ニックスside
待ちに待った約束の時が来た。中々その機会が得られずヤキモキしていたがやっと本人から了承を得たオレは一国の主となった想い人の寝所に滑り込むように侵入する。普段厳重に警護されているであろう部屋のドアの前は人払いされており、ドアを静かに開けると広い室内にはぼんやりとした灯りだけが灯されていた。
この部屋の主人であるレティーシアはいつも傍に引っ付いているはずの配達召喚獣を下がらせて待っていた。肌が透けて見える白いネグリジェを着込み、ベッドの端に座って顔を俯かせて。
「レティ」
オレが名を呼ぶとビクリと肩を揺らして反応し、ゆっくりと顔を上げた彼女の顔色は緊張に染まっていた。香油で侍女手ずから手入れされている美しく足元まで届きそうな銀髪が動きの反応して揺れ動く。
癒しを与える緑色の瞳に一瞬吸い込まれそうな感覚に陥る。
今、この時間を迎えられたことがどれほど幸福な事かと思う。
オレはもう一度愛しい彼女の名を呼ぶ。
「レティ」
そうしながら一歩一歩彼女の元へ歩み寄る。がっつくような男と思われるのは嫌だが、夢にまで見た約束がついに果たされるかと思うと自然と喉元が鳴る。
オレはニックス・ウリック。彼女の守護者でもあり第一の騎士でもある。いつもなら彼女の敵になり得るもの全てを研ぎ澄まされた瞳と刃で敵と認めた者は容赦なくこの牙を振るい全てを滅するところだ。だが今レティを見つめる瞳はただ熱情に溢れた一人の男に過ぎない。
「ニックス」
やや躊躇った後、レティは潤んだ瞳でオレを見上げる。ベッドに腰かけるレティの前に片膝をつきオレはゆっくりと手を彼女の頬に伸ばし軽く触れる。肌が少し冷たかった。
「……寒いか?」
「ううん、大丈夫…」
レティの手がオレの手に遠慮がちに添えられる。こっちの気候は明らかにルシスとは大違いで最初に来た時は驚いたもんだ。雪なんて初めて見たしな。宮廷内も決して温かいとは言えない環境の中でレティの創りだす炎の魔法はじんわりと冷え込む体を包み込むように温かく、触れても火傷しないという点でシシィ達には好評だったはず。
オレ達は見つめ合いながら一言二言言葉を交わすがそれもすぐに終わり互いに無言になる。いつもなら軽い触れ合いやスキンシップもこの時ばかりは互いに緊張が増す。
レティと約束した事。それがついに果たされる時が来た。
『帝国でレティを抱く』と宣言してからオレの中で一度たりとてその想いは鈍ったりしなかった。レティが身をもってやった事を今さらとやかく言うつもりもないしオレに口が挟めることじゃない。レティが自分の意思で決めた事をどうやって反対できるというのか。
それに何より、まだレティの気持ちはケリがついているのか、いないのか。それが微妙な所だ。だが拒むこともできるはずなのにその様子が見られないということは少なからずまだ望みはあるということ。
「私……」
「……いいか?」
懇願するようにそう問えば、レティは顔を俯かせ小さく、「……うん……」と頷いた。
その瞬間、オレは今まで我慢してきた気持ちが溢れ出し、乱暴にレティをベッドに押し倒しながら口づける。
「っ!」
何度も角度を変えて彼女の柔らかな唇を堪能しつつ、ほんの隙間が開いたのを見逃さずに舌先でねじ込むようにこじ開けて逃げようとする彼女の舌と絡ませ合う。
互いの唾液が混じりあい、レティは必死にオレの胸に両手をついてキスに応えようと彼女なりの賢明さが伝わり、尚更オレは想いを止められない。
キスをしながらレティの太ももを撫であげつつネグリジェをたくし上げていく。滑らかな肌はオレの手に密着するように吸い付いてくる。最初からこの時を待っていたかのように。オレの手で全てを曝け出させるつもりだった。そうさせるつもりだった。
本人の合意の下で。でも、できなかった。
ふとキスをしている最中、レティの表情に目をやるとオレが知らない指輪をしたままの手でシーツを握りしめて必死に耐えようと口元を真一文字に引き締めぎゅっと瞼を閉じていた。まるで【耐えているかのように】。……一気に暴走しえいた気持ちがしぼんでいった。
