王都陥落という事実はレティを狂わせるだけの要因に値するものだった。
王都へ向かうための橋へ続く正面ゲートは封鎖されており、一般車や民間人が多く外に取り残されていた。
イクシオンは『あえて』横道に逸れて別動隊に狙いをつけた。
召喚獣の力を借りて帝国軍に猛威を振るったレティは本能に赴くまま、魔道兵の集団相手に全力で襲い掛かった。魔道兵ら は突然の奇襲により当然戦闘態勢に入った。だが彼らにはレティーシア捕縛という任務をあらかじめ言い伝えられていたにも関わらず、レティを敵と認めたのは彼女の凄むような気迫によるものと推察される。
「うらぁぁあああ―――!!」
その容姿からは想像もつかない程の獣のような唸り声を発し、たった一人で、いくら召喚獣がいたとはいえ、明らかに無謀というモノだと誰もが考えるだろう。だがレティには理性というものがその時欠落していた。ただ本能の赴くまま、まるで獣のように敵を排除し狩りつくそうとしたのだ。
枯渇しない魔力により彼女が放つ魔力はその勢いを衰えさせることなく魔道兵たちを蹴散らしていく。時にはファイガにより敵を燃え滓さえ残さず焼き尽くし、イクシオンから飛び降りその両手に双剣を出現させ風のような身のこなしと流れるような息を呑む剣捌きで敵を切り刻んでいく。刺して切って切断して薙ぎ払い蹴りまわし乱射される銃撃の雨をしなやかな動きでまるで舞うように難なく避け、倒した魔道兵の体を土台にして駆けあがり空中で見事にイクシオンと合流し、また怒れる雷を大地に落とす。
その迫力まさに鬼神そのもの。
人間相手ならば戦意喪失させるほどの迫力であるだろう。
そして、仮に人間相手でもレティは同じことをしただろう。
敵を敵と認知している今、命の奪い合いに情けなど無用。
イクシオンと人馬一体となって繰り広げられる戦闘は明らかに一方的帝国軍側を圧勝していた。黒煙が上がり、次々と上空から投入されて降下してくる魔道兵さえもレティの敵ではない。
「あの人を、あの人をぉぉおお」
怒り狂う彼女を、突き動かすのはただ一重に湧き上がる憎しみだけ。
自分で見向きもしなかったはずの、相手。
レギスに対して滅茶苦茶な感情を抱いていただけに消化できないもどかしさ。
返して、返してとレティは心の中で何度も声を張り上げた。
何処へ向かうか、レティにはどうでもよかった。
ただイクシオンは自分の想いを汲んで共に行動してくれている事実だけ知れていればいいこと。このままインソムニアに突入するもよし、あえて敵地のど真ん中につっこむもよし。何もやることは変わらない。
ただ、全てを破壊しつくせばあの人が現れるのではないかとそう思い込もうとした。
また自分を窘めに来るんじゃないかと期待せずにはいられなかった。以前、ノクトのマンションへ行きたいが為に色々と画策した結果、見事レギスの怒りを買い頬を叩かれた苦い経験を持つ。だが少なからずまだ怒ってもらえる対象である、またはバカな行動をすれば諌めてもらえるとのちにレティの中で歪んだ形で刻まれてしまった。
親の興味を引くためにわざと暴れて見せる。そんな幼い子供が持つような考え。
どうやって愛情を受けるのか知らないレティには、そうやって興味を引くことでしか見てもらえないと思い込んでいる。
全て否定したいがため。
あの人が自分の元へやってくるという期待感。
だが現実は変わらない。いくらレティが魔道兵らを山のようにねじ伏せたとて、あの人がレティの元に来ることは、二度とない。
イクシオンは王都へ繋がる橋が見える見晴らしの良いひらけた場所にたどり着いた。そこからイクシオンは大地を豪快に蹴り飛んで海上へ踏み込もうとした。
だが突如何者かがイクシオンの行く手を阻むように攻撃を仕掛けてきたのだ。
ザンッ!
