レティーシアside
一緒にいられるならどんな形だって構わない。結局、私はノクトに甘いのだ。昔からそう。
依存しあってきた私たちは結局変わることを拒んだ。でもいつまでも続くわけがない。
だから彼が私を不必要とする終わりの日まで期限を設けることにした。
ノクトが立派な王様になるまでと決めた期限までに、私はこの世界にいられないんだ。
理由?それは単純。知ったからだ。
私が召喚獣たちに慕われる理由、自分の内に秘めている膨大な枯渇しない魔力の謎、自分の源である魂の経路。これら全てつながる先にあった一つの真実。
それは途方もない神話の時代まで遡るおとぎ話のような、本当の話。
私の器は限界点まで達しようとしている。達してしまったら、私は再び『混沌』へ還り、『母』を探しながらまた生まれ変わりを繰り返さねばならない。それはもう終わりにしなきゃならない。何度も繰り返していいものじゃない。その度に私ではない私が犠牲になるのだ。
正直混乱しなかったと言ったら嘘になる。でも割と受け入れようと思ったらすんなりといくものだ。だって合点がいったもの。普通の人間じゃできないようなこと、私はできてしまったから。ああ、私、違うんだなって。諦めでもあった。
でも彼らは諦めてなかった。
私を深く愛しんでくれる彼らはそれを防ぐために、バハムート筆頭に私をあちらの世界に招こうと必死だったんだ。世界に繋ぎとめようとしてくれた。ミラ王女の時は失敗したけど私の時こそって上手くいかせようとした。あくまでも私の意思を尊重してのことだけど。
私は、ノクトたちと違うからこの世界にいられないんだなって諦めようとした。共にいられない世界なら消えてしまえばいいと自棄になりもした。でもそんなの私の勝手な都合で世界には関係ない。この世界に生きている人たちはこの世界の存続を願っている。
ノクト、も、この世界に生きている。プロンプトもイグニスもグラディオもイリスもシドニーもコルも、今まで出会った人たち。
私の大切な人、ノクティス。
……アーデンも難儀なものよね。苦労しながら無理して演技して付き合ってくれてさ。
たとえ、それが世界と敵対する行為だとしても。
――彼は、王となる。『父上』の跡を引き継ぐ唯一の人。彼を待っている人は大勢いる。
父上、あの人の息子を死なせはしないわ。貴方が命賭けて守った存在ですもの。
それに、彼を眠りにつかせなどさせない。世界の闇は私が払う。それくらいの力はあるつもりよ。
幸い、私はこの世界から消えかかっている存在。何の問題も足枷もない。
彼の傍にいられる手段なら喜んでその役目、受け入れる。アーデンは私の決意を汲んで協力すると約束してくれた。レイヴスも最後の瞬間に引導を渡してくれるわ。彼には嫌な役を引き受けさせてしまうわね。でも、ルナフレーナ嬢を救ったことでチャラにしてもらいましょう。ニックスは共に旅立つ覚悟を持っている。一人旅じゃないのが楽かも。
これで、後は実行を待つのみ。
だから、ノクト。安心して、貴方は立派な王様になって。
後世に名を残すような偉大な王になれとは言わないわ。
民が一人、一人と、【レグルス】となれるように貴方が守るの。自分の子供のように愛しみ、彼らの未来を守る。それが【レグルス】を束ねる王となる、貴方の役目。
だから、私が貴方にさよならを言うのではなく、
【貴方が、私に、さよならと言って】
※
ここではないどこか――。
暗く冷たい世界に私は意識を体を横たわらせていた。どこだろうとぼんやりとする意識の中、体を起き上がらせようとする。けど体が鉛のように重くてなかなか自分の思うように動けない。それでもなんとか時間をかけて膝をついて顔をあげることができた。
そこでひらけた場所に、ある人物がいるのを視界で捉えた。
「……ノクト?」
数メートル先、暗闇の中から現れている鎖に両腕を拘束され、身動きを封じられたノクトが気を失っていた。
「ノクト!?ノクト!」
どうしてこんなことに?イグニスたちはどうしたの!
