オレには同じ歳の妹がいる。産まれた時からずっと一緒で、離れたことはなかった。
それは大人になっても続くものとはさすがのオレの考えちゃいない。お互い別々に人生を歩むことは、王族の責務としてわかっている。
でも、こう、漠然としているというか想像できなかったんだよな。
オレと、レティが別のパートナーといるところが。
オレがルーナと出会いある約束をする前よりも、オレにとって女の子ってイメージはレティだった。ルーナもそりゃ、小さい頃は天使のような可愛い子だったし守ってあげたくなるような印象だった。
でもレティは違ったんだ。
アイツは、ある日を境に仮面を被るようになった。
それは、父上と会話をし終わって部屋に戻ってきてから。
ぐじゃぐじゃな顔に涙を零してひっくと嗚咽を繰り返し、椅子に座るオレを見た途端、勢いよく飛び込んできた。
『どうしたの?レティ!』
オレは、滅多に泣かない妹の様子にただただ困惑するばかりで、なんとかして落ち着かせようと頭を撫でたり、涙を袖でゴシゴシとふき取ったり、ぶにゅっと両手でレティの顔を挟んで笑わせようとした。けど全然効果なしで、オレはレティの気が済むまで泣かせることにした。オレを求めてしがみ付くレティを抱きしめて背中をぽんぽんとリズムよく叩いた。
大丈夫、大丈夫だよと言い聞かせて。
ようやっと落ち着いたレティは顔を上げて真っ赤に充血した瞳で信じられないことを尋ねてきた。
『………ノクトは、わたしのこと、きらい?』
まさに青天の霹靂。天地がひっくり返ろうがありえないことだった。
『なんで!?僕がレティのこときらいになるわけないよ!』
だから逆にオレはレティの肩を掴んで大声で返した。するとレティはまたじんわりと涙を浮かべて、
『…………ノクト……』
とか細い声で縋りついて泣き出した。
声を押し殺して、何かに耐えるように。
オレは、レティがどうしてそんなことを聞いてきたのかが不安でたまらなかった。一体親父と何を話したらこんなことになるのか、全然わからなかったからだ。
それから、レティは変わった。
勿論、母上やオレやイグニス、グラディオほかに気心知れた人間の前じゃ普段の素を出す。けどそれ以外の人間の前じゃ、レティーシア・ルシス・チェラムという王女になった。誰もが求める鏡たる王女を。レティは完璧に演じてみせた。
それはある程度の年齢に達した頃には国中の国民から愛しまれる存在となっていた。
公の場で顔を出す時の完璧な誰からも愛される王女。滅多に城から出てこない儚いお姫様。クリスタルの恩恵を受けし娘。
オレには、意地を張っているようにしか見えなくて苦痛だった。
それに一番の変化は、泣かなくなったこと。
親父との会話を境にレティは泣かなくなった。
それこそ、母上が死んでからも。泣くことを、やめた。
国葬で母上との最後の別れで、レティは眠る母上の好きな花を一輪そっと胸元に置いて「ありがとう」と小さく呟いた。国中の誰もが涙に暮れる中、レティそして親父だけは毅然とあり続けた。その後、オレが母上を失った悲しみに打ちひしがれる時も、レティはオレを励ましてくれた。傍にいて寄り添って、親父がいない分を補ってくれた。
レティがいてくれたから、今のオレがあると言っても間違いはない。
車の免許が取れた時だって親父から『レガリア』を送られ、さっそくのドライブに一番最初に助手席に乗ることに名乗りを上げたのだってレティだ。
普通なら怖がるはずなのに、ノクトの初はいただき!なんて馬鹿っぽく言っていたが、オレの緊張を和らげようとしてくれていたんだと思う。レティの飾らない優しさが好きだ。
滅多に外出許可が下りないレティだけど今回は特別に護衛をつけての初ドライブ。
「で、なんでそれがイグニスとグラディオラスとプロンプトなわけ?」
後ろの真ん中の席で不満そうな顔をしてレティは運転席に収まるオレを睨みつける。ルームミラー越しに見えるギラギラとした睨みにあえてオレは気づかないフリをした。
初ドライブに五人も乗せて運転しているのに、妹の機嫌を浮上させる余力はなかったからだ。
イグニスが毎度のため息をつく。
「仕方ないだろう、まさか王子と王女二人だけでドライブさせる許可が下りるとでも思ったか」
「思いませんけどねスイマセンねバカな王女で」
「さっすがノクトの車。高級感半端ない!ねー姫」
「庶民は黙って飴でも舐めてなさい!」
「むっ!」
レティはそう言ってプロンプトの口に飴を放り投げ、プロンプトは喉に詰まらせたようだ。バシバシと暴れている。グラディオは大人な対応で二人をたしなめた。
「静かにしろ。二人とも。ノクトの運転ミスがオレたちの命の危険につながるんだ」
「「はーい」」
途端に借りてきた猫のごとく大人しくなるレティと涙目になっているプロンプトにオレは思わず突っ込んだ。
「おい」
「くくっ」
イグニスが小さく声に出して笑った。
その後、少し城から離れたコンビニで休憩を済ませている時、イグニスたちは中で軽くレティから買い物を頼まれて入店していた。その隙をついてレティは後部座席から助手席に乗り込み、
「ね、出して」
「は?」
「いいから出してってば」
「何って」
きわめつけはこの上目遣い。…意図してやっているのか?いやレティに限ってそれはない。小悪魔女子ではないはずだから無意識だ。……これはオレが兄だから効果があるのであって、他の男の前では効果はあらわれないはずだ。仮に効果があったとしてもやらせるつもりはない。絶対ない。断言してやる。絶対、ない。
