初めての、親子喧嘩。
レティーシアside
ノクトが一人暮らしするらしい。高校生だから親から自立してみたいんだって。
社会勉強だって。将来王になるために世の中を知りたいって。
なんだかんだ理由並べて、陛下から一人暮らしの許可をやっともらったと歓喜に満ちた表情で私の書物室に飛び込んできたノクト。
「レティ、しばらく離れて暮らすことになるな」
「そっか、おめでとう。寂しくなるね」
はっきり言って、ズルい。
「……なんか、笑顔が怖いような…」
何言ってるのかしら。そんなことないのに。
「おい、レティの指先が、ビリビリしてるんだけど……」
でも、ここは笑顔で送り出してあげようと思う。
あら、ノクト。どうしてそんな怯えた顔して後ずさりしているの。
レティ、さっぱりわからない。
「おい、マジでやめっ「サンダー」」
「ぎゃあ!?」
やだ、ノクトったら。黒焦げに焦げちゃって。
そんなにハッスルしちゃって一人暮らしが楽しみなのね。ノクトが嬉しいと私も嬉しいわ。だって兄妹だもの。ええ、嬉しいに決まっている。
「イテテ…、レティ!」
「私からの電撃お祝い。効いた?」
「んなお祝いがあってたまるか!」
ノクトはぷんすかぷんすか怒ってたけど、ゴメンねとクペみたいに頭ナデナデしてあげたら許してくれた。
だってズルいんだもん。
私も一緒に暮らしたい!世の中こと知りたいもん。っていつもの試合を終わらせて、お互い汗を拭いて休憩してる時にクレイにお願いしてみた。
「駄目だ」
一刀両断された。
「じゃあじゃあ!ノクトのマンションに遊びに行くのは?」
「…それは、一度レギスに尋ねんことには…」
言い淀むクレイに私はさらに食いついた。
「じゃあ聞いてきて、お願い今すぐ!」
私の急く勢いにクレイは目を丸くして驚いたけど、最後は苦笑しながら了承してくれた。
「今すぐか?……。仕方あるまい。言い出したら聞かないのが姫だからな」
「ありがとう!クレイ」
嬉しくてクレイに飛びついた。こらこらと窘められたけど嫌そうな顔はしてなかった。
けど、数十分後、部屋にやってきたクレイにどうだった?とドキドキしながら尋ねたら
「すまぬ、姫。やはり無理だったら」
「……そう、わかった……。ごめんね、使いっパシリみたいなことさせて。宰相は忙しいもんね。ほんと、ごめん」
私は小さく笑みを浮かべて謝った。クレイは私が無理してることわかったみたいで、またチャンスがあると頭を撫でてくれた。ちょっとだけ気が紛れた。
だが、ここで諦める私ではない。
レティ、一世一代の怪盗になります!
というわけで私はクレイが帰った後、入念に入念を重ねて誰にも気づかれないようにある召喚獣を呼び出して、作戦を伝えた。彼は静かに頷いて協力を約束してくれた。
ふふっ、これで下準備は万端。あとは当日を迎えるのみ。私は意気揚々と書物室にて有意義な時間を過ごすことにした。ノクトの見送りはしなかった。
だって皆がいる目の前だと王女であることを求められるんだもの。
そんなの疲れるだけ。一生の別れじゃないしノクトもたまには一人で羽根伸ばしたいことだってあるでしょうし。健全な男子のベッド下にはエロ本があるってどっかの本で書いてあったっけ。たぶんノクトもエロ本をベッドの下に隠すのね。
マンション行ったらこっそり見つけてやろう。
※
作戦は失敗に終わった。結局見つかってしまった私はノクトのマンションからコルに有無を言わせず連れてこられて(捕まって)、城門のまえで車が止まった。憂鬱だわ。
「レティーシア様、どうぞ」
「……」
コルがドアを開けて、私に手を差し出す。私は無言でその手を借りて車から降りた。
城の玄関口に向かって私は階段を上り、会釈しながらドアを開けてくれる使用人を通り過ぎ、中へと入る。
使用人たちが、私の無事を喜んで「良かった」とか「レティーシア様!」とか声を掛けてくれた。私は「ごめんなさい」とか「ありがとう」とかよそ行きの顔で対応をする。
「陛下」
コルが先に気づき頭を下げた。そして使用人たちもざわついていたのが一気に静かになり、次々と頭を下げていく。あの人がやってきたのだ。
わざわざ、私に会いに。
レギス王。
滅多に顔を合わせないのに、今日ばかりはしかめっ面を露わにし、真っすぐ私を射貫くように見つめながら杖を突いて歩いてくる。
「父上」
私はレギス王に頭を垂れて挨拶をした。だがレギス王は答えず、私の前で止まる気配がした。
「レティーシア、顔を上げなさい」
「はい」
命令、され私は顔をゆっくりとあげた。
また説教でもするのかと思った。だから適当に聞き流そうとした。
けど、飛んできたのは、罵声で叱咤でもない。
バシッ!
