レティーシアside
私はもはや体を動かすことさえできない致命傷を負いながらニックスによって抱えられてクリスタルを目指している。暗く冷たい地下はまるで地獄への入口にようだ。
「はぁ、は…ぁ……」
「レティ、頑張れ。あともう少しだ」
「……う、……う…ん……」
ニックスから励ましを受けながらなんとか受けごたえするのが精一杯だ。
痛い、痛い。
体中が切り裂かれるような痛みに意識が飛びそうになる。口を真一文字に引き締めて痛みを堪えているけど気を一瞬でも緩めてしまえば悲鳴が漏れそうだ。
今はまだいい。痛みで意識があるから。でもいつまで持つか分からない。この痛みを感じなくなってしまったらもう終わりだ。
でもまだ駄目。まだクリスタルにたどり着けてない。その前に死んでしまってはきっと私はシ骸化してしまう。それだけは避けなきゃ。
「……クソッ!」
抑えようのない苛立ちにニックスは舌打ちをした。きっと虫の息である私を助けられないのが歯がゆいと思っているのね。でもこれは大切なことだ。
私が瀕死の状態であることは必要なこと。
アーデンの魂をゆっくりと時間かけて浄化すること。
すぐにヴァルハラへ赴くことないよう自身を追い詰めてクリスタルの中で眠りにつくこと。
これは賭けに近い。
ニックスは私の血に汚れても私に出来るだけ走る振動が来ないよう気を遣ってくれているんだ。私も我慢、しなきゃ。
「………」
レイヴスには本当に申し訳ないと思ってる。最後にこんな真似させて、きっと心優しい彼のことだ。自分を攻め続けるだろう。
でもそれは私から彼への罰だ。
私から父上を奪った罪は深い。たとえ私怨だろうとその報いはしっかりと受けねば。
私を手に掛けた事を一生悔やんで生きればいい。
この時の為だけに残しておいた魔導兵達は一斉にノクト達に襲い掛かっているだろう。それが上手く足止めとなってくれればいいけど。自分で鍛え上げた精鋭たちだけに少々不安だ。そう思考の波に揺られながらニックスはついに実験施設を抜けて地下へと続く唯一のエレベーターへと乗り込んだ。そこで膝をついて動けぬ私の顔を覗きこんだ彼は、そっと深い悲しみを宿した瞳で私を見下ろして顔についた血を手で拭ってくれた。
「……レティ……」
「……に、……くっ、す……」
「無理に喋らなくていい」
「で………、も……ゴフッ!!」
「レティ!?」
喉元からせりあがってきた血の塊を口から吐き出し私は大きく咳き込んだ。必死な形相のニックスが私の頬に震える手を添えて何度も私の名を呼ぶ。
遠のきそうな意識をニックスの呼び声でなんとか繋ぎとめる。
「………(まだ、大丈夫)」
「レティ……!」
ゆっくりと自分の頬にあてがわれている手に自分の手を添えた。声に出すことはできない。だが安心させるように両目を細めて彼を宥める。まだ私は死なない。
死んでたまるものか。ここでシ骸化してしまっては全てが終わりだ。今まで身を斬られるような想いをしてきたというのに無駄にさせてたまるか。
この想いも、なかったことにさせてたまるか。
ああ、そういえば。
私の初恋はあの時から始まったんだった。まるで走馬燈のようね。
小さい頃の思い出からここ最近の出来事が駆け巡るように思い出せるの。
初恋。はつこい。
私の初恋は決して叶わない。私が眠る代わりにルナフレーナ嬢が目を覚まして心の傷を負ったノクトに寄り添うのだろう。私の代わりに。
よくある三流ドラマみたいな展開を自分が体験するなんて思いもしなかった。
「………」
「……痛いか」
そっとニックスが尋ねてくる。
これは痛みによる生理的な涙だ。きっとそう。
「………(心がね、泣いてるの)」
「………」
ニックスは黙って私の涙をキスで吸い取ってくれた。その部分が嫌に熱く感じた。
……ニックス、私だけの英雄で騎士。彼とも長い付き合いになる。今までもこれからも。
きっと私が消滅するその時まで共にいるだろう。だからこそ、私だけに向けられる眼差しから時々目を逸らしたくなる。でも彼は強引だからそれすら許してくれない。
主従関係なら私が上なのにこういう時だけは彼に主導権を奪われるのだから面白いものだ。
さて、私の終わりの時間は刻々と迫っている。感傷に浸るのはこれでやめておこう。ニックスに頼んで私の携帯を取り出してある人を呼び出してもらう。耳元に当てがってもらいワンコール、ツーコール、スリーコールの途中で相手が電話に出た。
ヒュー、ヒューと自分の口元から息が漏れる。まるで風船に穴が開いたかのような音だと思った。
『姫!一体何が』
電話口で酷く狼狽したような声を出すコルに私は何とか苦しい中、声を絞り出した。
「コル、貴方に、全権委ねま、す。……ノクト達を、おねがい」
『姫、何をおっしゃって……』
信じられないと言った様子だった。本当に彼にはいつも迷惑ばかりかけて申し訳ないと思っている。でもこれ彼の肩の荷も下りるはずだ。
「私、もう戻らない」
