レグルスの子供たち   作:サボテンダーイオウ

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蛙の子は蛙。

少女にとって見える世界は愛しい家族と兄が見せる城からの限られた景色、そして召喚獣が教えてくれる膨大な歴史とありとあらゆる知識だけ。

その病弱な体には枯渇することない魔力と召喚獣から愛されるという産まれながらにしての印があった。その証拠として少女の髪は輝くような銀髪。

少女には他は必要なかったのだ。少女もそれが当たり前と信じて疑わなかった。

守られることが普通で囲われることが普通で、外の世界を知るということも考えも思いつかなかった。でもそんな少女の生活とは違い、外の世界では目まぐるしく情勢が変化していた。日に日に世界地図が塗り替えられていく中、少女はふと、考えた。兄はどんな世界を見ているのだろうと。最初はほんの興味本位だった。ただ、兄がどんな風に外で過ごしてくるのか知りたかっただけ。だから少女は手始めに周りの世話をしてくれるメイドに尋ねた。

 

「兄さんは外で何をしているの?」

「お兄様は立派に父君の跡を継ぐに相応しき行いをなさっております。この間の戦も立派に勝利しておいででしたよ!」

 

兄が戦で戦っているのは知っている。そうではなく、なぜ兄が戦うのかが知りたかったのだ。戦わなくては、兄と共にいられる時間が多くなるというのに。だから今度は仲のいい召喚獣に聞いてみた。

 

「なぜこの国は争わなければならないの?」

『それが人の性という者なのだ。我らにとって一瞬はほんの瞬きでしかない。だが人の生は生死を繰り返し自分の血を後世に伝えるべく生き残りの争いを繰り返す。それが種の存続というもの。国が潤えばそれだけ欲も溢れる。抑えきれないほどに。故に、他国を侵略し、領土を奪いさらなる富と幸福を得ようとする。それも種の存続に繋がるのだ』

 

召喚獣の長たる言葉は少女にさらなる疑問を抱かせた。自分たちの国も種の存続を願って戦っている。ならば相手も同じことではないか。

両国が協力し合えば戦うこともいがみあうこともなくなるのではないか。

 

少女は戦から帰ってきた兄に直接尋ねてみることにした。

 

「兄さん、兄さんはどうして戦うの?」

「国の皆が幸せになるように、お前が悲しまなくてもいいようにだ」

「でもそれじゃあ戦った相手が悲しんでしまうのではないの?」

「それが戦というものなんだ。……いずれお前にもわかるときが来る」

 

兄の言葉は少女に疑問を解決するにはいたらなかった。だったら相手に聞けばわかるはず。少女は相手側に話を聞いてみたいと思うようになった。

普通ならば不可能とされることも少女はいとも簡単にやってのけた。

いや、召喚獣の力を借りたと言った方が正しいだろうか。

危ないと止める皆に無理言って連れて行ってもらった先が、敵地のある名もない花が咲く郡生地だった。

 

そこである任務をおっていた敵国の一兵士と少女は出会う。

 

男は少女に武器を向け、何者だと問うた。

少女は彼に貴方はだれと尋ねた。

 

二人の出会いはそれが最初だった。

それから男と少女は出会い続けた。

 

最初は警戒心の強かった男も、あまりの少女の世間知らずなところに毒気を抜かれ、しだいに普通に接する様になっていった。少女もまた、男との語らいの時間を心待ちにしていくようになった。誰にもばれないよう、ほんの限られた時間の中で、二人は語り合い、時には言い合いをし、時には笑い合い、時にはじゃれ合いもした。

 

いつしか、二人は心を通わせあい惹かれあう仲となった。

 

この名もない花の群生地で会おう――

からなず会いに行く。

 

――かならず、会いに行くわ。

 

それが二人の約束の証。

この場所が二人にとっての秘密の待ち合わせ場所。それは数年もの間、ひそかに誰にもばれることなく続いた。少女はいつしか、美しき女性へと成長しそして男も将軍職に就くほどに強く逞しく理知的な男へと変貌をとげた。

 

