レグルスの子供たち   作:サボテンダーイオウ

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生きるということ

薄暗い所は正直言うと苦手だ。それでも我慢して必死に走っている理由はただ一つだけ。

 

「はぁ、はぁ……」

 

間に合う、間に合わないの問題ではなく間に合わせるという気概でプロンプトは走った。息せき切って全力で走った。アラネアから超スパルタで鍛えあげられた体力のお陰で以前よりも体が軽く感じており、研究所まで向かう道のりはさほど苦ではなかった。だがそれよりもどうか早まらないでという祈る気持ちばかり浮かんでしまう。アーデンがどういった人物であるかというのは大まかにレティから教えられており、多少驚いたがアーデンの人となりを知れば最初に出会った頃よりも警戒心は和らいでいる。自分よりも相当長生きしていることで知識も豊富なのかと思えば、プロンプトが暇つぶしにやっていたゲームを見ては子供のように興味津々な様子でつい「……やってみますか?」と遠慮がちに尋ねてみると、アーデンは素直に受け取ってみせた。すぐにハマりだしゲーム仲間として時間を見つけては共に肩を並べてやりあう姿にレティとシシィが微笑ましいものをみるように温かく見守っていたのを後にアラネア経由から知らされることになる。

知らないと知った後で抱く印象が変わるというのは実際に接してみて分かること。

相手の表面だけを捉えた所で理解したとは到底思えないことをプロンプトは実体験で得られたことはとても貴重な事である。

 

それはヴァーサタイル相手にも同じことが言える。プロンプトががこの世に生を受けることになった要因を作った本人。遺伝子上の繋がりは一生を賭けても消えることはなく途切れることはない。それでもプロンプトとヴァーサタイルは一人の人間としてまったく異なった一つの種である。そうだと受け止められるようになるまでそれなりの葛藤もあったが、それはこれから生きていく上で徐々に軟化していくかもしれない。

 

姉ともいえるシシィとて然り。そういった話は一切お互いにしていないが、物腰柔らかな表情につい姉弟がいたらこうなるのだろうとふと思うことがある。

他愛もないやり取りが日常のものとなれるとは思わないが、これからも交流を途切れさせたくない絆の相手であるとプロンプトは考えている。

 

そう、まだこれからなのだ。

 

まだ始まってもいないというのにアーデンが示唆する内容ではニフルハイム崩壊と共にあの親子は自分の命を絶つつもりだというじゃないか。

止めなくてはいけない。普通ならそう考えつくだろうが、プロンプトが真っ先に思った感情は悔しいという気持ちだった。自分達は勝手に自己満足して消えようとしている。役目を終えたと言わんばかりに。それが腹立たしく思うのはいけないことなのか。

 

「マジないって!」

 

暗い通路を全力疾走しながら一人声を上げる。まさかもう手遅れになっていないよなと一抹の不安に襲われたりするが、いいや、そんなことはないとプロンプトは顔を横に振って前を目指して走り続けた。

どうか間に合え!と心の中で何度も何度も祈りながら。

 

 

 

あの忌まわしい研究所に再び足を踏み入れた先で目に飛び込んできたもの。

出来ることなら視界にも入れたくなかったが、そうもいかない。

丁度二人が赤い液体が入ったゴブレットを煽ろうとする瞬間に間に合うことができた。駄目だと叫ぶよりも想いのまま叫んでいた言葉。

 

「逃げるなんてズルすぎだ!」

「!?」

「プロンプト…、どうして」

 

ビクリと肩を揺らしてゆっくりとプロンプトの方へ顔を向ける一気に老け込んでみえるヴァーサタイルと青ざめた顔いろのシシィは驚愕の表情で見つめてきた。

自分達の計画がバレた事にも驚いているようだが、本来ここにいるはずのないプロンプトが突然現れたことに現状を理解できずにいるのだ。

 

プロンプトはどうにか間に合った事に安堵しながらもふつふつと沸き上がる怒りを何とか

抑えながら固まる二人に早足で近寄り、両方のゴブレットを無理やり奪い横に乱暴に投げ捨てた。投げられたゴブレットから毒薬であろう液体が飛び散って周囲に飛散する。

この為に用意されていた薬だろうが、どうせ楽に死ねるとか考えていたに違いない。

プロンプトは二人に向かって大声を上げて荒ぶる感情をそのままぶつけた。

 

どれだけその行為が無意味であるかを。死ぬことで全てを終わらせようという根性が気に食わないことを。あまりにも身勝手すぎること。

 

「なんでだよ、なんでそんなことしちゃうんだ!」

「プロンプト、貴方どうして」

「それはオレの台詞だ、シシィさん」

「………」

 

