だからそれが性格かと言えばそうでもない。それは上辺だけのもの。
本当の彼女を知る人物は数少ない。彼女の全てを知る人物はもっと少ない。
果たして、ノクトは一体どちらに当てはまるのだろうか。
リヴァイアサンが消え去ったオルティシエの空には晴天が広がっていた。もし、ノクトが勝利していなければこの街自体も今頃海の藻屑になっていたかもしれない。
召喚獣の力がどれだけ人智を超えた存在であるかを恐恐と人間に知らしめたいい機会だっただろう。たとえ、封印されていたとはいえ七神の内の一神。
決して相容れない間柄であり、決して人より下ではない。
線引きをするべきところはするべきなのだ。
官邸にある客室ではとある人物たちの再会が催されていた。
「レティ」
「……顔色、良くないね」
気遣うような優しい声につい涙腺が潤みそうになるが、ぐっと堪える懐かしささえ感じる緑色の瞳を熱く見つめる。
ルシスの王子ノクティスとニフルハイムの皇女レティーシア。
敵対関係にある二人がこうして出会うことが出来たのは少なくともアコルド首相であるカメリアの計らいに他ならない。兄妹として育った皮肉ともいえる運命的な二人を憐れんだわけではない。
ただほんの少しだけ場所を提供しただけ。アコルドは今回の件に関しては、ルシスとニフルハイムとはまったく関わらない。つまり黙認することで二人の再会を成功させているのだ。だが逆に裏を返せば何が起こっても保証はないということ。それを踏まえた上での再会であることをノクトは知らないだろう。なぜなら、夢にまで見た恋しい人が目の前にいるのだ。少し近づいてみれば手が届く場所に。
「レティ、……レティ」
「ここにいるよ」
何度も家族の名を呼べば、レティは少し口角を上げて微笑んで応えた。
ずっと会いたいと何度も心に願っていたレティと念願の再会を果たしたノクトだったが、どうしてだろうか二の足を踏んでいた。それは自分が知る彼女ではないと本能的に察知してしまったからだ。姿形が変わったわけではない。ただレティが纏う雰囲気が己が知るものではないのだ。一体、何が彼女を変えたのか。ノクトにはさっぱり分からない。
理由が知りたい。だがそれよりも先に自分の腕に抱きしめたい。
触れたい、彼女に。
その衝動に駆られたノクトはついに床を蹴ってズカズカと歩み寄る。レティだけを目指して。いや、彼女しか視界に入らない。
だがそれがまずかった。
走る戦慄とむき出しの殺気がノクトに襲いかかる。
「ッ!?」
ノクトは反射的に後ろに仰け反って寸前の所でソレを交わし床に片手と膝をついた。パラリとノクトの前髪が数本床に落ち間一髪だったことを知る。
誰が突然ノクトに攻撃を仕掛けたか。その人物の名をレティは咎めるように呼んだ。
「ニックス」
そこには誰もいなかったはず。レティだけしか眼中になかったノクトだからハッキリとそうだとは断言できないが少なくともレティの『すぐ前』にはいなかったはずだ。
「それ以上近づかないでもらおうか。ルシスの王」
本能的に気に入らなかった男が目に前にいる。自前の双剣を構えてまるで『姫を守る騎士』のようにニックスはレティを背に庇い佇んでいた。気配なんてまるでしなかった。いや、ノクト自身が気づかなかっただけなのかもしれないが、一瞬の遅れで今頃その自分の首に刃が食い込んでいるかもしれないと考えるとぞっとした。
動じた様子もないレティはニックスを窘めた。
「威嚇するような真似なんてやめて」
「許可なく近づいた方が悪い」
不機嫌そうにニックスは言い返すとレティは困ったように頭を振った。
「ノクティスは違うわ」
「いまのところは、な」
意味ありげに答えたニックスの表情は敵と捉えているようだ。だからこそノクトも防御の態勢に入る。いつでも応戦できるように。
互いに火花を散らす男二人に挟まれてもレティは狼狽えなかった。むしり落ちついた声でニックスの行いを窘めた。
「それでもむやみやたらに刃を抜かないで。その剣は誰の為?私の為でしょう。私に確実に害を為す者だけに向けられるものよ」
「………」
「ニックス、退いて」
不承不承ながらニックスは静かに剣をおさめた。険呑な瞳は変わらずノクトへと向けて。
「ありがとう」
