レティーシアside
私が女子トイレから出てくる頃には、レガリアは修理するためにガレージの中に入った後だった。あのシドニーという女性も整備の方に行ったのか姿は見えない。ダイナーにやって来ていて私の存在にいち早く気づいたノクトが手招きをした。
「レティ、こっち」
どうやら店の奥カウンターの所で皆と座って話をしているらしい。
「ごめん、待った?」
私は小走りで駆け寄り軽く謝るとノクトは顔を振って
「別に」
と短く返す。私は
「そう、良かった」
と小さく微笑んで皆の輪の中に参加する。色黒のマスターがどもりながら
「……ち、注文は」
と尋ねてきたのでとりあえず無難に
「メロンソーダで」
と答えた。マスターは無言で頷いて準備するためにカウンターを離れてると同時にクペがプロンプトの肩から私の肩に移動して飛んできた。
「遅かったクポ」
「そう?女子ってこんなものよ」
適当にごまかしてみたけど聡いクペは気づいたと思う。私の髪が少し濡れていることに。それでも追及されることはなかった。大方、暑いから顔でも洗ったんだろうと考えたのかも。今は私も気にしたくないし思い出したくもない。
私はほっと胸を撫で下ろすとイグニスがスッと椅子から立ち上がって
「レティ、ここに座ればいい」
と私に席を譲ってくれた。さすがは紳士。「ありがとう」と礼を言ってその席に腰かけ、一体何を話していたのか聞くと、どうやら深刻な話らしい。男が顔付き合わせて談義するのもいいけどさ。イグニスの表情を見ればすぐにわかるのは長い付き合いだからかな。眉間に皺寄ってるもの。あ、マスターがメロンソーダを持ってきてくれた。ありがたく私は喉を潤すため水色のシマシマ模様のストローに口を付ける。ああ、美味しい!
「それで、何を皆で悩んでたの?」
「金がな、ヤバイから調達するためにクエスト受けようかってことになってんだよ」
グラディオラスが簡潔に説明してくれたけど私にはすぐに理解ができなくて怪訝な表情になってしまった。
「お金がない?」
「そう、お金がね」
プロンプトがうんうんとグラディオラスの発言に同意するように頷いた。
確か、それなりの金額を持たされているはず。仮にも王子の結婚式に支度金がないわけない。そこまで財政難という国でもないはずと考えながら首を傾げ、確認を込めてもう一度確かめた。
「王子様なのに?」
「いや王子とか関係ねえから」
ノクトが呆れた様子で手を振って否定する。
「貧乏王子様のお金稼ぎスタートなわけ」
「皮肉かよ」
「だってお金ないんでしょ?」
私の確信を突いた切り返しにノクトは気まずそうに言葉を詰まらせた。
「……まぁ、その」
代わりにイグニスが言葉を繋げて口を開いた。
「整備費用がかなりの高額だしな。こればっかりはシドニーにまけてもらうしかない。ノクトが」
「オレかよ!?」
信じられないと驚いた顔でイグニスを見やるノクト。納得いかないらしいが、しょうがない。自分の結婚式への旅なんだからね。王子として気張って行かなきゃ。
「頑張れ、貧乏王子!」
私の励ましを皮肉とでも受け取ったのかノクトがムッと気に入らなそうな顔をしていつものチョップをおみまいしてきた。
「それやめろ」
「いた!」
痛くないけど言っちゃうのがいつもの癖なので気にしない。
私も負けじとやり返そうとするけど逆に伸ばした手を取られ、片方の手で頬を抓まれた。
「痛くないだろ、手加減してんだから。レティはいつも大げさなんだよ」
「にょくほ(ノクト)の、……あひょ!」
「アホじゃねえし」
私とノクトのじゃれ合いが本気の喧嘩に発展する前にグラディオラスが止めに入ってきてテキパキと指示を出す。
「お前ら、じゃれてねえで行くぞ。ノクトはシドニーに整備費用の件伝えて来い。レティはとりあえずその髪目立つから帽子被っとけ」
「はーい」
渋々返事をし、グラディオラスからレガリアに置いてきたキャップを受け取りそれを頭に目深に被る。仕方ないのはわかってる。一応ルシスの王女で敵が喉から手が出るほど欲しくなる戦力になり得るのだ。私の存在ってのは。その自覚はある。けどやっと外の世界に出てこれたのに満足に顔も晒さないとは。不便な世の中だこと。
