レティーシアside
埋め尽くすような人波の中、ニックスに手を引かれ人波に庇われながらなんとか彼女が見える位置にたどり着けた。私は人の波に攫われないようニックスにグッと肩を引き寄せられる。しっかりと守られている安堵感に包まれながら、まだ演説前だがそれでも彼女の人気が窺い知れ圧巻させられる。
「凄い人ね……」
すぐ真横には一応変装ということで私がプレゼントしたサングラスをかけたニックスの顔がありあまりこのような場に慣れていない私を気遣ってか声を掛けてきた。
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
私は微笑んで大丈夫だと返して彼女の演説が始まるのを待つ。
直接指示していないが彼女に演説をするよう求めたのは私だ。ここで決意表明しておけば後々彼女の株を上げることにも繋がるしこの水神復活の儀を正当化させられる。
帝国の重圧にも屈することなく平和の為に身を捧げようとする彼女を美化させることで、より象徴的な存在へと押し上げることができるのだ。
今後、世界情勢が劇的に変化する中、救世主なる存在は必衰。
七神にとって代わる存在が人々には必要なのだ。人々はその人物を支えとして新たな世界に希望を抱くはず。
ふと、思考の波に耽っているとニックスが「レティ、出てきたぞ」と軽く肩を叩いて教えてくれたので視線を演説台の方へ向ける。
一際歓声が上がり、青空に映える白く塗られた外壁の歴史古い官邸を背にして、堂々と演説台の前に姿を見せるルナフレーナ嬢。白のタイトロングドレスが神薙らしい印象を与えてさも彼女に相応しい恰好と言えよう。この演説は彼女の決意表明でもあるのだ。
「………」
彼女を一目見ようと騒めきたつ国民達はルナフレーナ嬢が祈るような仕草をしたことで自然と声を消して食い入るように見つめる。
そして、静かな声がマイクを通して全世界に伝えられた。
「皆さん。これから発する私のメッセージが全世界の人々に届くことを祈ってやみません。世界は今、光を失いつつあります。このままでは世界は闇に……覆いつくされてしまうでしょう。闇は人の心に争いや悲しみを生むのです。ルシスで起きた悲劇。停戦協定を結べず、多くの人々が命を失った。あの日の悲劇のように――」
痛みを堪えるかのような表情をするのは彼女はもしかしたらレギス王の、父上の最後を思い出しているのかもしれない。指輪を託された責務を重く受け止めているのだろう。そればかりか神薙としての立場も圧し掛かっているというのに彼女はどうして強くいられるのだろうか?
そんな疑問がふと私の中に湧き上がった。
そして彼女の瞳が何かを捉え、真っすぐに誰かを見つめているようなそんな違和感を感じ、その視線を辿って広場の方に向けると、見間違いなんかじゃない。……彼が、ノクトが国民達の中に混じって彼女の演説に聴き入っていたのだ。
驚き口元を覆って息を呑む私にニックスが「どうした?」と心配して声を掛けてきてくれるけど私はその問いに答えられなかった。
すぐ向こう側、走って駆け寄ればその腕に縋りつくことができる距離に私とノクトはいる。
「のく、…と…」
無事で良かった!元気そうで良かった!何か背負っているみたいだけど新しいファッションなのかも。ううん、今はノクトに会えて嬉しい!
