プロンプトside
ほんの少し離れていただけなのに、もう見えている視界の先が違うなんて。レティが打ち明けてきた計画は衝撃的だった。
『……私はニフルハイム帝国を潰すつもり』
絵空事と受け止められてもおかしくない話をいたって真面目な表情で口にした彼女はまさに皇女としての立場をしっかりと受け止めている様子だった。クリスタルを取り戻すため、自分の御祖父さんが犯した罪を終わらせる為に決意した姿はとても眩しく見えて羨ましかった。
しかもそれだけじゃない。ショックだったのはあのニックスって人とレティがキスした時。
……ああ、思い出すだけでダメージ喰らいそう。どうして胸がズキズキと痛いんだ。どうして悔しいって思っちゃうんだろう。オレは……、レティに対してどういう気持ちを抱いているのか分からない。
ともかくその時、相当ショックを受けたのはオレだけじゃない。グラディオだってイグニスだって、クロウさんやリベルトさんシドさんもだ。そして、仲睦まじい二人の姿に嫉妬丸出しの視線だったノクトもだ。
重なり合う二人の姿に視線が釘付けになって顎が外れそうになった。嘘だよね、嘘だよねとついつい瞬きしたけど全然二人の距離も変わらず目の前の現実に変化はない。
あ、ノクトが死んだ目して気絶してる。王子にあるまじき顔でちょっとドン引きしちゃうくらいだ。
というか、逃げるようにレティは恥じらう顔を隠しながら船に乗り込んできてシドさんが船を動かして港を出る時もニックスさんは遠ざかる船を、ううん、レティを見送っていた。レティもニックスさんを気にしていたし。やっぱ両想いなのかな。
ぐは、考えただけでダメージが。
誰もが二人の仲を気にして尋ねたい所我慢して口を閉ざしている中、グラディオが「アイツとできてんのか」とストレートに質問をしてオレ達は耳を大きくさせてレティの答えに注目した。でも、レティからの答えは違った。
「恋人、じゃないわ」
口元を覆ってどこか不機嫌に答えたレティは小さくなっていくオルティシエの方を見つめた。銀色の髪が海風にたなびいて光って見えて綺麗だなぁとぼーっと見惚れちゃったけどすぐに我に返って気を引き締めた。やばいやばい、今そういう場合じゃないし。
レティはやや躊躇いながら言い訳するように答えた。
「―――ただ、一緒にいると楽なのよ。気持ちが楽になる」
吐露するように吐き出した言葉はレティの正直な今の気持ちなんだと分かってしまった。それって一緒にいたくないってことだよね。顔が歪んでしまったのはオレだけじゃない。
「……オレ達は違うっていうのか!?」
「ノクト、声を荒げるな」
グラディオが憤りを隠せないノクトを宥めようとするけど、レティからの冷ややかな声と視線に何も言えなくなった。
「………だったらどうだっていうの?」
開き直るとは思ってなかったノクトはあからさまにショックを受けて固まった。オレもまさか肯定されるとは思ってなかったよ。
「!?」
どうしてだろう。オレが知るレティと何かが違う。
あまりに冷たすぎるっていうか、ノクトに対して厳しいんだ。わざとらしさはないけど無理してそう振る舞ってるっていう感じ。
「『前』と違うのよ。私達は立場も想いも。貴方達に守られねばならないものがあるように、私も譲れないものがある」
「………」
「言ったでしょう?アレは演技だったって。貴方の疑り深さも流石のものね、グラディオ」
「―――皮肉かよ、レティ」
何かが確実に変わってしまった。
それだけは嫌でも分かるよ。オレ達とレティとの間には見えない壁のようなもので遮られている。それにレティはグラディオを愛称で呼んだ。ノクトは『ノクティス』なのに。今までグラディオを愛称で呼んだことなんか一度だってない。これで可笑しいって思わない方が変だ。
「そうね。そうとってもらっても構わないわ。……少し疲れたからそっとしておいて」
