レティーシアside
王子だからと泣くことも許されないなら、少しでも静かに安心して眠りにつかせてあげたい、と願うのは私だけでしょうか。
「……ん……」
ノクトの柔らかな髪を梳きながら、少しでも温もりを求めようと私に縋りつこうとする姿にいじらしさを感じ口元を緩ませる。彼はちっぽけな存在だ。その背には王としての責務が重く圧し掛かっているのだろう。私には理解できない葛藤もあるはず。
けどノクトは私だからこうして甘えてくれている。それは今だけの私の特権。
誰にも譲らない……。
世間ではルナフレーナ嬢は死亡という扱いになっているようだけど、私はバハムートとの会話で彼女が生きていることを確信している。その上で彼女がノクトの為に単独で行動していることも。
神薙という責務以上に彼女はノクトの為に自分の命を投げうってでも何かをしようとしている。正直、その行動が信じられなかった。
そこまでノクトを想っているなら、なぜ今寄り添ってあげないのと直接問いたいくらいだ。
こんなにもノクトは苦しんでいるのに……。
婚約者というのは肩書なだけ?
所詮政治的な関係だから?
世界の為?
妙な苛立ちを感じずにはいられない。常に王に寄り添う形でいるはずの神薙という立場なのに、私が、喉から欲しくても得られないものなのに。
百歩譲ってそれが世界の為だとする。人々の安心と平和の為だとする。
それで世界は救って、それで肝心の王の心は救わないと?
王とは成長して当たり前、たとえ辛く困難なことがあろうとも弱気になってはならず、前へ前へと進み続けなければならない?
誇りと信念さえ持ち続けていられればいつか、夢は叶う?
それが彼女が強くさせる要因だとしよう。
それが王に課せられた責務だというのなら、私はそんなもの、壊してやる。
他人に決められた理想的信念なんてまっぴらごめんだわ。
ルナフレーナ嬢の行動と信念は理解はできる。けど賛同はしない。
彼女がそれを正当であると主張するなら、私は邪道のやり方で刃向かってやる。
私は、世界よりも、今私の膝で健やかに寝息をたてて眠るノクトが一番大切だ。
ノクトが完全に寝入ったことを確認して私の肩で一休みしているカーバンクルに小声で尋ねた。
「カーバンクル、ルナフレーナ嬢が何処に向かっているか辿れる?」
『うーん、ルナフレーナ?……レスタルムって町に向かっているみたいだよ』
さすが召喚獣。私の問いにあっさりと答えてくれた。
私はありがとうと礼を言い、顎に手をあてて考え込む。確か地図に乗っていた町だったはず。
「レスタルム……か。彼女はあの人から光耀の指輪を託された可能性が高いわ。王都の魔法障壁が破られた今、クリスタルも帝国に奪われたはず。でもクリスタルは王家の者、それもクリスタルに相応しい者でなければその力を発揮することはない。その指輪を所持しているはずの彼女が明らかに何かを目的に行動している。となれば、帝国もすでに彼女を探すため動いているはず……。カーバンクル、お願いよ。どうか彼女を傍で守ってあげられないかしら。時々状況を教えて欲しいの」
私の突拍子もないお願いにカーバンクルは心底驚いてみせた。
『え!?でもボクはレティの傍にいたよ……!それにシヴァがルナフレーナの傍にいるよ。ボクまで行ったら怒ると思う。……シヴァ怒ると怖いんだもん。嫌だ、せっかく傍にいれるのに……』
嫌々と首を振り瞳を潤ませて見つめてくる愛らしい姿に私はう!と呻いてしまった。けどここはなんとしてもお願いしなければならないとぐっと耐えた。
カーバンクルの守護は絶対何者も破れない強固な盾となる。彼女に死んでもらっては困るんだ。シヴァが傍にいるなら安心と言いたいところだけど、保険は必要だ。ノクトの為にも。
「そこを何とか。ね、シヴァには私からちゃんと謝っておくわ。貴方が怒られないようしてあげる。ね?お願い」
