然り、それが歴史の繰り返しである。
消える歴史もあれば栄華を極めし歴史も存在する。
だがいつの世もあるのは、人の欲望に塗れ血塗られた幾度と繰り返される戦の骸。
その道を踏みしめて人は生きてきた。いつか、己がその骸になることも、知らずに人は歩くことをやめない。
欲望という願いのままに。
そう、あの時私は自分の過ごしてきた全てにさよならをした。二度と戻ることはないと思っていたからだ。
クペに頼んでクローゼットの服を全部しまい込んでもらいその他の使い慣れた家具も全部クペにしまいこんでもらった。すっからかんになった部屋は見違えるほど綺麗になった。荷造りはこれで終わり。必要なものは全部持った。というか、もらった。どうせ私がいた痕跡など消えるのだ。だったら遠慮なく処分される前にもらっておいても悪くはない。
ノクトに部屋を覗かれる前に鍵をかけて先に廊下に出た。まだノクトたちがやってくる気配はなかったので私はクペと共に専用の書物室に向かうことにした。
使い慣れた廊下を渡って丁寧に手入れされた庭先を通り抜けてひっそりと静まりかえった丸い円形状のドーム型の扉の前で一旦停止。
限られた者しかその扉を開けることはない場所の鍵は私とあの人しか持っていない。ポケットから鍵を取り出して鍵穴に差し込み、右に回すとかちゃりと小さな音を立て扉の鍵は解除された。私はドアを引き開いて中に入る。そして邪魔されないようクペが入ったのを確認してすぐに施錠する。
これはもういつもの癖だった。
大体、自分の部屋と書物室を行ったり来たりする生活が長く続いたため体に染み込んでいる。まぁ、この習慣もなくなるわけなのだが。
私はレビテトを唱えて次から次へと流作業のようにクペの元へと大量の本を運ぶ。クペはそれをひたすら自らのボンボンの中に収めるという作業を行うのだ。結構時間が掛かったが、最後は疲れてキレたクペが
「もう最終奥義クポ!」
と叫んで残りの本全てをあっという間にボンボンに収めた。こう、掃除機でゴミを吸い込むみたいにクペのボンボンからの吸引力に引き込まれてたくさんの本数が消えていき、最後の残りの一冊まで綺麗に収めることに成功した。私はクペをたくさん労ってなでなでしてあげた。クペは「毛が逆立つからやめるクポ~!」と嫌がってたが抵抗するそぶりはなかった。愛い奴愛い奴。
あとは旅に必要な食料と生活雑貨と女子に必要なアレコレなどは、事前に用意してもらった。家電なんかはクペのテント内に完備されてるので必要はないのだ。ノクトたちが想像してるような男だらけの旅と違い女子にはそれなりの下準備というものが必要なのである。
ましてや、出奔を狙う私にとっては。
さらば、インソムニア。
こんにちは、私の新しい世界、である。
母上の墓前に花を供えて準備万端。
もう帰ることがないことを母上に告げて、最後の見納めと私はあの人の顔を真っ直ぐに見てやろうと思った。
※
玉座の間に鎮座する、ルシス王。
ノクトの少し後ろに私が立ち、その後ろで王都警護隊の服に身を包んだ顔見知りの三人が並び控えている。この旅の為に特注で作らせたらしいあの警護隊の服はそれぞれの個性を際立たせている。ちなみに私の服装は上は革ジャン。中は下にタンクトップ、ふわりとレースがついた白のミディアムワンピースでボーイッシュでありながら、可愛らしい女性らしさを兼ね備えたコーデである。
「―――旅の行程と日取りは了承した。ノクティス王子の出発を認める」
「ありがとうございます。陛下」
ノクトが一礼をする。それはそうだ。ここは、ノクトの父ではなく、あくまでルシス王がいる場所なのだから。親子とは言え、ちゃんとした形式で挨拶しなければならない。王族って面倒。
「旅の無事を祈る。下がってよい」
