死を予見しても悲しみは消えない。ましてや近しい者の死を誰が喜ぶのだろうか、と人は思うだろう。
だが女神はこう人に教えた。
死とは終わりではない。生の世界を終えた後の始まりなのだと。繰り返される生死の中でその始まりを知る事はとても幸福なことだと女神は云う。だが残念なことに女神の言葉と人の言葉では天と地ほど差があり、その真の意味を人は理解することができなかった。
故に死の女神は時代と共に表舞台から追いやられ、偉大な王達の陰日向で息を潜めてきた。だから彼らは自分たちの出生【ルーツ】を知らずに忘れてしまった。
だが女神はそれもよしと受け入れた。なぜなら彼女は人を産み出し母である。
常に心砕き慈しむ存在である。どのような者であれ女神にしてみれば自分の子なのだ。
だからこそ、我が子らに仇名す存在である主神の存在を良しとしない。敵対関係にある創世の主神に逆らってまで我が子たる人を守ろうとした。
たとえそれが我が子たる人々に知られずとも。女神が消滅する道を辿ろうとも。
彼女はそれを良しとした。だが死の女神とて不死身ではない。ある事柄により死の女神は消滅してしまった。だが魂だけは永遠であり廻るものである。
いつか、新たな女神が復活することを予見した召喚獣たちは来るべき時の為に密かにそれぞれ眠りにつくことにした。そして、時満ちたり。
【私は、きっと覚醒するのだろう】
新たな死の女神はこの世に見事復活を果たした。いずれ完全体となり彼の地、ヴァルハラへ臣下を伴って赴くだろう。
だが彼女にはまだ自我が残っていた。人としての心だ。
いずれ女神の力に飲み込まれてしまう小さな、小さなもの。
だからこそ、彼女は決めた。
【私は、最後の賭けに出る】
女神になることは決まっている。だが足掻いてみることにしたのだ。それは邪道とも言えなくもない。自分の命を削り、下手すれば息絶えてシ骸化してしまう危険性もある。
身をもってその現象を目の当たりにしたのだ。
だがそれでも試したいと挑む。自分が残れる可能性が高いことを信じて。でなければ諦めなければならない。だがそんなこと彼女の辞書に一文字も書かれていない。なぜなら彼女は変なところで誰よりも頑固だからだ。
完全体になるまえに、少しでも共に居られるのなら。
クリスタルは想いを閉じ込める棺だ。もし、仮にこの世に留まれる方法があるのならそれだけが唯一の方法。
彼女は女神である前にただの人。そうであるよう願った。ただ一つの為に。
【あの人の為に】
そう決意してしまえば死など恐るるに足りず。誰にも真似などさせはしない。
できるならやってみろというのだ。私以外にこの想いを貫ける者などいやしない。
ましてや、私と同格の者など、ミラ以外にはあり得ない。そのミラも穢れに身を堕としたのだ。私はミラのようにはならない。足掻いてみせる。この力を使って。
その証拠に彼女の瞳は、癒しを与える深緑から深く混じりけのない紅い瞳へと変化していた。それは女神に近づいた証であり、少しずつ自我を失う証であった。
【薄暮の女神】
[融合率91%完了]
ファブラ ノヴァ クリスタリス
出会いは神によって計画され――レグルスは消えゆく命の目を授かった。
これは現実に基づいた幻想であり、真実の世界である。
疑いなく信じていた世界は常に変化し、今終わる。そうでなければならないというものは本来ないのだと誰かが云う。
だがそれもまた一つの思想である。
人は己の命賭けて誇りを、または大切な者を、譲れない願いの為に戦う。どこかで交差している事実を知りながら人はそれを気のせいだと認識せずに愚かにもすれ違い続ける。
もしかしたら、分かり合えるかもしれないのに。
もしかしたら、共になれるかもしれないのに。
一つの可能性を踏みつぶしていることも知らずに救いようがないほどに人はすれ違う。
言葉だけでも。
態度だけでも。
想いだけでも。
伝わらないことはある。もしかしたらその全てをもってしても伝わらないかもしれない。
だからこそ、人は諦めずに何度もぶつかっていくのだ。