「っ!」
頬に走った鋭い痛みと、その勢いに負けて体が横に倒れそうになった。でも
「姫!」
とコルが咄嗟に私の体を受け止めてくれて、私はコルに支えられるまま何が起こったのかわからなくて、ただ痛みが走った頬をゆっくりと手でおさえた。呆然となる私。あれ、なんで。今、何が起こったの?
理解するまで数秒はかかった。
「レティーシア、ぶたれた意味が理解できるな」
ぶたれた。
ぶたれた?私、が?
呆然とレギス王をみた。
「……」
「皆に謝りなさい。お前の捜索の為に普段の仕事を放り出して探していたのだ」
私が、この人にぶたれた。
皆の前で、戒めとして?父親の演技するために?
普段から私の存在なんてないもの扱いしてるくせに?
ノクトの一人暮らしは良くて、私が城を抜け出すのはダメなの?
たった、一回でも?
私、ちゃんと言ったのよ。ノクトのマンションに行きたいって。
でもクレイはダメだって。どうしてって尋ねたら、陛下がお許しにならなかったのですって言ったのよ。ちゃんとした理由も言わずにただ許可しないって終わり。
理由を教えてよ、何が駄目でこうだからいけないって。
その理由もなしに私の言葉を無視するの。私の意思さえ露わにしてはいけないの。
私が、悪いの?
全部、私が?
ぐるぐると世界が回ってみえた。
「……」
「レティーシア」
そう促されて、私はコルの腕から体を立たせて、なんとかか細くなる声を出し頭を下げて謝罪した。
「……申し訳、ありませんでした……。二度と、このようなことは致しません…」
それで満足したのか、人を見せしめにさせといて、
「部屋に戻りなさい。処分は追って伝える」
レギス王は、言うだけ言って踵を返した。
皆の戸惑いを一切、無視して。私を無視して。
まだ、ぶたれた頬が痛い。鋭いナイフで抉られたみたいに、痛い。
無視しないでよ、私を無視しないでよ!
「……私は、私は!!」
アンタが、アンタが私を閉じ込めるからでしょ!?
私が悪いの、私がじゃまなんじゃないの!?
「姫!?」
「……これはっ!」
側にいたコルが弾かれるように飛ばされた。けど持ち前の運動神経で受け身を取れた。
レギス王が目を見張り驚愕した顔をした。でも、どうでもいい。
何もかもが、馬鹿馬鹿しすぎて。どうでもいい!