そう言ってレティはやっぱりオルティシエのある方角に顔を向けた。これ以上話したくないと彼女の背中は物語っていた。
こんなに近くにいるのに、レティがすごく遠く感じてさ。
言い知れない不安がオレの胸の中に渦巻いて気持ち悪かったしもどかしかった。こんなに、近くにいるのに触れられる距離にいるのに彼女の背中が遠いだなんて。
まるで【 】している気分だ。
胸の痛みと苦しさと切なさみたいなもん抱えて服をぎゅっと握りしめてはじっとレティの背中を見つめていたら、
「………」
「……プロンプト、どうした?もしや酔ったのか?」
イグニスがオレの様子を気にして声を掛けてきた。
「へ?オレ?」
「ああ、胸を抑えているようだったから吐きそうなのか思ったが」
「ううん、酔ってないよ」
ニヘラと笑みを作って大丈夫だと答えるとイグニスはいぶかしみながらも納得してくれた。
「そうか。ならいいが……」
「ねぇ、イグニス」
ほんの好奇心で訊ねてみたくなった。意地悪じゃない、そうだよ。これは好奇心だと自分に言い聞かせる。
「なんだ」
「レティって、好きな人いないのかなぁ」
「な、荷を言って……」
イグニスは不意を突かれたみたいに目を見開いて驚いたようだ。でもオレは気にせずにレティを見つめたまま喋り続ける。
「気が楽になるって安全圏ってことじゃん。だからニックスさんとは友情以上恋愛未満なのかなって」
「………なぜ気になるんだ」
眼鏡を指先で押し上げて低い声で逆に訊ねられた。探りを入れられてる感じ?うーん、残念。オレの真意が気になるって?でも正直に答えるしかない。
「分かんないや。なんでだろね」
本当に分からないや、オレの気持ち。自分の事なのにはっきりと言い出せないのはきっとオレがこの気持ちに名前を付けるのを怖がっているからだ。形にしてしまったらきっと戻ることはできない。
【子供だましの手口】
※
イグニスside
彼女の魔力によって治された両目は以前よりも視力が上がったようで視界も良好だ。ただ昔から眼鏡をしていることが当たり前なので今更外すと調子が狂ってしまう。
ああ、そう言えば前にノクトの悪戯で眼鏡を奪われたことがあったな。あの時はまたノクトが寝不足なことを理由にレティと一緒に寝たいなどど戯事を言ってきたからつい叱り飛ばしてしまったが、兄妹と言えど肉体的にも健全な男女が同衾するなど常識外だ。その腹いせに眼鏡を奪うなど幼稚な悪戯を繰り出していたあの頃はまだ自由だった。
つい、思い出し笑いしてしまいそうになるのをぐっと堪えてついにカエムの岬にたどり着いた。まさかこうしてまた戻ってくることになるとは思いもしなかった。
「レティ、着いたぞ」
よほど疲れていたのだろう。船旅の途中でうすらうすらと眠っていたレティの肩に手を置いて軽く揺さぶると「……ん」と声を漏らして目元をゴシゴシとこすぐる仕草はとても幼く見えた。
「……何処だっけ、っていうか今何時だっけ?」
ぼうっとした顔で状況がまだ把握できていないらしいので「カエムの岬にある隠れ家だ」
と説明すると「……ああ、ここがそうなのね……ハッ!?」と意識がはっきりと覚醒したらしい。バッと飛び上がりオレから離れる動きは速かった。
「い、いいいイグニス!?」
「オレだが、どうした」
「べべべ別に!」
明らかに動揺しているだろう、それは。猫のような瞬発力で逃げるように船から危なっかしく降りる彼女の背を未練がましく追ってしまうのは情けないだろうか。
これが今のオレと彼女の距離の差をまざまざ感じた。
あの一夜をなかったことにする。
それはオレの気持ちもリセットしろと強制させられているようで嫌だった。女性としてあのような行為は傷ついて当然だしオレも誠心誠意謝罪しなければならないことだ。だが彼女はそれを良しとしない。まるでノクト達にばれることを恐れているようだ。確かにレティに好意を抱いているノクトに知られてしまえばきっと仲良く旅なんて続けられないだろう。今も暗黙の了解で行動を共にしているはず。もし、オレがノクトに告げてしまえば?と下らない問いが生まれる。