お互いに結婚を意識しだすような歳となっていた頃。周りからは見合いなど勧められもしたが断り続けていた。想いあう二人はともにある未来を夢見た。だが自分たちの関係は極めて不安定な状態にある敵国の将と他国の身分ある娘。

 

女は、男に自分の身分を明かした。今までそれとなく詳細などははぐらかしてきたがもう黙っているのは心苦しい、何より自分に様々なことを教えてくれた男に対して申し訳ない気持ちもあり、女は男を深く愛していたのだ。

自分の人生を捧げてもいいと思えるほどに。

男とて、最初は驚きこそすれど、女への愛は以前よりも増して深くなった。真実を明かしてなお自分への愛を伝えてくる真摯な女を愛しいと、

 

共に生きたいと強く願うようになった。

 

だが二人の前に立ちはだかるは敵国同士という壁。他にも障害はあった。

だからこそ女は争いをやめさせようと男に提案をした。生きるために互いがせめぎ合うのではなく生きるために協力すべきだと。

男は女の提案に難色を示した。あまりに現実味を帯びていないからだ。だが女の強い意志と説得にしぶしぶ頷いた。

何もやらないでやるよりは何かした方がいい。

二人はそれぞれ理解を示してくれそうな相手を選び内密の相談として説得することにした。兄は妹の突拍子もない話に驚きはしたものの、現実にそれが可能となるのならばどんなにすばらしいことか。

兄はまずその男の覚悟を試してみることにした。むろん、妹には内密にことを進めて男には事の詳細を直接伺いたいと内通を送り、男が指定する場所へと兵の大軍を引き連れて兄は向かった。

男は名もなき花の群生地で一人佇んでいた。だが大勢の兵の数とそれを率いる恋人の兄の姿に目を見開いて驚きはしたものの、ひどく冷静だった。

 

兄は、内心驚きながらも男に降伏を促した。

妹はここには二度とこない。アレは国から出ては生きられぬ定めなのだと。

 

だが男は女は必ずここに来ると迷いなく告げたうえで、一人の将軍として祖国を裏切ることはできないと断言した。男は忠義に熱い心根だったのだ。

兄は男のまっすぐな態度に強く感銘を受けた。だから兄は男に突然一騎打ちを申し込んだ。

 

勝てば、妹との仲を認める。

負ければ潔く妹のことは忘れ、立ち去れ。

 

そう言い放った兄に対して男は了承した。

 

男は負ける気など毛頭なかったのだ。愛しい恋人の為、その兄に認めてもらうチャンスを逃すまいと決めたのだ。

 

男と兄は面を向かい合い、互いに武器を取り出した。

二人は互角以上の戦いを見せた。能力的にもどちらも引けを取らない見事な腕前。だがそれは男の知らぬところで見事に計略された敵国側の罠だった。

跡取りとしての兄の命を奪わんと虎視眈々と男の後をつけていたのだ。

 

兄を殺さんと撃ち込まれる銃弾の嵐のような攻撃。その一つが今まさに兄の体に撃ち込まれようとしていた時、男が兄を庇い負傷した。兄はどうして庇うと信じられない顔をした。

男は恋人の家族を傷つけるつもりはない。彼女を悲しませたくないと言った。

 

兄は男の行動に感謝をし、共に国に来いと誘った。妹も待っていると。

なにより、今の状態で国に帰ったところで裏切りの烙印を押されることは目に見えていなた。

 

だが男はその誘いを断った。

 

自分は将軍であると同時に祖国に忠誠を誓っている。たとえどのような結果になったとしても陛下への恩義に報いることはできない。自分なりのやり方で陛下に進言してみる。だからどうか妹に自分を待っていてほしい、必ず戻ると伝えて欲しいと言い残し、男は呼び止めも聞かぬまま、立ち会ってしまった。

 

兄は国に戻り、真実をありのまま妹に伝えた。

妹は悲しみのあまり泣き崩れた。だが男の言葉を信じて待つことにした。

 

男は約束をたがえたことがないからだ。

だから女は信じていた。

 

あの約束の地、名もなき花の群生地で男が迎えに来るのを待ち続けた。

 

何日も、何日も。

だが男は現れなかった。

何日も、何日も。

 