その柔らかな毛を優しく撫でつけ、軽くキスを送る。するとカーバンクルはくすぐったそうに身をよじて
『……ズルいよ。そうやってお願いって……ボクたちはレティのお願いに弱いんだからね』
と渋々私のお願いを受け入れてくれた。
「……ゴメン」
『ううん、そんな顔しないで。分かった、ルナフレーナの傍にいればいいんだね?』
「うん。姿は見せなくていいわ。今の彼女に色々悟られたくないから。でも彼女が手を出されないように注意してあげて」
『わかった』
「もし、手に負えないような状況になったら他の召喚獣に手助けを求めて。私からも声を掛けておくわ。……できるだけ無関係な人は巻き込まないようにしてあげて。でも最悪、彼女さえ守れたらいいの。その判断は貴方かシヴァに任せる」
私の苦渋の決断にカーバンクルは戸惑った様子だった。けど私の想いをくみ取ってくれて了承してくれた。
『……うん。レティがそれでいいなら……。あ、そういえばリヴァイアサンは封印されたままだった』
「リヴァイアサン?そういえば一度も呼んだことないけど……。封印されてたの?!」
まったく初耳な情報に私は大声を出してしまった。カーバンクルに『ノクト起きちゃうよ!』と指摘されて慌てて口を閉じてノクトの様子を伺う。……ちょっと呻いたけどすぐにまた寝息を立ててほっと息をつく。
『うん。助けてあげた方がいい?』
「……助けてあげた方がいいでしょうけど、今はルナフレーナ嬢の方を優先して」
『うん』
「ちなみに、リヴァイアサンが封印されている場所は?」
『オルティシエだよ』
これには思わず苦笑してしまった。
「水神が封印されている地で華々しい結婚式が予定されていたなんて。……逆に呪われそうな気もするけど」
『リヴァイアサンって気難しいからね。ありうるかも』
私の皮肉にカーバンクルは否定することはなかった。
「……わかったわ。どうか怪我だけはしないようにね」
『うん!レティも無理しちゃだめだよ?クペをもっと信用してあげて』
「耳が痛いわね。……了解。今度はクペも忘れないようにする」
カーバンクルは私の言葉に念押しをして床に降り立った。
『絶対だよ?……じゃあ行ってくるね!』
「行ってらっしゃい」
くるりとその場で軽く飛び上がって回転して消えたカーバンクルを笑顔で見送って、気疲れからか深くため息を吐いた。
「……ハァ……」
もう悲しみに浸る暇はない。先手を打たなければ。
やることをやらなければこちらが潰されるだけなら、どんな手段を使ってでも足掻いてみせる。召喚獣さえも、自分の私欲の為に利用していることは本当に申し訳ないと思っている。
でもその咎を受ける覚悟は、ある。
私の望みであった世界にはこうして出れたんだ。それで満足するとしよう。
多くは望まない。ただ、ノクトだけは悲しませはしない。
私の膝で眠りつづける大切な存在さえ守れれば、いいんだ。
※
この後、なだれ込むようにやってきた仲間たちにもみくちゃにされて謝り倒すレティであった。その騒動でノクトがばっちり起きてしまい、機嫌悪そうに拗ねたりイグニスからは膝枕してもらったことを妬まれて逆に勝ち誇った顔してイグニスの癇に障るようなことをしたり、レティはレティでグラディオにお仕置きと称してヘッドロック仕掛けられて思わずプロンプトを巻き込んで大騒ぎしたり、クペはちゃっかり巻き添えを恐れて食事を持ってきたシドニーの元に逃げたりと賑やかなものとなった。
その時、確かにノクトたちは心穏やかなひと時を過ごせた。たとえ、それが一瞬のものなのだとしても。
彼らはひと時の休憩を終えて、ハンマーヘッドを発つ。コルと合流し、今後の旅の方針を決めるために。
【その行為そのものが彼を悲しませる要因であることに気づかないまま、彼女は決断する】