草原のど真ん中、夜の月明かりがそっと優しく一組の男女の修羅場を和ませるように照らし出す。都会の喧騒ならいざ知らずこんなだだっ広い場所、しかも夜はシガイが辺りを徘徊して危険なため、一人で出ることさえ躊躇う時間帯だというのに、もし他人が一部始終でも見ていたらああ、よくあるあるカップルの喧嘩ね、なんて思うかもしれない。
だが、1組の男女は決してカップルなどではない。
と絶対認めなくない青年二人がいるのであえて、まだ、カップルではないと言っておこう。
騒ぎの一部始終を目撃し慌てて追いかけてきた貧乏王子とその仲間二人は、固唾を呑んで見守るしかなかった。下手に話しかければ自分たちに被害が来ることはわかっていたからだ。その証拠に、自分たちの周りの地面は彼女の烈火のごとく怒りを現すように容赦なく落とされたコメットの傷痕が痛々しく大地に刻み込まれていた。大地にえぐりこむ隕石は未だ高熱冷めやらず表面が赤々と燃えている。
貧乏王子の心境と言えばすぐにでも彼女の露出した肌を覆い隠してやりたい衝動に駆られていたのだが、それを許さないのが、この修羅場のような雰囲気。
他人が介入すればもっと火に油を注ぐようで恐ろしい。
一言でも口を挟めば、自分たちは巻き添えを食うことになる。
だから今は苦しくても空気にならなくてはいけない、そうアイコンタクトを送る年長者に苦渋の決断で従う貧乏王子とその過保護補佐。歯を食いしばって我慢するしかないのだ。
少し肌寒いと感じる気温なれど、湯上りには少し、結構、いや相当寒いであろうバスタオル一枚といういかにも襲ってくださいと言わんばかりの無防備な姿で女、王女と敬われる身分である、銀髪の麗しき皇女、レティーシア・エルダーキャプトがさめざめと透明な滴を瞳から零し座り込み悲し気に声を震わせ、両手で顔を覆って泣いていた。
「もう、お嫁にいけない……」
彼女の心を苦しめる要因は一つ。それは目の前に土下座し続ける男だ。同じく下半身にまいてあるバスタオルだけが唯一の装備と言っても過言ではない、金髪の青年、プロンプト・アージェンタム。彼は連発された魔法の影響でボロボロだが誠心誠意、彼女に謝り続けている。
「ほんとにゴメン!」
決して他意があったわけじゃない!
どんな償いでもする、と真摯に訴えた。
姫は、両手で顔を覆ってただ泣くばかりでほとほと青年は困り果てた。
だが姫の心を傷つけてしまった責任は自分にあるとしっかり受け止めて、彼はただただ謝り続ける。
「本当に、ゴメンなさい。おぼろげで確実に見えたわけじゃないんだ。ぎりぎりセーフだと、思う」
湯気で見えたのは、ほんの一部……と言いたいが本当は確実に見えていた。
思い出すだけで鼻血が出そうで思わず鼻を抑えてた。
そうしながら少し顔を上げて言い訳しようとしたら、レティが一瞬、底冷えするような声音で
「みただろ」
とプロンプトを威圧する。プロンプトは
「バッチシ見えましたー!!スイマセン――!」
と素直に白状した。またレティはしくしくと泣き出した。
「やっぱり、私、もう乙女じゃなくなったのね……」
「いや、まだだいじょう「あ?」サーセンでしたぁぁあ!!」
ゴツン!と痛々しい音を出して再びプロンプトは土下座GO。
レティは冷ややかな視線を容赦なくプロンプトに浴びせる。
一体二人の間に何があったのか、それは男四人、女二人旅につきもののドキドキハプニング!という奴である。離れた場所から一匹、傍観を決め込むクペは、いつかは起こると思ってたクポと冷静に自分の手帳に今日の出来事を書き込んでいた。
※
分かりやすく説明するとこんなことがあった。
その日、プロンプトは注意力が散漫していた。
この旅での自分の役割や一緒にいていいのかという葛藤。
それぞれが己の信念に基づいて行動している中、自分だけが足元が不安定であること。色々思い悩んだ末、起こった悲劇がバスルーム遭遇事件である。
もし、レティがこの旅に同行していなかったら男たちはどうやって清潔を保たさせるのか。男四人むさ苦しくキャンプの中で身を寄せ合って雑魚寝したりして汗をかいたり戦闘で負った傷を癒すのが治癒魔法でも疲れまでもとれはしない。
きっと手段はあるだろうが、お手軽にシャワーを浴びれる環境がすぐそばにあるかと問われれば否、であろう。
そんな中、救世主のごとく現れたのがレティの頼もしき友人、クペである。
