いつもいつも小さな姫は家庭教師から逃げていました。学ぶ事は嫌いではありません。ですが押し付けるような無理やりな教え方に姫は幼いながらも辟易していました。要は家庭教師と反りが合わなかったのです。その度に部屋を飛び出しているのでいつも脱走姫が逃げたー!と城内は大騒ぎでした。毎度毎度の事でしたが、小さな姫を捕まえる役目は王の信頼深い臣下である不死将軍と呼ばれる男でした。彼の身分からすれば姫の捜索に自ら関わる事などあり得ないのですが、彼自身姫の事は産まれた時から守って見せると心に決めていたので何かと小さな姫には心砕いていました。
「コル将軍、あのまた姫様が……」
「……分かった。オレも捜索に参加しよう」
申し訳なさそうに謝罪する姫専属のメイドを手で制して将軍はふぅとため息をついてから城内を捜索することにしました。いつも姫を捕まえるのは将軍の役目のようなものになっているので、他の者から姫様を捕まえるプロ!とまで称賛されていました。本人はそんな気はまったくなく、姫の行動パターンを予測するといつもそこに隠れているというパターンが何回かあっただけなのですが、他の者にはやはり不死将軍は目の付け所が違うと尊敬を集めていました。
「さて、今回は……」
前回は図書館の中に逃げ込んで籠城していたように思えたが、王から借りた鍵で中に突入すればそこには身代わりのクペしからおらず姫の姿は何処にもありませんでした。フェイクか!?と焦った将軍でしたが、厨房で馴染みのシェフに餌付けされて捕まっていた姫を見つけた将軍はずる賢いのか間抜けなのかつい頭を抱えてしまいました。
今日は一体何処に隠れているのか。それとももう誰かに捕まっているのか、はてさて検討はつきません。
とりあえず姫の行動パターンを推察して時計に目をやるとそろそろおやつの時間なのでお腹を空かせている頃かと思い、厨房へ向かいました。ですがそこには姫の姿はおらず、シェフもおやつ(トラップ)を用意して待っていたようでしたが、まだ来ていないと首を横に振りました。
「分かった。姫が来たら足止めを」
「了解しました」
シェフにそう頼んでから将軍は今度は中庭の方へ向かいました。前々回はここでサヴァイバルと称して顔中にペイントをして木の上に隠れていたところを発見しました。降りられなくなっていた所を無事に見つけられて姫はほっとしていました。一体どうやって上ったのか尋ねるとイフリートに上げてもらったと姫は答えました。将軍は姫を担いだまま、あまり召喚獣にお願いするのは控えるよう姫に進言しました。姫は小さく首を傾げて「なんで?」と尋ね返しましたが、将軍は曖昧に誤魔化してとにかくやめて欲しいと伝えました。姫はむぅと唇を尖らせて納得してなさそうでしたが、強面の将軍に怒られるのが嫌なのでとりあえず「わかった」と渋々頷きました。
姫は召喚獣と共にあることを自然であると受け止めていますが、将軍からしてみれば召喚獣らの存在は神に等しい存在であり、決して雪遊びしたいから雪を降らせてと頼むような存在ではないのです。姫は当たり前のように彼らと接していますが、それが恐ろしい事と思わないことが将軍にとっては恐ろしいと思っていました。特別な存在であるが故に、今後姫の身に何か起こるのではないかといつも不安に駆られるのです。
「ここも違うか」
姫専用の図書館にも寄ってみましたが、もぬけの殻で誰もいませんでした。思いつく当たりの所を訪ねてみましたが、皆姫の姿は見ていないと首を横に振るばかり。これはいよいよ焦って来た将軍はふと思いついたある場所へ向かいました。
そこは、普段なら足を踏み入れない場所でした。
限られた者しか立ち入ることが許されない王家の者が死後眠りにつく場所、墓地でした。歴代の王は専用の棺に葬られますが、その家族は王家専用の墓所に埋葬されます。そこに真新しい墓石がありました。ある衝撃的な事件により命を落としてしまった、王子と姫の母である王妃が眠る墓でした。
将軍は王妃の墓の前で座り込む小さな背中を見つけました。
「…姫…」
姫は将軍が来たことに気づかずに小さな声で墓石に話しかけていました。