自分から突き放すような卑怯な真似をしておいてころりと態度を変えるなど下種な女だと私も思う。けどどうしようもない。
胸に湧き上がる様々な歓喜の波が押し寄せてきて抑えることができず視界を緩ませる。
どうにも涙腺が弱くなってしまっている。クペからこちらに来ていると事前に伝えられているにも関わらず実際自分の視界に入れるまで彼の実感が湧かなかったのだ。今彼女の演説中であることも忘れて私はノクトのしっかりと地に足をつけて佇む姿を目に焼き付けようとして食い入るように見つめる。
だが気づいてしまった。
私の存在など、もう彼にとっては過去のものでしかないのだと―――。
真摯にルナフレーナ嬢を見つめる彼の口が『ルーナ』と形作ったのを私は見逃さなかった。だからあっという間に有頂天だった自分は愚かであったことを思い知る。彼女の自身に満ち溢れた声が国民を世界の人々を勇気づけさせる。
「でもどうかご安心ください。私達には大いなる神々の御加護があります。闇を払い、星々の光を蘇らせ、世界を御守りくださる神々の御力があるのです。私は、ここオルティシエに眠る荒ぶる水神リヴァイアサンの御力を御貸しいただくために参りました。私はこれから水神との対話の儀に臨みます。そして今ここにお約束いたします!神薙の誇りに賭け、世界から闇を払い、失われた光を取り戻すことを」
温かい拍手と皆の歓声が一気に沸き上がり、官邸広場は熱気の渦に溢れてくる。彼女は一歩後ろに下がって「ありがとうございます―――!」と頭を下げ一礼をした。そしてまた頭を上げて、ノクトを見つめて両目を細めて口元を少し緩ませた。
「………」
「………」
お互いに熱く見つめ合う二人はとても輝いて見えて観衆の声が余計に二人を祝福しているように聞こえた。
無事でいて嬉しかった気持ちも会いたかった気持ちも、ノクトと彼女の入り込めない視線で一瞬にして霧散してしまった。
私とノクトの絆は、すでにない。
ちゃんと理解して受け止めていたはずなのに、こんなにも胸が苦しいだなんて。
「………」
顔が歪んでいき見ているのも辛くて視線を逸らす。私は縋るように繋いでいたニックスの手を強く握った。
「レティ」
「………ここに、居たくない」
「わかった」
一目会えたんだ。これで、これで……いい。
後はもうあの人に任せればいいんだ。
私はニックスに連れられて人込みを逆らうようにかき分けて逃げるように移動した。
街の中心部まで戻ってきてある程度離れた場所の空いているベンチに座らせられ「大丈夫か」とニックスが気遣ってくれる。けどその優しさも今の私には煩わしくて咄嗟に嘘をついた。
「……喉、渇いた」
一人になりたくて、構わないでほしくて見え透いた嘘をつく。
私の我儘に彼は案の定困った顔をした。それはそうだ。辺りは避難の為に誘導に従って移動を開始している住人達がいる。
「だが避難はもう始まっているはず、「お願い」……自販機か何かあったはずだな、わかった。何か買ってくるからそこで休んでろ。……そこを動くなよ」
「うん」
私の我儘を受け入れ、自販機を探しに行ったニックスの背中を見つめては心の中で御免なさいと謝った。
もうルナフレーナ嬢は祭壇に向かっている途中だろうか。
イグニス達の誘導も、密かにレイヴスに命じておいた避難の手助けもきっと順調に進んでいるはず。頭上には帝国の飛空艇が何隻も通り過ぎていき、衝突はもうまもなくだ。
もうすぐ水神の儀が始まる。
落ち込んでいる暇なんか私にはないはずなのに、足に力が入らない。体全体が重しでもつけているみたいで重く感じる。
何も、何もしたくない。
怠惰な気分に気圧されて私は慌ただしい雰囲気の中、足元ばかり見つめる。そんな時、座っている状態で急に誰かに肩を揺さぶられ「君、早く避難しないと危ないよっ!」と切羽詰まった声をかけられた。
「え?」
反射的に帽子越しに自分の肩を掴む人物を見上げた。
そこで初めて声を掛けてきた人物が誰なのかを知った。お調子者だけど誰よりも気遣いに溢れた青年でノクトの長年の親友でいつも遠慮なしに修行と称してサンダー食らわしてた人。片手に持つスマホにぶら下がっている私とお揃いの星型のキーホルダー。
相手が私と視線を合わせ、目を大きく見開き息を呑み、震える声で【私の名】を呟いた。
「……レティ……?」
「っ!?プロ、ンプト……?」
まさか、ここで彼と顔を会わせることになるなんて、予想してなかった私はただただ呆然と彼を見つめることしかできなかった。それはプロンプトも同じこと。
スカイブルーの瞳の中に映る私の表情が、歪んで見えた。
【まさかの騒然とした中の再会】
※
プロンプトside
