だからこそ気持ちが切り替えられるのだ。たとえ、もう会うことが叶わないと分かっていても、これで最後の見納めと瞳に心に焼き付けることができる。
そんな一瞬を得られただけでも私は幸せなのだ。さよならは一瞬でいい。少しでも皆の、ノクトの瞳を見てしまったら未練が残るから。
レティーシアside
時間を見計らったかのようなタイミングでレガリアでレスタレムへ向かって走行中、道路の真ん中で私たちの行く手を阻むように降り立ったのは赤い飛空艇。相変わらず目立つ機体だ。
「おわ!」
「っク!」
「ぎゃ!」
イグニスの運転でぶつかる前に斜めで停まることに成功したレガリアはかなりのスピードを出していたことから道路にタイヤ痕が残ってしまった。私はシートベルトをしていたものの体が踏ん張り効かずグラディオの肩に顔面強打してしまったが、泣かなかった。えらいと思う。
随分と乱暴なこととまるで他人事のようだ。
でも迎えに来ると宣言した通り竜騎士は私にタイムリミットが終わったと告げに来たんだ。ゆっくりと着陸する飛空艇のタラップが降りてきてそこからアラネアは姿を現した。そしていつもの茶化すような雰囲気とは違う実に竜騎士らしい表情で私に向けた声に出した。
「レティ、時間だよ」
と。
たったその一言だけですぐに理解できてしまった。御爺様の容態が思わしくないということ。ああ、来たな。その時が。だがもうずいぶんと待たせたのだ。ここでごねる私ではない。もう、中途半端なままは嫌なんだ。ノクト達が戸惑いを露わにしてレガリアから降りていく。痛む鼻を抑えながら私とプロンプトは遅れて続いた。
「おい、一体突然現れてなんなんだ!?」
「……時間が来た、ということだ」
複雑な表情でイグニスがアラネアの代わりにノクトに説明するととノクトはハッと焦ったように私を振り返った。
「レティ、もう行っちまうのかよ…!?」
「うん」
私は一つ頷いてノクト達の脇をすり抜ける。だがノクトは反射的に私の腕を掴んだ。
「行くなっ!」
私は何も言わずにノクトに視線をやると、彼は飼い主から捨てられる子犬のような目をしていた。
離したくない。行かせたくない。そう彼の必死に私を繋ぎとめようとする気持ちがひしひしと伝わってくる。けど駄目だ。これは私の未練に繋がってしまう。
私は断腸の想いでノクトの手を乱暴に振り払った。
「え」
ノクトは私がそんな行動を取るとは欠片ほども考えていなかったのだろう。
まるで空気が漏れるように戸惑いの声が彼の口から出た。拒まれたノクトの手はだらりと下がり私は今度こそノクトの脇を通り抜けてアラネアの元へと向かう。その歩みの中、肩に乗っているクペに最後の挨拶をするよう促した。
「クペ」
「クポ」
クペは一度私の肩から飛んで離れくるりと振り返ると「皆、今までありがとうクポ」と頭をちょこんと下げて再び羽根を羽ばたかせて私の肩に戻って来た。
やけにあっさりとした挨拶だけどこれでもクペだって悲しいのだ。今までずっと一緒だった。それこそ、イグニスやグラディオ、ノクトとは幼い頃から何かと共にやってきた。それこそ兄妹のように。だからその悲しみも一入(ひとしお)。今だって彼らにばれないように小さく鼻を鳴らしているもの。私はポンポンとクペの頭を叩いてあげた。
大丈夫。分かってるよ、クペの気持ちはって。
いつでも彼方に戻れるようノクト達の荷物はしっかりと分けてあるので彼らが旅を続けても支障がでることはない。万が一の場合、コル達にサポートを頼んでいる。ノクト達は私がいつも通り平穏と過ごしていると勘違いしていたようだが、そうじゃない。できる女は違うのだと虚勢を張ってみる。でないとノクトの涙につられて私まで涙ぐみそうだ。
「なんで」
私はキリッとした表情で呆然と立ち尽くすノクト達に向き直った。
「プロンプト、今一度その真意を問うわ。私の手を取る、覚悟はある?」
彼に手を差し出し最後の確認をする。ここで怖気づくようでは帝国に来ても彼にとって幸せに繋がることはないはずだ。本来知らなくてもいいことを彼は自らの決断で知ることを受け入れたんだから。でも私の心配など杞憂に過ぎなかった。
「行くよ、レティ」
プロンプトは迷わずハッキリと宣言し、ノクト達に視線をやった。
「ゴメン、皆。オレ、レティと一緒に行く」
「プロンプト、何を言っているんだ」
「オレ、本気だよ。イグニス」
「嘘だろ、レティ、プロンプトまで!?ふざけんなよ!なんでそんないつも勝手に!……勝手に、いなくなるんだよっ」
語尾を震えさせてノクトは悲痛な胸の思いを私にぶつけてきた。
そうだ。私は勝手にいつもいなくなる。今度こそ、永遠にだ。だが私は決めたんだ。
だからこそ、彼を、愛称で呼んだ。家族という意味を含めて。
「ノクト」
「!?」
弾かれたように俯かせた顔を上げたノクト。
「私は、私のやり方で貴方を真の王とさせるわ。ルナフレーナ嬢とは別のやり方で」
「……ルーナ?……それにレティ、ノクトって…」
