レティーシアside
私は少しでも未練を失くすため、鍵を彼に託すことにした。
小さい頃から私の居場所だった図書室の鍵。これはすでにこの世で一つしか存在しない。なぜならもう一つの鍵は失われてしまったからだ。……もう片方の鍵は父上が所持していたはずだから。
さて、問題はこれを誰に託すか、だ。
ノクトは……パス。あれで結構ズボラだからすぐ失くしそう。自分で片づけとか一切しなかったしね。いつもイグニスに任せっきり。
グラディオは……アリといえばアリだけど、やっぱパス。きっと本を読む暇とか無さそう。部屋も掃除してくれ無さそうだしね。むしろ鍛錬の部屋になって健康器具とか沢山持ち込みそう。汗臭くなるのは嫌。
プロンプトは……やっぱりご両親が待つ家に帰るわよね。趣味の部屋とかいいかもしれないけど、うーん。ちょっと趣向に合わない。
となると、やっぱりイグニスか。消去法だけど一番彼に持ってもらいたい。整理整頓に関しては誰にも負けないと思う。
ちなみに私の中で捨てるという選択肢は最初から存在しない。
なぜなら、勿体ないからだ。私好みの内装に家具など拘りぬいたそれぞれの逸品はどれも思い出深いものだし、何よりあの雰囲気を壊す真似はしたくない。どうせなら、私がいなくなった後でも誰かに使ってもらいたい。あれだけの本を収められる部屋などそうそうない。私の大切だった場所。
これからも大事に使用してもらいたいから、それを実行して叶えてくれそうなイグニスに渡したいと思う。受け取ってくれるか、分からないけどいつまでも彼に逃げてるわけにいかない。正面から向き合う必要がある。
彼もきっと私にとっての未練の一つだから。
※
緊張感に震えながらも私は彼に鍵を渡した。
「イグニス、これあげるわ」
古ぼけた鍵をぽいっと彼の掌に落とす。怪訝な顔で「これは、図書室の鍵じゃないか」と
私を見やる彼に誤魔化すように笑った。
「別に意味はないのよ。ただ、何となくあげようと思って。……どうか、ノクトを支えてあげてね」
イグニスは頑張って欲しいからご褒美とも言っておこうか。本人には言わないけど。
私の残り香が微かに残る図書室は彼のものになる。ノクトではなく、イグニスだけのもの。……彼の気持ちに応えられない私なりの答え【別れ】。
「私、イグニスの瞳好きよ」
理知的で時に厳しく冴えわたり時に砂糖菓子のように甘くなる。
貴方は最初私と出会った時はどこか一線を退いて観察するように接していたよね。私という人間を見極めるように。きっと幼いながらノクトを支えようと考えていたんでしょう。私が成長したノクトの邪魔にならないかどうか。
そうよね。やることなすこと全て滅茶苦茶だった私に貴方は呆れて言葉も出ない様子だったし。
手を伸ばしてイグニスの頬を軽く撫でる。触れた箇所は熱を帯びていて私の冷たい指先がとけてしまいそうだった。イグニスが自分の手を添えてくる。きっと温めようとしてくれていたんだ。
「真っすぐで曲がったことが大っ嫌いでスッキリしてないと落ち着かないところも、そんなに視力が悪くないのにぼやけているのが嫌で眼鏡に拘ってるとことか」
イグニスの良いところ、悪いとろろ、幼馴染としてたくさん知ることができた。きっと、将来のイグニスのお嫁さんになる人に嫉妬されちゃうくらい、知ってるって自慢できるよ。それくらい貴方の事を知れた時間は尊い。
軍師として、参謀としての貴方を。
ノクトの友としての貴方を。
一人の戦士としての貴方を。
「イグニスはきっと立派な宰相になれるわ。―――わかってる。ノクトのことだから逃げ出そうとするかもしれないけど、そこは先回りして捕まえるのよ。貴方には頼もしい仲間がいるもの。それにルナフレーナ嬢もいるわ」
何か言いかけた唇を指先でそっと抑える。何も言わせないズルい女と思うでしょう。
そう、貴方は何も言わなくていい。自分の心にそっとしまい込むだけでいい。
「きっと世界は救われる」
ルシスの王と神薙という新たな光がこの世界に新しい息吹を吹き込む。
それは前世界へと広がり、いずれ人々の【混沌】はしっかりと成長を遂げていくだろう。何年、何十年、何百年掛けてゆっくりと。
イグニスの口が『君は』と動く。私がどうなっているか知りたいのね。
ええ、私は。
「……私は」
どうなるか分からないから。そう続けようとした言葉を飲み込んだ。
言って何になる。今更変えられることじゃない。
「……ありがとう、イグニス」
泣くのを堪えて無理やりに笑うしかできない。私は泣けないの。
泣くことは許されない。
【この願いは私を縛るものだから】