ノクトがカメリア首相と極秘会談してルナフレーナ様が行う水神の儀を成功させる為に交わした取引内容は、帝国との対決にオレ達が介入すること。国民を避難させつつ、ルナフレーナ様の身を守りながらノクトはリヴァイアサンに協力を求める。
ルナフレーナ様は啓示を求めるつもりでもノクトは違う。一度会うことは出来るのかと尋ねたところ、帝国の監視が付いていて無理だとバッサリ断られた。でも無事でいるようなのでほっと一安心だったけど追い立てられるようにホテルに戻って作戦会議となった。ノクトを除くオレ達は指示されたルートから国民を避難させる誘導係になり、シドさんにはもしもの為に船の方で待機してもらって後は水神の儀を待つだけという手筈。
責任重要なことを任されて気なんて抜いていられない。
なのに。
それなのに、オレは大切な仕事をすっぽかしてスマホ片手に必死にある彼女を追いかけている。
全速力で走っているけど、中々追いつけない。あれ、オレ結構体力あったはずなんだけどなと疑問を抱きつつ、ひたすら逃げる彼女を追う。途中でオレのスマホがぶるりとバイブして着信を知らせるけど暢気に出てる暇なんかない。
目の前で連れ去られる苦しみ、オレだって味わったよ。ノクトだけじゃない、オレだって。あの時、助けられるものなら助けたかった。けど問答無用でレティからスリプルかけられて起きていられるほど魔法の耐性がついているわけじゃない。一般人だからって言い訳するつもりないけどさ。
だから、レティに直接庇われたノクトが羨ましかった。世界中の誰よりも羨ましがるような婚約者がいるのにハッキリと好きな女がいるって宣言できるノクトが羨ましかった。腹立たしかった。
オレは、グラディオみたいに力はないし野営能力だってないし誇れるものは何もない。イグニスみたいに頭捻って作戦練りだすこともできないし、舌を唸らせる料理だって作れない。ノクトみたいに背負うものもなければ縛られるものもない。
極一般人なオレに残されているものなんてないと諦めてたよ。
でもさ、姫が、レティが教えてくれた。
オレにあるもの。それは誰にも負けないほど自慢できるものだって。
オレを掬い上げてくれたレティに、会いたい。
ずっと会いたい会いたいと願ってた人と思わぬところでばったりと再会した。
どこぞのお嬢様のような可憐な格好のレティは凍り付いた表情から徐々に顔を歪ませていった。オレを怯えた瞳で見て、オレの掴んでいた手を振り払って、オレの目の前から逃げた。
なぜ、逃げるのか。
理解できない感情と反射的に走り出す足。
人込みに紛れて逃げる彼女をオレは慌てて追いかけた。
「レティ!!」
何度も何度も大声を上げながら、腕を伸ばして捕まえようとした。けどするりと抜けるように逃げらないようにオレは彼女を裏路地へと追い込む。水路で塞がれた通路の奥でレティは足を竦ませていた。
「レティ!」
「!」
オレの呼び声にびくりと肩を震わせて恐る恐る振り向いた彼女の表情は怯えに染まっていた。「来ないで、来ないで」と落ちそうになるくらいぎりぎりまで後ずさる彼女にオレは急いで駆け寄って細い腕を捕まえた。
「どうして、逃げる真似なんか!?」
「嫌、離してっ!」
悲鳴を上げて頭を振るレティの頭から帽子が脱げて足元に転がりふわりと彼女の綺麗な銀髪が露わになる。
オレは思わずグイッと自分の方に引っ張って「レティ!」と怒鳴りながら彼女の肩を掴んで建物の壁に押し付けた。逃がさないように抵抗できないように片腕を掴んだまま吐息がまじりあうほど顔を寄せて壁とオレとの間にレティを挟み込む。
「レティ……、お願いだから逃げないで」
「………」
懇願しオレは彼女の肩に頭を乗せた。
「お願い、だよ」
「………」
レティは何も返してはくれない。ただ、抵抗しようとせずされるがままだ。一体何が君を変えたんだ。どうしてそんな追い込まれた猫みたいになってるの。
辛い。オレの気持ちが全然届いてないみたいで苦しい。
ようやく会えたのに。オレは情けないほど声を震わせた。
「いっぱい、いっぱい言いたいこと聞きたいことがあるよ!でもさ、今は、君が無事が良かったって心底、思うよ。だから、何か」
言ってと言葉を続けようとした。でもその前に蚊が鳴くような小さな声がオレを止めさせる。
「だって、私は……わたしは」
初めて、レティがオレの質問に答えた。顔を上げてレティの顔を覗き込むとレティはオレの視線から逃げるように視線を逸らして泣きそうな顔をした。
「みんなを、裏切っていたのよ…、私は」
「どういう、こと?」
彼女の言葉をすぐに受け止めて浸透させるにはオレの頭じゃ無理だった。
裏切っていたなんて言葉すら分からないよ。そんな戸惑うばかりのオレにレティは自嘲めいた笑みを浮かべて衝撃な事実を打ち明けた。
