何もありません――と。
レティーシアside
ようやく目的地、ハンマーヘッドに苦労してたどり着いた私たちは、……ノクトが恨みがましい視線を送ってくる。お前は乗ってただけだろうって言いたいわけね、オッケー。ここは無視しよう。
とにかく、私達がたどり着いたハンマーヘッドで出迎えてくれたのは男にはたまらないだろう美女だった。大胆なビキニの水着を着て作業服だろうか黄色のジャンパーを着ているがサイズが小さいのか、それともわざと彼女のファッションなのかはわからないけどおへそ丸出し、下はデニムのショートパンツで男が触りたいだろういいお尻をしている。これはあくまでグラディオラスの気持ちを代弁しているだけだ。私にしてみれば、ぐっと悔しい気持ちにさせられる。胸、大きい……。
いいもん、見なければいいだけだもん。癖毛なのかふわっとウェーブがかかったミディアムヘアでキャップ帽をかぶった彼女はレガリアの周りで休憩している私達に気が付いて小走りで駆け寄ってきた。
「おーい!待ってたよ。えーと、どれが王子?あれ、女の子もいるね。スゴイ可愛い子じゃない。誰かの彼女?」
フレンドリーかつこちらが戸惑うくらいに彼女のペースに押されてしまった。男どもは彼女の恰好に目が釘付けみたい。私はちょっと身構えてノクトの背にしがみ付いて隠れてしまった。ノクトが何か言いたげな表情をしていたがそのまま私の好きにさせてくれた。
どうやらノクトを探しているらしい彼女にノクトは戸惑いながら「オレがそうだけど」と名乗りをあげた。すると彼女は人懐っこい笑みを浮かべて
「初めまして、王子。結婚おめでとう」
とまずは結婚のお祝いを述べた。それにノクトは
「いや、まだだから」
と律儀に突っ込んだ。
照れなくてもいいのにね、これから所帯持ちになるのに。
ノクトの後ろでニマニマと隠れて笑みを浮かべていたら、どうして気づいたかノクトが少しだけ後ろを振り返って「笑うな」とちょっと機嫌悪く言ってきた。私は「はいはい、わかったから前向いて」と促すと「後で覚えてろ」と小声でそういうと前を向き直した。彼女は私とノクトのやり取りを見て「仲良いね、君たち」と苦笑していた。
「それにしても君がルナフレーナ様の結婚相手かぁ」
一体どんな王子象を想像していたのか知らないが、割と高評価ではあるらしい。
イグニスが割り込むように彼女に謝罪した。
「申し訳ない」
きっと遅れてって意味だと思う。イグニスなりの配慮に私は感心した。
私だったらああいう殊勝な態度はとれない。ましてや、初めて会った相手になどは到底無理だ。彼女は気にした様子もなく軽く微笑んでみせた。
「フフッ、あっちでじいじが待ちくたびれてるよ」
「あんたは?」
グラディオラスが食いつくように彼女の名を尋ねた。やだ、ぐいぐいいってるじゃない。好みなのかしら、彼女が。それとも彼女の魅惑のボディに悩殺されたのかしら。
「シドニー、シド・ソフィアの孫娘。ここの整備士」
と彼女からの紹介が終わった直後、背後からしゃがれた声がした。
「さっさと運ばせろ」
皆がそちらに注目すると一人の鋭い目をした老人がこちらに歩み寄ってきた。何をするかと思えばレガリアの状態を確認しながらぶつくさと文句を言い始めたではないか。
「親父は大事に扱えって言わなかったのか。そいつは繊細なんだぞ。……ノクティス王子か――」
「ああ、まぁ――」
私は少しだけ顔を覗かせてその老人を怪しみながら観察した。
「フン、親父の威厳をそっくり拭き取ったような顔だな」
「はぁ?」
初対面とは感じさせない毒舌ぶりを披露する老人は、ノクトから標的を変えた。私の方をじろりと視線を変えたのだ。
私はぎょっとして思わず仰け反った。
「それでアンタがレティーシア姫、か……」
老人の言葉にシドニーは目を丸くして大げさに驚いた。
