こんなに小さかったのだな。
レギスは娘の小さな手を握りしめては、その儚さに胸を締め付けられた。
この頼りなく、だが愛しい手を、手放してしまったんだ痛感せずにはいられなかった。
レティーシアが意識不明の重体であると告げられてから早2日は経った。その間も休むことなくかの人、レギスは天蓋付きのベッド脇に椅子に座り、レティーシアの傍にい続けた。
目元には隈ができており、顔色も悪く側で控えるクレイラスが思わず止めるよう進言するほどだ。
「レギス、少しは休め。お前の体が続かないぞ」
だがレギスは静かに首を振って、クレイラスの気遣いを拒んだ。
「大丈夫だ。それに休むわけにいかない。この子の体力がこれ以上低くならぬよう一定の体温を保つ必要がある」
と言ってレティーシアの体温がこれ以上下がることのないよう、自分の生体エネルギーを通して補給しつづけることでなんとか今の状態を保っている。だがそれはやる側の人間に相当の負荷をかけるため、緊急時以外はあまり用いられない方法である。妻を亡くしたばかりのレギスにとって精神的ダメージも大きい中、今度はレティーシアの異変にレギスは転がり込むように娘の部屋へとやってきては切羽詰まった顔でレティーシアの眠るベッドへと駆け寄った。
そしてベッドに腰かけ震える両手で信じられないと言わんばかりに、眠るレティーシアの顔を包み込んで己の額をこつんと合わせては、レギスは深い悲しみを露わにしていた。
「レティーシア、……レティ……!」
クレイラスは、レギスとレティーシアの複雑な関係を知る数少ない人物である。だからこそ、その不器用な親子のやり取りに歯がゆい思いをしていた。レティはレギスに相手にされない=愛されていないと思い込み、レギスはレティの未来を縛らないために距離を置いていたものの、隠しきれない愛情がそこかしこに溢れていた。側で二人を見続けていたクレイラスだからこそ、その辛さが耐え難いものであると理解できる。だがレギスは決して真実をレティーシアに打ち明けてはならないと言い含めていた。
それがレティを守る鍵になると信じていたからだ。
だが、今の信じていたやり方でレティを失おうとしている状況にレギスは半ば後悔していた。
「クペがこう言っていた。レティーシアは王子の夢に引き込まれてしまったらしい、と何らかの形で戻れなくなっているかもしれないとな。……」
レティの小さな相棒のクペは「なんとかしてみせるクポ!」と意気込んでどこかへと消えてしまったらしい。召喚獣であるクペならば夢の世界へと干渉できるかもしれないと期待は大いに膨らむばかりだ。
レティとノクトの仲は見る側としても深い絆で結ばれていたが、まさかノクトが見る夢にレティが引き込まれてしまうなどいまだ嘗て起こったことのない話である。
それもノクトとレティだからこそ成しえる話なのだろうとレギスは感じた。
血のつながりはある。だがそれは兄妹ではない。
「……決してノクトには悟らせるな。レティーシアは風邪で寝込んでいるとでも伝えておけ。…ノクトから母を奪い、またさらにこの子を失おうとしている。もう失いはしたくないのだ、私は。…親が子を救わずして何が王と名乗れるか。この子は、レティーシアは私の娘だ」
「…レギス…」
「思えば、私は恐れていたのだ。ミラの二の舞になるまいとこの子との距離を極力置くようにした。だがそれが裏目に出たな。……私はレティーシアに険悪されているようだ。仕方あるまい、それだけの非情なことを私はしているのだ。これからもそうだろう」
全てを認めたうえで、レギスは承知済みだった。そうなるよう願った。
「だがそれでいい。レティーシアにはミラのようになって欲しくない。この子には自らの力で飛び出してほしい」
願いと想いはちぐはぐで決して同じ方向を向いたりはしない。
それが人間であり、王という立場であり、父であるから。
「戻っておいで、レティ」
夢の世界は甘く優しい蜜で溢れている。そこにずっといたいと思うのも理解できる。
だが。
「お前がいるべき世界は、夢の世界ではない。現実の、痛みがある世界だ」
痛みが生きているという実感を与える。
優しさで彩られた幻はただの幻でしかない。そこに温かさは、ない。
「だから、戻っておいで」
レギスは、レティの強さを信じてそう言い続けた。
娘の手をずっと握りしめて。それはレティが目を覚ます直前まで繋がれていた。