レグルスの子供たち   作:サボテンダーイオウ

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番外編
A flower without a name


私の母上は一人だけ。

 

私のお母さまは一人だけ。

 

そして私は二人の母を弔った。

 

未練をこの世に残すということは、自分のシ骸化を認めるようなもの。

 

だから私は学んだ。この世に未練を残さぬように完全に断ち切らなくては。

 

 

レティーシアside

 

 

ミラ王女に関する資料はない。この世にいた痕跡が残っているのは彼女の名が刻み込まれた墓石だけ。母親?それは遺伝子上での関係。それにミラ王女が失敗したから次なる女神候補の私が誕生することになったのだ。それは替えがきいただけの話。所詮彼女はスペアだったのだ。

 

産みの母親に対して抱く感情も何もない。ただ私は彼女から産み落とされた。彼女は私を創造し産み落とした。愛情の関係はなくただ利害だけが一致する存在。

 

―――だと思っていた。つい、最近までは。

レスタレムでのバイトを終え、ふらっと立ち寄ったレストランで話題の種から上がった亭主に聞いた話だ。

 

「名もなき花の群生地に現れる女のシ骸?」

 

「ああ。昔から咲いてる花なんだが、そこに度々女のシガイが現れてはハンターに危害を加えているらしい。違う、違う!と叫びながらな。かなりの強敵だ。どうだい、腕に自信があるなら試してみるかい?」

 

亭主の話ではかなりの強敵で死亡者も多くでているとか。だがそれだけで興味が惹かれるわけじゃない。もっと違う何か。

 

そう、何かが引っ掛かるのだ。

 

普段なら適当に済ますところだが妙に気になってしまう。ノクト達が談笑している横で私は考えこんでいたようだ。

 

「………」

 

それが難しい表情にでもなっていたのか、普段よりも進まない食事にイグニスが気遣わしげに理由を尋ねてきた。

 

「……どうした、レティ。なんか気になるのか?」

 

「……その依頼、受けたいの」

 

いつになく真剣な様子に違和感でも覚えたのだろう。どこか探るような視線を向ける。

 

 

「何か思い当たりでもあるのか?」

「……ちょっと、気になってね」

 

曖昧に答えて彼の探るような視線から逃げた。ノクト達から追及される事はあったがやんわりと誤魔化した。たまには体動かさないとね。最近お店に入り浸りだったでしょう?と意地悪く言えばノクト達は不承不承に賛同した。

 

彼女の魂はヴァルハラに還ることなく現世を彷徨っているはず。だがまさか仮とは言え女神の候補者であった者がシ骸に陥ることなどあるはずがない。

 

そうだ。あってはならない。

 

だから確かめてみたかった。自分の目で。

 

「その依頼、うけさせてもらいます」

 

女神は、シ骸化しないという事実が欲しかった。

 

 

目的地である場所にたどり着いた時には夜になっていた。幸い出現する時間帯は関係なく、この地に足を踏み入れる者に対してのみ過剰に反応するようだ。まだシ骸は出てくる気配はない。

 

「……綺麗…」

 

思わず息を呑む美しさだった。

見渡す限り花々が咲き乱れていて香しい匂いが充満している。

見事な群生地だった。『名もなき花』。あえて名をつけようにもその花の美しさを表現するに値する言葉が見つからない。

否、人の言葉だけでは表すこともおこがましいと言えるほどに一瞬にして目を、息を奪われる。

 

だからあえての『名もなき花』、なのだ。

見る人々によってその花が与える印象はきっと違うはず。昼間は可愛らしい可憐な花々だが、夜には月明りを受けて真っ白な花びらを咲き誇らせて私はここにいるわと風に揺られながら耳元で囁きかける。その存在は決して小さなものではなく、胸の中に種を植え付けるのかもしれない。

 

切欠という名の種を。

 

サァーと一陣の風が私達を飲み込むように吹き出した。つい目を瞑ってしまうほどの強烈な風と共に白い花々が風に舞い上げられる。

 

「うわ!」

 

「クッ!」

 

ノクトに抱きしめられながらなんとか強風を乗り切ることができた。

私はノクトの胸に手をついて「ありがとう」と礼を言うとすでにノクトは険しい視線で違う方向を捉えていた。違う、ノクト達だけじゃない。イグニス、プロンプト、グラディオもだ。すでに武器を構えていつでも応戦できるように警戒態勢に踏み込んでいる。

 

気づいていないのは私だけだった。

 

『だァれ』

 

『大切な大切な約束の場所にハイリコムのは』

 

歪なエコーが鼓膜に響いてくる。胸糞悪くなるような瘴気を放ちながらソレは現れた。

 