それこそ今のオレ達の関係が崩れてしまうだろうな。
「皆、元気そうだね」
船から降りた途端に表情を切り替えたレティは朗らかに笑って熱烈な歓迎を受けた。
「姫様!」
「よくぞ御無事で……!」
「レティの馬鹿~~」
「あ~はいはい。馬鹿だから歩いて、ね?とりあえず座らせてよ」
「うぇえええええんん!」
滂沱の涙を流しレティに抱き着いて離れないイリスを何とか歩かせてタルコットが後ろを引っ付きながら部屋まで手ずから案内を申し出ていた。
「ノクティス様方もお疲れ様でございました。ルナフレーナ様にお休み頂ける準備はできております。こちらにお運びください」
ジャレットがオレ達に頭を垂れてねぎらいの言葉を掛けてくれたが、ノクトの表情が暗いことに気づいたジャレッドは何かを察してそれ以上喋ることはせずにオレ達を部屋へと案内した。部屋へ向かう途中、気後れしているのかリベルトが若干引き気味にクロウに話しているのがすぐ後ろの方で聞こえた。
「……なんかオレ達およびじゃないって言うか」
「ちょっと!リベルト」
大方スケールの大きい話になっていくことに怖気づいたのだろう。それも仕方ないことだが。
「リベルトとクロウも一緒に聞いてね」
「ええ」「……マジ?」
だが間髪入れずにべったりなイリスに引っ張られているレティが振り返り二人に参加を促したのでリベルトはガクッと肩を落としたようだ。残念だったな、リベルト。
ノクトとはルナフレーナ様を運ぶために一旦別れてオレ達は先にリビングで待っていたコル将軍と顔を会わせることになった。
ピンと張り詰めた雰囲気に緊張感からかイリスやタルコットは口をピタリと噤んではレティから離れた。彼女は静かに椅子から腰を上げたコル将軍と対峙し、
「……久しぶり、コル」
とまるで何事もなかったかのような挨拶をした。それに対してコル将軍は、「ご無事で何よりです。姫」とまずは社交辞令から入る。レティは眉を軽くあげで不服そうに目を細めた。
「……何か言いたげね」
「ええ」
一瞬即発とはまさにこのことだろう。張り詰めた緊張感を先に壊したのはコル将軍は思いもよらない行動だった。
二、三歩進んだかと思うとレティの少し前で止まり突如右手を大きく振りかざした。
パシンッ!
「なっ!?」
「レティ!?」
小気味よい音と険しい顔つきに皆、息を呑んだ。
あっという間の出来事で止める暇もなくコル将軍から出された手によってレティの頬は痛々しくも赤くなる。加減なしに叩かれた頬を抑えつけレティは狼狽えた様子もなく無言でゆっくりと顔を戻すとコル将軍を見つめた。
「……」
「……ご自分がした事に対して自覚はおありですか」
厳しい眼差しと追及するような物言いに対してレティは痛みを堪えて毅然とした態度で言った。
「あるわ」
「謝罪の意は」
「ないわ。あの時の判断は間違ってないもの」
間髪入れず堂々と言い切ったレティにコル将軍は怒りを押さえつけるように拳を握る。
「貴方の独断でどれだけ皆に迷惑をかけたとしてもですか」
「ええ。その価値はあったわ。クリスタルを取り戻すことができる。それはルシス復興への第一歩でしょう」
やり方はどうであれ、レティの言っていることは正しい。だからこそコル将軍はぐっと喉を詰まらせたような表情で何も言い返せないようだ。
「………」
「気は済んだ?なら、座って。これからのことについて話し合いましょう」
つとめて冷静にレティは椅子を引いて腰掛けた。逆にコル将軍の方が憤り隠せない様子だった。
「………貴方は、どうしてそこまで!」
「コル、私情は挟まないで。今は一刻の猶予も残されていないのは貴方だって知っているでしょう。私は『遊び』で戻ってきたわけじゃないわ」
「………失礼、いたしました…」
「なら座って。皆も腰をかけて、聞いて欲しいの」
