然楽だし」
「でしょう!ちょっと見た目はアレだけど誰も王子だとは疑わないわ」
クロウも太鼓判を押して絶賛するものだから気分を良くしたノクトも「クロウってセンスあるのな」と照れるとクロウも褒められてまんざらでもないらしく、「私もノクトの事、見直したわ」と言い返しお互いに新たな仲間と親睦を深めた。
置いてけぼりなリベルトとプロンプトは
「お互いに苦労しますね」
「ああ。まったく」
と二人そろって肩を落とした。
というわけでノクトは人々から怪しげな視線を送られようが堂々と振舞っているわけである。できるだけノクトから離れて他人の振りしていたいプロンプトだったが残念ながらラディオからご丁寧に首根っこ引っ掴まれて引きずられることに。
「お願いだから~~!後生ですから~~!!」
「お前だけ逃がすか。一蓮托生だ」
グラディオによりプロンプト確保へと至ったわけなのでノクトは、仲間たちにこれからの行動を相談する。まだ日が暮れるには少し早く人通りも活気づいている。
「さて、これからどうするか、だ」
「とりあえず泊まるホテルを探さないとな」
イグニスの提案にクロウは一番乗りで答えた。
「あ、それじゃあ私とシドがホテルを確保しておくわ。リベルトはノクトの護衛を」
「わかった」
「そうだ、買い物ついでに昔の知り合いに会って来い。オレも後から行く」
「おう、じゃあ頼んだ!」
シドとクロウそしてプライナはホテルを探しに。ノクト達は散策ついでにレギスが昔共に旅をした仲間、ウィスカムという人物の元を訪れることにした。
【目指すは、マーゴ】
※
ノクト達がオルティシエ入りを果たすほんの数時間前、レティはクペの秘密技の内の一つ、ノクトセンサーに反応があることを知り急ぎ、使い(トンベリさん)をカメリア首相の元に送らせた。
内容は完結に一言。
『水神の儀を急がせよ』
である。いきなり召喚獣からの使いに心底度肝を抜いたであろうにカメリア首相の的確な指示により、ルナフレーナの演説が急遽決まり各ラジオ局へと速報ニュースとして流されることになる。さて、レティの仕事は水神の復活まで密かに身を潜ませてノクト達にバレないよう行動すること。
「………」
「レティ、このホテルをチェックアウトしよう」
「ニックス?」
「もしかしたら同じホテルに泊まるかもしれないだろ?王子達も」
「……そうかしら」
「ここでばったり顔を会わせたいのか。オレはおすすめしないぞ」
「……そうね。ちょっと嫌だわ、それは」
というわけでニックスに手を引かれてレティは別の場所のホテルへと移動してきた。
「こっちも中々広いわね」
「ああ」
さすが大きい町だけあって他にも快適に泊まれるホテルはあり、今度はちゃんと一人部屋ずつ泊まれることになりホクホク笑顔一人部屋を満喫したレティ。ニックスは残念そうに肩を落としたがさすがに召喚獣の目が狙いを定めたかのようにギラリンと輝いていてはそう簡単に手を出すこともできない。
飢えた狼さんは赤ずきんちゃんを前にしてまた違う意味でしばらくお預けをくらうことになるようだ。尻尾をだらーんと垂らして残念そうな狼さんに赤ずきんちゃんはプレゼントされたワンピースにまた袖を通して(男から服をプレゼントされる意味は知らない)、
「ニックス、どうせ時間までは暇だから美味しいものでも食べに行こ?」
と大胆にもデートのお誘いをすると、狼さんの機嫌は急上昇。尻尾振って喜びをあらわにしつつ、表情を緩ませて
「だな」
と返事を返しいつもの様に彼女に手を差し出して二人仲良く手を繋ぎニックスの見張り役である召喚獣を伴ってホテルを出発した。
美味しいもの、珍しいもの、娯楽、時間の許す限り二人と二匹は楽しんだ。たとえおまけがついていようとニックスは可愛い姫とデート気分を満喫し、レティは羽根を伸ばしてニックスをこき使って購入した荷物を持ってもらいながらショッピングを満喫した。お互いに楽しんでいるのだから何も問題はなかった。