レティは一つ礼を言ってニックスを自分の後ろに下がらせから「ノクティス、御免なさい」と済まなそうな顔をした。だがノクトは自分よりもニックスを優先させる態度に「レティなんでそんな奴を!」とカァッと頭が熱くなった。怒気を強くして納得いかないと今にもニックスに掴みかかろうとするが、その時ドアがバン!と大きな音を立てて開かれた。
「レティ!」「どぅわ!?」
ノクトをふっ飛ばしてレティへと飛びついたのは信じられないが涙目のクロウだった。
ふっ飛ばされたノクトは上手く受け身が取れずに「ぐっ!?」と呻いて床に突っ伏してしまう。そんなノクトなどお構いなしに溢れ出す感情のまま彼女はレティへ一直線。
「ああ、レティ!無事で良かった!」
「え、え、え??」
自分の首に抱き着いて頬擦りされレティはただされるがまま驚くしかなかった。そこに血相を変えたリベルトが次いで入ってくる。
「クロウ!いきなり失礼だろっ」
「五月蠅いわよ!感動的な友人との再会を邪魔しないで!」
クロウはリベルトを睨みかえし素早く表情を切り替えてレティへと早口で尋ねた。その目はどこか血走っていてレティは「ひっ!?」とたじろいでしまう。
「レティ、私の事覚えてるわよね!?ね、忘れるはずないわよね?」
「えーと、クロウ……だよね。久しぶり……でいいかな」
おっかなびっくりであるが何とか質問に答えることができた。だがレティが知る記憶の中にあるクロウとは若干違っていた。こうもスキンシップが激しい女性だったろうかと戸惑わずにはいられない。
「そうよ、クロウ・アルスティウスよ。貴方の事ずっとユリから聞かされた時から心配してたわ。今ここにいるのも王子の護衛と貴方を助けるためなの」
「護衛?……え、ユリって」
すぐに理解できず首を捻りながらクロウを見つめるしかないレティ。
(今聞き覚えのある名が出たけど、聞き間違いだったかしら)
そのことを尋ねようにも彼女は嬉しさに瞳を滲ませてまたレティの首に縋りついてしまった。くぐもった声でクロウの心情が吐露され、彼女なりに心配をしてくれていたことが伺い知れる。
「……無事で良かったわ。本当に……」
きっと、彼女も今までに色々と経験してきたのだろう。レティの無事を純粋に喜んでくれる顔なじみにレティは口元を緩ませ、自身の手をクロウの背中に回した。
「……ありがとう、クロウ」
女子二人の友情の抱擁を複雑そうな表情で胡坐をかきながら床に座るノクトや後から駆け付けた男達は見つめるしかなかった。女同士の感動的な再会を邪魔しようものなら、クロウからの雷が落ちてもおかしくないからだ。だから彼女がレティから離れるまで声を掛けるのは憚られるわけだ。ニックスも友人の熱い抱擁には気を利かせて止めるような真似はしなかった。
※
その後、ノクトを追いかけてやってきたプロンプトやイグニスを伴ったグラディオにシドも部屋にやってきた。わらわらと大人数であふれかえる室内にレティは目を細めて喜びをあらわにした。最年長であるシドは「シドさん、久しぶり」と挨拶をするレティに対して感極まり彼女を抱擁するという今までにない行動に皆目を丸くした。レティとて驚いてばかりだ。まさか、シドに抱きしめられる日が来ようとは。
「レティ、怪我とかしてねぇんだな?変な事されてねぇんだな?」
「うん。心配かけました。シドさん」
「いや、無事ならいいんだ。―――シドニーにも知らせてやらねぇとな」
ニカッと目尻を下げて笑ったシドにレティは「うん」と嬉しそうに頷き返す。
だがノクトは悔し気に顔を歪ませていた。まだ自分自身も抱きしめてないというのに先ばかり越され、それどころかシドやクロウの行いは見逃しているのになぜ自分だけはどうして駄目なんだとニックスをギッと睨み付ける。だがどこ吹く風と言わんばかりにニックスはノクトに睨みを無視した。他の面々もそれぞれの事情で複雑そうに二人のやり取りを見守っている。
改めて落ち着いて話すためにレティとノクトが向き合う形でソファに座りそれぞれのポジションに皆が落ち着いたことで話は進む。ニックスはしっかりとレティの後ろに控えているのがノクトは気に入らなかった。何もするにも気に入らないがそれでは話が進まないので仕方なく、仕方なく!見逃してやることにした。
「……皆、無事で良かった。私はこの通りちゃんと生きてます。心配かけて御免なさい」
ペコリとレティは頭を下げ、それに対してノクトは
「……レティ、も無事で良かった……」
