王の盾次期統領である幼き少年は、決して誰にも打ち明けてはならない秘密を父親から受け継ぎました。
王子と傍仕えである少年と顔見知りとなった頃、まだ少年は姫と顔合わせはできていませんでした。その前にと宰相である父親から別室に一人呼ばれてこう静かに告げられたのです。
『いいか、心して聞け。グラディオラス。レティーシア殿下は我がルシスにとって宝ともいうべき存在だ。決して他国に渡ることがあってはならない。お前はあの子から目を離してはならないのだ。ミラ様の二の舞になることだけは避けねばいけない』
『ミラ?とは一体誰の事ですか、父上』
首を傾げて尋ねてみると、父はふぅと小さく息を吐いて何処か遠い記憶に想いを馳せるようにゆっくりと呟きました。
『ミラ様は、彼女は……レギスの妹姫だ』
『………でも陛下には兄妹がいたとは知らされておりません』
少年は戸惑いながらもそう言いました。事実、国民の誰もがそう受け止めているはずなのに少年は信じられませんでした。ですが父は嘘ではないと顔を横に振りました。
『そうなるよう記憶操作されている。ミラ様の存在は王家から抹消されてしまっているからな』
『……抹消……』
それも全ては陛下の力によるものだと聞かされ少年は、王という存在がどれだけ強大なのかを幼いながらに感じ取りました。まだミラという王女が一体何をしでかしてしまったのかはその時教えられることはありませんでしたが、いずれ話すと暗い顔の父に退出を促され、少年は一礼をして部屋を出ました。気分転換にと王子を稽古に誘い出そうと王子の部屋を目指して長い廊下を歩いていた時、ふと大きな庭先へ視線をやると白いフードを被った子供が宙に浮かんでいる小さな白いモフモフした生き物と顔を合わせて何やら喋っている姿を見かけました。子供の腕には小さなバスケットが下げられていていかにもピクニック行きますという王城の中では考えられないスタイルに少年は目を疑って思わず二度見しました。
『なんだ、アレ』
少年にガン見されていることを知らない怪しい子供とモフモフした生き物は仲良く手を繋いで庭先の奥へと走っていきました。少年は咄嗟に追いかける為、駆けだしていました。どうしてか分からないがとにかく見失ってはいけないと思ったからです。子供の足ながら素早く少年は足音を頼りにズンズンと奥へ進んでいきます。
すると少し開けた木漏れ日が降り注ぐ場所で子供とモフモフした生物は仲良く地面に座り込んでいました。ハンカチを地面に引いて服は汚れないようにしており、手慣れていると少年は木の陰から観察しました。
『クペ見て。頼んで作ってもらったの。今日はいつもよりも量も多めよ』
『スゴイクポ。美味しそうクポ』
子供、どうやら少女らしいその子は声を弾ませてバスケットから出来立ての箱に入れられたマドレーヌを取り出しました。それを用意した紙皿に乗せて分けていきます。モフモフした生き物は頭についているボンボンをぴかっ!と光らせて大き目の水筒とカップ二人分を出現させて小さな手で飲み物を用意し始めました。
『今日はアップルティーソーダ作ってみたクポ』
『うわぁ!それ大好き』
少女は手を叩いて喜ぶとモフモフした生き物は得意げにしてみせて、
『だと思ったクポ』
と頷きました。仲良さげな少女と不思議生き物のやり取りをじっと観察していた少年は意識せずに距離を近づきすぎた所為でカサっと足音を出してしましました。
『誰クポ!』
『っ!?』
モフモフした生き物は声を上げつつ怯える少女を庇う動作をしながら木の陰に隠れる少年がいる方を睨みつけました。先ほどまで薄めだったのに警戒心バリバリに両目を見開いている姿は少し怖くもありました。
少女はモフモフした生き物の背に隠れるように身を縮こまらせて少年を警戒している様子。少年はこれ以上隠れているのは無理だよなと判断して両手を上げながら姿を見せました。
『悪い、邪魔をするつもりはなかったんだ。ただ、怪しい奴を見過ごすわけにはいかないからな』
『怪しい奴クポ!?クペ達が怪しいだなんて酷いクポ!』
ボンボンを激しく揺り動かしながらご立腹なモフモフした生き物は少年を睨みつけました。すると少女が立ち上がってモフモフした生き物を後ろから抱きしめました。
『クペ、いいよ。怒らないで』
