突然の連絡に皆の動揺した。ルナフレーナ様が御無事だったことだけじゃない。ほかならぬ彼女が、ノクト達と一緒に帰ってくるってこと。にわかには信じがたい話に私だけは疑念が残っていた。
でも、彼女の姿を視界で捉えた瞬間その疑念も一気に晴れた。
清楚な白のワンピース姿、レースを使ったサンダルを履いていかにも戦とは無縁と言えそうな深窓の令嬢と言った風貌の彼女は兄、グラディオラスの手を借りて軽やかに船から降り立った。
「……本当に、レティだ…」
視界が緩みぼやけて見えてしまう。
「姫様!」
「皆、元気そうで良かった」
タルコットやジャレット他の仲間たちも彼女の帰還を心待ちにしていたからその感激も一入で瞳に涙まで湛えてレティを出迎えた。
私もそう。
彼女の姿を自分の目で確認するまでは半信半疑だった話もやっと本当だったんだと実感できた。たまらずに私は彼女へ飛びかかった。
「レティ!!」
「……イリス。久しぶり」
弱々しい笑みを浮かべレティはどこか疲れた様子だった。きっと色々あったはず。それでも帰ってきてくれた。それだけで私の心は嬉しくて踊る。
「お帰り、レティ。お帰り!」
「………、ゴメンね。イリス」
レティは、ただいまと返さずに謝り自分の首元に縋りついて嗚咽をもらす私の頭を優しく撫でてくれた。
でも私は彼女の瞳が悲しみをら宿していたなんて気づくことはなかった。
※
いつまで続くか分からない不安を抱き続ける日常。出来る限り自分が出来ることをやろうと模索するけれど、やはり心に引っ掛かるのは大切な親友の安否だった。
イリス・アミシティアは今日も家から少し離れた見晴らしの良い場所で鍛錬をしていた。
照りつける太陽に海から吹く風に乗って塩の匂いが鼻腔を掠める。最初見るもの体験するものすべてが新鮮で戸惑っていたものが今では当たり前のように使えるようになったのはきっと自分にとっていいことだとイリスは思っている。
日課となっている鍛錬を終え、額から流れる汗を首に巻いたタオルで拭いとって「……ふぅ…」と息を吐きだした。イリスはあの一件からコルから足手まとい扱いを受けようとも日頃の体力作りだけは欠かさずに行っているのだ。今もレティが護衛として残してくれた召喚獣、ようじんぼうとダイゴロウと共に鍛錬をしている。イリスのフットワークの良さを生かした練習内容は確実にただの普通よりはやや強い女子高生からかなり強い女子高生へと変貌を遂げていた。
「今日もありがとう。ようじんぼう」
『―――――』
無言ではあるがそれなりに意思疎通が取れるようになったようじんぼうはイリスからの礼の言葉に小さく頷き返してふらりと異界へ戻って行った。だがイリスの足元にはドン!と尻尾振ってなでなでしてもらえるのを全力で待っているダイゴロウがいた。満面の笑みを浮かべてイリスはしゃがみこんでダイゴロウを撫でまくる。
「ダイゴロウもありがとうね」
『ワン!』
派手な容姿に似合わず人懐っこい性格で誰からも好かれているダイゴロウはイリス達の癒しとなっている。ふと気が付けば傍に控えていてデカい体躯で子犬のように愛嬌を振りまく姿はいつ見ても胸キュンものだ。気が済むまで撫でくりまわしてイリスは再度立ち上がる。
ノクト達がオルティシエへ向かってからラジオから一斉に流れたルナフレーナの声明はどれだけ世界中の人たちに希望を与えただろうか。神薙としての自分の使命を立派に果たそうとする彼女の凛々しく勇ましい姿は、誰もが想像できただろう。それはもちろんイリス達も同じだった。
世界の光たる神薙が生きて世界の闇を晴らすと宣言したのだ。
誰もが期待を寄せずにはいられない。けれどイリスは僅かな引っ掛かりを覚えていた。
そうやって皆を励ますのはいいことだろう。だが具体的にどうやって闇を払うというのか。闇とは一体何なのか。
そもそもどのように闇が生まれ出たのか、本当の事は知らない。彼女がオルティシエでやることにどんな意味があるのか。
様々な疑問がイリスの頭をよぎった。
皆を引っ張っていく立場であればこそ、明確な説明もなしにただ救うでは逆に自分たちには何も知らなくてよいと宣言しているのと同じではないか。余計な混乱を与えたくないとのルナフレーナなりの配慮かもしれないが、それで納得できない人もいる。それがイリスだ。
ルシスの王族だけが扱える圧倒的なクリスタルの力。
六神と唯一意思疎通できる巫女、神薙というシステム。
仲たがいが起きた六神の確信的なおとぎ話。
今まで絶対的な力で守られていたことで盲目的になっていたが激変する世界情勢を自分の目で耳で目の当たりにしたことから、様々な矛盾点に気づくことができた。ただ与えられるだけの平和など本当の平和ではない。祈るだけで願いが叶うのなら誰だって王になっている。
理が発生するには何かしらの理由が存在するのだ。
その理由を知らずにただ、縋るだけ、願うだけ、希望を託すだけの甘えなど堕落しているも同じじゃないかとイリスは考える。もしかしたらこの考えは異端扱いされても仕方ないかもしれない。実際にこのような話は神薙を侮辱しているも同じ扱いにされるだけだ。
けどあまりにも出来すぎてはいないだろうか?
