レグルスの子供たち   作:サボテンダーイオウ

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約束の重さ

なぜ、死を目前にしながら彼女が微笑んでいられるのか不思議でならなかった。

未知なる脅威を目の前にした様で恐ろしくなる。死ぬ恐怖すら感じていないようで、人間ではないと疑ってしまうくらいに。だが己の掌に残っている嫌な感触が生々しく感じては逃げることは許されないのだと無理やりに再認識させられる。

 

レイヴス・ノックス・フルーレは確かに彼女を手にかけた。

妹の目覚めという約束の対価と引き換えに。だが後から考えみればあれも彼女なりの嘘だったのかもしれない。彼女は、レティーシアは下手な嘘が得意のようだから。

 

 

計画の段階ではノクト達と一騎打ちして最終的にクリスタルが設置されている地下まで連れてくるという流れだった。打ち合わせの段階では、だ。だがその計画の首謀者たる本人からレイヴスは予想もしなかった約束を突きつけられることになるとは、その時予想もしなかっただろう。アーデンを第一関門として第二、第三とノクト達の行く手を阻む為、仕組まれた対戦相手。レイヴスはその第三の相手として待ち構えている所だった。そこへ予告もなしにニックスを伴ったレティが現れたのだ。女帝に相応しい装い、大胆に太ももが露わになっている白のロングドレスに銀色のピンヒールを見事履きこなしカツカツと靴音を周囲に響かせ右手に長杖を携えて。レイヴスは臣下の礼を取ろうとしたが、先にレティに手で制され途中でやめ元の体勢に戻る。一体何事かと視線で問えば、レティは目的の人物達がやって来たことを報告しにきたようだ。

 

「ノクト達がこちらに向かっているわ」

 

なるほど、周囲に漂うピリリとした緊張感はそれから来るものなのかとレイヴスは納得した。だがまだレティ自身が来る理由が分からず、冗談を交えて言った。

 

「そうか。分かった。それで陛下はわざわざオレに鼓舞でもしに来たか」

「まさか。貴方の腕ならその必要もないでしょう」

 

軽い言いあいに緊張しきった体が多少緩むような気がして場違いながらもレイヴスは「それもそうだな」と少し笑った。レティも「でしょう」と微笑んだ。

 

「それで正直な所一体何の用で来た」

「貴方の剣で斬られに来たわ」

 

まるで忘れものを取りに来たという風にレティはさらりと答えた。

 

「……今、なんと言った」

 

聞き間違いであることを願いレイヴスは震える声で再度目の前に佇む最後の女帝に尋ねた。レティーシアは緑から赤く染まった瞳でキッパリと言った。

 

「私が貴方に授けた剣で私を斬りなさいと言ったの。理解できた?」

「……正気か?」

 

レイヴスの動揺も想定内なのか、眉尻ピクリとも動かさずレティは頷いてみせた。

 

「ええ、私はいたって真面目よ。気が狂ったわけでもないわ。貴方の願いは叶えているわ。ルナフレーナ嬢は生きている。私を斬れば彼女は目を覚ますよう呪いを掛けているの。貴方に選べる選択肢などないのよ、レイヴス」

「……なぜ、そのようなことが必要なのだ」

 

聞き間違いではない。目の前の女は平然と自分を斬れと強要してきている。

普通ならまともではないと考える所、あいにくとレイヴスはレティが真剣な話をしている事はすぐに伝わった。だから信じられなかった。なぜそれがよりにもよって、対価にするのか。レティは「それがこの世界を救う術だからよ」と云う。

 

「自ら命を絶つことが必要な事だというのか!?」

 

筋書きでは確かに女帝は自害を選びニフルハイム帝国は滅亡すると教えられていた。本来ならばただの演技で済む話をレティは実際に殺せと言っているようなもの。とても素直に同意できる話ではなかった。だからこそ、レイヴスは事の真意をハッキリさせるために理由を求めた。レティはこの時初めて、苦渋の表情を浮かべた。

 

「そうよ。でなければ私は………シ骸になるしかない」

「シガイだと?なぜ」

 

レイヴスにはどうしてそこでシガイの話をされるのか理解できなかった。いやもはやレティの話に付いて行けないほど混乱していた。だというのにレティはお構いなしに言い訳のように説明を続ける。

 