感情が一気に爆発し、体の内側から何かが放出されていく感覚に支配されていく。
「レティ!!駄目クポ!」
クペがそう叫びながら私に飛んで来ようとしている。でも、パシッと何かに弾かれるように小さな悲鳴を上げてコロコロと床に転がった。
でも私には何の感情も浮かばない。ただ
全部、壊れちゃえばいい思った。
あの人も、あの人が守るここも、私を閉じ込めるここも。
そこから一気に記憶が意識が吹き飛んだ―――。
※
気が付いたらいつもの私のベッドに横たわっていて、見慣れた部屋に私はいた。もう、夜で部屋の中は真っ暗だった。
クペはいなかった。「クペ?」と呼んでもいつも羽根をパタパタさせてレティと来てくれる友達がいない。
私は、ぼうっとする頭で、ベッドから何とか降りて怠い体を引きずるようにドアへと向かった。
ドアノブに掴んでガチャと開けようとした。
でも、開かない。
ガチャガチャ。
何度開けようとしても開かない。
鍵を掛けられていると気付くまで時間がかかった。
「ははっ」
私から乾いた笑いが漏れた。頭に片手をあてがいながらふらつく足で、後ずさった。
だって、笑えるよね。マジで。
閉じ込められた。
私、閉じ込められた。クペも連れていかれて独りぼっちにさせられた。
「……一人、っきり…」
私が、問題ばっかり引き起こすから。
皆の前であんなことさせて、それでもって謹慎処分はここに監禁?
まただ、また私は…、自由を奪われた。
私は、テラスの方へ目指してよろけながら向かった。
いつもならそこは鍵がかかっていなくてテラスの方へ出られる。
僅かな希望を抱いて私はドアノブを握った。
でも、ダメ。そこも鍵をしっかりと掛けられていた。
「……なんで、…なんっで…!」
ドンドンと私は窓ガラスを叩いた。ずっと、ずっと。でも膝に力が入らなくなってずるずるとドアの前でへたり込んだ。外の世界は明かりで満たされているのに、ここだけは肌寒い。
「なんで、……」
我慢できなくて、こみ上げる何かに突き動かされるように私は泣いた。
声を押し殺して、泣いた。涙が止まらなくて、今までずっと押し殺してきた感情が溢れ出した。
私は、ただ、自由になりたいだけなの!
いつもなら、ノクトが颯爽と駆けつけてきてくれる。私にどうした?って心配そうにしてくれてぎゅって抱きしめてくれる。大丈夫だって守ってくれる。
なのに、ここにはいない。
「……ノクト、ノクトぉ―――!」
寒くて寒くて、自分の体を掻き抱いた。それでも寒いの。
暗い、独りぼっち、
嫌だよ、怖いよぉ、ここにいるのはいや。助けて、助けて――。
私は何度も何度もノクトの名前を叫んだ。会いたくて、助けてほしくて。
「……レティ!?」
「助けて、ノクトぉ……助けて……、っは…う……」
胸が、痛い。苦しい、怖いいやだいやだいやだvいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!
「レティ!おい、レティしっかりしろ!?」
誰かが扉を開けて走ってへたり込む私の肩を掴んだ。顔が、暗くて見えない。
目がかすんで見えない。
私はその手に縋りついて助けを求めた。
息が、続かない。呼吸ができないの!息が、苦しいの!
私は頭がパニックになり、口元をパクパクさせて必死に酸素を求めた。
「…っ…はっ……っ」
「大丈夫だ!!ゆっくり息を吐け。レティ、ゆっくりだ」
背中に回された手がトントンと軽く押してくる。私はそれに合わせて息を吐く。
「深呼吸だ、レティ。慌てなくていい」
優しい声でそう指示されて、私は深呼吸をする。
「そうだ、その調子だ」
ゆっくりと同じことを何度も繰り返して、私は呼吸を繰り返した。
「………はぁ、……はぁ…」
息が、できる。
胸が痛くない。
私ははらはらと涙を零しながら、怠い体を誰かに預けた。受け止めてくれる大きな体。
ああ、助けに来てくれたんだ。
王子様、私の王子様…。
「の、くと……のく、と…」
私は嬉しくて求めるように彼を呼んだ。
暗くて見えない。ううん、瞼開けてられないんだ。
「………」
返事はなかった。でもそれでもいい。助けにきてくれたもの。
私は確かな温かさを感じながら、また意識を手放した。
【彼は、私の王子様】(でもオレはレティを救えていない)