召喚獣。おとぎ話のような高尚な性格なのかと思えば意外と庶民派で趣味は人間観察だというモコモコの白い糸目のモーグリにイリスはあるお願いをした。
『ねぇ、あのさ。クペに届けて欲しいものがあるんだ』
『何クポ?』
流行りの読み終わった雑誌をレティへ届ける為、いつも通りクペに来てもらった時の事である。イリスは後ろに隠していた綺麗にラッピングされたプレゼントをクペに見せた。
『えへへ、あのね。これをレティに渡して欲しいの』
『分かったクポ。もしかしてレティへプレゼントクポ?』
『うん。中身はまだ秘密だよ』
『レティ、きっと喜ぶクポ!』
配達召喚獣クペにかかればイリスの家からお城まで一瞬ワープ!思いがけないイリスからのプレゼントにレティは『なんだろう』と胸高鳴らせて長方形の箱の包み紙を丁寧に開けていく。白い箱の上蓋を開けるとレティは感嘆の声を上げそれを手に取ってみた。
『うわぁ……可愛い……』
シルバー素材で作られた羽根が下向きで形どられていてその一部分に色が塗られているペンダントだった。共に添えられていたメッセージカードには【大切な親友へ】とイリスの綺麗な字で書かれていた。レティはすぐにイリスへと電話を掛け、5回目のコールで電話に出たイリスに飛びつくように興奮した様子で『イリス!ありがとうっ!』とお礼の言葉を伝えた。
『届いたみたいだね、どうかな。気に入ってくれた?』
『当たり前だよ!すごく嬉しい』
『へへ、そっか。良かった……。実はそれ私とお揃いなんだ』
『イリスと?』
吃驚した様子のレティにイリスは内心ドキドキだった。レティの事は友達にも話せないし、親友はいるんだよと説明しても誰かと尋ねられたらイリスは答えられず曖昧に誤魔化すしかない。本当はハッキリとルシスの御姫様だと自慢したいが、それをしてしまうと馬鹿にされるか、もしくは兄や父に迷惑をかけてしまうかもしれない。なのでイリスは適当に誤魔化すしかないのだ。曰く、事情アリの子なのだと。嘘はついていない。一度も会った事ない親友だが小まめに文通や電話のやり取りもしているし、お菓子の差し入れなんかもしている。ただ直接顔を会わせられないだけの話。
『うん。今さ、親友とお揃いの物身につけるの流行ってて私もつい便乗しちゃった』
『そうだったの』
『本当は一緒にどっか遊びに出かけたりしたいけど無理だから。せめて一緒にいれる感覚になれたらって…』
『……イリス……』
自分だけが寂しい訳だけじゃなくて、レティももしかして同じ気持ちだったらと望まずにはいられない。
『迷惑だった?』
『そんなことない!そんなことないよ、イリス。私、嬉しいもの』
『レティ』
『きっと、会える日が来るわ。だって同じところに住んでるんだもの』
『うん。そうだね!』
自己主張が激しいものではないので公の場以外、日常的に身につけていても問題はないとレティは声を弾ませてイリスに言った。イリスは喜んでもらえてよかったと電話口ではにかんだ。同じ王都内で暮らしているにも関わらず、会える見込みは零に等しい。それでもお互いに希望は捨てていなかった。いつか、いつかと胸に秘めて毎日を過ごしていた。あの王都襲撃の事件が起きるまでは。それから流されるようにレスタルムへと身を寄せるようになったイリスだったが、レティ達の無事を知らされるまでは生きた心地すらしていなかった。どれだけ気丈に振舞っていたか。初めて顔を会わせる親友との再会についに今まで我慢していた丈が外れ、レティとクペと抱き合いながら泣きじゃくるという歳相応の顔を見せることになったが、後悔はない。むしろ、不安が一気に吹き飛んだくらいだった。