頭が瞬時にパニックになって早く助けなきゃと状況を確認しないまま私は膝をついて立ち上がろうとする。踏ん張ろうとしたの。けど力が入らなくてふにゃりと倒れ込んでしまった。まるで動く意思を吸われたみたいに私は呆然とした。
でも諦めるわけにはいかない。私は何度も何度も試した。けどそのたびに何かに阻まれるように動かない。私は自棄になって叫ぶ。
「どうして、なんで!この、動いてぇぇえ―――ー!」
ノクト、ノクト、ノクト!!
彼の身に何かが迫っている。危険がすぐそこまで来ている。歯を食いしばって両腕に力を籠め体を這うように引きずって前へ進もうとした。
「ノクトぉ、……待ってて、すぐに…たすけ、るからっ!」
何が何でも彼の元へと気が焦る私には状況の把握など頭になかった。ただノクトを助けなくちゃ!って。
けど、アイツが、私の行く手を阻む者が突如現れた。
『この者がそんなに惜しいか、―――』
「!?……私をその名で呼ぶな!!」
反射的に私は怒鳴っていた。違う、まだ私はまだ人なのだと。
女神ではない!死の、女神ではないのだ!
と。
私は初めてその声で、ここに私とノクト以外に人がいたことを知った。ノクトの影からスッと音もなく現われ出でた奴は炎のような赤髪に、いつもの飄々とした態度で私を哀れむような視線を向けてくる。姿形はアーデンかと見間違うくらいだが何かが違うのだ。第一声はアーデンとは違う声。冷たくて蔑んだかのような見下したような印象を与えてくる。
『―――。久しいな』
アーデンじゃない。奴だ。
我が創世の父でありながら裏切り者。自分の理想だけを追い求める凝り固まった最低最悪の下種野郎。名前を口にするだけでも怒りが全身から溢れてくる。
ブーニベルゼ!!
ハッキリ認識した瞬間、腹の底からこみ上げるような怒りが生まれ一気に溢れ出しだ。アイツがノクトを捕らえた首謀者だと直感したからだ。私は怒鳴るような声でアイツの名を叫んだ。
「ブーニベルゼぇ――――!!」
奴はわざわざ私に王族に挨拶する動きをして見せた。安い挑発だ。まともに相手にしなければいいのだ。だがそれは明らかに私の怒りを増長させる挑発行為。
『弱い人。一捻りしたら脆く崩れる儚い命だ』
「ノクトを放せ!」
『自身の産み出したものほど尊いものか。そればかりにかまけお前は足元掬われて自滅に追い込まれたというのに。愚かなことだな』
以前の女神消滅の出来事を語っているのか?
だが奴に何がわかるというのか。死の女神は最後まで人を慈しむ心を持っていた。彼らの行く末を心から案じていたのだ。
この万能の神を名乗る奴はどこまで人をコケにすれば気がすむのか。
「こ、の!」
怒髪天を衝く私に奴は怖い怖いと大袈裟に怖がる素振りをした。
「さぁ、人よ。眠りの時間だ、ゆっくりと落ちるといい。約束された時まで、ゆっくりと」
まるで奴の言葉がスイッチのようにノクトは見る見るうちに闇の中に溶け込もうとしている。まるで本当に深い眠りに誘われるように。
私は、必死に声を張り上げてノクトに叫んだ。
「駄目、落ちないで!ノクト、起きて起きなきゃ!」
だけど、必死な私を嘲笑うようにブーニベルゼが私と彼の間を隔てるように前に出た。
『まだ未完成のお前では神には抗えぬ。潔く滅するがいい。いずれ世界は闇に眠り新たな再生と創造が始まるのだ』
「戯言を言ってそんなこと許すものか!!お前に…!?」
巧みな言葉に操られている間に一瞬だけノクトから意識が削がれてしまった。それが罠だった。
「ノクト―――!?」
ずぶり。
まるで、底なし沼に埋まっていくかのようにゆっくりと、ノクトの体が呑まれていく。
繋がれた手、腕、足首、太もも、胴体。順々にノクトが呑まれてしまう。私は限界まで腕を、手を伸ばして必死になって叫んだ。
「だめ、やめて返して――ノクト、ノクト!」
駄目、駄目―-。彼の姿が完全に闇と同化してしまう!