まるで刀で一閃繰り出したような攻撃だった
「っ!?」
『―――!』
突然動きを止め驚いて立ち上がるイクシオンに付いていけず、レティは大きく反動を受けて崖っぷちに身を投げ出される。背中から落ちていく感覚と、すぐ真下には海があった。
「なっ!」
しかも悪いタイミングは重なるもので、魔力の暴走の影響によりレティは強い睡魔に襲われたのだ。このままいけば確実に死は免れない。
こんな、時に!
イクシオンがレティが落ちたことに気づき助けに動くが間に合わない。
だが、徐々に瞼が落ちつつあるレティを受け止めた存在があった。
「……?」(誰?)
ほんわりと温かいその腕はレティを包み込むように抱き上げた。
あの人だったらいいのに。
だがレティはその存在を確かめることなく意識を完全に手放した。
【雨が、降り始めました。】
※
雨が降ってきた。
スレイニプルに悠然と乗るオーディンの腕に全てを委ねてレティは深く眠りについた。
オーディンはスレイニプルを地面に降り立たせ、ブルルと頭を振ってレティを心配するイクシオンに視線を向けた。イクシオンはばつが悪そうにオーディンの視線から逃げるように少しだけ視線を逸らした。
そこへ何処からともなく現れた黒衣の女性が緑色の獣、カーバンクルと共にレティの元へ駆け寄ってくる。オーディンは珍しいものを見たと内心驚いていた。だが表情には一切出さずにその者たちを受け入れた。
『レティ!』
カーバンクルはレティの元へ一直線に走り軽やかな動きでオーディンの腕の中で眠るレティの元へ駆け上がってきた。
『レティ……、また泣いてしまったんだね』
辛そうな声でカーバンクルはレティの頬に身をより寄せる。
オーディンから壊れ物を扱うかのようにレティを受け取った女性は、雨の中服や長い髪が汚れることも厭わずにぬかるんだ地面に座っては己の膝にレティを寝かせた。彼女のレティに向ける視線は愛しみに溢れていた。そして、同時に嘆いてもいた。
この世界にいる限りレティは心乱し続けるだろうと。
黒衣の女性は白くほっそりとした指でレティの乱れた髪を整える。
「レティ、ああ、可哀想なレティ。怒りと憎しみに囚われ穢れが魂を蝕んでいく……。ずっと貴方の側にいられたらどんなにいいか…。オーディン、手荒な真似はしなかったでしょうね」
召喚獣オーディン相手に彼女は怯むどころか底冷えするような凍てついた視線を向けた。
『無論』
「ならいいわ。……レティは人の世に浸かりすぎてしまったわ。早くこちらが側に引き入れなくてはいけないのに」
彼女の心情としてはこのまま連れて行きたいくらいだった。仮にここでレティをあちらに連れて行ったとしても『元の運命』に戻るだけ。レティがいなくなった穴はそのままにこの運命は進み続けるだろう。役者が足りなくなったところで困ることはない。
元々、彼女達はこの世界に強く干渉はしないのだ。執着心という人間特有のものを持ち合わせない彼女たちからしてみれば。だが、レティだけは別だ。
彼女は神々にとって唯一無二の存在なのだから。
だが勝手に連れてくることは許されないことだと重々承知している。だからオーディンもあえて彼女にやんわりと釘を指したのだ。
『それはあくまで彼女の意思によるもの。我らはただ従うのみ』
騎士らしい言葉だと皮肉を込めて「貴方達はね」と前置きをした。
「私は貴方達とは違うわ。この子の穢れなき魂が下界にいることで黒く染まってしまうのをただ見ているだけなんて耐えられないのよ。カーバンクル」
『なに?』
黒衣の女性に名を呼ばれたカーバンクルは小さく小首傾げた。
「今のクペ一人ではレティの膨大な魔力は抑えきれない。貴方はこれからクペと共にレティの側についてあげなさい。また魔力の暴走がないとは言い切れないわ」
『うん!ボク頑張るよ。レティを悲しませたくないもん』
カーバンクルはキュン!と鳴いてやる気を見せた。
彼女は満足そうに頷いて、レティへと視線を落とす。