とある、お店の前を通り過ぎようとするまでは。
※
人だかりができている先に一番目を引くもの。
行きかう者もつい、足を止めて見入ってしまうほど白く美しいドレスがガラス越しにあった。
「………!」
レティはそれを目にした瞬間、表情を凍らせ足を止めた。ニックスがレティの様子に気づき、同じように視線を少し先の同じ方へ向けると目の前に展示されていたあるものに息を呑んだ。
「………あれは…」
「ルナフレーナの…ウエディングドレス……クポ」
複雑そうにクペがそういったのをレティの耳には入らず、食い入るように見つめていた。
「やっぱり綺麗よねぇ」
「うん。ああ、あのドレスを着てるルナフレーナ様観たかったな~」
二人の女性がうっとりと見惚れながらそう話していて、ズキリと胸が痛み、レティは知らず知らずのうちに自分の胸元を握りしめていた。
ルナフレーナが着る予定だった特注のウエディングドレスが彼女の写真と共にショッピングウインドウの中に厳かに展示されてる。当初、ルナフレーナの訃報が伝えられた時ヴィヴィアンの婚礼用のドレスは追悼の為に特別展示されていたが、ルナフレーナが無事であることが分かると今度は無事であることを祝う為に期間延長して行っている最中であった。そこへレティ達は偶然通りかかった。
平和の象徴として世界中の人々から祝福される、予定だった結婚式。たとえ政略結婚だったとしても、ルナフレーナは断ることはなかったはずだとレティはぼんやりと考える。
だって彼女はノクトを慕っていたはずなのだから。
その為に自分の命を削ってまで召喚獣達に啓示を求めた。
ノクトの為だけに。
……本当に敵わない相手に嫉妬していたんだと自分の馬鹿さ加減に反吐が出そうになる。今、ここにいるだけでどれだけルナフレーナが民に慕われているか、嫌でもわかってしまうのだ。
ニックスもクペもじっとウエディングドレスを見つめるレティに中々声をかけられずにいた。彼女がどのような想いであのドレスを見つめているのか、分からなかったからだ。下手な言葉一つ発せられないほど、重苦しい空気が続く。カーバンクルが悲しそうに「キューン」と鳴いてレティに頭を摺り寄せた。慰めているのだろうか。レティは擦り寄ってきたカーバンクルの頭を優しく撫でて上げながらぽつりとつぶやくように言った。
「……あれ、彼女が着るのよね。それでノクティスの隣に立つのよね。誰からも祝福されてはにかんだりしてノクティスに微笑みかけるのよね」
誰に同意を求めるわけでもない、ただ思ったままを口に出していたのだろうレティは自分の本当の気持ちに気づいていない。訝しんだニックスが「………レティ……?」と声を掛けるが届いていないようで、
「……いいなぁ……」
レティは羨望の眼差しで見つめては素直な気持ちを吐露した。
「私も、一度でいいからウエディングドレス、着てみたかった……」
「……レティ……」
夢、と言えるほどの願いではなかったけど女の子なら一度は夢見るもの。真っ白なウエディングドレスを着て愛しい人と一緒に祝福されたい。あわよくばお姫様抱っこしてもらってほっぺにキスしてもらって余計に友人たちからヒューヒュー!と冷やかされたりして。
レティの願いは叶わないが、ルナフレーナの願いは叶う。
ただ、羨ましかったのだ。レティには。
彼女のことは好きではないが、祝福したい気持ちは確かにある。けれど、羨ましい。
でも所詮叶わぬ願い。レティが諦めればすむことなのだ。そう割り切ってレティは弱弱しい笑みを浮かべて謝った。
「……ゴメン、足止めちゃって……。行こっか?」
そう促して歩き出そうとした直後、ニックスが「………クペ、これ頼んだぞ!」と唐突にクペへ大量の荷物を押し付けた。バランスを崩してクペは驚愕しながら、レティの手を攫うように取って足早に走り出したニックスの背中を怒鳴りつけた。