行かないで、行っちゃいやだ!
あ、ああ。
ノクト、ノクト、ノクト、ノクト、ノクト、の、くと……。
私の前から、いなくなってしまう。
とぷん。
彼は、完全に闇の中へ溶け込んでしまった。
絶望が、一気に私に襲い掛かった。
「いやぁァァアアアアアア――――!!」
気が、狂いそうだ。
※
バッと瞼を開くと、いつもの見慣れた自分の部屋の天井だと分かった。
「……!?…はぁ、はぁ……夢…?」
そう、だ。
疲れたから少し横になると皆に言って自室に戻って来たんだ。
私はゆっくりとベッドから上半身を起き上がらせる。全身に汗をかいてたようだ。
汗特有の体にまとわりつくベトベトさに不快を感じると同時に、アレが現実ではないことに少し安堵した。
「……夢、で良かった……」
胸元の服をぎゅっと握りしめて、夢、夢だと何度も自分に言い聞かせる。
まだ、心臓がバクバクしている。あれげ現実【リアル】だと勘違いしてしまいそうで怖かったのだ。
つい、出た言葉。夢というキーワード。
夢なはず、なのに、まだ信じられない。
妙にリアリティがありすぎで、ふともう片方の自分の手に視線をやると、若干震えていた。
「なんで……」
夢のはずなのに。手の震えは収まらない。無理やり押さえてみてが、どうにも震えは止まらない。それが不安感に繋がった。
「なんで、怖い、の」
思わず自分の体を掻き抱いた。
怖い、怖いよ。あんなの夢なはずなのに……。
そんな時、彼がやってきた。まるで私の不安を吹き飛ばすかのように。
「おい、レティ!起きてるか?入るぞ」
ノクトがひょっこりを部屋に顔を覗かせて入ってきた。
「……」
生きてる、彼が、生きてる!
私はたまらずに彼を求めてベッドから転がるように降りて呆けるノクトの胸に飛び込んだ。ノクトは私が飛びついた反動で「うわ!?」と体を仰け反らせたけど、踏ん張りをきかせて私を受け止めてくれた。
「……!」
「…何があった?」
私のただならぬ様子に異変を感じ取ったノクトは、声を低くして様子を尋ねてくる。
私はノクトの胸に顔をこすりつけて軽く顔を横に振った。
「……ゴメン、なんでもない。怖い夢みたの」
そう、あれは夢よ。あんなこと現実に起こるわけない。
ノクトが、消えるわけない。ノクトは、……王様になるんだもの。
絶対、王様にならせて見せるもの。
「顔が真っ青だぞ。やっぱなんかあったんだろ」
打ち明けるわけにはいかない。
ノクトは私を心配して聞き出そうとしたけど、私は口を噤んだ。
「…レティ…」
「……お願い、しばらくこのままでいさせて」
私は蚊が鳴くような小さな声で懇願した。ノクトは黙って私をそっと抱きしめてくれた。
「……」
「……(温かい、ノクトの鼓動、ちゃんと動いてる)」
「レティ」
私はノクトの胸を両手で押して軽く距離を開け、弱弱しくだがなんとか笑顔を作れた。
「……ありがとう、ごめんね。変なことしちゃって」
「……謝るな、誰だってあるだろ」
「うん」
「……イグニスが夕飯作った。行くぞ」
「うん」
当たり前のように差し出される見慣れた手。
私はその手を当たり前のように取る。
きっと、あれは夢。ノクトは眠らない。ブーニベルゼなんかに渡しやしない。
何があっても、……ノクトだけは。
そうだと無理やり納得させて私はノクトに手を握られて共に部屋を出た。
【ペチュニア=心の不安】