ルナフレーナside
目が覚めて起きて見ればそこは何もかもが終わった世界でした。
戸惑う暇もなく自分の役割は消えていて、兄は帝国軍から脱しテネブラエの独立を宣言しました。これからは怯えて暮らす日常ではない。自ら行動を起こして自分の意思を伝えられる世界になるのだと民らに心から訴えかけ希望を皆の心に届けました。
どうしてこんなことに?
祖国を取り戻した嬉しさよりも疑問が沸きあがりました。
そこでようやくニフルハイム帝国が終わりを告げた事を知るのです。それは長年続けられた戦争が終わりを告げたということ。最後の女帝、レティーシア・エルダーキャプトが自滅したことで元々崩壊の兆しを見せていた帝国は生きていたルシスの王子達に一気に急所を責められあっけなく終わったと風の噂でそう耳にしました。
全ては、貴方の読み通りなのですね。レティーシア様。
私は、……私は貴方を憎いと思います。
ノクティス様の為に命を削るつもりでやってきた、それを邪魔しました。
私は―――死を覚悟していました。神薙であるから当たり前だと自分に言い聞かせてきました。生きたいと願った事は幾度とあります。ですが、使命を捨てることなど許されない。
私はルナフレーナ・ノックス・フルーレ。
代々の神薙達は王の為に在りました。そして私も同じようにノクティス様の為に在りました。一人の女として生きられるならどれだけ幸せだったか。
けれど私なりの覚悟を持って六神達に誓約を求めたのです。それを貴方は横やり入れました。歴代の王達が行ってきた事を覆したのです。それは歴史を繰り返し続けてきた王家の在り方を根底から覆すもの。けれど王達は決して貴方の行いに怒ることはないのですね。
なぜなら、貴方は我ら人を創りし女神。誰が母たるものにたてつきましょうか。そのような打算的な考えも最初からあるなどしたたかなのですね、貴方というは。
※
貴方はきっとこのやり取りは忘れるとおっしゃっておりましたね。でも覚えていたんです。不思議とあの世界での出来事を。
幼い頃の記憶を模したような世界でジールの花々が咲き乱れる中、私とノクティス様は仲睦まじく共に二人で遊んでおりました。幼少期の姿のままで。
『ほら、ルーナ。こっち向いて』
『……ノクティス様?』
『はい。ジールの花で作った冠だよ』
そう言ってノクティス様自ら作ってくださった花冠を私の頭へとそっと乗せてくださいました。私は戸惑いながらも礼を伝えました。
『……ありがとう、ございます』
『どうしたの?やっぱり嬉しくない?』
『いいえ!そんなことはありませんっ!ただ、……ただ夢みたいで』
そう、夢のように実感がないのです。幸せになりたいと願ったのは私でした。ですが、使命を捨てることなどできない。
『夢じゃないよ。だってルーナは僕のお嫁さんになるんだよ』
『……え』
『ルーナは嫌?僕のお嫁さんになるのは』
『………ノクティス様』
貴方は本当にノクティス様ですか?
今まで違和感というものを感じることはありませんでした。だって私達は『いつからここにいるのか』覚えていないのです。時間の概念が崩れ去った世界は変わることなく日の光を温かく私達を包み込む。それは初めてここでおかしいことだと気付きました。
『ルーナ、気づいちゃったね』
ノクティス様は幼い顔に似合わず、苦笑して降参と言わんばかりに肩をあげる仕草をされた。
『貴方は……!』
フッと掻き消えるようにノクティス様の姿は消え去り、一時的に強い風が吹いて思わず目を瞑りました。風が弱まりまた恐る恐る目を開くと花畑には私だけ取り残されてしまいました。まるで幻と戯れていたような感覚にここはまがい物の世界、そう気づいた時代わりに現れたのは。
『こんにちは。ルナフレーナ様』
『……なぜ、貴方が』
そこにはノクティス様と背丈も変わらない少女がいました。
一目で目を引く銀髪に緑色の瞳。可愛らしい顔立ちに似合わない私に向けられる冷ややかな視線。それが誰だかすぐに分かりました。
『レティーシア様』
『せっかく懐かしき幼少時代のままでいるのにその顔は子供らしくないわね』
小馬鹿にしたような言い方につい感情をたかぶらせてしまうところ、これは相手のペースに惑わされてはいけないと自分を律して何とか冷静に努めようと思いました。
彼女は私のことなどお構いなしに余裕な態度でその場に屈んでジールの花を一輪摘ままれ、目を閉じて匂いを嗅いでおりました。その姿は子供でありながらどこか女らしさを漂わせていて少々不快に感じます。
『このような茶番はやはり貴方の仕業なのですね』
問い詰めてみれば彼女はあっさりと肯定なさいました。手にしていたジールの花を手から滑り落とすと花は落ちる過程で霧散して消えていきました。
『ええ、傷ついた魂を癒すにはこの環境がもっもと適しているからそうしたまでよ』
『そのようなこと頼んだ覚えはありません!』
『でしょうね。だからわたしが勝手にやっているわ。貴方にはもう神薙としての力はない。残念だけど奇跡の力を頼りにすることはもう無理な話』
『……』
私から奪ったのは貴方ではないですか!と反論しようとしましたが私にもなけなしの矜持があります。何とか抑えることができました。
だというのにまるで私の反応を揶揄うかのように彼女から挑発めいた言葉は続きます。猫の様に目を細めては可笑しそうに喉を鳴らして口元に手をあてがいました。