と何とか声を絞り出して答えた。本当は色々とぶつけたい感情もあるが今は冷静に話し合わなきゃならないと自分を抑えた。何とか抑えようとした。レティもノクトの静かな怒りを感じ取ているのか、さくッと本題に触れた。
「それとなく噂が耳に入ってると思うわ。私がニフルハイムの皇女になったって話は。そうでしょう?」
そうノクトに確かめてみれば、
「それは……」
と分かりやすく言い淀むノクト。レティは「やっぱりね」と苦笑しながら頭を振った。
情報収集に長けたあの新聞記者からでも聞いたのだろう。ある程度の予測はレティの中でついていた。
「いいの、本当の話だから。でも安心して。今の私にノクティス達を捕まえる気はないわ」
「………?今は?」
「そう、今は」
まるで敵対関係にあるかのようないい方にノクトは顔を顰めるがレティは気にせずに説明を始めた。
「私の生い立ちは既にグラディオラスから聞かされてるでしょうから省かせてもらうわね。向こうでニックスと合流した私はルナフレーナ嬢がテネブラエで匿われていることを知った。帝国は圧力を掛けて彼女を捕まえようとしてたから。だからそれを阻止するつもりで皇女の立場を使ってここまで来たの。そこでノクティス達がリヴァイアサンを目覚めさせる儀式に参加する旨を知ったわ。ルナフレーナ嬢の意識が戻らないのは儀式で何かしらあったのでしょう。今のままオルティシエに置いて行くことはおすすめしない。一度ノクティス達はコルの所へ戻ったほうが得策だと思うの。ノクティス、王の剣は11本全て集めた?」
まくし立てるような説明に皆口を挟むこともできずに戸惑うばかりだ。最後に唐突な質問をされてノクトはすぐに答えられず、
「11本?……いや、10本のような……」
と言葉を濁してしまう。
「どういうこと?マルマレームの森で手に入れたのではないの?場所は事前に教えておいたはずなのに……」
眉をひそめて咎めるようないい方をするレティにイグニスがさっと説明をするために口を挟んだ。
「そちらには向かわなかった。オレ達は、君を助けることを優先にしていたから」
しっかりと回復した両目で真摯にレティを見つめるイグニス。先ほどまで同じベッドで一夜を明かした仲だが決して疚しいものではない。なのに、レティの胸に沸く背徳感はなんだろうか。知られたくない。目の前のノクティスにも。
二人の視線は一瞬だけ交差し先に逃げるようにレティは視線を逸らした。
「……そう。それは悪いことをさせたわ。でも貴方達の行き先はこれで決まった。―――私達はこれでお暇させてもらうわ」
もう用は終わったと言わんばかりにレティは席を立とうとする。その際、ニックスが先に動き手を差し伸べレティは自然な動作でその手を頼りに腰を上げた。慌てたのはノクトだ。ソファから勢いよく立ち上がり声を上げる。
「ちょっと待て!どこに帰るってんだよ!?」
「ニフルハイムよ」
あっさりとレティが答えるとノクトは目を大きく見開いて信じられないと肩を震わせた。
「何、言って」
(やっと再会できたと思ったのに、なんで…)
声を詰まらせるノクトにレティは冷たい瞳で一瞥した。
「私の肩書は、ルシス王の敵であるニフルハイム帝国の皇女よ。決してルシスの王女ではないわ。どうにも認識を改めさせる必要があるわね。……なら名乗りましょうか」
そう言ってレティは『皇女らしく』見事なカーテシーを行いノクト達に挨拶をし、その動作一つ一つに見惚れるくらいに完璧な動きでこう名乗った。穏やかな口調であるが確かな威厳を込め皆に知らしめる一言を。
「ニフルハイム帝国皇帝イドラ・エルダーキャプトが孫娘。レティーシア・エルダーキャプトと申します。―――ルシス王。どうぞ、よしなに」
まるで『初対面の人間に向けるような笑み』を張り付けてレティは今にも倒れてしまいそうなほど真っ青なノクトを見つめ、ハッキリと口にした。
「クリスタルは、渡さないわ」
薄く弧を描く唇と紡ぎだされたノクト達に対する宣戦布告ともとれる言葉。
今ここに敵対関係が確立した瞬間だった。
少なくとも、そうであるように思えただろう。この場にいる誰もが。
だが彼女の真意はどうだろうか?
言葉そのままを受け取ったらそうだろう。だが彼女はハッキリとここで言葉にする意味があったのだ。後の為に。
きっと、ノクトは気づかないだろうと確信を込めながら。
【ずるい彼女はずるいことをした。】