私の心情を察したか、グラディオラスが苦笑しながら自身の大きな手で私の頭を軽く撫でてきた。
「そう不服そうな顔すんな。お前の素性がバレるわけにはいかねえんだよ。ちゃんと自覚もしとけ。お前らもレティによく注意して見とけよ。特にプロンプト」
「オレ?わかった。……逆に負かされそうだけど」
後半のセリフが一言余計だと思う。ちゃんと聞こえてるからねという意味を込めて軽く睨み付けるとプランプトは慌ててグラディオラスの背に身をさっと隠した。
クペはやる気を見せていて自分の胸を軽く叩いては
「クペもしっかりみてるクポ」
とグラディオラスに誓ってるし、グラディオラスは
「おう、任せたぜ」
と私の監視を強化できたことを内心じゃ喜んでるに違いない。っけ!ズーズーっと音をたて行儀悪く空になったグラスを意味もなく吸い込む。もうない、お代わりしたいけどイグニスがカウンターから離れようとしたのでそれも叶わず。代金を払ってご馳走様とおじさんに言って私も席を立った。
「それでは行くか。ノクト、任せたぞ」
「……あー、だりー……」
とか言ってるノクトだけどいつも怠いって口にしてると思う。私はノクトの隣を歩きながら腕を軽く拳で小突いた。
「頑張れノクト。貧乏王子を脱するためだ」
「そういうレティも貧乏王女じゃん」
仕返しにヘッドロックかけられそうになったけどサッと華麗にかわすことに成功。
「私はちゃんとお金あるもん」
「はぁ?だったらそれ貸してくれよ」
ノクトが手を広げてくれと催促するけど、その手をパシッと叩き倒す。
「いや、これは私個人のお金。使わずに貯めておいた資金だもの。ノクトは自分の結婚式準備金だと思って頑張って稼ぎなさい」
「なんだ、それ」
「これが世の中ってもんだよ、ノクト君」
「自分だって働いたことないくせに偉そうだし」
「いやいや、これは大人の余裕というものだよ」
「じゃれあってないでいくぞ」
「おう」「はーい」
ノクトと私はグラディオラスに同時に返事を返した。というわけで貧乏王子御一行はお金稼ぎの旅へと向かったのでした。
でもそんな簡単にいく話があるわけでもなく、肉体労働以下、世間というのは厳しいとノクトに教えてやると意気込んでいたあのシドさんの考えは正しいと思う。シドニーさんからもらった前金(じいじには内緒らしい)で防具と武器を調達してターゲットとなるモンスターの出現ポイントを目指すことになった。
徒歩で。
照りつける太陽の中、最後尾を歩く私は息も絶え絶えになっていた。ハンマーヘッドを発つ前までは平気だったのに。
「……こんなに歩いたのは、初めて……」
誤算だった。まさか、徒歩というものがこんなにきついものだったなんて。
クレイに鍛えられたとはいえ、やはり実践経験はない。ましてや城の中だけの生活範囲だった私がいきなり長距離を歩くことに順応できるわけでもない。無様にも自分の体力の無さに泣きたくなるくらいだった。
先頭を歩いていたノクトが後ろにいる私の所まで戻ってきて気遣わしげに顔を覗き込んできては声を掛けてくる。
「レティ、大丈夫か?」
「よく考えれば姫って長距離なんて初めてだもんね。少し休んだほうがいいよ」
プロンプトもそう私の為に提案してくれた。グラディオラスも見かねて手を私に差し出しては、
「おぶるか?それとも抱っこか?」
と気遣ってくれるがさすがに筋肉ムキムキなグラディオラスの肉体美におんぶされるとか遠慮したい。抱っこはもっと嫌。余計暑苦しい。むさくるしいと本音で言えないのでやんわりと断った。
「ううん、さすがに荒野のど真ん中で恥ずかしいからパスで。……このまま皆の後ろ歩くから気にしないで先行っていいよ」
のんびりと自分のペースで行こうと思ったんだけど、イグニスがここで紳士スキルを発動させた。
「オレが一緒に行こう。皆は先に行ってくれ」