射抜くような視線で見つめられシシィは返す言葉も見つからず押し黙る。

どうして?と本来なら責められるべき立場なのは自分達なのだと自覚しているからだ。会わせる顔がなく、この場から立ち去る余力もないのでシシィはプロンプトの厳しい視線から逃れたくて顔を伏せた。ヴァーサタイルとてそれは同じこと。シシィとはそれなりの交流はあったものの、複雑な関係にあるヴァーサタイルとはある程度の距離を取っていたはず。それなのに、どうして抑えようのない怒りを抱いているのか、すぐには理解できずにいた。いや、彼の心境そのものが理解できなかった。

 

恨まれていてもおかしくはないというのにプロンプトが王の傍に居ることよりも自分たちを止める為に別行動をとっていること自体。

 

「オレは逃げなかった。レティがいたから!ノクト達と出会えたからオレは今ここにいられる。それを、罪がどうとか償いがどうとか、卑怯じゃないか。逃げて全部終わらせようなんて楽したいだけだろっ!オレは逃げないで今を生きる。だからだから貴方も逃げないでとにかく生きてよ!アンタが逃げたらオレも逃げたことになるだろ!?アンタは、オレの、オレの産みの親なんだ!!」

 

逃げることは簡単だ。死を呼び込むことも簡単だ。だが命はそう簡単に生まれ変わりはしない。今世の罪をそのまま残したままで綺麗な状態になれるとでも思っているのか。罪は生まれ変わっても後ろに付いて回る。

 

「それに、シシィさんを巻き込んで死なせて貴方はそれでいいの?親としてアンタはそれでいいの!?」

「………」

 

プロンプトの言葉攻めにヴァーサタイルは自分の愚かな選択に娘を巻き込んでしまっていることを今さらながらに気づいた。自分を慕って最後まで共にと望んでいてくれたはずの家族の命を自分の手で奪わってしまうという行為。

 

「お、父様……」

 

ヴぁーサタイルは震える両手でシシィの顔を包み込むように手を添えた。

 

「シシィ、……お前を巻き込もうとした愚かな父を許してくれ……。儂だけ逝けば良かったのだ。お前を道ずれにするなど」

「御父様!……いいえ、いいえ!私は……」

 

その先の言葉を告げようとするもシシィは声に出せなかった。

共に死ぬなら本望だというつもりだったのだ。死を恐ろしいと思うことよりも、もっと共に居たいと願っていた。

プロンプトはシシィの気持ちがなぜだか手に取るように分かり、自分ならと思う気持ちを代弁した。

 

「……生きることがどれだけ辛いか、オレは知ってるよ。生意気だって言われるかもしれないけどさ。それでも生きたいって思うことは人として当たり前のことだ。シシィさん、ハッキリ言わなきゃ駄目だよ。貴女は本当は一緒に生きて欲しいっておもってるんでしょ?」

 

親の死を願う子がいないように、親も子の幸せを一番に願う。

 

「………申し、訳ありません、御父様。私は、私は……!」

 

生きたい、御父様と共にとシシィは嗚咽交じりに吐き出した。

彼女なりの父の望みを叶えようと思っていたのだろう。だが心の奥底で秘めていた思いを曝け出すことで彼女は今までで初めての我儘をヴァーサタイルに言った。

 

一緒に生きて欲しい。それは人としてごく当たり前の願いだった。

 

「まだ終わりじゃない。貴方達はまだ未来がある。それを見届ける為にも貴方は逃げちゃいけないんだ」

 

プロンプトは顔を覆って泣きじゃくるシシィの隣に膝をついて背中に腕を回し慰めるように抱きしめた。

 

逃げられるなら簡単に逃げ道などいくらでも作りだし実行できる。だが生きていられるチャンスは人生一度っきりしかない。途中で終わって後悔するよりも全力で生きて最後に思いっきり反省して次を生きればいい。

 

ここに来た時よりも一回り大きく成長した姿にヴァーサタイルは眩しいものを見るように目を細めた。

 

「プロンプト、君は強く成長できたのだな」

 

プロンプトはシシィを立たせるのを手伝いながらどこか誇らしげに笑みを浮かべて言った。

 

「オレを信じてくれてる仲間とここまで支えてきてくれたレティのお陰ですよ。ここもいつまでも安全じゃないと思います。とりあえずアラネアが誘導してくれるはずだから出ましょう」

「……ああ、案内を頼む」

「了解です」

 

こうしてプロンプトはヴァーサタイルとシシィをアラネアの所まで連れて行く為、地下研究所を出た。きっともう二度とこの場に足を踏み入れることはないはずだからと、大勢の眠る『兄弟』達と生まれた場所に心の中でさよならを告げた。

 

プロンプトが振り返ることは一度としてなかった。

 

【逃げることは簡単だ。でも生きることは一度だけ】

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