繋いだ指先から温かさがじんわり伝わってきて、胸が一杯になった。ツンと鼻の奥が詰まりそうになる。
いつものレティの匂い。
いつものレティの触り心地。
いつものレティの……。
当たり前だと思っていた事が実は当たり前じゃなくてふと気を緩めた瞬間に手から零れて落ちてしまうものなんだって、今更ながらに気づいた。気がつけた。
オレは、二度と零したくない。
何があったって、手放したくない。
※
ノクトside
さり気なく眠るレティを自分の方に引き寄せてみた。暫く感じなかった温かさが戻ってきたことにオレはようやくほっと息をつく。
ようやく実感できる。レティがオレの傍にいることが現実だって教えてくれる。
本当は寝るつもりなんかなかったけどレティの寝息に引き込まれて気が付けば無事にイグニスの運転でガーディナ渡船場に着くことができてた。寄り添うようにいたはずのレティもすでに起きて先にレガリアから降りていてオレはプロンプトに肩を揺さぶられて起こされた。
「……ん」
「着いたよ!ノクト」
「……あぁ?……レティ、は?」
ついつい温もりを捜して手を動かしてしまうのを呆れたように見られていた。
「もう降りてるよ。まったく、ノクトってばホント寝るの得意だよな~」
「褒めてんのかよそれ」
「少しね」
さらっと言われた皮肉を流してオレは遅れてレガリアから降りてレティの姿を捜す。すでにレティはクペを肩に乗せてイグニスと共に桟橋の方まで歩いていた。慌ててレティの後を追いかけた。
「先行くなよ!」
「起こしても寝てるのが悪い」
ズバッと言い返されたけど一応起こそうとしては思っていてくれてんだなとつい頬がにやけた。それを隣を並んで歩くプロンプトに見られてしまい変な顔をされたので「なんだよ」と軽く睨むと「別に~」とそっぽ向かれた。なんだよ?
「そういうレティはクペに起こされるまで寝てたよな」
「グラディオ!」
一言余計だと言ってレティはグラディオの背中をバシッと叩いた。だがグラディオは痛がる素振りどころか悪戯に笑みを浮かべてレティを抱え上げ俵担ぎして歩き出した。
「ぎゃあ!」
「もっと女らしい悲鳴あげろよ」
「グラディオがいきなり担ぎ上げるからでしょ!?ってか降ろせ~!」
「面白いからこのままで続行」
「ふざけんな~~~!」
ジタバタ暴れてもがいているがグラディオの力には敵わないみたいだな。桟橋の真ん中あたりまで通行人に注目されてるうちに力尽きて暴れることもやめてた。けどついにはイグニスに
「グラディオ」
と名前を呼ばれて眼力と共にがめられて仕方なく降ろされてた。レティはくたびれた顔をして深いため息なんかついてた。
「……はぁ、なんか疲れた。マジ甘いもの食べたいふかふかベッドに寝転びたいお風呂入りたいマッサージ受けたい」
「願望が駄々洩れクポ」
クペがレティの肩に乗っかって即ツッコミいれてる様子はやっぱり久しぶりだなって思う。
それから王都を出発した時みたいにオレ達はシーサイドクレイドルに泊まった。金にうるさいイグニスを黙らせて言うこときかせるのはやっぱりレティの特技だ。
「私今日はここに泊まりたい!」
「だが……」
「じゃあ私とクペだけで泊まるわ。男たちは外でキャンプでもどうぞ~。クペ~、さっきナンパされてた女の子いたから私もナンパされちゃうかも。きゃっ!」
「ノクト今日はホテルに泊まるぞ」
真顔で受付に立つイグニスの姿は異様だった。フロントマンも微妙に顔を引きつらせて笑ってたからな。今までの溝を埋めるみたいに馬鹿みたいにはしゃいだりお互いの心境を語ったりしんみりしたりもした。
皆から祝ってもらった誕生日は(過ぎてるけど)特別心に残るもんだった。失ったものもあるがオレにとってかけがえのない日となったはず。
※
レティが風呂入ってくるって出ていった時に続いて追いかけようとしたクペを捕まえてレティの本当の誕生日を聞き出すのは簡単なことじゃなかった。なんせクペは秘密主義者だ。こっちがいくら土下座したってそう簡単に教えてくれるわけじゃない。
だからクペの機嫌を持ち上げて持ち上げてこの際イグニス達の力を借りてクペをちやほやしてみた。するとクペは機嫌が良くなってぽろっと零した。
レティには内緒クポってな。それでレティの誕生日を入手したオレ達は、落ち着いたらレティの誕生日会を開いてやろうってことで満場一致。それまでにレティの欲しそうなプレゼントを用意しなきゃならない。けどそこからは自分の力で調達しなきゃなんねぇ。なんせ、レティに好意を抱いている男がメンバー内で三人もいるんだ。他にアイツ、思い出すだけで腹が立つ!ニックス・ウリック!