これからの事もきっと皆でなら共に乗り越えていける。そしていつか一緒にルシスに帰るのだと期待は膨らむばかりだった。たとえ、レティが敵国の皇女だったとしても、イドラ皇帝の跡継ぎとして女帝としてニフルハイム統治へ赴いたとしても、絆が途切れていない限り大丈夫だとイリスは思っていた。
思い込んでいた。来るべき時までは。レティとお揃いのネックレスはイリスにとって宝物同然である。それがあの運命ともいえる日に突然切れたのだ。丁度外で鍛錬中の事である。
「え」
金属音がこすれ合う音を出しながら床にこつんと跳ね返って落ちる。頑丈な金属で切れることなど滅多にないはずなのにどうしてだろうとイリスは不安を抱かずにはいられなかった。イリスは困惑しながらすぐにしゃがみ込んで拾い上げる。つなぎ目の部分は異変は見当たらず、鎖自体がパキンと割れている。
「……なにか、あったのかな」
『キューン』
共にいるダイゴロウがイリスの隣で不安そうな鳴き声を上げ、イリスはよしよしと撫でてやる。だが一抹の不安がイリスの中に生まれ、どうしても気になりペンダントを握りしめてその足でジャレッドの元へ向かう為、駆け足で家の中に飛び込んだ。ジャレッドは丁度台所から出てくる所で人数分の食事をタルコットと共にテーブルへ運んでいる最中だった。
「ジャレッド、ちょっといい?」
「あ、イリス。丁度いい手伝えよ~あ!ダイゴロウは大人しくしてろよ」
『わん』
「ああ、うん。分かった分かった……え?地震?」
突如、大きな地震が発生し、イリス達は立っていられず床に急いでテーブルの下へ避難した。数分間にも及ぶ激しい揺れに何とか耐え忍んでいる間にも家具などが激しく横揺れしバタリと勢いよく倒れたり、飾ってあった花瓶が落ちて派手な音を立て割れて飛び散ったりろ家の中は滅茶苦茶な足場もおぼつかないほど滅茶苦茶な状態になってしまう。おまけにやっと揺れが収まり、外の様子を確かめに玄関を飛び出すと昼間であるはずの大空が夕焼けのように赤く染まっているではないか。真上から灼熱に燃える隕石が次々とある地点へ集中的に落ちていくのがはっきりと肉眼で確認でき、イリス達は言葉を失った。
まるで、この世の終わりを見ているかのよう。
明らかに異常な現象にイリスはすぐにコルへと連絡を取る為携帯を取り出した。だが電波障害なのか、電話も通じず歯がゆい思いをさせられる。まだ目覚めぬルナフレーナがいる以上、そう簡単にカエムの隠れ家を離れるわけにはいかず、とりあえずメールだけは使えたのでそでコルへ連絡を入れイリス達は家の中の片づけをするため、再び家へと戻った。それから二三時間してから、コルを乗せた車が隠れ家に到着する。イリスとタルコットは急ぎ足でコルの元へと駆け寄った。
「コル将軍!一体どうなってるの!?」
「………」
コルは青ざめた顔で口を噤んだまま無言でイリスを見つめた。その後ろに控えるグレンも辛そうな苦しそうな顔で顔を伏せていて明らかに何かあったことを物語っていて、イリスはたまらなく不安になり、縋るようにもう一度コルの名を呼ぶ。
「……コル将軍?」
ねぇ、一体何が。そう続けようとした言葉は淡々と事務的に語るコルの言葉によって遮られた。
「……グラディオからオレの所へ連絡が入った。―――ニフルハイム帝国はメテオにより壊滅状態。……レティーシア・エルダーキャプトは死亡した、とな」
レティーシア・エルダーキャプトが死亡。
耳を疑う言葉だった。それこそ信じられない一言にイリスは全身が凍り付いた。
「……え……」
ぽとりと手から力が抜けて鎖が切れたペンダントが地面に落ちる。
カチャン!
二人の親友である証。宝物である思い出のペンダントをイリスは落としてしまった。永遠に。後にあれはレティが死んだ時と丁度同時刻だったことを兄、グラディオから知らされることになる。
【虫の知らせ】