ふざけるな。私がどれほど身を斬られる想いでここにやってきたと思う。
ルシスを、父上を、母上を、ノクトを、皆を、捨てるつもりで来たんだ。死ぬ覚悟を持ってやってきたんだ。それを馬鹿だと嘲笑うなどと、中傷するだけの小物が。
直接罵倒する勇気もない癖に影に隠れてこそこそと集団でつるむだけしか生息できない溝鼠などそこらで腐っているがいい。
私を、直接潰しに来い。
私は、逃げも隠れもしない。この玉座を終わらせる為。
二度と、悲しき帝国魔導兵達を産み出さぬように根本から消し去るのだ・
この地こそが私の最後の地だから。故に、私は最後の女帝としてこの帝国を滅する。
その責務が私に課せられているからだ。先代皇帝がしでかした始末を私が負う。誰でもない、このレティーシア・エルダーキャプトが。
できるものかと高を括る言うならばお前が実行してみろ。
自分の全てを捨て去る覚悟があるならな。
※
ガランとした玉座の間にはひとつだけ皇帝に相応しい椅子がある。地位と権力と富全てが併せ持った最高の椅子だ。だがその見た目とは裏腹に意外とお尻が痛くなるらしい。だから正直に言えば長時間座っていたくない代物。誰も見た目だけではわからないことがある。教えられて初めて知ることもあればその逆で経験して知ることもあるだろう。要は見た目だけでは真に理解したとは言えないということだ。
重厚で古めかしい扉を両手で押して開き、忠実な守護者が女帝たる彼女の元へゆっくりと歩み寄る。玉座の座るレティの前で胸に手を当て軽く頭を垂れ、
「レティ」
と静かに名を呼んだ。瞼を閉じて沈黙を守っていたレティはゆっくりと瞳を開いていく。深緑の瞳ではなく血の様に赤い瞳で見えぬ彼らを見据えるように言った。
「………ノクト達は、帝国入りしたようね」
「ああ」
「それじゃあプロンプトにも動いてもらいましょう。彼には案内役を頼んでいるから」
「……」
ニックスは気に入らないような顔をして無言になる。彼はあまりプロンプトに好印象を抱いていないらしい。オルティシエでの一件から何かと目をつけるようになった。レティは言い聞かせるように言った。
「大丈夫。彼は知らないわ。この後のことは貴方に任せてるから」
信頼しているからこそ、レティはニックスだけを伴うことを決めたのだ。二人だけにしかない絆の証。自分だけが特別であることを言われるとニックスは少しだけ嬉しそうに目を細めた。
「レティ」
「行きましょう」
促すようにレティは玉座から立ち上がりニックスの脇を通り抜けようとする。だがその際細い腕をニックスが捕まえ自分の胸へといとも簡単に抱き寄せた。するりと腰に腕を回しレティの滑らかな頬に手を添える。
「一人で気張るな」
「……気張ってるように見える?」
レティはニックスの顔を両手で包み込んで視線を合わせて静かに尋ねた。
「ああ。ガッチガチにな。―――オレがいる」
「……分かってるわ」
安心させるようにニックスはレティの額に軽くキスを送った。レティは黙って瞼を閉じてそのキスを受け入れる。
これから起こす奇跡の為に、誰もいない部屋で二人はしばしの短い時を過ごした。
【これから物語は急変するのだ】
※
一度は世界の崩壊を望んだ男がいた。自分の血筋全てを滅ぼして自分自身も滅してしまいたかった。そう考えるしか救いはないと思っていた。だが男の悲しみはふとした事で取り除かれることになる。
一人の男のお陰で。
アルファルド皇子。初対面で男の嘘を一発で見抜いた不器用な男だった。
『変な笑い方だな。まるで笑うことを知らないようだ』
何気ないその一言は彼にとって衝撃的だった。大抵いつも通りの顔をしていれば相手は彼の内面に気づくことなく騙されてくれているというのに、アルファルド皇子だけは違った。彼はアーデンの外見ではなく、中身を見ているようだった。
ニフルハイム帝国の皇子の身分でありながら母親の地位が低い所為で周りから腫れ物扱いされていたにも関わらず、向上心が強く誰よりも祖国に尽くしてきた男。