「レティ……待っていなさい。きっとすぐに貴方は楽になれるわ」
艶めかしい紅い唇は弧を描き、黒真珠の瞳はわずかな狂気に満ちている。
だがそれはすぐに消え去り、元の慈愛に満ちたものにすり替わる。
レティ、私達は貴方のこんな姿を望んではいないのよ。
彼女も、私も、貴方の為に動いているわ。
決められた運命を書き換えるために。
【神だからと言って世界を優先したりはしない】
※
ガーディナ渡船場を飛び出したノクト達は急ぎレガリアを走らせ王都へ向かうべく動いた。魔力暴走を引き起こしたレティが行く先は一つしか思いつかなかった。天候の変化はレティがイクシオンを召喚した影響だろうか、どんよりとした灰色雲から降り注ぐ雨はイグニスが運転するレガリアのハンドル操作を邪魔するようにウインドウガラスに粒を叩きつける。忙しなく動くワイパー音が緊張し静まり返った車内に響いた。
誰もが口を噤んだまま、喋ろうとはせずただ早くレティを止めなければという想いだった。
そして、数分後レガリアは正面ゲートへと近づいた。
だがそこには通行止めをくらう一般車両が長蛇の列をなし、検問で待ち構える帝国軍の姿も遠目から確認できた。様子から察するにレティがあちらに行った可能性はないと判断したイグニスは、手前横道に逸れて別ルートへレガリアを走らせた。
少し行ったところでレガリアを降りて進んでいくとそこでノクトたちは戦慄が走るほどの光景を目の当たりにすることになる。
「……なんだ、これ…」
「うぅ」
プロンプトは思わず口元を抑えた。焼け焦げた匂いが酷いのだ。
魔道兵らが何十体という数が原型も留めずに倒されていた。そのやり方は非常に凄惨で腕や足に加え、胴体がバラバラに裂かれ細かく切り刻んであるものもあった。首だけのものや、中途半端に焼け焦げているもの。
周囲のことなど気にしないほどの火力が放たれた証拠にこの場には草一本すら生えておらず、地面がむき出しに大地を曝け出している。それだけではない。イクシオンの攻撃を受けたらしい魔道兵が機能停止した状態で四肢を投げ出しているのも複数体確認できた。
まさに正気の沙汰とは思えないやり方に皆、戦慄を覚え、単身インソムニアに突っ込んでいるのではないかと不安を抱かずにはいられなかった。ノクトは我先にと駆け出しレティの名を大声で叫びながら雨の中を走った。それに続くイグニスたち。
ノクトの肩にへばり付いていたクポが唐突に何かに気づき叫んだ。
「レティが近くにいるクポ!」
「どこだっ!?」
「あっちクポ!」
クペの誘導によりノクトたちはひらけた高台の方へたどり着く。そこには「キュン」と一鳴きしてここだよ!と教えるようにレティの側に座る緑色の小さな動物がいた。
クペはその動物と顔見知りだった。そして、ノクトも。
「カーバンクル!?なんでここにいるクポ…?」
クペは戸惑いを露わにしたが、ノクトの視線が注がれたのはカーバンクルではない。
地面に横たわるレティの姿だけがノクトの視線を奪う。
「……」
嘘だ、うそだ。
足に、力が入らなくなりノクトは情けなくも雨で抜かるんだに跪いてしまう。
だが視線だけは逸らせない。
雨の中、死んだように倒れているレティから。
クペはとりあえずカーバンクルのことは後回しにしてノクトから離れぴゅうっとレティの元へ飛んで行きその冷たい体に泣きながら抱き着く。
「レティ!」
「姫!」
「ノクト、しっかりしろっ!」
「……」
遅れてイグニスたちもやってくる。グラディオが叱咤しながら呆けるノクトを引きずるように立たせた。
だが誰が来ようとレティの名を呼ぼうと、レティの反応はなく指先すらピクリとも動かない。閉じられた瞼が開くことはなかった。
顔面蒼白な顔でノクトはよろつきながらも横たわるレティのすぐ傍に転びながらも歩いてきて座り込む。
「レティ……、おい、レティ。起きろよ、起きてくれよ!」