「え!?レティーシア姫って……あの滅多に城から出ないっていうルシスの宝?まさか王女様まで一緒にご同行されてるなんて……」
まるで公開処刑のような気分にされ、私は仕方なくすっとノクトの背から出ると、王女らしく挨拶をし、そして!あくまで控えめにお願いをした。
「……初めまして、レティーシア・ルシス・チェラムと申します。どうぞ、お見知りおきを。それと、大変申し訳ありませんが、今回の私は公の場では正式に公表されておりません。あまりのその名を口に出さないでいただけますか?」
だが老人は少しも悪びれた様子もなく、軽く謝罪の言葉を口にしたと思ったら、予想外のことを付け足してきたのだ。
「そうか、それは済まなかった。……御母上にそっくりだな」
一瞬、私は凍りついた。その言葉の意味を理解できてしまったからだ。
私の顔をじっと見つめては誰かと比べ合わせてみている。
嫌でもわかる。それが誰なのか。
僅かだがグラディオラスにも老人の言葉の意味が伝わったようで顔をこわばらせている。でもノクトはそのままの意味で受け取り、
「オレの母上か?」
と不思議そうに首を傾げた。ノクトはよく知っている。私が母上と似てなどいないことに。いや、ノクトだけじゃない。ここにいる者、ルシスの民で母上の御顔を知っている者なら誰もが知っていることだろう。
私が、まったく母上に似ていないことに。
それをわかっている上で、彼は私が母とそっくりだと言った。
その母が、誰であるかをわかっているかのように。
私はどうにかして誤魔化さねばと咄嗟の判断で出た言葉に全てを任せた。
「……お褒めの言葉ありがとうございます。ひとえに今の私があるのは陛下と母上そして国を想う民あってこそだと思っております。陛下とお知り合いかと見受けられましたが,
いつか機会があればせひ昔話など伺いたいものですね。レガリアの修理、どうかよろしくお願いいたします」
繊細かつ理想的な王女として完璧な振舞いで私はその場を立ち去ろうとした。
とにかく早くこの場から逃げたかった。だがノクトが反射的に私の腕を掴んだ。
「レティ、どこ行くんだよ」
どこでもいい。ここじゃない場所なら。
あの人は私の出自を知っている。私の隠された嘘を知りうる人物。
私は咄嗟の言い訳をした。
「……御化粧室。手、離してくれる?」
「あ、悪い」
ノクトは気まずさそうに手を離した。何か言いたげなグラディオラスを無視して私はすぐに歩き出しダイナーの中に入り女子トイレに直行した。幸い先客はいらないらしい。洗面台に手をついて蛇口をひねると顔をかがめて両手で水をすくいあげ、顔にばしゃりと水をつける。何度も何度も。
気が済むまで顔を洗って、ゆっくりと顔を上げて鏡を覗き込む。
濡れた肌がしっとりと肌を濡らしては下へ、ぽたりぽたりと水滴を落としていく。
私は、ぼつりと小さく呟いた。
「……王女っぽくない顔」
言葉にしてから馬鹿らしくなった。
王女、ってなんだ。私は王女じゃないのに。
あまりの馬鹿さに自嘲的な笑みを浮かんだ。すると鏡の中の私も同じ表情をする。
母上のような髪色だったらいいのに。
母上のような瞳色だったらいいのに。
私の母は一人だけだ。
そう、強く自分に言い聞かせた。
産みの存在を、母とは呼ばない。私にとって母はあの人だけ。
私を受け止めてくれたあの人だけ。
鏡に向かって右手を伸ばす。指先でつぅっと鏡に映った自分をなぞる。
何一つ、母上と似ていない。なのに、わざわざ『御母上』などと軽口叩いて私を追い込む。私が知らない産みの存在を知っている人物。
私は、この髪と瞳が嫌いだ。
勢いあまって発動した力がにじみ出た影響で鏡に亀裂が生じパリン!と音を立て、割れる。私の姿がいくつも歪んで見えた。
「これくらいが私にはお似合いね」
レギス王と顔なじみ、シド・ソフィア。
初めて、嫌悪感を抱いた相手と私は、出会った。
【誤魔化せない感情】