するとなぜかノクトもそれに賛同するように
「……しゃあねえな。いいよ、ゆっくりでも。そう簡単に見つからねえだろうし」
と投げやり(?)な発言をするではないか。これには私の方が慌てた。せっかくのんびり景色を楽しみながら行けると思ったのにどうして私の周りを固めようとするのか、この男たちは。
「ノクト、……大丈夫だよ、そんな。イグニスも心配性なんだから。イグニスからも言ってあげて。私たちにはレガリアの整備代を稼ぐことが何より必要なことだって」
ノクトの参謀がのんびりするわけないよね?という意味を込めているのだがイグニスは気づいてくれるだろうか、多少の不安はあった。アイコンタクトを取ったつもりなんだけど。
「君を置き去りにするわけにはいかない」
「……ありがとう」(余計なお世話なんだけど)
全然伝わらなかったようだ。無駄にアイコンタクトしてしまった。
「……いや、当たり前のことだ」
イグニスは私から視線を逸らして、くいっと指で眼鏡を押し上げた。これ彼の癖なのよね。照れ隠しの時とかよくやってる。あとは誤魔化したいときとか。
なんて気晴らしにイグニスを見つめていると後ろでプロンプトがノクトになんか言ってるがまったく聞こえなかった。
「何々、ちょっといい雰囲気だったりして?」
「……」
「うわ!ノクトあからさまに不機嫌になってるし。分かりやすっ!」
何やらグダグダ言っているようだけど私には関係ない。いくら剣技や武術を身に着けたとて、体力が着いていかなくては話にならない。城の中じゃ、インドア派な私には体力をつけるよりも知識を身に着ける方に専念していた。それが裏目に出ちゃったか。
まずは車に頼らない生活に慣れなくちゃいけないと改めて気が引き締まる思いだった。
それは良いとして……。
「うーん、暑い……。暑い!」
被っておけと言われたキャップを取ってそれを団扇代わりにあおいでみるが全然涼しさの欠片も感じない。水分も欲しいけどこう、一気に寒さを感じたい。そうすれば汗でべとつく体もスッキリするかもしれないのに。ノクトたちはジャケットを脱いで涼しそうな恰好なのに羨ましい。いっそのことタンクトップ姿になりたいのだけど、クペがうるさいからな。男の前で無防備に肌をさらすなって。ここでしばし休憩中ということになったが、この暑さが和らぐ日陰も辺りにはない。
だったらどうするか、思いついたらとりあえず行動すべしと学んでいるので実践してみようではないか。
「ブリザガ!」
私の力ある言葉と共に身も凍るような冷気が足元からサァーと広がりそれが風に乗ってあっという間に視界一色は白銀の世界へと変貌を遂げるまで数秒とてかからなかった。これも練習の賜物ね。
「おわ!?」「な!」
でもノクトたちは目玉飛び出るくらい驚いた様子。急いで上着を着こむけど霜が服に着いて寒い寒い。
「一気に寒くなった……、へ、ヘックシュっ!」
さ、寒い。勢い良すぎたみたい。プルプルと体を震わせて寒さをしのぐけどやっぱり寒い。クペは「ざ、ざむいクポ……」って私のジャケットの中に潜り込んで寒さを凌ごうとしてる。ズルい……。
「さぶっ!」
「なんちゅうことを……」
「……(胃が、痛い)はぁ…」
ノクトたちは急いで脱いだジャケットなどを着込み始める。それとなんともいえぬ恨みがましい視線は、スルーさせてもらった。私もこうなるなんて思わなかったもん。
イグニスは痛そうに胃の部分をさすっている。あとで薬渡さなきゃ。
後から気が付いたんだけど、モンスターの氷の彫刻がいくつか先の方で見つかった。よく調べてみたらどうやら討伐対象のアラクランみたい。ブリザガの影響で……テヘ、倒しちゃった!
いっそのこと「これが一石二鳥ってやつね」と開き直ってみたら、
「んなわけねーだろ」
「あて!」
ぽこっと頭部にノクトのツッコミ手刀が落とされた。
氷の大地と化したあの辺一帯はしばらくの間溶けずにいたみたいで、かなり問題になっていたらしい。(急いで皆でとんずらこいた)
【クエスト1クリア~】