困惑するオレ達にレティは気にせず、丁度ノクトも戻ってきたこともあり説明を始めた。その際、微妙な空気感に包まれたリビングに入ってきたノクトは「なんかあったのか」と周囲に尋ねるも誰か答える前にレティが「さっさと座る!」と椅子に座らせたことで先ほどの件はノクトが知ることはなかった。
事前にオレ達に打ち明けた内容をコル将軍たちにも同じように説明し、なおかつ軍部を抑えてルシスから撤退させるよう指示を出すと驚きの一言まで飛び出た。
その時にレジスタンスのメンバーでルシス入りをし、王都の安全を確保しろとのこと。費用の出費は考えずともレティの方で手配済み。シガイが蔓延っているようなら召喚獣を出すともいう、的確かつ無駄がない戦略だが本当に実行できるのだろうかと懸念が残る。だが今まで有言実行だったレティのことだ。今回も下準備は念入りに行ってきたのだろう。でなければこんな大胆な発想は浮かばないはずだ。
大体の作戦について話は終わった。オレとしては一刻も早くレティの頬を冷やしてやりたいのだがレティの用事はまだ終わりではないらしい。
「ある人から預かっている物があるの。ノクティス、手をこちらに出して」
「……こうか?」
「ええ、それでいいわ……。父上の剣を預かってきたわ」
彼女の手から小さな光が数多く生まれてそれは徐々に剣の形になっていった。
「こ、れって……!」
「レイヴスが大切に持っていてくれたの。ノクティスに渡して欲しいですって」
それはレギス様が使っていた剣だった。どうしてレティにその剣を託したんだ?
いつかレイヴスと対峙した時のことが脳裏をかすめた。どう考えてもあのレイヴスとレティが親しい様子が想像できないが、レイヴスがレティの存在を認めているということは把握できた。レギス様を憎んでいたはずの彼の心境の変化は少なからずレティの影響だろうか。
「アイツ、が」
「………父上のように立派な王になれとは言わないわ。けれど王という責務は決して軽くはないはずよ」
「………」
ノクトは黙ってレギス様の剣を受け取りレティはノクトの剣を持つ手に自分の手をそうっと乗せた。
「だからと言って自分の命を賭ける真似はしないで。世襲制という王の縛りは決して命を短くさせるものじゃない。クリスタルはそのためにあるんじゃないのよ。あれは、」
一度そこで彼女は言葉を切った。何かを思い出してか顔を少し歪めさせる。
「あれは人を不幸にさせる癌の元よ。決して幸せなどもたらさない。クリスタルがある限り争いは終わらない」
「どこでそんなこと知ったんだよ」
「……バハムートが教えてくれたの。闇を払う方法、つまりクリスタルの解放を行うことで世界は救われる。私が選ばれたからよ、召喚獣たちに。産みの存在であるミラ王女みたいにね」
「!?」
ミラ王女の名にコル将軍が顔を強張らせたのが分かる。勿論それは王女の存在を知るオレ達だって同じだ。やはり彼女は自分の生い立ちを知っていたか。
「ミラ王女が死んだ事で必然的に私が選ばれた。私なら闇を払うことができるわ。だからノクティス達にはその補助をしてほしいの。帝国を完全に潰すことでクリスタルの解放もやりやすくなる」
「オレにはできないのか?」
椅子を仰け反りそうな勢いで立ち上がったノクトはどこか必死な表情で訴えた。
「貴方には召喚獣の声は聞こえないでしょう?」
「そうだけど!?」
まだ納得はできないらしいノクトに対してレティは安心させるように小さく微笑んだ。
「貴方は正攻法で世界を救って欲しい。私は裏方でノクティス達を誘導させるから。だから信じて、私の事」
真摯に見つめられ、あんなことを面と向かって言われてしまえばもう何も言えないだろう、ノクトもオレ達も、だ。
「……レティ……」
「もう二度と父上のような人たちをだしたくない。その為に力を貸して欲しいの。お願い」
懇願され不承不承にノクトは頷いたが、譲れないところもあるらしい。
