そして、彼の女神。
小さな欠片を宿し新たな女神はしばしの目覚めを、王の最後を見届けた後(のち)、また深き混沌【心】へと還るであろう。
人として、生を享け、喜び、悲しみ、切なさ、怒り、寂しさ、嫉妬、憧れ、恋情、慈しみ、愛。
人が人たりえる理由を学び、受け入れ、混沌【心】を力とし、いつの日にか、母なる女神へ相見える日まで――。
鎮魂帰神
ダスカ地方、荒野のど真ん中に一直線に敷かれた車線右側にノクトたちはいた。
砂埃だろうか、出発前の汚れが一切なかった洗車仕立てのレガリアとは想像もつかない形で停車していた。いや、ただの停車ではなく、故障して停車していた。
どうしてこんな状態になったのか。
詳しく理由は言えないが、まぁ、若いからはしゃいじゃったからとでも言っておこう。
このうだるような暑さの中、男たちは上着を脱いで暑さを紛らわせているというのに、一人レティだけは、女性が男の前で肌を出すなどふしだらすぎる!とイグニスに小姑のようにきつく言われて仕方なく着込んでいる。その代わり熱くないように、自分の周りにブリザドで創りだした氷の塊を何個か浮かせて涼しさを得ている。
また一台と故障したレガリアの脇を車は無情にも通り過ぎていく。
助けを求めサインを送るグラディオを無視して。
「また通り過ぎたー」
レティは指を広げて見せて今ので五回目だと主張する。グラディオはわかったという風に後部座席から少し身を乗り出して顔を見せるレティの頭を豪快に撫でた。
「んー、ダメだな。こいつが外の厳しさか」
「その厳しさを糧にして前へ進むのだ、グラディオラス君!」
撫でられてぐちゃぐちゃになった髪をせっせと元に戻しながら、びしっと明後日の方を指さして激励を送るが、じろりとグラディオに睨まれすぐに顔を引っ込ませた。
「レティも手伝え!「やだ」ハァ……仕方ない。さあて、また押していくしかないさ」
速攻断られたグラディオは、レガリアの後ろに回った。
そこには大の字で横に寝っ転がるプロンプトと、膝を抱えて座り込むノクトの姿があった。両者共にお疲れモードである。
グラディオの死の宣告みたいな言葉にプロンプトは、ゲッと顔を歪ませて、
「はぁー!?…オレ、もう喉渇いて死にそう」
と現実から目を背けようとした。そんなプロンプトを見かねて、
「可哀想なプロンプト君!君には冷たい冷たい氷をプレゼントしてあげよう。ほらお口開けてー」
レティはブリザドを発動させて寝っ転がっているプロンプトに口を開けろと催促する。プロンプトは直感した。いい方は優しい言葉だが行動がまるで違うことに。
自分の真上に頭ほどの氷の塊が出来上がってそれを口に突っ込ませられようとしている。
「やめてっ!殺さないで!」
プロンプトはバッと体を横に転げさせて避けた。と同時にごとっと鈍い音がしたと思ったら、今自分がいた所に氷の塊がごろっと転がった。
レティがつまらなそうな声を出して車体から顔を覗かせた。
「あーあ、せっかく氷出してあげたのにもったいない」
「今ヤル気だったでしょ!?そうでしょ!?」
「全然」
明らかに視線を逸らしたレティを見てプロンプトは絶対嘘だと分かった。いや、今のやり取りを悪戯というのならどれだけ鬼畜なのか。
暇つぶしでいじられるなんて冗談じゃない。
命がいくつあっても足りやしないのだ。レティ相手だと。
グラディオの
「オイ、氷漬けされる前に起きろ」
という一声に、速攻プロンプトは体を起き上がらせた。
「起きます!」
「……ダル…」
ノクトは仕方なく腰を上げて先ほどまでの所定の位置についた。
クペが男らに
「頑張るクポ!」
とエールを送るもそれに応える余力はあまり残されていなかった。辛うじて、軽く頷くだけにとどめた。プロンプトは右側のサイドミラー位置へ、ノクトは左側サイドミラー位置へ、そしてグラディオはレガリアの後部から押す形で配置につく。
「つか!車って乗るもんだよね」
「乗るもんだろ。レティも押せよ」
ノクトが暇そうにしているレティに軽くちょっかいを出した。
「やーだー。って髪の毛引っ張らないで」
「だったら押せ」
「やだ」
ウザったそうにノクトの手をのけようとするが、ノクトは意地悪い笑みを浮かべては、ほらほらと楽しそうにレティの髪でいじる。
はたから見れば仲の良い兄妹。でもグラディオにしてみればイラつくバカップルに見える。
「いいから準備」
ドスを効かせた声でグラディオに急かされて青年二人は同時にため息をつく。