ルシスで育ったレティがニフルハイムの皇女だった?
まるで手の平返したように敵対関係になったレティがあっさりとノクト達を裏切る卑怯な真似をするだろうか?何か弱みを握られていたりしないだろうか?あくまで可能性の話だがないと断言できる話でもない。
―――まるで、何かの壮大な【劇】を観ているかのような気分になる。
悲劇の混血の王女と偉大な王の血を引くルシス王子、幼い頃から才能溢れた神薙。クリスタルの力をめぐっての争い。
古来から世襲制で代々の王がクリスタルの力を使って国を守ってきたことに対して、構築された古いシステムを壊そうとしたのがニフルハイム帝国。舞台設置にはもってこいの勢力図だ。
あまりに出来すぎている舞台に観衆は酔いしれどっぷりとその世界に入り込むだろう。けれどその違和感に気づいた者はまるで仕組まれているようだと僅かな違和感に気づく。
人智を超えた何かが作用しているのか。
レティが召喚獣を従えさせ慕われる理由もきっと彼女の根本に真実が隠されている。
イリスは諦めることはなかった。たとえどのような立ち位置にいようと必ずレティに会いに行ってやる。その意気込みが萎えることはなかった。むしろ火を増すごとに気持ちは増すばかり。確かにコルのように『誰かを殺す覚悟』は今のイリスにはない。持てと言われても無理な話だ。今までイリスは守られる側だったのだから。だがその守られる側から脱皮しようと彼女なりに努力しているのだ。
さて、そんなイリスを見守る者が二人いた。
「今日もやっているようだな」
「ええ、欠かさずにイリス様は鍛錬に集中しておられます」
色々と忙しいコルだがたまたま家の方に寄った時に遠目からイリスの姿を目にした。出迎えたジャレッドが自分の事のように嬉しそうな顔をして最近の様子を語った。
そんな彼女の努力する姿を密かにコルが感心して見守っていることにイリスは気づいていなかったが、少なくとも以前より守る対象から少しだけ外してもいいとまで思えるくらいにイリスを見直していた。
「コル様、何か進展があったようですな」
「……分かるか」
隣に並んだジャレットに少し視線をやり呟くように尋ねると
「いえ、年寄りの勘みたいなものですよ」
そう言ってジャレットが目尻を下げて口元を緩ませた。コルは「そうか」と短く答えてまたイリスへと視線を向けなおした。
「……シドから連絡があった。王子達がこちらに一度戻ってくるらしい。ルナフレーナ様をお連れしてな」
「ルナフレーナ様が!分かりました。すぐにご準備いたします」
「―――それと」
コルは一呼吸置いて「姫が同乗されておられる」と続けた。ジャレットは驚きのあまりすぐに声を出すことができなかった。確かめる為に声を出した時は自分でも驚くくらいに震えていた。
「……それは、本当の、御話でございますか?」
「ああ。オレも信じがたいがこちらに共に来られるようだ」
レティーシアが無事だった。その事実だけで小躍りしてしまいそうだというのに、こっちに戻ってくるという事実はジャレットの年老いて弱くなった涙腺をさらに緩ませる結果となった。片手で口元を覆い、ジャレットは顔を俯かせた。
「……あぁ、姫様が御無事であられた…。良かった、本当に良かった……」
「ああ。そうだな」
ジャレットもレティーシアの身を案じていた内の一人でこの時ばかりはただの老人に戻り、コルは慰めるようにジャレットの肩に手を置いた。暫くしてジャレットはいつもの老執事の顔に戻った。
「……申し訳ありません。お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」
「気にするな。オレも話を訊いた時は同じだったさ」
「―――何か浮かない顔をしておられますが。もしや――姫様の御立場をご案じされて?」
「姫御自身からオレに今後の事で話があるとのこと。それがどうにもな……胸騒ぎがする」
「……ともかく皆に伝えてまいりましょう。お迎えする準備もあります」
「頼む」
ジャレットが立ち去ってからもコルは暫く海の方を眺めて佇んでいた。
レティーシアが帰ってくる。それは純粋に喜ばしいことなのだ。だが胸に巣食う不安は何なのか。
帝国をすんなりと出してもらえるほどにレティーシアはあちらに順応してしまったのか。いや、それならわざわざオルティシエに滞在する理由がない。そもそもあのレティーシアがノクト達と敵対する理由が見当たらないのだ。あれだけ献身的に心砕いてきた彼女が今さら剣を向けるなど考えられない。それに召喚獣に願えばすぐにでも帝国などあっという間に脱せられたはずなのに彼女はそうしなかった。ということは、何かしら考えがあって行動している。
ほかに理由がある?
ルナフレーナを連れてタイミング良くこちらに現れる理由はなんだ?
まだ再会も果たしていない中、不安は膨らんでばかりでしぼむことはない。ただの懸念でしかないとコルは軽く頭を振る。
「きっと、疲れているだけだ」
そう呟く事で余計な考えを誤魔化そうとするが、いかほどの効果もない。今は出来ることをやらなければと己を叱咤しその場を立ち去った。
【風がいつもよりも冷たく感じたのは気のせい】