「アレは元々ヴァルハラに還ることが叶わない人間の魂の末路。この世界には魂の循環から外されてしまっている者が多くなってきている。それに加えてヴァルハラを統治するはずの女神は不在のまま。このままでは世界はシ骸の影響から闇に覆われてしまう。それが星の病。本来であれば此方と彼方の門【ゲート】は固く閉ざされているはず。けど奴【ブーニベルゼ】が女神の不在をいいことに年月と共に門【ゲート】が綻んでいくよう下手な小細工を仕掛けていたわ。ヴァルハラには【混沌】が溢れている。アレは人にとって薬にもなり毒にもなるもの。世界のバランスが崩れ去る前に門【ゲート】を修復させなくてはならないわ」

 

まったく理解できない言葉の羅列にレイヴスは問わずにはいられなかった。

 

「なぜそのようなことをお前が知っているのだ」

 

レティはハッと我に返り喋りすぎたことを悔いて誤魔化すように話を続けた。

 

「……長々と喋りすぎたわね。これ以上は時間の無駄だわ。アーデンが時間稼ぎが無駄に終わってしまう。さぁ、やりなさい。それとも私の魔法で操ってあげましょうか?それなら貴方の意思は関係ないもの。優しい貴方にはそれがいいかしら。――どちらにせよ、早くして頂戴」

 

レティの本気を感じ取ったレイヴスは己の責務を果たす為、最愛の妹の為自分の意思で剣に手を掛け鞘から引き抜いた。だが本当にこのまま実行していいのかと理性が止めにかかる。

 

「………」

「怖がる事はないわ。貴方はただ約束を果たすだけなのだから。逆に胸を張ってよ。悪役女帝に名誉ある制裁を加えるのだから。……さぁ、やって……お願いよ」

 

無防備に両腕を広げ受けの姿勢に入るレティは瞼を閉じてその時を待った。

レイヴスはの一振りを待ち受けた。

 

レイヴスは約束の為、妹の為に自身の剣を意を決して重き剣を振り上げた。

 

「ハァァア――!!」

 

掛け声と共にブシュリ!と吹き出す赤い血と剣先が皮膚に食いこんで肉を裂いていく感覚が掌から直に伝わりレティの飛び散った血がレイヴスの顔にピッ!ピッ!と付着する。

 

「っぁ!!」

 

耳を塞ぎたくなるような小さな悲鳴に近い声がレティの口から漏れ右肩斜めから斜めに走った傷は相当深く入ったようで辺り一面にレティの血が飛び散る。レティは横にゆっくりと力なく倒れ込んでいく。レイヴスは後ろに後ずさって力なくへたりこんだ。手が、震えて仕方ない。命令されたから、妹の目覚めの為に手を掛けた。

 

言い訳などいくらでもできる。だが地に横たわる恩人を手に掛けたのは確実に自分なのだと責めずにはいられない。

 

首元や顔に飛び散った血を纏いながらレティは、

 

「ありがとう――レイヴス―、これで私は……」

 

と微笑みながら礼を言った。すぐにニックスが駆け寄ってきて血まみれのレティを抱き上げ「…レティ…」と苦し気に名を呼ぶ。事前に手を出さないよう言い含められていたのだろう。唇を少し切っている様子から噛んで耐え忍んでいた様子。

レティは力なく震える手を何とか上げて憔悴しきったニックスの頬へと触れ、安心させるように口元に笑みを浮かべた。

 

「ニッ、くす……このまま、つれてって……」

「……ああ」

 

レティの願いのまま、ニックスは出来るだけ優しく丁寧にレティの体を抱き上げる。去り際、力入らない体でレティは最後にレイヴスへ別れを告げた。

 

「さよ、な、ら」

 

去り際のレティは本当に嬉しそうに笑った。だが約束を果たしたレイヴスにはその挨拶は届かなかった。彼の掌からレティの血で赤く染まった剣がカラン!と音を立てて地面へと抜け落ちる。

恩人であるレティの直接の死に関わってしまったことに後悔の念に囚われていたからだ。

 

「お、……れは」

 

余りの恐ろしさから自然と涙が溢れてしまう。ぐしゃりと己の髪を握りつぶす。

 

「お、れ………は、何てことを……」

 

逃れられない証拠としてレティの血に染まった剣がレイヴスの視界から消えてはくれず、ノクト達が駆け付けるまでレイヴスは己を責め続けた。

 

【彼女の望みは――?】

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