「はぁ~」「はぁ」
「せえーの!」
えっちらおっちらと男三人はレガリアをゆっくりと押して歩き出す。
そのスピード、歩くアダマンタイマイよりも遅い!余裕でアダマンタイマイが勝つであろうその鈍さ。ノクトは辟易したような声を出した。
「ほんとないわ」
「ないよな、ええノクティス王子」
それに便乗するようにわざとらしくグラディオが賛同する。
プロンプトは地味に責められていることをグッと感じたが、潔く開き直った。
「しょうがないでしょ」
と。レティは黙って静かにうんうんと頷いた。
起きたことを後悔するよりも今を全力で生きること、とどこかの書物で読んだことがあるのを思い出したかだ。だがレティは一切協力しようとしない。なぜなら疲れるから。
ここぞという時は王女権を発動させるちゃっかりなレティである。
一方、イグニスは早速のトラブル発生に頭を抱えていた。
「なんとも幸先の悪い――」
これから結婚式に向かう一行とはとても思えない不幸の始まり。
もしかしてこの先もっとトラブルがあるのかと一抹の不安に駆られたイグニスである。
「グラディオ頼むー」
「なんだ?」
「一人で押してくれ」
「馬鹿言ってんじゃねぇ」
王子は疲れを紛らすつもりで冗談を言っているのか、それとも本気なのかわからないがグラディオにとんでもないお願いをしていた。すぐに却下されたが。
「でもオレら手放してもかわんないでしょ」
「プロンプト?放してしてねぇだろうな?」
実はプロンプトが少し手を放していたのをレティは目撃していた。
でも言ったらただでさえ機嫌悪いメンバーがもっと機嫌悪くなるのでそこは皆の為に黙っていようとレティは思った。イグニスが偉そうに(失礼)、気を遣ってそうアドバイスをする。
「無駄に話していると疲れるぞ」
「イグニス席代われ!」
すると吠えるようにノクトはそう叫んだ。
「さっき代わったばっかだろ…」
グラディオのツッコミはノクトには届いていない。とにかく休みたい休みたい!という考えしかないのだ。ノクトの脳内には。だがすぐに噛みつくようにプロンプトが
「ノクト―!次オレでしょ!」
と言い返すと、イグニスが
「だそうだ」
とノクトに言い渡す。あからさまに不機嫌になるノクトは軽く「っチ」と舌打ちをした。
「ノクト残念だったね」
レティは暢気にクペの毛を撫でまくっていたが、プロンプトからのお願いに目をキラキラさせた。途中まで。
「ああ、手、痛い。姫ー、ケアルかけて「ブリザドは?」いりません!」
「オイ、手抜くなよ。それとレティもちょっかいだすな。出すなら口先じゃなくて降りて押すの手伝え」
「はいはいはい」
「押すのは嫌だけど応援ならいつでもオッケー」
グラディオのお叱りの声にプロンプトとレティは見事なあしらい方で逃げることに成功。
通常なら故障した車を頼めば回収しにきてくれるはずなのだが、なんという不幸の連続だろうか、店と連絡が繋がらないのだ。
「電話は?」
「やはり話し中だ」
イグニスの答えにノクトはがくっと肩を落とした。
天はついに王子一行を見放した。頑張って店まで運べという啓示らしい。
ということで諦めてレガリアを人力で押していくしか活路はない!
現実から目を背けたいらしいプロンプトがげんなりとした表情で、こんなことを言い出した。
「っていうかさぁ、おかしくない?ハンマーヘッドもっと近いでしょ」
「さっきの地図の通りだが…」
イグニスも何か違和感でも感じていたのか、場所を確かめだした。
ノクトと、プロンプトが
「スゲー近所だったよな」
「かなりね」
と地図上では近かったと主張するが、
「世界地図から見ればな」
とグラディオラスが疲れた声で指摘したので実際はまだまだ道のりは遠い。
「あー、疲れた。ノクト、ブリザドいる?」
「レティは何もしてないだろ」
ひょっこりと顔を出すレティの頭にノクトはぽこっと軽く手刀を落とした。
【おあとがよろしいようで】
※
苦労してハンマーヘッドに着いてから一言。
レティ「思ったんだけどさー。イグニス」
イグニス「なんだ、レティ」
レティ「クペってテレポートできるからさー。呼んできてもらえばよかったねー」
イグニス「……」(衝撃)
レティ「ねー、クペ」
クペ「でもそれやるの疲れるから嫌クポ」
レティ「そっかー、じゃあやっぱ駄目だね」
イグニス「……はぁ…」
【それを後から言うなと言いたい】