今まで散々愛称で呼ぶのを拒んていたから戸惑っているらしい。それはそうだ。
これで最後なんだから。それと最後にルーナだなんて私の前で呼ばないでと言いたくなった。醜い嫉妬だ、勝ち目がない相手に抱いた所で惨めになるだけ。
たかが愛称、されど愛称。彼の口から別の女の名前が出るだけで胸が痛くなる。それがどんなことであれ、だ。意外と恋心を自覚したら許容範囲が狭い私だ。
「貴方は私の未練だわ。ノクト。貴方の存在が私の足枷になっている。正直邪魔よ」
不愉快であること表情に出し吐き捨てるように言えばノクトの瞳は揺らいだ。
「なっ、なんでっ」
「貴方の存在は私を鈍らせる要因でしかない。……これで清々できて嬉しいってことよ」
本当に捨てることが出来たなら、忘れることができるならどんなにいいか。でもそれができないのが、まだ人である証なんだ。きっと私が完全に目覚めてしまったらこの感情ともお別れになる。
「ま、待てよ!レティ、レティ!」
縋るように追いかけてこようと頼りない足取りで歩き出したノクトにプロンプトが一歩、私を守るように前に出る。そしてある行動に出た。ノクト達は目を見開いた。
「ゴメン、ノクト」
「プロンプト?お、い、何してんだよ。ソレ。なんで、なんで!!」
ノクトは信じられないと顔を引きつら悲痛な叫びを上げた。きっとノクトの中にあるのはプロンプトに裏切られたという最悪のシナリオだろう。でもプロンプトはノクトを裏切ってなどいない。私のお芝居に即興で付き合っていてくれてるだけ。でも意外とグラディオも私の意図を理解して付き合ってくれている。さも狙われているノクトを守ろうと王の盾に相応しい行いを見せてくれた。
「お前、自分が何してるのか理解してんのか?」
「………」
低い声で脅すような尋ね方をするグラディオに怯むことなくプロンプトは銃口をノクトへと向けている。そう、親友であるノクトにだ。これ以上私に近づかせないためのを牽制を親友へと向けているのだ。私は動揺一つ表情に出すことなく静観している。その方が上手くことが運ぶような気がしたからだ。
しばしの両者の睨みあいが続いたのち、プロンプトは酷く冷静な様子で言った。
「理解してるよ。オレは自分の意思でレティに付いていくって決めたから」
これが精神的に弱り切ったノクトに最後のダメージを与えたようだ。
よろりと膝に力が入らなくなったのが立っていられずその場に膝をつくノクトは最後に助けを求めるように私を見つめてきた。だが私はその視線を無視し、アラネアの手を借りてタラップを登る。
「プロンプト。いいわ、そんな小物に構ってないで乗って」
「わかった」
プロンプトは変わらずに銃口をノクト達に向けながらゆっくりと後退して飛空艇へやってくる。彼が遅れて乗り込んでくるとゆっくりと飛空艇は浮上して行った。
私は最後の別れを頭上から送った。
「時は満ちたわ、さよなら。ルシスの王」
「………レティ」
声にならないノクトの慟哭が酷く胸を締め付けた。徐々に小さくなっていくノクト達。
これで、果たすべき義務は果たした。私達が完全に飛空艇内に入るとタラップは格納され赤い飛空艇は全速力を上げてその場から動き出した。
※
飛空艇に入ってからアラネアに手を引かれて用意された場所に腰を落とす。
「レティ……別れは、言えたかい」
「……うん。言えたよ。大丈夫、アラネアが来てくれた時点で私はもう【レティーシア・エルダーキャプト】だから」
疲れた笑みを浮かべる私に隣に座ったプロンプトが気遣わし気に私の名を呼んだ。
「……レティ……」
「心配しないで、プロンプト。貴方に一切手出しはさせないよう配下の者には言い聞かせる。貴方の事は私が守るわ」
「オレなんかより、自分の事心配してよ。オレは守られる為に行くわけじゃないから」
「……そうね。そうだったわね。ごめんなさい」
そうだ、未練は断ち切らなくては。ミラ王女の二の舞になるのは御免だ。
窓の外から遠ざかっていく大地を見下ろす。
「………」
「レティ」
「大丈夫よ、クペ……。大丈夫」
クペは瞳に涙を溜めながら私の横顔にぎゅっとしがみ付いてきた。
「レティの代わりに泣くクポ!クペは悲しくて泣いてるわけじゃないクポ!」
そう言って声にならない声で泣き出す私の小さな親友。
今の私の立場を重んじてそう言ってくれているようだ。だからこそ、私は心からお礼の言葉を伝えた。
「……ありがとう、クペ。……ありがとう」
「うぅ、ぐず……クポ~」
「覚悟は、いいんだね」
アラネアは最後の問答を私にしてきた。だけど私の答えはもう決まっている。
「……帰りましょう、帝都グラレアへ。……我が、帝国へ」
まだ最後の大仕事が残っているのだ。今だかつて、誰もやり遂げたことがないことを私はやり遂げなきゃいけないんだ。重圧だって尋常ではないほどきっとある。でもきっと、必ず為してみせる。でないと、……でないと。
【私に残された時間はもう少ないのだから】