雨の中、どれくらい打たれていたのだろうか。手を伸ばして触れた体は思いのほか冷たくノクトは触れた指先を反射的に引っ込めてしまった。
一番考えたくない想像が頭をよぎる。
だがノクトは考えたくない!と頭を振って、加減なしにレティの体を揺さぶった。
「レティレティレティ!!」
「ノクト!?揺さぶっちゃだめクポ!魔力が安定して眠ってるだけクポ!」
クペの制止もノクトには届かず、イグニスが「やめろノクト!」とレティに縋りつくノクトの腕を掴んで止めにかかり、すぐにグラディオがレティをさっと抱き上げた。
見た所外傷はなく、胸が上下しているのを確認しクペの言う通りただ深く眠りについているだけのようでグラディオはほっと息をつく。
「前と同じだ。大丈夫だ、ノクト」
「……本当に?」
「ああ。だからそんな顔すんな」
「……レティ……」
力が抜けたようにノクトはまたへたり込んだ。
「なんか、姫じゃなかった」
「あちらに気づかれる前に撤収した方がよさそうだ」
プロンプトは落ち着ない様子でスマホのラジオを操作した。
そこから伝えられるインソムニアの現状。
『両国間で行われていた停戦協定については、今回の事件を受け、当面の締結が発表されました。また、崩御されたレギス国王陛下に続き、ノクティス王子、そしてテネブラエのフルーレ家神薙ルナフレーナ様の逝去が新たに確認されました。なお、行方不明とされているレティーシア姫の捜索は引き続き帝国側によって行われるということです』
だがその内容にヤバイと慌てたプロンプトはラジオを消してしまった。
グラディオがつい声を荒げて「おい!消すなっ」と怒鳴る。
「あ、ご、ごめん」
ぽろりと地面にスマホを落とすプロンプト。その手は、震えていた。
「…いらねぇ」
ノクトが吐き捨てるように言った。
プロンプトが落としたスマホを拾おうとすると先にイグニスが拾い上げて渡す。
ノクトはおもむろにポケットからスマホを取り出しある人物に電話を繋げた。コール音が何回か響く間にも、頭上には帝国軍の飛空艇が集団で通り過ぎていく。
そして、相手がようやく電話に出た。
「もしもし。コルか?」
『無事でいるようだな。姫は?ご無事か?』
ノクトは思わず無事なわけねぇと怒鳴りそうになったが、ぐっと我慢した。
「ああ!今一緒だよ!それよりどうなってんだ!」
『いまどこに』
「外だよ、そっちに戻れない!」
『ああ』
取り乱した様子もないコルの淡々とた答えに、ノクトは憤りをコルにぶつけられずにはいられなかった。
声を荒げて相手に口を挟む隙さえ与えずにまくし立てる。
「ああってなんだよ!?なんなんだよこれ!オレ達はどうしたらいいんだよっ!?親父は?ルーナは?王子が死んでレティは行方不明で捜索中ってどういうことなんだ?なんで帝国がレティの身柄を確保しようとしてんだよ!?説明しろっ!」
だがコルはノクトの問いに答えようとはしなかった。
『オレは、ここを出てハンマーヘッドに向かう』
「はぁ!?」
そんなの聞いてねぇよと言い返そうとしたノクトは、次の言葉に言葉を失った。
『陛下は……、亡くなられた』
「……」
ラジオから流れた崩御という言葉がノクトの頭を揺さぶる。
親父が、死んだ?
今度は嘘じゃなくて、か?
ノクトは何も、考えられなくなった。全てが悪い夢であると思いたかった。
『何が起きたかは必ず教える。まず、そこを動け。いいか、くれぐれも帝国に気づかれるな。姫を必ず御守りしろ……また会おう』
「ああ」
ノクトは呆然とスマホを切り、様子を見守っていたイグニスが尋ねた。
「将軍か……なんと?」
「ハンマーヘッドに行くって。レティを、守れって」
淡々とノクトは答えた。
「ふん……、陛下は?」
「……」
ノクトは、その問いには答えようとせず、一行は急ぎレガリアへと戻りコルと合流することにした。レティが目を覚ます兆しはなく新たな仲間、カーバンクルを加えて先行きの見えぬ旅がまた始まった。
【閉ざされた旅路】