何か言いたそうなノクトだったけど、言葉を飲み込んで「はい」と返事をし、さっと踵を返して「おわ!」と驚くグラディオラスの脇をすれすれに通り過ぎて階段を下りていく。慌ててイグニス達もレギス王に一礼してノクトの後を追っていく。
言いたいことあるなら直接言えばいいのに。あからさまに不貞腐れたな。
私は内心呆れつつ、さっさと逃げようと押し黙ったままノクトの背を視線で追うレギス王に一礼し、
「……陛下、私も御前、失礼いたします」
と挨拶をするも聞こえてるのか、それとも無視されてるのか知らないけど
「………」
私に対するお言葉はないらしい。ならばさっさと逃げるが勝ち。
私は玉座の間から立ち去った。
※
ノクト達の追いついてようやっと息苦しい城から出られると胸を撫で下ろした時。
来る予感はあったんだ。なんとなく。だってあの人の一番大切な者はノクトだって分かってるし。
「ノクティス王子」
ドラット―将軍に介添えをしてもらいレギス王はやはり一人息子の為に杖を頼りにおぼつかない足取りで階段を一段ずつ降りてやってきた。前よりも老けたよなぁと感じる。いつもまともに顔を見るのも嫌で逃げてた私だけど、今日久しぶりに見たレギス王は記憶の中にいるあの人とかけ離れていた。ノクトは「なに」と声を上げてまた階段を上がってレギス王の元まで戻っていく。
「いろいろと言い忘れてな」
手を貸そうとしたノクトに手で制しながら「大事な友人たちに迷惑をかけぬように」と共に横に並ぶノクトに先ほどとは打って変わって父親の顔でノクトと接し始めた。
「んなことでわざわざ」
ノクトは鬱陶しそうだったけど、きっと照れくさいに違いない。
わざと顔逸らしてるもの。
「知っての通り、頼りない息子だが、どうかよろしく頼む」
「おまかせください」
「必ず無事に王子をオルティシエまでお連れします」
「あ、ボクもです!」
皆は恭しい態度でそれぞれ挨拶を返していく。プロンプトは慣れてないせいもあるけど、自分のこと普段はオレな癖に、ボクとやや緊張した声でなんとか喋ってた。私は少し離れた段で黙ってその様子を見ていた。どうせ話しかけられても事務的な態度してやろうと思ってたし。案の定、最後にレギス王は私に視線を向けて名を呼んだ。
「レティーシア」
「……なんでしょうか」
私は、軽く頭を下げて王の言葉を待つ。
「王族として恥じぬようつとめなさい」
「はい。しかとこの胸にその御言葉刻み付けました」
あえて顔を上げずに私は胸に手を当てその言葉を受けた。どうやら、それで私との会話は終わりらしい。またノクトの方を向いたあの人になんだか、苛立って私は
「父上!」
と大きな声をあげてその動きを止めさせた。何だ?とノクトたちも驚いて反応しこちらを振り返る。最後だ、これが最後だ!
私は王と視線をぶつけた。
色々ぶつけてやりたい抑えきれない感情がある。でもそれは、ノクトたちの前じゃ言えない。だから、
あの人に向けたメッセージを伝えた。
「…どうか、息災でお過ごしください。父上」
私は二度とこの地に足を踏み入れることはない。
これが最後の別れだと言ってやったも同じだ。ノクトは怪訝そうな顔で私と王、交互に見やる。
そして、レギス王は、目を細め、ゆっくりと口を開いた。
「……ああ、お前も、な」
私には、それが二度と帰ってくるなと言っているように思えた。
そしてフッと興味は失せたと言わんばかりに顔を背け背中を見せた。
ああ、いいさ。
誰が帰ってくるか、二度とこの地はまたがない。
偽物の王女をわざわざ育てていただき感謝感激雨霰だ。
私から視線を逸らし、何か言いたげな仲間たちを無視して自分で後部座席のドアを開けて乗り込んだ。外の景色には一切視線をやらずに。
ただ、ひたすらレガリアが動き出すのを待った。
そして、しばらくしてノクトたちもレガリアに乗り込んできて程なく車は進み出す。
ノクトの故郷、インソムニアから出発して結婚式へ向かうため。