避けられる手だった。怒りに任せて振られたそれはオレの目にはゆっくりに見えていたが、あえて受けた。でないと彼女の想いを受け止められないと考えたからだ。
パシッ!
叩かれた衝撃でずれた眼鏡を何事もなく、くいっと元に戻した。身長差があるオレとレティだが正確に頬を叩けずに下あご辺りがジンジンとする。音も軽くに終わってしまう。だがオレとレティの漂わせる雰囲気は戦闘の後としては最悪だ。誰もレティの勢いにおされて言葉を発せずにいる。
怒りという感情に任せてレティはオレに怒鳴った。
「……ノクトを守れっていったでしょ!?どうして私のほうに来たのよ!」
「言い訳はしない」
ここで怒る彼女に油を注ぐような真似はできない。するべきではない。
帝国魔導兵に襲われたオレたちは襲撃を掻い潜ろうと応戦していたが、その一派が後方で待機していたレティを狙おうと標的をころりと変えた。別の魔導兵たちの相手をしていたオレたちだがレティと距離が離れすぎていたため、ノクトが悲鳴に近い声を上げ自分の目の前の敵を薙ぎ払い、ワープ能力を使おうとしたが、また別の魔導兵が行く手を阻みレティの元へ行けずにいた。グラディオやプロンプトもレティを助けに行こうにも中々思い通りに動けずにいた。だから一番近くにいたオレがレティの元へ駆け寄り魔法兵を撃退することに成功したんだ。だがレティはわなわなと唇を震わせ、徐々に整った眉を吊り上げて魔法杖とは違う手でオレを叩いた。というわけだ。
彼女の怒りは収まるどころかオレが言葉をひとつ一つ返すたびに興奮し、声を張り上げてボルテージをあげていく。
「理由を言えって言ってんのよ!」
「君を守るべきだと判断したからだ」
「……それじゃあノクトは死ぬわ。次は私よりもノクトを優先させて。いいわね」
珍しくオレに命令口調で言い放つレティだが、オレはスチャっと眼鏡を指で上げて
「その命には従えないな」
とまた言い返す。先ほどから不毛な会話を繰り返し続いているというのに。
「イグニス」
ノクトがそれ以上は言うなという意味でオレの名を呼ぶが、ここはいい加減言い聞かせないとわからないレティだ。長年共に過ごしてきたのだから彼女の性格も大体は把握している。だからオレはあえて諭すように言った。
「ノクトがレティを守れと言ったんだ。だから素直に受け取ってくれないか」
「だったら私がノクトに直接やめるよう言うわ。ノクト、私よりも自分を優先させて。貴方の目的は何?それを一番に考えるべきでしょう。……イグニス、貴方もそれでいいわね。貴方が仕えるべき人は私ではなくノクトなのだから」
レティはことあるごとにオレに何度も同じ言葉を繰り返す。
自分ではない、ノクトこそを大切にすべきだと。それは分かってる。だがオレにとってはレティも守るべき対象なのだ。幼馴染だからじゃない。
「君だって守られるべき王女だ」
いい方が悪かったのかもしれないが、つい出た言葉だった。
王女であり君だから守らねばいけない、と。そういう意味もあった。だが何かが彼女の琴線に触れたらしい。
「うるさい!私を、……私を王女と呼ばないでっ!」
金切声でそう叫ぶレティはどこか苦し気だった。
「レティ……?」
レティはハッと我に返ったように口を噤んでレティの発言に信じれない顔をした、ノクトから視線を逸らした。
「………っ…!…ゴメン、ちょっと魔法連発で気持ち悪いの。すぐに良くなるから。良くならせるから放っておいて!」
「クポ!レティにはクペがついてるから大丈夫クポ」
レティは足早にこの場を離れていき、慌ててクペが飛んでレティの後を追いかけた。
気まずい雰囲気だけが取り残されていた。
プロンプトがオロオロしながら「追いかけた方がよくない?」とグラディオやちらちらとオレに視線を送る。オレはため息をつかずにはいられなかった。
※※
生涯を賭けて守るべき人が二人いるとしたら、どちらを優先させるか。
オレは王子と王女に仕えている。だが守れるのが一人なら。
レティは迷わずノクトを守れと言った。
優先順位ならノクトだ。レティのいうことも一理ある。
理由としても納得できる。
