クロウside
使い勝手のいいパソコンに巡り合えたのは運がいい。最初のころなんてついついキーボード打ち込む力が強すぎて何度修理に出したことか。数えきれないわね。だって事務仕事なんて初めてなんだもの。いきなり預けられても困るわ。
それでも人間って慣れる生き物よね。魔法だけが唯一の取り柄と思い込んでいた自分が馬鹿馬鹿しいわ。それなりに体術の心得はもちろんあるけれどまさか秘書みたいな仕事任されるなんて。信じられる?レティ。しかも今若い子達の間で超人気者のイグニス宰相の、よ。インテリ眼鏡は変わらずに少し以前よりも髪形を変えたかしら。彼のファンがもう、スゴイのなんのって。もしかしたら陛下と並ぶ支持力かしら。
お陰で私は同性から嫌われたり嫉妬交じりの視線やら罵りなんて日常茶飯事。
最初のころは家に帰るまでが戦闘状態だったわ。今じゃどこ吹く風とかわしてるけどね。
ああ、そろそろ着替えた頃かしら。私はソファから立ち上がって彼の部屋を一応軽くノックして顔だけをドアから覗かせる。
「リベルト、準備は良い?」
「おう」
私に背を向けながら鏡を覗き込んでいるリベルトの後ろ姿を確認してまたドアを閉めリビングに戻る。
今日ばかりはいつも型崩れしていない卸したての制服をリベルトに渡して着替えさせたわ。普段からだらしない恰好のくせして彼が作る料理は美味しいだなんて卑怯よね。一緒に暮らし始めて一年半かしら、もうリベルトなしの生活は考えられないくらい。これって軽く依存ってことなのかしら?
「ふぅ」
二人で選んで買ったソファに座ってパソコン専用の膝置きを使って仕事を再開させる。後もうちょっとなのよ。これ終わらせないと次の会議に間に合わない。
この私が地位ある職に就いてる孤児院にいた時には想像できないことだわ。
共に故郷を取り戻すと約束した仲間達は既に旅立っていて今は私とリベルト、それにニックスしか残っていない。以前よりも住みやすくなったルシスは私の第二の故郷になったわ。故郷を取り戻すと意気込んでたリベルトでさえなんだかんだ言いながら定住しちゃってるし。私もだけどね。
足音でリベルトがやってきたことを察知した私はパソコンから視線を変えてリベルトを見つめた。
「支度は終わった?」
「完璧」
私の前で子供のようにはしゃいで回って見せる姿に呆れてしまう。
「何子供みたなことを」
「なんだよ、ノリの悪い」
あれから少し健康的に引き締まった体のお陰か、それとも元々面倒見のいい性格が女受けしているのか知らないけど私の知らない所でもてているみたいね。……やだ嫉妬なんてしてないわよ。
「リベルトはいいかもしれないけどまだ処理が終わってない仕事が溜まってるのよ」
ああまともに付き合ってる暇ないわ。私はすぐにまたパソコンへと視線を向けて集中し始める。
レティが身を挺して守った国だもの。大切にしていきたい。この力の及ぶ限り守っていきたい。でも彼女は本当に帰ってくるのか時折不安になったりする。国民の誰もが知らないことを私は知っている。彼女の大切な親友でさえ知らないことを私は知っているのは少し気が引ける。
レティがいつか目覚める時が来るかもしれないことを期待せずにはいられない。他の皆がどうかは知らないけど、だからその時まで私は私の出来るだけの力でルシスに貢献していきたい。だって今の私が存在しているのはレティのお陰なんだもの。
そしてその時にはニックスと再会できるはずだわ。レティとニックス二人でセットって感じだしね。
どうやら腹ごしらえにリベルトが冷蔵庫を漁りに行ったらしい。それとなく釘を指しておきましょうか。
「制服汚さないでよ」
「分かってるって」
本当に分かってるのかしら?前にも同じやり取りして見事に制服汚してくれたような。
「………」
「………」
私が打ち込むキーボードの音が静まり返った室内に響く。リベルトが静かに呟いた。
「今日も雨だな」
「――ええ、そうね」
言わなくても分かってるわ。今日が雨だってことくらいはね。だって去年も同じだったんだから。嫌でも学習するわよ。私達が知っているレティは存在が強すぎてかき消すことはできない。
【レティの命日が近づくと必ず雨は降るわ。】