女は心労が重なり倒れ込んでしまう。同時に、自分の体の変化に気付いた。

 

身ごもっていたのだ。恋人との新しい命を。

女は産まれてくる子供の為に男の帰還を信じた。信じるしかなかった。

 

どうか、無事で。

 

だが、ある時女の耳に恋人の訃報が入った。

 

裏切りの将軍としてつるし上げられ、処罰されたと。

 

女は信じられないと涙を流しながら発狂し、部屋を飛び出て約束の地へ向かおうとした。だが使用人たちに抑え込まれベッドへと連れ返されてしまった。女はどれほど泣き叫び、求め続けたか。

 

死んでなんかいない!彼が死ぬなんてありえない!!

 

だが真実は無情にも変わらなかった。

恋人は死に、自分の腹には、子供が宿っている。

 

女は兄を心の底から恨んだ。

 

なぜ彼を無理やりにでも連れ帰らなかったのか!?

そもそも卑怯な真似を最初にしたのは誰だ!あんなことをしなければ、しなければぁぁあ。

アンタが、アンタがあの人を殺したのよぉぉ!!

 

罵詈雑言を実の兄にぶちまけるように口々に叫んでは、返せ、返せと弱弱しくすすり泣いた。

 

それからだ。

女が気が狂い始めたのは。恋人の幻を見るようになった。夢の中に愛しい男の姿を求め、現実を嫌い、眠る日が多くなった。起きている時でさえ、まともに会話すらも成り立たないほど女は衰弱していった。兄はなんとかして妹に現実を向かせようと努力した。

だがどれも無駄に終わった。妹はすでに兄を兄として見ていなかった。

恋人の敵としてしか認識していなかったのだ。

 

そして女は夢に溺れることを選び、代償として自分の命を払った。

腹から産み落とされた赤子は母親に抱かれることなく産声をあげた。

 

そして奇しくもその妹が亡くなり、赤子が産まれたのは、王である兄の息子が生まれて数日後のことであった。王は心底悔いた。

あの時、男を試す真似をしなければ男が死ぬことも妹がおかしくなり死を求めてしまうことも、この赤子から両親を奪うこともなかったはずだと。

 

王の妻はその妹の赤子を育てると言って王を驚かせた。

 

その子を育てるには自分の子供として受け入れる。

だから貴方もそう考えて欲しい。

 

王は罪滅ぼしのようにその赤子を引き取り名を与え、王女として愛しもうとした。だが日に日に成長していくにつれ、嫌でも思い知らされる。

 

娘の姿が幼いころの妹とそっくりなことに。見た目だけではない、その力さえも彼らに愛されている証拠。

 

そして自分が恐ろしくなった。

いつかまた同じ目にあわせてしまうのではないかという恐怖心に駆られるのだ。

王は、おそれ娘と距離を置くようになった。

愛しているからこそ、失いたくないというもっとも人間らしい矛盾した感情に動かされて。

 

『父上、父上、どうしてわたしは皆と違うの?』

 

いつかは聞かれると思っていた娘からの問い。

 

ついに来た。その時が。真実を打ち明けるべきか。

いいやまだ幼い娘にあまりに酷なこともしたくない。健気で愛らしい子。

いつしか実の娘のように想えるようになった、目を離さぬよう常に人をつけ城の外へ出さぬようにした。全てはこの子を守るため。

 

だがよくよく考えてみれば、自分は同じ時を繰り返そうとしているにすぎないのでは。

たいせつだからと閉じ込め、この子自身の成長を妨げようとしている。

学ぶべき世界を奪ってしまっている。

これでは妹の二の舞になる。

 

そう危惧した男は娘の為に父ではなく、王として振舞うほかなかった。

 

『お前が私の娘ではないからだ』

 

幼い子供でもすぐにわかる、だろうその雰囲気と瞳と態度が真実を語る。

娘は何も言わずに逃げるように後ずさって部屋を飛び出した。その背を黙ったまま見送ることしかできなかった王は、再び『父』の顔に戻り、こうすることでしかあの子を守れぬ、みじめさを恨み、呪った。

 

