レグルスの子供たち   作:サボテンダーイオウ

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chapter.08
羅針盤


神々の熾烈な争いの中、一つの希望の種が地に落とされる。その種は三度変化を遂げてようやく小さな芽を出した。その種が葛藤を続け大きく成長し大輪の花を咲かせる頃には楽園には約束された幸福待っているだろう。その花こそが楽園への鍵となる。

 

エトロの光を得た者は種なる者への道標なり、楽園への渡航を手助けする。

どちらか片方が無くては成り立たない関係が成立するのは奇跡に等しい確率のみ。

 

その奇跡の出会いは今果たされた。

 

後は時、満(みつる)のを待つべきのみ。

 

 

税の限りを尽くされた豪奢で巨大な檻のアクアリウムに泳ぐ色とりどりの囚われの魚[人魚姫たち]。ゆらゆらと透ける水槽の向こう側でビルの明かりがぼやけて淡く見える。天上にはこぼれんばかりの星々が煌々としまるでこの日の為に用意されたかのような印象を与えていた。だが残念ながら今日の主役は滅多に公の前に姿を見せないプリンセスだった。

 

ここは魔法障壁に守られたルシス王国インソムニア。

重鎮の息子貴族が主催するパーティに王の代理としてルシスの王子、ノクトと滅多に城から出ない深窓の姫君、レティが共に出席している。黒服の直属の警護隊に周りをガードされ、ある貴族の青年の残念そうな後ろ姿に皮肉交じりにノクトは呟いた。

 

「さよなら、誰かさん」

 

レティに挨拶をしたいとわざわざ兄であるノクトに許可を得ようとやってきた貴族の青年を適当にあしらい、さっさと追い払った。断った理由は単純にこうだ。

 

『ルシス王からレティーシアの事はしっかりと任されている。のでわざわざ個人的に挨拶しに来なくてもいい』

 

ほとんど私情が入っている。

そう、貴族の青年は愚かにもレティーシア目当てで近づこうとしたのである。過敏に反応したノクトはスラスラと自己紹介する青年の名前さえどうでもよく覚える気もなかったので、誰かさんなわけだ。

 

さて、注目の的であるはずのレティの姿が見当たらない。色めき合う女性たちの黄色い悲鳴など全く意に介さないノクトは辺りをきょろきょろと探してみても姿がないので階段を上がって最上部へ向かう。

すると、遠巻きに人だかりができている先に頭一つ飛びぬけているサングラスをかけた黒服の警護隊を発見。分かりやすくその先にレティがいることを示している。ノクトがやってきたことで人垣が自然左右に別れ、ノクトは客人の視線をモロ浴びながらも平然と目的の人物へと声を掛けた。

 

「レティ!」

 

背中までの銀髪が振り向いたことでふわりと揺れる。

 

「…ノクト…」

 

名を呼ばれたことでレティは少しびっくりしたように深緑の瞳を瞬かせた。どうやら何かに気を取られていたらしい。いつもより気合の入った化粧はレティを王女として輝かせるがノクトとしてはあまり好きじゃなかった。素顔の方が彼女らしい。それにドレスもそうだ。白のマレットドレスがレティのほっそりとした体形に良く似合っている。

 

が!ノクトとしては少し肌の露出が激しいのではないかと衣装合わせの段階で一言余計なことを申すとレティは分かりやすく不機嫌になり、ノクトが着るんじゃなくて私が着るんだから!と案の定怒ったとか。

褒めるならいざ知らず年頃の妹に露出は控えろなんて小姑のように言われては文句言われても仕方のないこと。結局レティはノクトの意見?など一蹴し、マレットドレスに決めて何台もの護衛車に挟まれ、億劫そうな顔を隠しもせずに車に乗ってノクトと共に会場入りを果たした。レティの姿を初めて目にした女性たちからはうっとりとするように吐息が漏れ、男性らは目を引く容姿に視線が釘付けになった。

そんな注目を集める中、寄り添うようにエスコートするノクトに連れられてそれはそれは深窓の姫君が到着したのである。

 

さて、公の場だからと言って砕けた口調で言いかと思えばそうでもない。王子と王女揃っての場なのだ。だがノクトは小声で話せるようにレティの隣へ移動したのでまぁ大笑いしない限り二人の話が聞こえることはないだろう。ノクトはレティの肩に軽く手を置いた。

 

「探した。フラフラいなくなるなよ」

 

なんせレティの傍に控える護衛に彼女の行動を制限する権利はない。後ろからぞろぞろと付いて回り辺りに気を配り不審な者を近づけさせないのが彼らの使命だ。

 

「うん。ゴメン。何だか皆の視線が突き刺さって居た堪れなくなってね。絵があったから魅入っちゃった」

 

そう言ってレティは壁に飾られている一枚の絵を見上げた。言われて初めてそこに絵があったことにノクトは気づき揃って一枚の絵を見上げる。

 