彼女が出すクペのテントは、見た目は小さなテント。だが摩訶不思議な力によってさながらホテルのスイートルームのように優雅でリッチな寛ぎやすい部屋を提供することができるのだ。それも全ては紅一点のレティの為。彼女が旅で困ることがないよう生活に必要なすべてのものが用意されている。
その中でも大切なものが快適なバスルームだ。レティの趣味に合わせ白を基調とした内装にシンプルでありながら品を感じさせるエレガントな造りは、女性ならば思わずうっとりとため息を零してしまいそうになるほどの見事なもの。
王族として一級品に囲まれて育ったレティには当たり前の光景でも、一般庶民のプロンプトにしてみれば、オレ場違いすぎません!?とコンフォ状態に陥ってしまうほどの衝撃的な光景である。
男たち四人もそこで日々毎日の戦闘での疲れを癒し心をほぐしているのだが、その日は、タイミングが悪かった。先にバスルームに先客がいると気付かなかったのだ。
プロンプトは浮かない表情でああ、風呂入らなきゃとバスルームのドアを開けた。
用意していたパジャマを台において服を脱いで、すっぽんぽんになって腰にタオルを巻いて、仄かに香るレティが好むバスソルトの匂いを嗅ぎながら。乳白色のバスから立ち上る湯気の中、人の気配にようやく気づいた時は遅かった。
絹のようなしっとりとした肌に銀色の濡れた髪を軽くまとめ上げ色香溢れるうなじ。
ゆっくりとこちらを見つめる、瞳が、大きく見開かれる。
数十秒もの間、お互い視線を逸らせずに見つめ合った。
「……」
「……」
「……」
「……」
プロンプトは無言のままスッとドアまで引き返して静かに閉めた。
あれは幻、夢、オレ立ったまま寝てたんだと自分に言い聞かせようとした。
だが、すぐに
バンッ!と叩き壊すような勢いでドアが開かれた。いや、蹴り開かれた。
恐恐と振り返ると、そこには入浴中の麗しのレティの姿が鬼の形相で立っていた。
「ひぃっ!?」
情けない声を出してプロンプトは顔を青ざめ、
「きき……きゃぁぁああ――――!」
自分の体を抱きしめながら女のような悲鳴を上げ、その場に蹲った。
「見ないで――!!」
レティは怒鳴り返し、
「誰が見るか!それに私が叫ぶ方だわ、このっ!」
レティもバスタオルで体を、腕で胸元を隠しながら、瞬時に双剣を出現させてプロンプトに向かって勢いよく飛ばした。
「……」
ひゅっと頬に剣がかすり血がたらりと流れ、剣二つはプロンプトのすぐ後ろの壁に勢いよく突き刺さる。
がくっと腰を抜かしてプロンプトは恐怖から涙目になった。だがレティは容赦ない。
血走った目付きで指をゴキゴキと鳴らしてデスを発動させた。
「デスで死んで詫びれ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「誰が許すかぁぁああああああ―――」
「ギャァァアアアアアアア――――!!」
プロンプトはコメディよろしく両手を上げて一目散に逃げ出した。レティは鬼の形相で追いかけた。そこから仲良く追いかけっこが始まった。
と冒頭に至るのである。
※
プロンプトにとってはアンラッキーともいえる事件。
ちなみに、さっきのレティはコメットやデスを乱発して確実にプロンプトの息の根を止めよう、目をギラギラさせてひたすら逃げまくるプロンプトを執拗に追いかけまわしていた。
だが一向に雰囲気は良くならない。むしろ悪くなっている。
このままいけば、確実にやられる。
ついにプロンプトは意を決して叫んだ。
「オレが!オレが責任もって姫を!……レティをお嫁さんにもらいますっ!……っていうかオレをもらってくださいっ!」
「「「……」」」
ノクト達は、呆気にとられ言葉を失った。
気でも触れたかとプロンプトを疑うくらいだった。だが彼にとっては捨て身の作戦でもあった。その場の雰囲気を逆に利用して少しでも死亡フラグをへし折ろうと考えたのだ。レティはプロンプトの作戦にまんまと引っ掛かった。
「……ほんと?」
ブンブンとプロンプトは首が取れるのではないかというくらい何度も頷いた。
もう自棄になっていたのだ、彼は。これくらい言えばきっと嫌な顔して『いらない』とか一蹴されるに違いないという淡い期待もあったが。だがレティは反応は予想外のものだった。
「……じゃ、よろしくお願いします」
と小さく頭を下げたのだ。
「へ」
呆けるプロンプトにレティは、
「給料三か月分の指輪、期待してるね」
と照れくさそうに微笑んだ。これが、策士策に溺れるということだろうか。
ズッキューン!