「知ってるでしょう、私がニフルハイムの皇女になったこと。御爺様は……イドラ皇帝は私を求めて戦争を起こしていた。クリスタルを奪うことも理由にあったけど、私を求めてあの人はルシスを滅ぼしたのよ」
「そんな、まさか……だって」
にわかに信じがたい事実にオレは頭を振って否定する。でも実際にルシスは攻め込まれた。明確な理由はクリスタルだと思っていた。そう思うのが普通だ。それが、レティを手にするための目論見になっていたなんて。
オレは何も言い返せずに黙り込む。
「………」
レティの腕を掴んでいた手から力が抜けていき、彼女は開放された腕をさすりながら身を縮こませ顔を伏せた。
「本当の事よ。だから、私は、貴方達を裏切っていた。たとえ、それが知らなかった事とは言え許されるはずがないわ」
「でも、それはし」
仕方なかったと慰めようとしたけれどレティは「何も言わないでっ!」とオレを怒鳴りつけた。さすっていた腕に爪を立てて何かを堪えているかのようだった。
「お願い、これ以上、惨めな真似をさせないで」
「………」
絞り出すよう声から感じたのは同情心はいらないとのハッキリとした拒絶。
仕方ないという言葉で済ませられないことだと分かっているんだ。オレは安易な言葉でさらにレティを追い込んでしまった。
一番ショックなのは彼女で誰よりも責任感に溢れているからこそ、誰よりも孤独だったからこそ彼女は耐えるしかないんだ。自分の爪を突き立てて自分の肌を傷つけて叫びたくなるような想いを堪えて事実に耐えている。
だから逃げる真似なんかしたんだと馬鹿なオレはようやく悟る。会わせる顔がないから。それは決して嫌いになったわけじゃないんだと意味づける。
オレは不謹慎ながら安堵していた。
彼女の中で大切な部類に位置づけされている。それがたまらなく嬉しくてオレは「レティ」と彼女の名を呼び、自分の皮膚を傷つける行為を止めさせる為に手を伸ばした。
「肌、傷ついちゃうよ」
「なんで優しくするのよ、触らないで」
言葉で拒絶しながらレティは抵抗しようとしない。
「あー、力込めすぎだよ。痕が残ってるし。痛いよね、ゴメン」
そういたわりを込めて優しく彼女の手を外して痕になっている部分をさすりながらケアルをかける。ぽわっと淡い光がオレの手から生まれてレティの傷はみるみる内に癒されていく。
最初の旅に出た頃なんて、ケアルすら唱えられなかったオレも精進したよなぁと感慨深く思える。
「なんでプロンプトが謝るのよ、なんで、私が謝らなきゃいけないのに……そんな……」
目を見張ってオレの行動が信じられないと顔を横に振る。
逃げようと少し身を引くレティをまた壁に押し付けた。壁に片手をついて逃げられないよう閉じ込める。
「オレが君を追い込んじゃったから。だからゴメンね」
「……私は、私は会いたくなかったわ。貴方にもノクティスにも」
拒絶の言葉を口にしながらどうして自分が傷ついているような切なそうか顔をするのか。
……さっき彼女はイドラ皇帝を御爺様と敬って呼んでいた。それってレティがイドラ皇帝を家族と認識したからじゃないかと思った。どんな形でさえ自分の血の繋がった御祖父さんなんだ。立場と間違った求め方をした結果、こうなってしまったけどもしかしたら別の可能性もあったのかもしれない。取り返しのつかないことに責任感を感じた彼女はオレ達と顔を会わせたくなかった。
だから、その人とオレ達の板挟みで苦しんだんだ。レティは優しいから。
彼女からノクトの名が出るとオレは不快感から顔を歪ませる。
今目の前にいるのはノクトじゃなくて、オレ。
いつもノクトを優先させてきたレティは今もノクトを想って口に出した。それがたまらなく不愉快で、だからオレの中で抑えようのない衝動がうまれる。
「……オレは君に会いたかった」
触れたい。
たまらなく、彼女を求めたい。手が届かないと諦めていた人は、今オレの中に閉じ込めている。すぐ、吐息が交じり合いそうなほどの距離にいる。
オレの邪な想いとは裏腹にレティの心を占拠し続けているのは、ノクト。オレの親友でルシスの王様。
「だってそうでしょ!?皆に、ノクティスに会わせる顔なんて私にはないのにっ!」
また出た。
オレはノクトの名を聞きたくなくて無理やり彼女の口を手で塞いだ。
「っ!?」
それでもってオレの手の甲の上からキスをした。お互いの額がぎりぎり触れるか触れないかの際どい所。オレは瞼を閉じてるけどたぶん彼女は驚きで固まっているんじゃないかな。なんて予想してわざとらしく軽くリップ音をつけ手をゆっくりと離すと、彼女はやっぱり目を大きく見開いて固まってる。
「………言わないでよ、その名前」
少し意地悪してみた。だってノクトの事ばかり考えているからレティは。
口に出してほしくないんだ。彼女の中から一時でもノクトを消し去りたいっていうのはオレの我儘?