王子と王女。どちらかを優先順位をつけるなら王子だと教わった。王女はいずれ降嫁することが決められているからと。だが、頭に叩き込まれた情報とその時の感情は同じように動きはしなかった。
幼馴染として共に育ったレティ。ノクトのように外の世界を学ぶ機会を奪われ、籠の檻に閉じ込められたレティには友達という存在がいない。彼女の存在を帝国側に漏らしてはいけない。レティの力はクリスタルと同等、もしくはそれを凌ぐであろう稀なる力。
現に幼いころより召喚獣であるクペを傍に控えさせているのが何よりの証拠。
常時召喚させられるだけの力が産まれた時から備わっている証拠だ。
自分よりも大人たちと接する機会が多かったレティは大人に対して仮面を被るようになった。
王女として相応しい存在であろうとするように。
だがいつの間にかそれが彼女にとって重圧だったのか。
陛下との会話も王族としてのそれらしい会話で、家族らしい振舞いはなく側で見守っている側にしてみれば、随分と冷めた関係と感じたものだ。陛下とノクトの交流をレティはただじっと見つめて会話に口をはさむことは一度としてなかった。陛下もそれが当たり前であるがのごとく平然と振舞った。ノクトもレティの扱いに長年の不満をため込んでいたのだろう。
一度陛下にレティへの態度を改めろとキレかかったときもあった。
その時は抑え込むのに苦労したのを今でも覚えている。
いつからか。
オレたちと接するときの彼女と、ノクトといるときの彼女の違いに気が付いたのは。
彼女はオレたちの前では素でいるが、それはオレたちにある程度の信頼を寄せているだけに過ぎない。彼女が心から信じる相手は、ただ一人だけだ。
それが誰なのか、わかっていた。
わかっていた、つもりだった。
この胸を騒めかせる感情が、なんなのかも。
※
ノクトから攻めるような視線を受けるが、オレはそれを流す。
「イグニス」
「…オレに説明を求めても無駄だ。彼女の機嫌を損ねてしまったのだからな。ノクト本人が聞き出せばいい」
「……オレ、見てくる」
ノクトはそう言い残し、レティの後ろ姿を追って走っていた。
「大変だな。アイツのお守も」
とグラディオが苦笑し、ねぎらいのつもりか肩を軽く叩かれた。
オレはギロッと睨み返す。
「だったら代わってくれ」
「オレはノクトだけで精いっぱいだ」
オレだってそうさ、とは言えずに無理やり飲み込んだ。
しかし、遅いな。オレは腕時計に目をやる。
時間にして5分ぐらいか。
さすがにそう遠くまではいっていないはず。
オレは手のかかる王子と王女を探しに出かけた。すると、割と近くの草むらで見慣れた黒髪頭を見つけた。オレはすぐに声を掛けようとは思わず、何かを話している二人に気配を消してゆっくりと近づいた。
「…………」
レティは、草むらに座り込んで肩を落とし、目元を手で覆って疲れた様子だった。ノクトがそっと肩に手を置く。するとレティはゆっくりと顔を上げてノクトを見やった。
視線を交わす二人に、会話らしい会話はなくノクトがレティの隣に座るとレティがノクトの肩に頭を置いて寄りかかった。自然な形でノクトもレティの背中に腕を回し彼女の頭に顔を寄せた。
「……レティ…」
「ん」
「もうすこししたら戻ろうぜ」
「……うん……」
「大丈夫だ。一緒に謝ってやるから」
「…………」
「オレのこと心配して言ってくれたんだろ?さっきの」
「違うよ」
「嘘つき」
「嘘じゃないもん」
「顔に書いてあるぞ。オレのこと、心配で心配でたまらないって」
「書いてないもん」
「オレも顔に書いてあるぜ。レティが心配で心配でたまらないってな」
「変なの」
「いいだろ。二人一緒に変なのもさ」
「変ノクト」「変レティ」
あっという間にレティはノクトに笑顔を見せた。
オレに向けた殺気じみた睨みが嘘のように。
何かもやっとした気持ちがオレの中に生まれた。それ以上仲睦まじい二人を盗み見ていることができなくてオレは元来た道を急ぎ足で戻った。
オレには、ああやって彼女を慰めることなどできない。
だから、思ってはいけないことを考えてしまった。
その距離が、羨ましい。
自分だったなら、と。
【平静なオレはどこへ消えた】