「クポ!?ちょっ、ニックス―――!!」
何事かと騒めく人々の波をかき分けながらニックスはレティを引っ張って走る。辛うじてレティの肩にへばり付いていたカーバンクルはその急な勢いに落とされずに済んだが「きゅぅぅ」と抗議の声をあげた。レティは突然のことにただただ足を動かすしかなかった。
「ニックス!?ど、どうしたのっ!」
「確かさっきの店でできたはずなんだ」
ブツブツと独り言をつぶやいてはレティのことなどお構いなしのニックス。何か目的があるようなのは間違いないのだが。
「一体何がっ!ちょ、クペおいてきちゃったし!」
「大丈夫だ。アレ全部収納して追いかけてくるだろうさ」
「それはそうだけど目立つ行動はしないって!ニックス!どこ行くのっ!!ね、一回止まって?」
「いいから!」
ニックスに引っ張られるようにして連れてこられたのは、細い通りの一角にある古ぼけた写真館だった。
「ニックス?」
「写真、撮ろうぜ」
ますますニックスの意図が分からなかった。どうしてそこまで写真に拘るのか。
「なんで」
この時、レティは知らなかったのだ。写真館というものがどういったものなのかを。
頬を指先でかきながらニックスは照れながらも自分の想いを口にした。
「オレがお前の願い事を叶えてやりたいから。っつってもオレに出来ることなんかたかが知れてるし、精々こんなもんだけ。ど……それでも、オレがお前のウェディングドレス姿見たいんだよ」
「私、の?」
呆然とレティは呟いた。誰も祝福してくれない女なのに、それでもニックスは自分の花嫁姿が見たいと言ってくれる。
彼が自分に好意を抱いていることは十分に理解しているが、それでもあっさりと見たいんだと素直に言う様は打算がなく、情けなくも惹かれてしまう魅力な提案だった。
「ああ。……やれること、全部やるんだろ?後悔がないように……。だから撮ろう」
強制ではなく、あくまでレティの意思で決めてくれと最後に付け加えた彼に、じわりと心にしみ込んでいく優しさが嬉しくてレティは眉尻を下げて泣きそうになった。どうにもニックスと共に居ると前よりも涙もろいというか、弱くように感じた。
「……まったく、ニックスってば…」
自分の気持ちを汲んで実行してくれようとしてくれる想いが嬉しくて、つい口元に手をやって隠してしまいたい衝動にかられる。だがそうさせる前にニックスがその手を奪って少し屈みこんでレティの顔を覗きこむ。
「返事は?」
と尋ねられ、レティはゆるゆると破顔して「うん」と頷いた。
そこにカーバンクルが僕も忘れないで!と主張するよう「きゅん!」と可愛らしく一鳴きする。
「ああ、お前も一緒にな。エル」
「だね、あ、クペも一緒だよ」
「もちろん」
こうして二人と二匹で写真を撮ることになった。
※
型遅れのドレスかと思いきや、事情アリのカップルと察した店主が知り合いのデザイナーの伝手を頼って丁度新作のドレスの試着を頼めるモデルを探していたところだと知るや、実は、と事情を打ち明けるとそのデザイナーは快くドレスを貸し出してくれることになった。ただし条件があり、撮った写真の中で出来のいいものを広告用に利用させて欲しいとのこと。
ニックスとレティは目立たないようにしてくれるならと了承し、撮影は屋内と一部外で行われることになりメイクや衣装の準備など忙しなくデザイナー側のスタッフが写真館の中を出たり入ったりをする中、
「ちょっとそんなとこで突っ立ってないで貴方も着替えるのよ!」
「オレも?いや、オレは……」
「花嫁だけなんてどんな結婚写真よっ!?いいから来なさい!」
「ぐわっ!?」
と筋力ムキムキなオカマメイクアップアーティストに問答無用で首根っこ引っ掴まれて部屋へと引きずりこまれた。
準備が終わった二人は、満足のいく出来具合とスタッフ達が微笑みあう中でご対面となった。