メリュジーヌ。全裸に蛇を巻き付けて妖艶でいて毒々しさを放つ女形のシ骸。もはや自己はなく、死ぬ間際の想いに囚われてその場所を訪れる者全てを敵とみなす。

 

『ア、…フぁ…、ど』

 

恋人の名をしきりに何度も呼んで女は紅の涙を流す。その身は化け物であるのにまるで人のように涙を流す。

 

『ずっと、ズット、待ってるのヨ』

 

女神に為り得たであろう存在も落ちぶれてしまうのか。

恋に落ち、愛という鎖で縛られ盲目となった己の使命さえも軽んじてしまうのか。

それはもしかしたら私でもありうる可能性。これは私の未来かもしれない。

 

人として生きたいと願った結果、彼女は歪められてしまったのだ。世界に生ずる穢れをその身に受けて溜め込んだ結果、彼女は病んでいった。心も体も蝕まれ辛うじて残されていた自我さえも風前の灯火であったとに最愛の恋人の死が彼女に最後の打撃を与えた。

 

『……あの人じゃない!あの人は、ドコ―――?』

 

その憐れな女、いやシ骸か。

帰ることのない待ち人をずっと待ち続け、みっともなくもシ骸に落ちてしまった憐れなもの。幸いにもノクト達にはあの嘆きの声は理解できていないようだ。特に彼の名前部分には。ノクトは私を後ろに隠すように一歩前へと出ると武器を手に出現させた。

 

「アレだよな。クエストの対象は」

 

「ああ、かなりの強敵だ。気を付けろ」

 

「了解」

 

イグニス、プロンプトがノクトに続いて武器を出現させ戦闘態勢をとる。だが今回ばかりは守ってもらう立場におさまるつもりはない。

 

「今回は私も参加させてもらうわ」

 

「はぁ!?お前な……」

 

反論しようとしたノクトを制したのは意外にもグラディオだった。射貫くような視線に真っ向から立ち向かう私。

 

「レティ、手加減はなしだぞ」

 

「……うん。分かってる。するつもりもない」

 

敏いグラディオはアレが元は何であるかを悟ったのだろう。この世に不遇の死を遂げた者がどうなるか、彼は事実を知らない。だが皇子の名前とこの名もなき花の群生地。点と点と結び合わせていけば行きつく先は一つのみ。

だからこそ、私の意思を尊重して加勢させようとしてくれている。

 

「……グラディオがそういうなら。まぁいいけど。……無理するなよ」

 

「うん。分かってるよ」

 

心配性なノクトに微笑んでみればノクトは不承不承ではあるが納得はしてくれたようだ。

 

「行くぞ!」

 

ノクトの掛け声で戦闘の幕が開けた。

 

かなりの苦戦を強いられた。数々の強敵を相手にしてきたノクト達でさえも長期戦に持ち込まれ荒い息ともともに疲弊した体で何とか耐えていたが、かく言う私もかなり体力を消耗した。

 

「……まったく、なんて想いの強さかしら」

 

「レティ、大丈夫か!?」

 

「ええ。大丈夫。まだイケるわよ」

 

「その調子だ」

 

ポン!と軽く肩を叩いてきて励ましてくれたのはグラディオだ。

魔法で倒せばいいと思うかもしれないが、私は自分自身の力でケリをつけたかったんだ。元から備わっている力ではなく、自分で努力して身につけた技で。

 

協力技を駆使しながら戦った結果、メリュジーヌは耳につんざくような悲鳴を上げて光と共に消えていった。

 

「終わった」

 

「………」

 

これで彼女の魂は無事にヴァルハラへとたどり着けることだろう。そこでアルファルド皇子と出会えることを願ってやまない。

 

『――――』

 

「……あ…」

 

最後の瞬間を私は目に焼き付けた。すると、一瞬だけ彼女が微笑んだ気がした。

目の錯覚かもしれない。もしかしたら、私がそうであって欲しいと願った故の幻なのかもしれない。

 

だが、悪い気はしなかった。最後だ。最後だから私は誰にも聞こえない小さな声で別れを告げた。

 

「さよなら、お母さま―――」

 

かつてルシスに産まれ父上に慈しまれながら成長し囲われた鳥籠からそっと抜け出し、人を愛することを学び最後まで恋人だけを信じてルシス王族の家系図から姿を消した幻の王女、ミラはこの世から完全に消え去ったのだ。

 

愛とは愚かで残酷で儚く脆く、それでいてとても尊いものなのだと私は深く胸に刻み付けた。

 

【私は自分の責務を果たす】

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