「お願い!」
妹の突然のお願い攻撃にオレは仕方なく車のギアを入れた。後で怒られるなと内心ため息の嵐だったが。レガリアが発進したのをコンビニのガラス越しから確認したイグニスたちは驚愕しながら飛び出してきたがオレたちの動きが速かった。
ミラー越しに小さく映る仲間の姿を見て、オレはレティに
「一緒に怒られろよ」
というとレティは
「わかってるよ」
と興味なさげな声で横目に広がる外の世界を楽しんでいた。
※
どうせすぐに捕まると思った。本来であれば許されないことだが、滅多にないレティの願いだし、外に出ることも許されない身を哀れに思いオレはアクセルを踏んだ。
そして、ある高台の所で止まり、レガリアから降りるオレとレティ。
もう夕暮れ時でオレのスマホはレティから電源をすでに落とされていたので何も映らない。きっとアイツら、特にイグニスは鬼の形相でいるに違いない。
少し、肌寒い風が吹く中、オレの隣に並んで立つレティの銀髪が夕暮れに染まって風に揺られていた。レティはそれを手で押さえていて、オレはその瞬間を綺麗だと見惚れてしまった。
「ノクトと一緒に来たかったの」
「アイツラなしで?」
「うん。この閉ざされた世界を見に」
「………そうなったのはアイツラの所為だ」
帝国ニフルハイム。
オレたちの元々の国土を奪いやがって。虎視眈々とクリスタルまで狙っていやがる。
オレは吐き捨てるようにそう言った。
「……ノクトは王様になるんだよね」
「……いずれは、だろ」
「……私は、ノクトが王様になるのを見られるのかな」
「なんだそれ」
夕暮れを見るとノスタルジックな気持ちにさせられる。レティもそんな感じなんだと軽く受け止めそろそろ帰るぞとオレはレティの腕を掴んだ。
「ノクティス」
久しぶりに愛称ではなく、名前で呼ばれオレは驚いて一瞬固まった。
レティがオレと視線を合わせた。
「私、いつかこの国を出るよ」
「………え……」
両目を細め、朗らかに微笑むレティと、さっき言った言葉が合わな過ぎてオレは言葉を失った。ただレティを見つめることしかできなかった。
レティもそんなオレの様子に何も言わずにいた。
オレはどうせ聞き間違えたんだと思ってレティに聞き直そうとした。けどそれよりもオレ達が見つかる方が早くて気が付けばぐるりとオレたちの周りを親衛隊に包囲されていた。
「王子、王女。御無事で何よりです」
「…げっ…」
まさかの親父の側近である、コル・リオニスまで出てくる騒ぎになっていたとは。周りが騒然とする中、レティが毅然とした態度で言った。
「迷惑をかけました、コル・リオニス。私達は無事です。今回の騒ぎは全て私の独断でありノクティス王子は無関係です。父上にはなんとご報告していますか?」
「陛下には、ありのままを」
コルはそう言って頭を下げた。
レティは一つ頷いて
「わかりました。私が直接父上にご報告と謝罪をいたします。連れて行っていただけますか」
と手を差し出した。コルはレティの手を取って「承知いたしました。…失礼いたします」と言ってレティを別の車へと誘った。
「あ」
反射的にレティを止めるためにと伸ばしたオレの手。
「ゴメンね、ノクト。後はゆっくり休んで。楽しかったよ、ドライブ」
レティは少し表情を緩めて笑みを浮かべていうと黒塗りの車へと乗り込んだ。オレは呆然と突っ立って彼らを見送った。ぽんと軽く肩をたたかれて振り向けば、
「ノクト、覚悟はいいか」
「…………」
ずごごぉぉぉおと鬼の形相でイグニスが立っていてその後ろで、「ドンマイ」と憎たらしくエールを送るプロンプトと苦笑しているグラディオが目に入った。
口元をひきつらせながらオレは、
「一応言っておくが、レティも同罪だからな」
と言い訳してみたが、こってり絞られた。文句の一つでも言ってやろうとレティの部屋へと向かったが、そこには護衛の人間が仁王立ちしていてオレの入室は認めないと言いやがった。親父がレティにしばらく謹慎を言い渡したらしい。
オレも食って掛かったが、オレの言い分など認められるはずもなく、すごすごと自室へと帰った。それよりは2週間近くレティと会うことはできずに、オレは苛立ちと心配のあまり部屋のモノに八つ当たりしまくるという行動を繰り返してはイグニスに叱られていた。
だがどうにも収まらずついにレティ謹慎解除の日に、朝から朝食も食べずにレティの部屋に飛び込んだ。
「レティ!」
てっきり、憔悴しきっていると思ったオレの考えは見事裏切られた。
「………ほが……」
レティはベッドで涎垂らして幸せそうに寝ていたのだ。
「…………」
オレは無言でつかつかと歩み寄って、鼻をつまんでやった。
「フガッ!?」
「起きろ、レティ」
「へ、な、なに?!……ってノクトか……、もう邪魔しないでよ」
不機嫌そうな顔してそういうレティにオレの血管はブチ切れそうだった。
「何がじゃないだろ!?」
「うるさいなー、寝不足なら一緒に寝れば」
「あ?」
腕を引っ張られオレはレティのベッドにダイブ。抗議の声を上げる前にレティに抱き枕化させられてオレは怒る気力がそがれ、暢気に眠る妹の寝顔を見ていたら、つられて欠伸が出て結局そこでまたひと眠りした。
一緒に眠る姿を目撃したイグニスにまた叱られた。
【だって仕方ないだろ、あんな顔されちゃと言い訳してみる】