償いもする、相応の罰も受けよう。

どうか、あの子がこの辛さを乗り越えて生きるよう、妹のように夢に逃げるのではなく、生きる力を学んでほしい、自分の力で。

 

そう願うほかなかった。

 

恨まれること承知している。本来の娘が得るはずだった幸せを奪ったのはほかでもない、自分なのだから。

 

王は徐々に可憐で美しく成長していく娘に必要以上に関わろうとはしなかった。

娘も同じように王との関わりを拒んでいた。

 

王は、時折、父に戻り娘の身を案じていた。

娘の誕生日にはあえて名乗らずプレゼントを毎年贈り、風邪や病気で寝込んでいる時はベッドに魘される娘の手を取り励まし続け、本を読みたいと願う娘の為に専用の部屋を造り、生きる術として武術を学びたいと願えばそれにふさわしい服や、防護などを一式そろえ、息子の卒業式に出たいという要望にも数十名の親衛隊を共につけ送り出し、ドライブでの件も謹慎という形で許したり、

娘の知らぬところで王ではなく、一人の父としてできる限りの優しさと愛情で守っていた。たとえ、その真実に娘が気づかなくとも、王は構わなかった。

 

妹の未来を奪った代わりに、

娘の未来を守れたならと。

 

そして、ついに別れの時はやってきた。

レギスに呼び出されたレティーシアは玉座に座る王に一礼をし顔を上げた。

 

「御呼びだとお聞きしました。何か御用でしょうか」

「ノクトの結婚式に同伴しろ」

「……お言葉を返すようですが、陛下。私はこれまでまともに城も出たことのない常識ない身。そのような者に大役は務まりません。どうぞ、私以外の者を」

「勅命だ」

「………謹んで承ります…」

 

ドレスの裾を抓み深く一礼し、レティーシアは表情を変えずに部屋を退出した。

だがその後、自室にこもったレティが氷魔法を連発して自室を氷の世界にしたらしいとの話を聞いたレギスは、なんとも過激なことをと苦笑しながら父の顔に戻っていたという。

 

娘の成長を陰ながら見守ってきたレギスは、感慨深く想う。

 

大きくなった、ついにこの籠から飛び去って行く時がきた。

まるで昨日のことのように思い出せる。

レティーシアが産まれて自分の腕の中に納まってしまうほどの小さく可愛らしい赤子が、年月とともに美しい女性として成長し、自分の手元から羽ばたこうとしている。

ミラと似ている容姿だが、中身やちょっとした仕草は自分と妻に似ているところがある。

無鉄砲なところ、負けん気が強いところは自分に。

決して自分に向けることはない写真で見た笑っている時の顔、怒るときの眉間の皺の数、他にもふとした仕草に妻の面影を感じた。

血の繋がりは、ある。だが本当の娘ではない。

だけれども、心から感謝する。

 

レティーシアが自分の娘になってくれて良かった、と。

 

直接伝えることはもうないはず。ノクトを送り出す日がやってきた。ノクトを支えるに頼もしい仲間の姿にかつての若かりし頃の自分と掛け替えのない友人たちに姿が重なってまぶしかった。その中の唯一の花。共に同行することになっているレティーシアは億劫そうな態度を隠しもしなかったのには、思わずバレないように笑みをかみ殺したものだった。

 

『…どうか、息災でお過ごしください。父上』

 

二度と戻る気はない。言わずともレティーシアの表情を読み取ればすぐわかる。

 

ああ、それでいい。お前は戻らなくてもいいのだ。

お前の世界を探しに行け。

世界は広いのだ。きっとお前が求める世界がある。

だが、もし、お前が本当の居場所に気付けたのなら妻に報告してやってほしい。

 

【ただいま】、と。

 

そして、最後の見納めと愛しのレティを両目に焼き付けるように見つめ、ゆっくりと声に出した。

 

「……ああ、お前も、な」(どうか、無事に)

 

視界が涙で緩んだが、悟られぬようレティーシアから顔を背けた。ほどなくしてノクトたちは出発した。策略に蝕まれた結婚式へと。

 

私は、王として最後の責務を果たす。

この、ノクトが帰ってくるであろう、インソムニアで。

 

【伝えきれぬ想いを娘に】

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