『そう悔しそうな顔をしないで。普通の女として生きられるんだから逆に喜ばしいことではなくて?ノクトも気位の高い女よりは従順な女の方が好みでしょうし』
『そうやって人を見下して楽しいのですか。貴方は』
そう切り返せば興が削がれた顔をして「ふぅ」と小さくため息をついては
『……どうやら、これ以上話していてもお互いの為にならないようね。簡潔に伝えます。――-貴方にノクトを託すわ』
と耳を疑うような事を口にされました。
『……なぜそれを私に言うのですか。そんなこと貴方が言うべき権利などないのでは?』
まるでノクティス様を我が物のように扱っていることが許せませんでした。
『そうね。わたしにはもう、関係のないことだものね。ええ、貴方の言う通りだわ。出過ぎた真似だった。……時期に目が覚めるでしょう。それはわたしの終わりである証』
『終わ、り?』
『……ああ、時間のようね。貴方と顔を会わせることはきっともうないわ。貴方も清々するでしょう。お互いに』
そういうとレティーシア様を包み込むかのように突如発生した霧が彼女を覆い隠していくのです。
『あ!』
『さようなら、ルナフレーナ様』
彼女が別れを告げると同時に私の意識は何かに引きずられるように終わったのです。
そして私はカエムの隠れ家にあるベッドの上で目が覚めました。グラディオラス様の家に仕えておられた執事の方に事情を説明されそこで初めてレティーシア様の訃報を耳にしました。その時には彼女が最後の女帝であった事は知らず私は動揺を隠せませんでした。
グラディオラス様の妹君がむせび泣く姿や執事の方のお孫さん、それに彼女の訃報を知らせに来た使いの方の苦しそうな表情に貴方がどれだけ沢山の方に慕われていたのかが窺い知れました。
まるで天邪鬼のような人。私にあのように辛辣な物言いで接してこられたのもわざとなのでしょう。どうしてそんなことをしておられたのか、私には理解できませんでした。
※
テネブラエを発ち、友好国であるルシスに入国すれば仰々しい警備の人数に警護され王城へ招き入れられる私達兄妹を温かく迎えてくださった。
「お久しぶりです。ノクティス様」
「ああ。久しぶり……ルナフレーナ。それにレイヴス」
「元気そうで何よりだ。ノクティス」
新たなルシスの王、ノクティス様は以前よりも凛々しい御顔立ちになられてますますレギス様に似てきておられます。
「そういえば、ルナフレーナは髪切ったんだな」
「ええ。気分転換にと」
自分の中で色々と整理させたかったのです。これは一つの選択した結果。
「結構バッサリで吃驚した」
「似合いませんか?」
「いや、似合ってるよ」
朗らかに笑ってノクティス様自ら案内の元、談笑を交えながら王城の中を案内してくださいました。
お分かりですか?今ので。ノクティス様は私を『ルーナ』とはお呼びにならなくなりました。それは幼い頃からの脱却であり、決別でもある証。
……私、ちゃんとノクティス様に自分の想いを伝えたんです。去年の貴方の命日に雨降る中皆が王城へと戻っていく中、黒い傘を差したまま貴方の墓の前から離れようとしないノクティス様に、私は自分の想いを伝えました。
嫌味な女だとお思いでしょう。でも私もこの想いに決着をつけたかったのです。
ハッキリさせたかったのです。貴方の目の前で。
『私は、ノクティス様が好きです。お慕いしております。幼き頃よりずっと』
想いを込めて口に出しました。
そうしたら、ノクティス様は目を瞬かせて驚かれました。でもすぐに困ったように眉を下げられて『……ありがとな』と言われましたがその先の言葉は知っておりました。
しっかりと私の目を見てノクティス様は、
『でもオレ、お前とは一緒にならない』
なれない、ではなくならない。これはハッキリとしたノクティス様の御気持ちなのです。
国がらみの婚姻は既に形すら残っていない。ノクティス様の中にいらっしゃるのは昔からずっとお一人だけ。
『オレ、レティが好きなんだ。アイツが目を覚ますのを待ってる。そしたらオレの気持ち、伝えようと思う』
嫉妬するのも消え失せてしまうくらいノクティス様の澄んだ瞳にはレティーシア様しか映っていませんでした。最初から私の初恋は実ることはなかったのです。
貴方なりにノクティス様を託したつもりでしたがとんだ誤算でしたね。
『だから。ルナフレーナ、ごめんな』
そう言ってノクティス様は私に謝られました。もう、『ルーナ』とは呼んでいただけない。それは少し寂しく感じました。ですが純粋で淡い恋はもう終わったのです。これからノクティス様が愛称で呼ばれる女性はただこの世で一人だけ。
未練がましく想い続けるのは私の性分に合いません。
だから私は今度はテネブラエの姫としてノクティス様の御力になりたいと思っております。貴方が目覚めるその時まで。友人としてお支えしていくと約束いたしましょう。
ですから。
早く、ノクティス様を安心させてください。
それと一つ、訂正を。貴方を魔女と罵ってしまったこと謝りません。ですが貴方は魔女などではなかった。歴史に名を残す大国に終止符を打った立派な御方だと思います。……ですから、もしもう一度会うことが叶うのならばその時は、貴方と普通に話してみたいです。
【去年も貴方の墓前には溢れんばかりの花束がありました。】