ムカつくけどレティはアイツをかなり信頼している。ムカつくくらいに。
けどオレだって負けてられない。確かに兄妹じゃなかったけど従兄妹同士なら付き合ったって問題ないし結婚だって可能だ。だからアイツがいない隙にオレが一歩リードしてやる!と意気込んでみる。
波止場の方でちょっとのんびりしてくると言ってホテルのリビングルームから出ていったレティの後をそれとなく追いかけた。先手必勝ってやつ。クペに仲間の足止め頼んでおいて正解だったぜ。それとなくイグニスがレティの方を見てそわそわしてたからな。話しかけるチャンスを狙ってるって丸わかりだったし。少しでも気を抜かしてたら掠め取られちまうのは痛い経験で学んだことだ。
もう日も落ちて肌寒い夜だってのにレティの恰好は薄着のままで波止場に腰降ろして足先を海に浸らせていた。オレは自分の上着を脱いでレティの背中にかける。
「レティ、風邪ひくぞ」
「……ありがと。わざわざ追いかけてきてくれたの?」
少しだけ顔を振り向かせてオレを見上げたレティの瞳は月の明かりを帯びてより深みを増して綺麗だった。オレはパッと視線を逸らして自然を装ってレティの隣に腰かけた。木の板は少し湿っていてぬるく冷たく感じた。
「うん。まー、そんなとこ。……なぁ、レティは欲しい物なんかあるか?」
「欲しいもの?突然どうしたのよ」
「いや、なんとなく」
プレゼント考えてるとか悟らせちゃいけないよな。それらしく思い付きだと装って訊ねてみた。レティはオレの焦りなんかきにしちゃいなくて少しほっとした。
「……欲しいもの、ねぇ…」
顎に手を当てがって考え込む仕草を見つめながらオレはどんな答えが出るのかと期待してごくりと喉を鳴らせる。ぜってぇレティの事だからマイカーが欲しいとか珍モンスターに乗りたいとか無理難題言ってくるはずと考えたけど、首を傾げて思案し終わったレティからの答えは予想外のものだった。
「……特にないかな」
「マジ?なんかあんだろ。こー、食い物とか……食い物とか、食い物とかモンスター?」
「私は食い気だけかい!?それとなぜ後半にモンスター?……ったく、失礼しちゃうわね」
じろりと睨まれるがここで諦められないオレはしつこく
「だったらなんかあんだろ」
食い下がってみると、レティはオレから視線を外して海の方を見つめて小さな声で呟くように言った。
「……そうね、変わらない日常、かな」
「なんだそれ」
訝しむオレにレティはふふっと声を漏らしておかしそうに笑った。
「平和って意味よ、これから作って行かなくちゃね!ルシスの王様」
そう言ってオレの背中に腕を回して背中を思いっきり叩いてきた。
「ちょっ!?やめろよそれ!!」
何とか踏ん張って夜の海に飛び込む事だけは免れた。その隙にレティは立ち上がっていて上からオレを覗き込むように微笑んだ。
「期待してるわ、ノクティス」
「あ?」
「平和を頂戴。もう誰もが偽らなくていい、悲しまなくていい本当の平和を、頂戴」
「……」
寂しげに悲し気に微笑む顔に言葉が詰まっちまった。
それって皆が願っていることであって本当はレティ自身が一番強く願ってるんじゃないか?今の立場が辛いのか?弱音吐くの苦手だろ、レティ。
辛いなら、辞めちまえ。全部、辞めちまってオレに縋れよ。泣きつけよ。
全部オレが何とかするからだから皇女なんてやめちまえ。
「……レティ」
交差する視線を先に逸らしたのはレティだった。ガラリと雰囲気を変えていつも通りの態度を取る。ぐーんと背伸びしてわざとらしい欠伸を一つするとレティはオレに背を向けた。
「さぁてと、寝ようかな~。美味しい夕食もケーキも食べたし。じゃあ、おやすみ。あ、コレ明日返すわ」
「……おやすみ……」
手をヒラヒラさせてレティは自分が泊まる部屋に戻って行った。
「……強情な奴」
いつもそうだ、レティは。自分の気持ちをため込んでばっかりで誰にも頼ろうとしない。今も変に肩肘張ってさ。
そんなレティが珍しく素直に平和を求めている。平和、か。漠然と平和って何なのか実感がわかない。でもレティの為に平和を。
大義名分には少し不謹慎かもしれねぇけどオレにはこれくらいが十分だ。