『アルファルド皇子、だったかな』
『皇子と敬称はいらない。俺のはいらぬ肩書なだけだ』
『ふぅん、珍しいねぇ』
『そういうお前こそ、下手な笑い方だな。そんな顔して何が楽しいんだ?』
『………!』
アーデンはまるで引き込まれるように自然とアルファルドと交友を持っていった。最初こそ、興味本位だったが段々と彼の人となりを知るにつれて惹かれていったという言葉が正しいだろうか。気が付けば彼を『アル』と愛称で呼ぶほどな友人関係を築きあげていた。
アルファルドもアーデンの秘密を知っても動じることはなく態度が変わることはなかった。それよりもアーデンの年が幾つなのか気になり真面目に計算し始めたりと少し天然な面もあり、アーデンは大声を上げて腹の底から笑うという久しぶりにやった。その時の清々しさはアーデンの中で消えることはない。
『ハハハッ!まさか、そんなこと言われるとは思いもしなかったよっ』
『なっ!普通は気にするところだろう!?』
『いや、あまりそんなことは……ぷっくくっ!』
『アーデンッ!!』
アーデンが片時も外すことはないお気に入りの帽子も実はアルファルドからのプレゼントである。赤髪が目立つことを気にするアーデンにアルファルドはこっそりとプレゼントを用意して置き、誕生日すら忘れてしまったと寂しく笑う彼の為に誕生日プレゼントとして贈ったものだ。
『男からプレゼントなんて嫌だよな』
と苦笑しながら目を瞬かせたまま固まるアーデンにアルファルドは箱から帽子を取り出して勝手にアーデンの頭に乗せて一人で満足げに頷いた。
『やはり俺の見立ては当たりだな、どうだアーデン?』
『………』
『……アーデン?……お前、泣いて…?』
『……あ、れ……。なぜ』
呆然としながらもアーデンは恐る恐る自分の頬を触ってみる。確かに、温かな滴が流れていた。アルファルドはやや乱暴に帽子を下げてアーデンの視界を遮った。
『………お前は化け物なんかじゃない。泣けるってことが何よりの証拠だ』
『……ほっんとに、調子狂うなぁ』
友人関係を築けたことが何よりの奇跡だというのに、アルファルドのお陰でアーデンは人としての己を取り戻すことができた。この絆をずっと大切にしていきたいと思えるほどに。復讐の炎を一瞬にして消化してしまうほどに彼の存在がアーデンを確かに変えた。
だが、その楽しい時間もそう長くは続かなかった。突然の病によりあっけなくこの世を去ったのだ。一人残されたアーデンを再び絶望が襲った。消化しきったはずのルシス王家への復讐心が再び燃え上がろうとさえしていた。だがある事実を知ることになり、望みを賭けることにしたのだ。
即ち、アルファルドから生前秘密にしてくれと打ち明けていた他国の恋人の存在が切っ掛けだった。それがルシスの王女だったというなんとも出来すぎな話だったが、その王女がなんとアルファルドの子供を身籠っていたというのだ。父親であるアルファルドは知らないかもしれないがその情報が確かなのはイドラ皇帝も認めたことなので祖父であるイドラ皇帝以上にアーデンは期待感が高まった。
もしかしたら、今度こそ自分に光を与えてくれる存在になるのではないか。
アーデンは気が遠くなるような歳月を過ごしてきてこの世界の成り立ちをバハムートから聞く機会を得ていた。そこでエトロの魂を宿して産まれる者がいるということ。ルシス王家から稀に産まれること。女神の特徴を受け継いでいること。これらの情報からミラ王女がそうなのではないかと推測していたのだ。なんという因果だろうか。アルファルドが選んだ相手こそがエトロの魂を宿し者と知った時には運命という言葉はこれこそピッタリだと思ったものだ。そして、ミラ王女が遺した赤ん坊こそ、次の女神候補であるレティーシア姫。イドラ皇帝がレギスに掛け合ってルシス存続保障するという代わりにレティーシアを渡せとの破格の条件でもレギスが手放さなかった籠の鳥だった彼女は、アーデンの予想を裏切るように快活で自由な姫だった。誰よりも人間らしく、時折アルファルドと共にいるような懐かしい感覚にさせてくれる稀にない相手だからこそ、アーデンは二度目の告白をした。