繰り返し、繰り返していくことで見えてくる未来もある。
分岐した未来で得るものがあるか、ないのか。
それは試した分だけ得られる数。
―――出会いは神によって計画されていた。
清浄なる理想の世界を根本から創ろうとする主神、ブーニブルゼ。
それを阻止せんと幾度も蘇りを繰り返す死の女神、エトロ。
これは古からの神々による熾烈な争いの一部でしかないのだ。その一部であるレグルスもただ一つの歯車でしかない。故に、【何が起ころうとも不思議ではない。】
※
重厚な石造りの神殿の奥深く、静寂に包まれた場にて中央に位置するクリスタルでできた玉座に鎮座するのは一人の若い女だった。
「ねぇ、エクレール」
自分の背丈よりも長い銀髪を玉座から垂らしながら彼女は静かに自分の守護者へ尋ねた。
「私って、一体誰だったのかしら」
「死の女神である前か」
銀の甲冑を身に纏った女騎士はゆっくりと女を見上げて答えた。常に女の身辺警護に当たっているもう一人の守護者はただいま留守中である。彼、男はたまに下界へ降りては珍しい食べ物を土産に持ってくるので女はそのたびに子供の様に喜んでいる。その顔をみたくて実は下界に降りている事は女には内緒だった。
「そう。記憶は消えてしまったけど時々寂しくなってしまうの。ニックスは教えてくれないわ」
女は子供のように分かりやすく拗ねてみせた。すると女騎士は男の苦労に同情の意を示した。
「だろうな。思い出して欲しくないのだろう」
「そう。思い出そうにも記憶にないから困っているのよ。ねぇ、エクレール?」
女はひじ掛けに頬杖ついて可愛らしく不貞腐れた。エクレール、そう呼ばれた女騎士は
「思い出したいのか、レティは」
と女神の愛称で呼び静かに尋ねた。
「思い出せるなら思い出したいけど。無理なのよね。だから貴女なら知っているんじゃないかと思って」
「………レグルス。今はこれだけしか言えない」
「レグルス?小さな王という意味ね」
「そうだ」
「小さな、王?小人ってことかしら」
「さぁな」
「自分で考えろってこと?うーん、これは難問だわ」
「どうせ時間は有り余るほどある。ゆっくりと答えを出せばいい」
「そうね」
スッとクリスタルの玉座から女は降り立った。女騎士はさっと手を差し出す。すると女は喜んでその手を取った。
「ありがとう」
「ああ」
ふわりとドレスの裾をはためかせて音もなく磨かれぬいた石畳へと着地する。引きずりそうなほど長い髪が遅れて地面へと落ちる。
「それじゃあ今日も散歩にでも行こうかしら」
「ニックスが戻るまで大人しくしていろ」
だが女騎士は女のいつもの行動を咎めた。一人で出歩く事は許していないのだ。たとえ、この地に女神を害する者がなくとも、警戒は怠ることができないのだ。ましてや今は片方の守護者は留守中である。だからこそ、女の行動は目の上のたんこぶでもある。だが女は自分がいかに重要な立場に位置しているか自覚できていない。
「だったらエクレールが付いてきてくれればいいわ!」
「私はここを離れることはできない。何度言えば分かるんだ」
もう何回目になるか分からない言い合いにエクレールは頭を抱えそうになる。だがなんだかんだ言って自分も女には甘いのだ。整った容姿を持つ女は子供のような分かりやすい拗ね方をする。
「………」
「そう睨んでも駄目なものは駄目だ」
「ケチ!」
「ケチで悪かったな」
「うぅ……」
「泣き真似も駄目だ」
「ケチケチ!」
「けちで結構コケコッコーだ」
「なにそれ?」
「………聞かなかったことにしろ」
つい勢い余って口先が滑って普段の女騎士なら言わない事を口走ってしまったので気まずさから顔を背けようとする。だが女は興味津々と言わんばかりに瞳を輝かせて顔を近づけてきた。
「ねぇねぇ!それって何?どういうこと?なんでコケコッコーな?鶏?エクレールはけちな鶏なの?今人間なのに?」
「うるさい!」
「教えて!」
ニックスが戻るまで二人の仲の良い会話は続いた。
【彼女と守護者のやり取り】