「プロンプ、ト」
信じれないと言わんばかりに口元を両手で覆い、目を瞬かせて頬を染める彼女が可愛くて、オレは彼女の瞳を覗き込みながら言い聞かせるように口にした。
「オレの名前、呼んで。今レティの前にいるのはノクトじゃない。オレだよ」
まさかオレにこんな独占力の塊があるなんて知らなかった。
今こんなことしてる暇なんかない。水神の儀が始まる前に避難を優先させなきゃいけないことは分かってる。でも頭で理解できても心は本能に従ったんだ。
レティに、オレを見て欲しいって。
他でもないオレだけを。
ただその想いから駆られた行動が果たしてレティにどうとられるのか、それだけは不安だった。
けど彼女に確かめることは無理だった。オレから攫うようにあのニックスって人が現れたからだ。
「首を落とされたくなければレティから離れろ」
「……!」
一瞬の出来事だったよ。殺意籠められた声とシフト能力でオレの背後に立ち首元に剣を突きつけて脅してくる男。薄皮一枚の手前で止めていてチクりと皮膚が刺さる小さな痛みが走り、これはマズいと冷や汗掻きながらオレは両手を掲げて降参のポーズをとる。
「ニックス、やめてっ!」
「こっちに」
悲鳴を上げるレティにやや乱暴に腕を掴んで引き寄せると、首元の武器をゆっくりと収めつつオレを牽制しながら、
「待って!お願い」
「駄目だ。もうまもなく水神の儀が始まる」
と言って何か言いかけるレティを有無を言わさず抱き上げて踵を返して駆けて行った。その場に残されたオレはどすっと尻餅つく。
「腰、ぬけた……」
ギラついた瞳はまるで獣のようでちょっとでも抵抗の意思を見せれば命はなかったかもしれないと今更ながら恐ろしく感じたんだ。でも、後悔はない。
彼女に触れたいと感じたのは紛れもなく自分の意思だから。
【吊り橋効果はあるのだろうか】
※
ニックスside
一人にさせたくはなかったが、あれだけ痛ましい嘘をつかれたらほんの少しだけ一人にさせてもいいかと考えた。だがそもそもそれが間違いだった。ようやっとお目当ての自販機を見つけてレティの好きそうな炭酸を買ったオレは、足早にレティがいたベンチへと戻った。そうしたらそこはもぬけの殻で慌てて彼女のスマホを鳴らすが反応はない。
「くそっ!」
舌打ちしながらオレは避難の為に移動している通行人に買った炭酸を無理やり押し付けてレティを探すため走り出した。
「何処に行ったんだ!?」
闇雲に探したところでこの避難の中簡単に見つかるわけがない。配達召喚獣にレティの居場所を探してもらおうにも、今別行動中で呼び出すこともできない。結局自分の足で探すしかなく、オレはどうか無事でいてくれと願いながら町中を駆けまわる。入り組んだ細い路地に入り込み、首を忙しなく四方に動かしながらレティの姿を探すと、見たことのある恰好をした青年の姿を視界にとらえ動きを止めた。
「………!?」
そして気づく。その青年が壁で挟み込んで閉じ込めている人物を。それがレティであると分かると途端にカァっと頭に血が上り、シフトを使ってその青年の首元に剣を突きつけていた。
「首を落とされたくなければレティから離れろ」
「……!」
殺気だった声で脅すと金髪の青年はゆっくりと両手を掲げて降参のポーズをした。
「ニックス、やめてっ!」
「こっちに」
その隙に驚愕しているレティの腕を掴んで自分の方に引き寄せる。思ったよりも力が篭ってしまいレティが痛みに顔を歪めてしまったと内心焦ったが彼女はそれでも青年の為かオレに待ったを掛けた。
「待って!お願い」
そんなにこいつが大事か。
眉間に皺が寄るのを止められずに、オレは首を横にる。
「駄目だ。もうまもなく水神の儀が始まる」
早くレティを連れ出したい一心でオレは問答無用で抵抗しようとする彼女を抱き上げて駆けだした。置き去りにした青年など構っていられるか。むしろ、脅しだけで済ませられたオレを褒めて欲しいところだが、レティとしては納得に欠けるらしいな。オレの守護者たる行動は。