オレの方が無理強いしているみたいで繋がりたい気持ちも吹き飛んで行く。
「………」
そんな顔させたいわけじゃない。こんな形で彼女の体にオレを刻み込みたいわけじゃない。
「………」
オレは押し倒したレティの上から退いて反対側のベッドの縁に腰かける。
「……え……?に、ニックス?」
重さが突然消えた事に不審に思ったのか、少しだけ振り返り視線を彼女にやればレティははだけたままの恰好で不安げに胸元を抑えながらゆっくりと上半身を起こしオレの名を呼ぶ。
まさか、見抜いてないとでも思ってたのか。オレは少し苛立ちを感じ、乱暴に髪を掻きながら
「あのなぁ、オレが無理強いする奴だと思うか?そんな最低な事、好きな女にしない」
と多少いじけたように言い返す。するとレティは慌てたように言葉を詰まらせながらも言う。
「………で、でも!やく、そくが」
やっぱ、無理してたのか。
「オレが一方的に押し付けた約束だ。それに、レティに気持ちの方が大切だ」
「……ニックス……」
「アイツの事、好きなのか」
「………」
レティは黙り込んで指輪をした右手を覆い隠すように左手の手で重ね合わせ、眉を悲し気に下げ何かを耐えるように口元をきゅっと結ぶ。沈黙は肯定の証、だな。それもアイツからの贈り物か。どれだけ自分の宝石やら服やら高価なものを売りさばいていたくせにそれだけは肌身離さず大切にしていたようだったからな。
……本当にレティは分かりやすい。オレは髪をかき上げてため息をついた。すると可哀想なくらいにレティはビクりと肩を震わせた。オレが怒っているとでも思ったのか。
「……そう怯えないでくれ。そりゃ、正直に言えば面白くないさ。…でも、好きなもんは、仕方ないことだろ?」
その想いは誰よりも理解できるつもりだ。オレの言葉にレティは戸惑いを隠せない様子だった。
「……いいの?だって」
体を繋げる行為をしたかったわけじゃない。それが無理やり押し付けた約束だろうとも。だからその先を言わせたくなくてオレはそれ以上言わなくていいという意味で手で制した。
「……無理やり好きな気持ちを辞められるわけないだろ?人はリセットできる機械じゃない。―――オレがレティを好きなようにな」
苦笑しながらそういうとレティはついに涙を零して申し訳なさそうに眉を下げ瞳を潤ませていく。ああ、泣かせるつもりなどなかったというのに。
「………ご、っめんなさい」
「謝るな、レティ。オレの為に謝らないでくれ」
余計惨めになるしなとは言えないオレはレティの顔を両手で包み込んで視線を合わせる。時々涙を親指で拭ってレティが落ち着くまでそうしていた。
「………ありがとう」
「………ただし、夜はオレと寝ること」
「え」
「安心しろ。手は出さない。誓って」
両手を上げて宣言すればレティは少し恥ずかしそうにしながらも尋ねてきた。
「………でも、その……辛くない?」
色々、と心配される。主に男【雄】の機能の方だな。確かに辛い。だが最低最悪の獣になるよりは遥かにマシだ。
「………辛くなったら別の手段考えるさ……。それよりもオレはお前と長く居たいんだよ。今だけは独占させてくれ」
「……ニックス……!」
感極まったレティは今度こそ本格的に泣き出してしまった。
オレはあやすようにレティを抱えてゴロンとベッドに寝転んだ。胸に縋りついてくるレティの頭を撫でつつ、ため息をつかずにはいられなかった。
※
それからオレとレティは毎夜同じベッドに寝るようになった。噂はあっという間に宮廷内に広まり、さっそく愛人を作ったとだらしがない女帝だとレティは拍が上がったとおどけるようにオレに教えてくれた。
愛人で、騎士か。それも悪くない。
本当なら恋人と言い切りたいところだが今のレティではそれも無理だろう。譲る所は譲る。だが主張するところは主張する。それくらい欲張ったって罰は当たらないだろう。
どんなことがあろうとも、二度と彼女と離れることは、これから先ないのだから。
【好きだから独占したいだけ】