「分かった……、でも無理だけはさせないから」
「ありがとう。うん、サポートお願いします」
大まかな詳細がレティから説明されるやいなや、皆目を丸くして驚くしかない。
オレ達はしばし休憩したのち、レガリアに乗って目的地まで向かうことになった。また五人での旅が始まるわけだ。
準備はそれなりあったが、レティの様子が気になりオレは家の中を捜したが彼女の姿が見えずイリスにレティの行方を尋ねると灯台の方へ行くと言付け向かったようなのでそちらへ小走りに向かった。それに相棒であるクペを連れてこなかったのか、その理由も知りたかったからだ。あれだけ常に一緒だった二人が離れるということはそれなりにやむを得ない理由があるはず。
表側の方にはいなかったので裏手に回ってみると彼女はぼんやりと海を見つめながら壁に背中をついていた。
「レティ」
名を呼んで彼女に歩み寄るオレの方を見ずにレティは不機嫌そうに「……何」と答えた。
「……これで頬を冷やすといい」
濡らしたタオルを差し出すと、一瞥され「……ありがとう」とタオルを受け取り叩かれた頬にあてがった。すぐに冷やそうと思えばレティの魔法で冷やせただろうにそのままにしていたということは……。そうすることさえも忘れていたほどに落ち込んでいたのだろうか。……もっと早く動いていればあのようなこと事前に防げたかもしれないというのにオレは自分が不甲斐なく思ってしまう。
「これくらいしかオレにはできないからな」
少しでも彼女の役にたちたい。罪滅ぼしではないが力になりたかった。けどオレの心を見透かすかのようにズバリ言われてしまった。
「………貴方を助けたことは後悔してないわ」
「!」
「それだけは、言っておく。また旅を始めるんだもの。気まずいのはお互いに嫌でしょう?だからあの事はもう忘れて」
素っ気なくサラッと言われたが、頭がすぐに理解できずにオレの脇を通り抜けようと動くレティの腕を掴んでしまった。
「忘れて?」
「忘れて欲しいの。私も、忘れるから。というか腕、離して」
前にもあった。レティとキスをした時のことだ。
あの時は凄い剣幕で忘れるよう強制させられた。だが口から出た言葉は案外強気なものだった。
「ちょっと、イグニス。聞いてる?」
「……断る」
「……何ですって?」
信じられない顔をされたがオレとしては正直に言ったまで。
「忘れることなどできやしない」
「イグニス、貴方」
過ちを咎めるかのように低い声で睨み付けられる。が、逆にオレの方が冷静でいられなくなった。瞬間的に沸いた高ぶった気持ちのままオレははっきりと声を上げた。
「忘れられるか!」
「!?」
「君が、君がオレの為に体を傷つけて助けてくれたことを。あっさりと忘れてたまるものか!オレはそこまで愚かじゃない」
下心は別にしてもはや意地だった。レティにその程度の男と思われるのが嫌だったからだ。声を荒げたオレにレティは目を見開いて驚いた。
「……イグニス…」
「レティ、君には悪いがオレは忘れたくない。――――忘れられないんだ」
懇願するように彼女を見つめれば、
「……勝手にして」
レティは逃げるように捕まえていた腕を強引に引き抜いて小走りで行ってしまった。
「勝手にして、か」
【まるで想うだけなのは勝手なことと言われた気がした。】
※
レティーシアside
ああ、寝不足だわ。
常に無駄に緊張してしまっているから夜も眠れなかった。一人部屋というわけにも行かない隠れ家ではイリスと同じベッドで寝かせてもらったけど彼女は私が消えることをひどく恐れていて夜私にしがみ付くようにくっ付いて寝るので息苦しさも相まって完璧寝不足状態。目の下に隈なんか作っちゃってクロウには吃驚させてしまったな。リベルトとクロウ二人には一足先にレスタルムへ戻ってもらった。彼方でヴォルフラム達と合流してもらい本格的にルシス奪還の為に動いてもらうためだ。メンバー編成などは彼らに一任しているので大丈夫だろう。後はルシスの状態によって召喚獣を派遣するかどうかだけど。……そういえば私が戻ってきたことをコルから耳にしたのだろうヴォルフラムから電話を受けた時はコル以上に怒られると身を委縮させたが、意外にも電話越しの声は優しく純粋に私の無事を喜んでいてくれた。