古臭い効果音であるが、それが彼には一番合っていた。
恋の銃で見事胸を撃たれたプロンプトは、全身が沸騰しそうなほど熱くなるのを感じながら給料三か月分どうやって稼ごうかとぼんやり考えた。
だがレティはぺろっと舌を出して可笑しそうにネタ晴らしをした。
「なーんて嘘ぴょん!」
「…え…」
「裸見られたぐらいで泣きやしないわよ。そこまで恥ずかしがる歳じゃないし。事故事故。仕方ないわ」
手をパタパタと振って気にしないのと軽くレティは笑った。
「え、嫌でも!オレ、姫傷つけたし……」
というかさっきのは絶対本気で殺しにかかっていたはず。
と言おうとしたが、一睨みされその言葉も引っ込んだ。レティは気を取り直して、コホンと咳をした。
「だからって責任取ってもらうのに結婚とかないじゃない。私、そこまで悪女じゃないしなりたくもないわ。プロンプトは自分の好きな人をちゃんと見つけて給料三か月分、渡しなさいね」
そういうとレティは立ち上がってさっさとテントに戻ろうとした。
「え、あっ!」
プロンプトは条件反射でレティの腕を掴んでしまった。
どうしても行かせたくなかったのだ。誤解されたままでは。
「?……もう、いいよ?怒ってないし。次から気を付けてくれればいいから。それに、もう寒いから中入ろう」
「あ、あの……オレ…」
言葉を詰まらせながら何かを意を決してプロンプトはレティを見つめ
「?」
「オレ!」
「はいはい。茶番は終わりだ」
さりげなくグラディオにレティの腕を掴んでいた手を外され、ハッと我に返るプロンプト。
「グラディオ!?いたの!」
「いたっつーの。それよりさっさと中入れ。風邪ひいたらシャレにならねぇぞ」
「うん」
レティはグラディオに促され寒い寒いと体をさすって足早に中へ入る。プロンプトはグラディオに「お前もさっさと戻れ」と声を掛けられても反応できずにしばしそこで立ち尽くしてしまった。なぜなら、自分の行動が、言いかけた言葉が理解できなかったからだ。
オレ、なんて言おうとした?
給料三か月分?
違う、オレをもらってください?
違う!違う!
オレは、本気だって、言おうとした。
プロンプトは口元を片手で覆い、今言おうとした言葉の意味に戸惑うしかなかった。
頬が徐々に熱をもっていくのを感じた。
オレが、レティを?
いやいや、まさか!
自分に限ってそれはない、断言したいところだけど、先ほど言おうとした言葉はまぎれもなく、好意を持つ相手にいう台詞。
あんな、普段からがさつで乱暴で無茶苦茶で世間知らずで子供っぽくて猫かぶりで人見知りする姫。ルナフレーナ様の方が何倍もお姫様らしくて自分の憧れだったのに、それでも自分が姫と呼べるのは、たった一人だけだと思ってしまうのは、……。
時たま見せる、自分だけ一線引いて寂しそうにする横顔。
ノクトがルナフレーナ様の話するときに見かける拗ねていじける分かりやすい態度。
彼女が作れる爆弾おにぎりが美味しいって皆に褒められた時の嬉しそうな笑顔。
ルシス国の姫として凛と佇むその美しさ。敵対国の皇女として背負うべきものへの責任感の重圧に押し潰れそうなのにそれをおくびにも出さない強さ。
くるくると表情が変わる子供のような姫。
でもオレは知ってる。彼女がどんな【覚悟】でルシスから出奔しようとしていたのか。
ううん、彼女は宣言通りに出奔を果たした。
ノクトの為に、ルシスの為に。自分の為とか言って、結局はルシスにいらない混乱を招かない為じゃん。馬鹿みたいにお人よしじゃないけど、彼女なりの不器用な優しさを、オレは知っている。
オレ、姫が、好き、なのかな?
親友の好きな人だからとそのカテゴリから無意識に外していた。それが仲間とうまくやってくコツだと思ってるし、今でもその気持ちはある。
けど、オレは……。
【気づいちゃったから】
※
思わぬことで自覚してしまった気持ち。果たして、どう転がるのか。
でもその前に嫉妬深い仲間からの粛清が待っているかも。