戻るつもりもない。今更私に戻る場所はもうないのだ。紛い物の王女は既に死んだ。なら今この私、レティーシア・エルダーキャプトも死ぬべきなのだ。新たな時代に私の影は必要ない。
『!』
彼が息を呑む声がした。ああ、息をするのも苦しくなってきた。でもまだ頑張らなきゃと自分に言い聞かせる。痛みで意識が飛びそうな中、伝えられるだけの言葉を口に出した。途切れ途切れで詰まりそうになる言葉を、必死に紡ぐ。
どうか彼に伝わりますようにと願って。
「お、願い、コル。私全部、終わら、せたい、の。も、終わらせ、なくちゃい、けないの。帝国も、クリスタルに、支配されるルシスも、王の、犠牲も、この生ま、れ変わりも。全、部私が、終わ、らせなくちゃ、いけないの」
それが私の役目。私の使命。私の、意地だ。
『姫!!どうか御考え直しを!』
コルは私の意思が固いことを知っていて縋るような声を電話口であげる。
けど、もう遅い。私は思い込めてお礼を伝えた。今まで迷惑を掛けた詫びと、今までの彼の身を挺して守ってくれた事に感謝を込めて。
「あぁ、コル。本当に、本当に、御免なさい。それと、今まで側で、見守ってき、てくれて、あり……がとう」
『姫!』
どうか、今度は自分の為に生きて欲しい。私やミラ王女に囚われた人生で終わらせるのではなく、自由に生きて。
「……さよな……ら、コル」
一方的な最後の別れを告げてニックスに目配せして通話ボタンを押してもらう。これで未練は終わった。
永遠とも言えるエレベーターでの時間は終わりを告げる。静かに扉が開きクリスタルへ道は開かれた。ニックスは私を抱え上げて立ち上がりゆっくりと歩き出す。
光さえ届かないもっとも深い場所が私、レティーシア・エルダーキャプトに相応しい墓場だ。相応しいとも言える。ニフルハイム帝国はノクト達の声明により全世界へとその滅亡が告げられ観衆は歓喜の雄たけびを上げるだろう。
世界に光が戻り、意識の改革が芽吹くのだ。
長い廊下を抜けてようやくライトアップされたクリスタルへと近づいた私達の前で佇んでいたのは挨拶代わりの嫌味を言う男だった。
「まだ生きてるね。レティ」
「アーデンか」
相変わらず飄々とした態度だがノクト達と一線交えてきたのだろう、お気に入りの帽子がないのはきっと激しい戦闘で駄目にしてきたのかもしれない。
まだ生きていると意味を込めて睨み返してやったらニヤリとアーデンは笑った。
「だったら良かった。君に死なれたらオレも救われないからねぇ」
「………」
ムカつく。
ムカつくムカつくムカつく。
契約を結んでいるとは言え、なんかコイツムカツクと無性に苛立ちが生まれた。
とっとと去ね!
最後のサンダーでも落としてやろうと思ったけどもはやその体力もない。指先一つ動かすだけでも一苦労だった。
「そりゃ去る前にやることやってもらわないとオレもこの世から去れないからね。君がクリスタルに入るのを見届けてからにしようと思って」
べーだっ!
最後に舌を出してあっかんべーをしてやった。するとアーデンは可笑しそうに笑った。
「これならしばらくの間は退屈しなくて済みそうだ」
だってさ。ふん、精々向こうの中でこき使ってやるわ。
さて、束の間のリラックスタイムは終わりだ。ニックスはゆっくりとアーデンの脇を通り抜けてクリスタルへ近づく。青く光り輝くクリスタルは早く私を迎えようと入り込めそうな割れ目を出している。
もう、終わりだ。この世界とも。
私は一度クリスタルを見つめてからニックスの方を見上げ、彼へ感謝の気持ちを告げる。
ありがとう。
私は口パクでそう伝えた。覚悟を決めていたはずのニックスは苦しそうな辛そうな表情で私を見下ろし、
「……ずっとオレは傍にいる。お前が目覚めるまで」
そう言って私の唇に軽くキスを落とす。私は黙ってそれを受け入れた。
彼は私の守護者。いついかなる時も傍で守ってくれる。絶対的な存在だ。
「………(またね、ニックス)」
一体目覚めるまでどれくらいの時間が掛かるのか分からないが、きっと彼は変わらずに私を抱きしめてくれるだろう。
ニックスとの別れを済ませた私はついにクリスタルへと手を伸ばす。すると私の手に絡まるようにクリスタルから放たれる力が私を吸い寄せる。それはお帰りとも温かく迎えてくれているようだ。
だが
「レティ―――――!!」
慌ただしい複数の足音とノクトの悲痛な叫び声。
私は最後に心から微笑みを浮かべた。皆に向けて。ノクトに向けて。
私へと必死に届かぬ手を伸ばそうとする、まるで泣き虫なノクト。でももう手遅れ。
私はクリスタルの中へと吸い込まれるように引き込まれていく。次に目覚められるとしたらいつになるのか。それは私にも分からない。もしかしたら、ノクト達がいなくなった世界の時に目覚めるかもしれないし、違うかもしれない。
未練はある。けれど未練はない。
とりあえず、言えることはある。声に出して伝えたいけれどそれも無理。だから、ここから言わせて―――。
【バイバイ、みんな】