『レティ、無事で何よりだ』
「ヴォルフラム……、色々と心配をかけて御免なさい」
『いや、やんちゃやれるだけ元気してたってことは知ってたからな。』
しかも会話中にユリとグレン君が突如割り込んできて電話先でヴォルフラムと一悶着起こすというおかしなハプニングもあったけど三人とも元気そうでなによりだった。
『それよりもな、『レティ!?俺だ、ユリだ!』『オレもいます姫!』ちょ、お前ら割り込んでくるなっ!』
私命名グレン君も日々立派な騎士になる為に奮闘中とのこと。電話越しに意気込みを語られ、必ず私の騎士になって見せると声高らかに宣言してくれていたがすでにニックスという存在がいることを遠慮がちに伝えると想像できそうなほど落胆した様子だった。
『そんな!』
「ご、ごめんね?ニックスの件はどうしてもっていうか本人の意思が強すぎて私がどうこう言える件じゃなかったというか」
申し訳なさについ謝ってしまうとグレン君はすぐに気を持ち直した。
『だったら姫にとって第二の騎士になります!』
「グレン……そこは諦めないのね」
すっかりロキとしての記憶は無くなっているようだけどそれで私はいいと思っている。
彼の帝国での名声など霧として消えるのだ、いずれは。ならば今のグレンとしてしっかりと人生を歩んでほしいと勝手に願っている。
レスタルムに寄ることを約束づけられ私は長々を話していた電話を終わらせた。どっと疲れを感じると同時に変わらない様子につい口元が緩んだ。シドニーだけはお店を放りっぱなしというわけにも行かないのでまだ連絡もしていない。本当は直接会いに行きたい。会って謝りたい。心配をかけたことを御免なさいと頭を下げたい。けれど早々こちらに滞在する時間を延ばすことも無理だ。御爺様の容態も気になるし長く彼方を不在のままにしておけやしない。私の存在を良しとしない批判的な人間もいるのだ。即位を前に余計ないざこざは避けたい。
……戻ってきても変わらずに受け止めてくれる皆の優しさに救われた。私は恐れていた。ニフルハイムの皇女となった私など嫌われて当然だと。きっと受け止めてもらうことはないと覚悟していたのに。そんな杞憂などすっかり無駄だったことを知る。
コルに頬を叩かれた時は自分を律して平然と通したけど本当は凄く痛かった。あの時のコルの表情は覚えがある。一度だけ私の頬を叩いた父上と同じ顔だった。ひどく心配をして怒りを抑えきれずつい手が出てしまいその後の後悔した顔。
私は自分が思っていたよりも大事にされてきてたんだなと痛感した。自分よがりでひねくれた性格だけどさ、分かるよ。
まだ出発までは時間がある。今回、クペは帝国でニックスと共に一度帝国に付いて行ってもらっているのだ。向こうの用事が終わればこっちに戻ってくることになっている。それまでは話し相手を捜すのも苦労しそうだ。
「ここは風が吹いて気持ちいいわね」
エレベーターを起動させて上の方に上がってみると大海原が一気に視界へ飛び込んできた。ここを船で渡って来たのかと感慨深くなる。
ニックスとの約束の事、イグニスの辺に意固地なとこ、ノクトとの微妙な距離感、プロンプトから感じる気まずい空気感、愛称呼びに変更したグラディオからのぎくしゃくした会話。問題はこの辺かな。さて、どうやって解決させていこうかと頭をひねるも一向に解決策など浮かばない。ああ、ここにクペがいればな。先に用事を頼んだからいつ頃帝国から戻ってくることか。頼もしい相棒を思い出しながら一人でぼんやりと海を眺めていると、後ろのエレベーターが動き出す音がした。振り返ると下から誰かが上がってくるようだ。