「母上、あのね。今日はクレイとね、しゅぎょうしたの。わたし、泣かなかったよ。ほんとうはね、うでに怪我しちゃったの。でもわたしクレイに嘘ついて大丈夫だって怪我なんかしてないからもう一回お願いってたのんだの。……泣かなかったよ、母上……。わたし、…えらい?……ははうえ、わたし、ないてないよ。母上に会いたいけど、ないてないよ……、えらい?」
姫のか細い腕には鍛錬の時に負った怪我がありました。ですが姫は痛みを堪えて鍛錬続行を続けたようです。
弱音を吐かない為に。いや、弱音を吐けないのでしょう。
姫は、幼いながらに自分の立場を嫌と言うほど理解しているのですから。
声を震わせて小さな姫は肩を震わせて墓石へと顔を体を擦りつけました。目を閉じて身を寄せるように姫は「はは、う、え」と泣きそうな声を出して。
「………」
将軍は胸が締め付けられそうでした。幼いながらも我慢を強いられ痛みを堪えて小さな体で大の大人相手に鍛錬をするなどとても考えられませんでした。ましてや、彼女は大切にされるべき姫。たとえその身分が偽りであろうと将軍にとって姫は守るべき大切な人でした。ですが何と言って姫に声を掛けようかと悩みました。変な所で将軍は不器用でした。
ですがその前に、姫が先に将軍に気づきました。
「……だれ?……コル……」
「……姫、随分とお探ししました」
将軍は先ほどの事は見ていないフリをしてゆっくりと姫に近づきました。姫は墓から身を離すと将軍に一旦背を向けて乱暴に目元を手の甲で拭いました。そして再度将軍の方へ向き直りました。姫の目は真っ赤に充血していましたが、将軍が指摘することはありませんでした。姫の前で歩みを止めて片膝ついて姫と視線を合わせその両肩に手を置いてできるだけ安心させるように話しかけました。
「今日は遠くまで来られましたね。御一人で迷われませんでしたか?」
「大丈夫。わたし、一人で来られたよ」
どこか得意げに目を細めて笑みを浮かべる姫はやせ我慢をしているように見えて将軍は逆に辛く感じました。
大人相手ばかりの環境で姫は必死に背伸びしていて、本来なら褒めるべき王の言葉を直接向けられることもない。
だから一人で亡き王妃の墓前までやってきて、一人で泣こうとする。
「…姫…」
どうしてこのようなことになってしまったのか。
将軍はついぞこらえきれず小さな体を抱き寄せました。
「わっ!」
自分の腕の中でぽっきりと折れてしまいそうな小さな命を愛しいと思い、その存在に救われていると同時にただ抱きしめることしかできない自分が歯がゆく、何の役にも立てないことに将軍は自分に対して憤りを感じていました。
「コル?どうしたの?……どこか痛いの?」
姫は突然抱きしめられ驚いてしましたが、痛みで震えているのかと勘違いしました。自分の腕の怪我よりもコルを治さなきゃと姫は細い腕をコルの首に回して
「痛いの治してあげるね!せーの!ケアル」
と治癒魔法を唱えました。みるみる内に温かな光に包まれる将軍は姫の幼気な姿に尚更胸が詰まる想いでした。
「………」
「コル、痛いの治った?」
「……もう少しだけ、このままでもいいでしょうか」
「やっぱり痛いんだ。いいよ。痛いの飛んでくまで撫でてあげる」
姫はそう言って将軍の後頭部に手を伸ばし優しく撫で始めました。
「痛いの痛いのとんでけ~!」
そう言いながら再び将軍の為にケアルを唱える姫は自分の腕よりも将軍を優先し続けました。
誰よりも辛いはずなのに他人を気遣う姫の優しさに触れて、なお将軍の心はやるせなさに溢れました。
この優しき姫を何が何でも守り通そう。
将軍は胸に固く誓いました。
自分の命に代えても、姫を守れるのなら本望である。王を守るはずの男は、この時姫の為なら命すら捨てる覚悟を決めました。
王への忠誠心とは別に芽生えた一つの感情。
それは将軍にとって初めての意地でもありました。
失った恋を偲ぶよりも今目の前にある掛け替えのない命を守り切ろう。何があっても。
それから将軍の表情が幾分か柔らかくなったと部下の間で噂されるもはもう間もなくのことでした。
【貴方を守る】