「女神エトロか?」

 

そう、想像ではあるが死の女神エトロを模したモノクロの絵である。神秘的な印象を与えているが、レティは何処か惹かれるものがあるらしい。熱心に見ていたのもそれが理由だった。

 

「うん。おかしいよね。死の女神を懐かしいって感じるなんて」

「まー、確かに」

 

素直に同意してみるとレティはムッとしてぼすっとノクトの腕を拳で軽く叩いた、つもりだったがサッとノクトが手で受け止めた。

 

「正直に言いすぎ」

「同意を求めたのはレティだって」

 

ニヤッと笑ってレティの拳をにぎにぎして遊ぶノクト。レティは一応公の場なので控えめにノクトの鼻を抓んで隙をついて遊ばれていた手をひっこめた。ノクトは「ふぅ」と息を吐いて肩を竦めてみせたが、レティの一睨みで大人しくなった。気を取り直してレティは感慨深そうにある言葉を口にした。それは、古くから言い伝えられている言葉。

 

「――『女神エトロ。死者の魂を迎えんと扉を開く。その時死者の国を照らすまばゆい光、天に漏れ出す。まれにその光をみる者あり。その者死者の国より力を授からん』――だったかな。長いよね、この言葉って。覚えてる自分が不思議なくらい」

「大体エトロの光ってなんなんだ?」

 

ノクトとしては素朴な疑問を尋ねたに過ぎないが、いくら図書室に籠りっきりの本の虫とせ知らないこともあるのだ。渋い表情にもなる。

 

「そんな難しい話を私に振らないで」

「レティでもわかんねぇとなるとイグニスに聞いても無駄そうだな」

「あのねぇ、一応神話に関することは学んでるでしょう?」

「まーな」

「不安な回答ね」

 

レティは目を瞑って頭痛を抑えるように眉間を抑えながら軽く頭を横に振った。

どうにも心配なのでイグニスにこっそり報告しておこうとレティは思いついた。

 

後でイグニスの小言が待ち受けているかもしれないというのにノクトは首を傾げて呟く。

 

「大体、女神なんて実在してるのか?死後の世界が本当にあるかどうかも分かんないんだぜ」

 

死の女神を信仰しているルシスの王子の発言とは思えない考えにもし、他の人間が耳にしていたら大目玉喰らうようなことだ。だが二人にしか聞こえないくらいの小声なので問題はない。

同意を求めるように言われて、レティは考え込む仕草をする。

 

「ヴァルハラのこと?……確かに、死の女神エトロはヴァルハラで死者を迎え入れその魂を癒しまた現世へと送り出す循環の役割があるとされているわ。あくまでおとぎ話の話だけど。――でも事実に基づいた話が湾曲せずに後世へと伝えられる話もあるからあながち間違いはないのかしら?……いやいやでもそうなると神話以前に遡って――」

 

ブツブツと呟いて一人考え込むレティにノクトはまた始まったとげんなりな顔をした。こうなるとストップ掛けない限り永遠と続くのだ。

 

「まぁ、難しい話はいいだろ。せっかくの羽根伸ばし楽しむんじゃなかったのか」

「……そう思ってたけど正直に言うとさっさと帰りたいわ」

 

レティはおどけて言って見せたが、まだまだお開きには時間が掛かりそうだ。かといって見知らぬ人と簡単に話させてもらえるかと言うとそうでもない。さっきのノクトがいい例である。プリンセスという職業もかなり厄介な立場である。

 

だが丁度良くゆったりとした音楽が流れだした。これは暇つぶしには打ってつけかと、ノクトにしては珍しく王子らしい振舞いを見せる。ノクトは恭しく胸に手を当てレティへと片手を差し出したのだ。

 

「一曲踊っていただけますか」

「ええ、喜んで」

 

レティは微笑んでちょこんとドレスの裾を抓んで自分の手を乗せた。

 

誰も踊っていない中、王子、王女からのサプライズに皆興味津々のよう。

余興にはピッタリの展開でいい意味で注目を集めるが、互いの顔だけ見ていれば済む話なのでレティとしてはありがたい暇つぶしだった。そもそも知り合い以外とダンスする機会など与えさせてもらえないだけなので、相手の動きは大体把握できている。

 

「足踏むなよ」

「踏んで欲しいなら思いっきり踏んで差し上げてよ」

 

意地悪には意地悪で返す。だが二人はどちらともなく睨めっこをするかのようにじっと見つめ合いどちらからともなく噴き出して笑みを浮かべた。

 

「変な顔!」

「そっちこそ」

 

まだこの頃の二人は、いつか訪れる別れを知らぬまま幸せの檻の中でじゃれ合いながら、寄り添いながら踊っていた。くるくると。羅針盤の針が回って進路方向が分からないように。何処かへ向かうわけでもない。その地に縫い留められその地こそが己の生きる場所と思いながら。

 

星空の明かりの下で楽しそうに二人は踊った。

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