「レティ、ちょっといい?」
「……イリス」
遠慮がちに現れたのはイリスだった。後ろに何かを隠しながらやってきたけど私の所までやってくると前に出して両手で持ち上げなおしてずいっと差し出された。
「……これ、本当はノクトからレティにって渡してもらうつもりだったの。どうしてプロンプトが持ってたのか謎だったけど、受け取ってくれる?」
「これは、……モーグリ?」
差し出されたのはクペそっくりな手足の長いモーグリのぬいぐるみだった。しっかりと羽まで付けられているし頭のボンボンも同じで愛らしい顔立ちだ。私は戸惑いながらそのぬいぐるみを受け取るとイリスは得意げに胸を張った。
「うん。幸運のモーグリ人形。レティに渡そうって思ってさ。作ったんだ」
「私に?イリスが……」
初耳だ。ノクトは何もそんなこと言っていなかった。背中になんで背負ってるのか不思議だったけどそれが理由だったのねと納得する。それにしても、私が作ったモーグリ人形よりも出来がいい。……ちょっと妬んだけど表情には出すまい。
「……もっと早く渡したかったんだ。でも、レティ帝国に連れて行かれちゃったから渡せなくて。それでノクトにお願いしたのに結局渡してないっておかしいよね。ホント、……私が直接渡さなきゃいけない羽目になるなんて……っ、ごめん。なんか、夢みたいだと思って。レティ、目の前にいるのに、夢なんじゃないかって怖くて…!」
喋っている間にイリスの瞳には涙が堪っていく。喋り終わる頃には目元から大粒の涙が零れて手の甲て乱暴に拭っていた。私はたまらずにイリスを片手で抱き寄せた。
「イリス」
「ごめん、ごめんレティ。泣いてばっかでごめん……」
「……ありがとう。私の為に泣いてくれて」
なんて優しい子だろうか。私はこれからも彼女を傷つけてしまわなくてはいけないことに自分に腹立ってしまった。もしかしたらもっと違うやり方があったかもしれない。
礼を言えば彼女は過剰に反応して涙目交じりに怒ってきた。
「……レティの馬鹿!私が誰の為に泣くっていうの!?レティしかいないじゃんか!」
「………」
毎回毎回イリスと会うと私の心はふっと軽くなる。今もそうだ。
救われているのだ、彼女の存在に。
「お願い、レティ。頑張りすぎないで。レティがどんどん遠くに行っちゃいそうで怖いよ、私」
「………」
どうしてこう彼女は敏いのか。確信ついた言葉に私は何も言えなくなる。
私が無言になったことでイリスは不安に顔をくしゃりと歪めた。
「ね、レティは何処にもいかないよね?全部元に戻ったら一緒にルシスに帰るんだよね?」
「………」
「……ねぇ、うんって頷いてよ。お願い、レティ」
腕を掴んで揺さぶられ私はされるがままだ。縋りついてくる手を振り払うなんてできない。でも本当のことも絶対に告げることはできない。イリスを巻き込むわけにはいかないのだ。
「……私、出来る限りのことはしたいって思ってる。それって頑張るっていうのかな?当たり前のことをしているんだから別に頑張るとか頑張らないとか関係ないと思うんだ」
「レティ」
私はイリスの頭に手を乗せて優しく撫でて言い聞かせるように言った。
「イリス。私、やれることはやりたいの(心残りがないように)」
「……レティってさ、昔から頑固なトコあるよね。そんな顔さレティゃもう何も言えないよ」
イリスは涙を拭いながら困ったように笑った。
「イリスには本当に感謝してるんだよ。こんな面倒臭い私を友達だって言ってくれるだから」
「昔も今も友達だよ。変わるわけないじゃん」
「そうだね、私達どんなに離れてたって立場が変わったって友達だね。イリス!大好きだよ」
「私だって!」
彼女と出会えて良かった。私の最高の友達。
「フフフ」「あはは」
二人で笑いあっておでこをコツンとくっつけた。触れた所から温かさがじんわりとしみ込んで私もつられてもらい泣きしちゃった。
【最高の友達だ】