「……」
ドキドキと胸を高鳴らせて付き添うに誘われて部屋に入ってきたレティを視界に入れた瞬間、褒め言葉さえ吹き飛んで行った。
シンプルでありながらレティのスレンダー体系にピッタリとフィットするマーメイドラインドレスはまるで最初から彼女の為だけにつくられたように思える。後ろの部分では上部と下部に別れてレースがあしらわれ、床に大きく広がって引き摺るほど。マリアベールと呼ばれるベールと額にラリエットをつけることでクラシカルでありながら神秘的な雰囲気を醸し出す。
彼女の相貌をはっきりと主張させるような濃いメイクではなく、あくまでレティの元からある美しさを引き立たせるような化粧の仕方がドレスとマッチし、まるで絵画から抜け出たような魅惑的な花嫁となった。
「レティ、綺麗クポ……!」
感動のあまり鼻声になっているクペ。超特急でレティの元に飛んできたクペにより赤いバラのセプターブーケが持たれてふわふわと空中に漂う。トゲは全てしっかりと抜かれているのでクペの手で掴んでも刺さる心配はない。
「ありがとう」
後ろで高く結い上げた銀髪とちょっと顔が動いた時にチラ見する吸い付きたくなるようなうなじに一瞬そそられて慌てて視線を逸らす。
「……ニックスも、着替えたの」
「ああ、オレの意思は関係なしみたいでな、ちょっと違和感あるか?」
ダークグレーのタキシードを身に纏ったニックスは、着慣れない様子で気恥ずかしそうにしたが、それはレティも同じだった。
まるですべてが夢のようで足元がふわふわとして定まらず介添えしてくれているスタッフの支えがなければまともに歩けたかも分からない。いつもと同じようなヒールを履いているにも関わらずだ。
自分と全く縁もないだろう願いが、ニックスのお陰で叶ったのだ。どれだけ感謝の言葉を伝えても足りないくらい。そんな相手に似合わないだなんて失礼なことなど言えないし、実際にビシッと着こなしていて堂々たる姿には息を呑んだくらいで、言葉を詰まらせながら頬を赤く染めて彼の衣装を褒めた。
「……ううん、そんなことない。……恰好いい、よ」
少し頬が赤くなったことに気づいたが、化粧の所為かと納得したニックスはほっと安堵の息をついた。
「そっか、ありがとう。レティ、………オレが、その、相手でもいいか?」
尋ねた本人もホント今更な質問だと感じたが、訊かずにはいられない。
何の相手と最後まで言わなくともレティには分かっている。そこまで阿保ではない。
だからこそ確認の為にニックスは遠慮がちに尋ねたのだ。もし、ここで嫌だと言われたら新郎役は辞退するつもりだった。だがレティはぷっと吹き込んで口元を手の甲で押さえながら、ふっと微笑んでおどけるように言った。
「私一人で寂しい想いさせるつもり?写真撮ろうって言ってくれたのはニックスでしょ。言い出しっぺが責任取らなきゃね?」
「……だな……」
お互いに苦笑しあって、二人はとんとん拍子に進んだ写真撮影へと入るのだった。まず雰囲気に慣れる為にレティが椅子に座ってその後ろにニックスが立つという構図で始まるようだ。
レティへと自然に手を差し出すニックスは思い出したように話しかけた。
「あ、そうだ」
「ん?」
レティの当たり前のように差し出された手を素直に受け取った。
「綺麗だ、レティ」
「……ありがとう。貴方も素敵よ、ニックス」
そして仲睦まじい姿で身を寄り添いあい互いに微笑みあいながら撮られた写真など、写真家の案で様々なポーズで撮られた二人。
それは見ているスタッフ達にも思わずほうっとため息ついてしまうほど幸せに満ち溢れたものだった。
「もう感動ものよ!最高な仕上がりじゃないっ!」とデザイナーから太鼓判を押されて急遽大手の広告にでかでかと起用されるとは、この時の二人には想像もしなかったことである。
【最後は召喚獣二匹と一緒に記念撮影】