『でも……』
『大丈夫』
言い聞かせるようにモフモフした生き物を抱き込んで少女は少年に向き直りました。先ほどまでモフモフした生き物に話していた穏やかな雰囲気とは一変、空気が研ぎ澄まされるような感覚に少年はピリリと肌で感じました。まるで陛下を目の前にしているような印象を目の前の少女から受けるのです。
『貴方の事、クレイから聞いてるわ』
『クレイだって?』
それは父の愛称であり、親しい者しか呼ばせぬ特別の名でした。だからこそ少女の口から出たことに驚きを隠せませんでした。
『クレイラス。クレイラス・アミシティア。貴方の父上よね』
『……父上の名をどうして知っている』
『あの人からよく鍛錬の指導受けているの、わたし』
『鍛錬?……まさか、お前』
噂の脱走姫!と口から出かかって慌てて言葉を飲み込みました。怪訝そうにしながらも少女は気にした様子もなく名を名乗りました。
『初めまして、グラディオラス・アミシティア。わたしは、レティーシア。いずれ、ルシスを出る者よ』
そう言いながら少女はフードに手をやって降ろしました。
深い深緑の瞳と目を奪われるような白銀の髪を持ち、ルシスの宝と言われる姫は堂々たる姿でいずれ王の盾を率いる少年に挨拶をしました。そして、ハッキリと宣言をしたのです。ルシスを出奔すると。
レティーシアは年齢にそぐわぬ自嘲的な笑みを浮かべました。
『きっとクレイの事だから、貴方にはうちあけているんでしょう。問題を起こしたっていう【ミラ】の事を』
『お前、知って』
いたのかと続けようとした言葉は少年の口から続けられることはありませんでした。なぜなら眼光鋭く射抜くような少女の瞳に気圧されたからでした。
『わたしはミラなんかにならない。絶対ならない。わたしはわたしだわ。……絶対この国を出てやる』
姫は憎々し気に少年を睨みつけました。たとえ少女と言えど少年にとって憎悪ともいえるその視線はたじろぐものがありました。圧倒されるようについ後ろに下がってしまうと少女はさっさと手早く広げたものを片づけるとモフモフした生き物の手を取ってポケットから何かを地面に投げつけました。
『クペ!逃げるよ』
『クポ!』
『うわ!?』
白い煙が瞬く間に周囲に立ち上り、少年が驚く隙をついてあっという間に姫とモフモフした生き物は少年の前から逃走しました。少年が咳き込みながらも辺りを見回した時にはすでに少女たちの姿はなく、なんだか複雑な気持ちにさせられた少年は、仕方なく父に報告する為再び王城の中へと向かったのでした。
※
それから数日後、少年は陛下自らの指示により姫の護衛を務めることになりました。本来王子の護衛として勤めている所、王子と親しくしていることもあり年の近い姫にはどうかとのクレイラスの推薦により叶った事でした。
初めてとなる部屋での顔合わせでは、それはそれは愛らしい姫らしく振舞う姫がいました。ドレスの裾を抓み、完璧なカーテシーを披露した小さな姫は歓迎の意を示しました。
「初めまして。グラディオラス。レティーシアよ」
「お会いできて光栄です。レティーシア殿下」
恭しく胸に手を当てグラディオラスは自分よりも背の低い姫に対して頭を垂れた。
心の中では猫かぶり姫だなと愚痴っていました。
「わたしの護衛役を務めてくださると陛下より伺いました。これからよろしくお願いします」
「身に余る光栄です」
お互い笑みを浮かべること数秒、演技は終了と姫の方から音を上げました。
「………つかれた。今日はお姫様負終わり~。じゃわたしはこれにてさよなら」
「待て」
ですが逃げようとする前に動いたのが少年でした。遠慮なしに麗しの姫の後頭部を掴んで逃がすまいと押さえつけます。
「いたい!変態!」
「変態じゃない。何処に行くつもりだ」
「わたしの癒しルームよ!」
「引きこもりの間違いだろ」
ジタバタと暴れる姫でしたが、身長差+力の差は歴然で逃げることできませんでした。少年はやっぱりこっちが素だよなとため息をつき、色々と問題児な姫の世話に不安を抱かずにはいられませんでした。根性で諦めずに逃げようとするので最終的に担ぎ上げて部屋で大人しくお勉強をさせにいきました。
これから少年の苦労の絶えない日常が始まるのです。
【腐れ縁ってやつ】