とりあえず先ほどのベンチまで戻ってきたオレはそこにレティを下し座らせる。ぶすっとした顔で不満そうにそっぽを向く彼女の前に片膝をついた。
「……」
「レティ、アイツに何されたんだ」
頬に手を伸ばして軽く撫でてやるが、素っ気なく「……何も」
と返されそれとなく手を外され触るなと拒否される。そう簡単に正直に答えるとは考えちゃいない。
「何もって顔してないぞ」
「………」
だんまりを決め込むレティにオレはワザとらしく沈んだ声で
「心配したんだ、オレは。急にいなくなったことくらい説明してくれたっていいんじゃないのか?」
と訴える。すると罪悪感でも感じているのかそれなりに効果があったらしい。そっぽを向いていたレティがようやくオレの方をみて、弱弱しい声でぽつぽつと短めに語りだす。
「………プロンプトと、バッタリ会って、逃げた」
「それで追っかけられて鬼ごっこして捕まった、と?」
オレなりの解釈を伝えれば「うん」と素直に頷いた。
そこはうんじゃないだろう。駄目だ、見た目の可愛さに危うく流されてしまうところだった。気を引き締めなきゃな。
逃げろと言いたいが売り言葉に買い言葉で拗ねてしまうのは目に見えている。我慢だと己に言い聞かせて一番の問題点を追及した。
「捕まった罰に何された」
「………口塞がれた。それだけ」
「………」
視線を泳がせて明らかに動揺しているのが丸わかりで本当に嘘をつくのが下手くそだ。しばらくじっと見つめてみたが、本人は正直に言う気はないらしい。少しイジメたみたくなった。
「じゃあ、オレもレティにお仕置きしないとな」
「え」
立ち上がり膝の汚れを手で払うオレを見上げて呆けるレティにニヤリと笑いかける。意味ありげに。この時点ではまだオレがやろうとしているお仕置きに気づいていない。
まだまだ純情な御姫様にはたっぷりと耐性をつけてもらわないとな。
「そこにいろって言ったのに約束破った罰だ」
逃げられないように肩を掴んで顎を抓みあげ腰を屈めて顔を近づける。ここでようやくこれからするお仕置きの意図が分かったらしい。ぎょっとした顔で狼狽しレティは待ったを掛けようとする。
だが待てと言われても待たない。
なんせ、お仕置きだからな。
噛みつくような大人のキスでレティを翻弄し、満足してオレは唇を離す。潤んだ瞳に血色の良くなった頬、息継ぎが上手くできない初心さ。どこをとっても愛らしい。必死な抵抗はされたが、本当に嫌なら蹴りでも拳でも入れてくるはずだ。だがそれもないということは少なからず好意はあると勝手に解釈する。
「うぅ!」
ああ、せっかくマーキングしたのに唇を強くこすぐるなっての。恥ずかしそうに赤面して恨みがましい視線を送ってくるレティが愛らしくて揶揄わずにはいられない。
「………覚えとけ。約束破るたびにキス一回だからな」
「なっ!、何それっ!」
「今決めた」
「に、ニックスの鬼畜っ!」
負け惜しみにけなされてもまったくダメージなんかない。むしろオレとレティの親密さを現していて優越感に浸れる。
何となくレティが王子を気にしているのは知っていた。だがそれはあくまで【家族】としての感情で慕っているだけだと思い込んでいたんだ。神薙の演説で見つめあう二人を。いや、正確にはルナフレーナと見つめ合う王子をレティは切なげに見つめているのを見るまでは。
レティはまだ気づいていないだろうな。自分の本当の気持ちに。けどそれでいい。気づいて欲しくない。
このまま、オレに翻弄されていればいい。
そろそろ本当に動かねばレティのやりたいことに支障をきたすため機嫌が直らないレティに手を差し出した。
「行くか、お姫様」
「……ちゃんと仕事はしてもらいますからね」
軽くねめつけられたが、エスコートはさせてもらえるらしい。ほっそりとした手を乗せてきたので、オレは胸に手を当ておどけながら恭しく頭を下げた。
「了解。Myprincess」
【エスコート役は譲らない。】