レティーシアside
帝国に戻った私は真っ先に御爺様の所へ向かった。宮廷内の奥。皇帝直属の者や許された者しか踏み入れられない場所は無駄に広く豪華に造られていてその広さはルシスの王城よりも大きかった。あまり煌びやかなものが好きではない私は常々御爺様に申し出ていた。シンプルな方が落ち着くしゆっくりリラックスもできますよ、と。
御爺様も実の所あまり派手な装飾はお好きではないらしい。賛同を得られた時は意外にもつい可笑しくて吹き出してしまったのがつい昨日のように感じた。
恭しく頭を下げていく侍女たちの間を急ぎ足で通り抜けて御爺様の寝室へ入る。
「御爺様!」
寝台に寝ておられた御爺様の御顔は以前よりも線が細くなっておられた。私が帰ってきたことに気づくと閉じていた瞼をゆっくりと開いてしゃがれた声で
「……レティーシア、ああ、帰ってきてくれたか……、顔を見せておくれ」
と私に向かって皺々の手を伸ばそうとする。すぐに椅子に腰かけて御爺様の震える手を両手で握りしめ顔を近づけた。
「レティーシアはここにおります。御爺様」
命の灯が消えようとしていたのだ。私は労わり込めて囁くように言った。
「お爺様、もうお疲れでしょう」
「レティーシア、ああ、もう私は疲れた」
酷く憔悴しきった声だった。様々な出来事があった。様々な別れがあった。
酷く胸を打つ。御爺様の手から痛みが伝わるようで私は何度も頷いた。
「ええ。分かっております。私は、御傍におります。お爺様」
「ああ、もう、手放したくないのだ。誰も」
御爺様は一度瞼を閉じて目尻の端から涙を零した。その涙は誰を想い誰の為に涙したのか。私には分からない。けれどそれでいい。御爺様の涙は御爺様のものなのだから。その想いも、御爺様のものだ。
「分かっております。だから、もう、眠りましょう」
「眠っても、良いのか……?」
「はい。もう、眠りましょう。眠りは決して恐ろしいものではございません。いずれ、私もそちらに行きますから」
私は御爺様の手を自分の頬にあてがう。
ヴァルハラは死者の傷ついた魂を癒し来世へと繋ぐ輪廻の巡る場所。きっとあちらなら御爺様の魂も安らかにつけるはず。
呼吸がゆっくりとなってくる。もう、すぐだ。御爺様はゆっくりと瞼を薄く閉じていく。
「……あぁ、……わたし、は……お前と共にいられ、て幸福だった」
「私も、私も幸せでございました」
短い時間だったけど、家族として過ごせた。何より私を愛してくれていた。どんな形であれ、それは紛れもなく愛情だ。こみ上げる何かに突き動かされ涙腺が崩壊しそうになる。
お別れの時、だ。また、私は大切な人を見送ることになる。
これで何回目だ。もう、見送るのはこれで最後にする。次は私が見送られる番になるはずだから。
「さらば、だ。愛しい、レティーシア」
「お休みなさいませ、御爺様」
イドラ皇帝はこうして静かに崩御召された。
それから葬儀は内々に行い墓な仰々しいものではなくひっそりとした場所に皇子と並んで墓を造らせた。この国はすぐに荒れることになる。宮廷も荒らされてしまうだろうからせめてお墓だけは静かな場所にしてあげたかった。だから帝都からかなり離れた場所に墓を造らせてアルファルド皇子の墓も同じ場所へ移動させ二人は共に並んで眠ることになる。
だが所詮これは体をおさめるだけの棺だ。本来の魂はきっとヴァルハラへたどり着いているはず。だから悲しむ事は何もない。ただ、ほんの少しの別れがやって来ただけ。いずれ、私も彼方へ行くのだから。
それから喪に服すのも間も無く、私にはやるべきことが課せられることになる。それは私の最終計画には必要な手段だ。
信頼できるものだけを数人、玉座の間に呼び込み準備は万端。
宰相であるアーデンが私に恭しく頭を下げてきた。
「では、新たな陛下に置きましては今度の方針はどのようにいたしますか」
「帝国を、潰すわ」
皆には驚いた様子もない。最初から私の意図はわかった上で賛同しているからだ。でなければここにはいない。
「デカくでたねぇ」
「完全に潰すわ。アーデン、貴方ももちろん協力してもらうわよ。共犯者なんだから」
視線でそう促すと彼は
「わかってるよ」
とニヤリと板についた底意地の悪い笑みを浮かべた。これほど頼もしく見えるのは不思議なものだ。次いで私は頼もしき騎士の名を呼ぶ。
「ニックス」
「オレは最初からレティの意思に従う」
そうね。愚問だったわ。
貴方は誰よりも私に心尽くしてくれる存在。そう、いうなれば私の剣。
害成す者全てを殲滅するだけの力を有した存在。
「レイヴス将軍」
「……全て陛下の御望みのままに」
レイヴスは胸に手を置いて軽く会釈をした。彼の大切な者の命は助けた。契約という縛りのもとに彼は私に傅いているがあまり嫌というものでもないらしい。なら喜んで使わせてもらうとしよう。
「ヴァーサタイル」
「準備は出来ているぞ」
最後の役目と意気込んでいるが彼なりに自分の最後を決めているとか。魔道兵を産み出した存在であるのは間違いないが、シシィの為にも長生きしてほしい。だからそこら辺は上手く手を打とうと思う。彼の技術をもっと別の形で活かせるはずだから。
「アラネア」
「こっちも準備オッケーよ」
パチンとウインクをして不敵に微笑む女竜騎士。思えば出会ってから彼女には何度も助けられていた。色々な意味でサポートしてくれていたしね。召喚獣の中で一番甘やかしてくれたんじゃないかしら。これからも彼方で私の為に力を尽くしてくれることだろう。
そして単身共に来てくれた人。最初の頼りなさげな印象を吹き飛ばしたかのような男前に成長を遂げた私にとって異性の友人であり微妙な関係にある人。
「……プロンプト」
何処か居心地悪そうにしていたけど、私が彼の名前を呼ぶとハッと私を見つめてしっかりと声に出してくれた。こちらに来てからプロンプトは軍服に着替えたらしい。今までの頼りない姿は何処にも感じられないほど立派な姿だった。本人の心境としては複雑かもしれないが、少々我慢して欲しいと思う。
「………オレは、君を助けるって決めたから」
「ありがとう」
これで人数は確保した。では、始めようじゃないか。
私は玉座の上で足を組んで見せた。トントンと二度ひじ掛けを指先で叩いたのち、両手を膝の上に重ねる。
「ニフルハイム帝国は、私、レティーシア・エルダーキャプトの代で終わらせる。誰にもこの玉座は譲らない。私が、最後の女帝となるわ」
不敵に微笑を浮かべた私に一斉皆は了承の意を表し、頭を下げた。
※※※
ニフルハイム帝国始まって以来の初の女帝が今ここに誕生した。後に彼女は最後の女帝として歴史にその名を刻むことになる。
かつての大国を破滅に追い込み、国民を邪魔者扱いして自国から追い出しては悪逆非道を掲げながら無血であることに拘り、ルシスの王を前にして命乞いすることなく潔く毒を煽り、その命散らした女帝だと。
名を、レティーシア・エルダーキャプト。
イドラ・エルダーキャプトの唯一の寵愛を受けし孫娘であり、その美しき容姿に幾人ものの男を篭絡し襤褸切れのように捨てては楽しんでいたと言われる美姫と後世に悪名高く伝えられることになる。
【私は悪役女帝】
To Be Continued--