自分をこの闇から解放してくれ、と。
レティーシアを信じて打ち明けたからこそ、彼女も一つの切っ掛けとして女神への道を歩き出したことはきっとノクトにとって許しがたい行為なのかもしれない。だがそれでも願わずにはいられないのだ。この永遠の生から解き放たれて、再びアルファルドに出会えるのならと。
※
アーデンside
ちらりと胸ポケットから古ぼけた懐中時計を取り出して時間を確認する。
そろそろ彼女の方は仕上げに入ろうとしてるかな。ただ、レイヴスがそう簡単に頷くかどうかが微妙な所だが。ゴリ押しでもなんでもレティの事だからやらせるだろう。
と考えている間に複数の走る足音が近づいてくる。オレは懐中時計をしまって其方の方に顔を上げる。
「……待ってたよ、ノクト」
「アーデン・イズニア!」
宮廷内に入る前の広場でオレは彼らを出迎えた。プロンプトの案内により順調にやって来た彼ら。うんうん、前よりも顔つきが凛々しくなったかな。特にノクトは王としての自覚が出てきた証拠にオレを敵役を見るような目つきで睨んでくる。うんうん、悪役冥利に尽きるねぇ。ではこちらも最大限に演技をしてやらなきゃね。
「君達の愛しの陛下はあいにくと今最後のパーティー(演出)の準備をするのに忙しくてね。悪いけどオレがお相手させてもらうよ。あぁ、礼はいいよ。オレも楽しみにしてたからさ」
お決まりの台詞に対して彼方さんもお決まりの台詞を言ってくる。
「ふざけた事言いやがって」
「そこを通してもらおう」
怒りの感情を露わにするノクトと静かな怒りを抱いている軍師殿から帰れコールを頂いた。けどオレは悩むフリをして「うーん、嫌だ」と意地悪に言い返す。
「テメェ!」
「アーデンさん!」
「プロンプト、君だけは先に行ってもらおうかな。ヴァーサタイルのじーさんはシシィと何やら物騒な事考えてるらしくてねぇ。……事情を知る君だけが止められる事じゃないかい?それとも素通りするとか?」
そう言葉を投げかければ彼は拳をぎゅっと握りしめ唇を強く噛んだ。
「……ノクト、ゴメン!オレ、先に行かなきゃいけない」
「プロンプト!?………いいよ、行って来い。後でちゃんと説明しろよ!」
「うん!ありがとうっ!」
プロンプトはそうノクトに言って走り出してオレの脇を通り抜ける。その際、小声でオレに『ありがとうございます』とノクト達に聞こえない声で囁いて行った。
……上手く間に合うといいけどこればっかりはオレが止められる相手じゃないからねぇ。あのじーさんも見た目通りの頑固だしその娘も同じようなもんだし。おっと、今はこの局面に集中しないと駄目か。
パンッ!とわざとらしく手を一つ叩いて意識を此方に向けさせる。
「さて、ではまずは正式に名乗ってから始めようか。それがルシスの王としての礼儀だからねぇ」
「何言ってんだ!」
怪訝な顔をするノクト達。警戒心を抱きながらオレの一挙一動に注目しているのが分かる。いいねぇ、こういうの結構楽しいかもしれない。行動が読めないレティと違って期待通りの反応を返してくれるからやり甲斐があるというものだ。
「初めまして、ルシスの王。ノクティス・ルシス・チェラム陛下」
帽子を取り、胸に片手を当て恭しく挨拶をした。
ここはビシッと決めないと、最初で最後のオレの晴れ舞台だから。
「オレは―――。アーデン・ルシス・チェラム。かつてクリスタルから見放され、王家から忘れられた最古の王だ」
そして、復讐心から解放された過去の置き土産。だからこそ、ここでけじめをつけるんだ。
「さぁ、ノクト。王の名を賭けて勝負と行こう」
その強さ、確かめさせてもらうよ。
久しぶりに本気を出す最後の機会だ。思う存分やらせてもらうさ。
【それがオレの最後の役目だから】