男にとって彼女は手の届かぬ存在だった。
『コル』
小鳥の囀りのような可愛らしい声が男の名を口にするたびに、胸が高鳴りまともに口を喋らせることもできず、彼女には『いつもコルは黙ってばかりね』とつまらなそうな顔をさせてしまい、男は内心焦った。毎回のことだがそれでも彼女の退屈を紛らわせてあげたい。だから不器用ながらも、毎回毎回会う度に外で摘んできた花や何気ない珍しい鳥の羽根、鉱石など手渡してきた。上手く言葉にできない代わりに想いを込めて。
彼女は毎回それを楽しみにしていた。でも、やはり彼女は外へ出たがっていた。
『兄様はいつもお忙しいのね』
外の世界へ出て学ぶ必要もない彼女は、いつもバルコニーから外を羨ましそうに眺めていた。日焼けすることのない彼女の肌はいつも白く日焼けなんてもってのほかと侍女はヒステリックに叫んでいたのを覚えている。
そしていつもこういうのだ。『ズルいわ。皆で私を外へ出してくれないんだもの』と不満そうに。彼女は外へ出る必要はなかったのだ。彼女は守られるべき存在なのだから。
自ら外へ出ることも剣をとることもしなくていい。
彼女はクリスタルの恩恵を色濃く受け継いだ証なのだから。
『バハムートってすごく大きいのよ』
彼女は特に召喚獣に大切に扱われていた。
神薙でさえ敬うその神々たちに平然と友の様に接していたのだから、彼女の周りの人間は自然と彼女に尊敬を抱き決して砕けた口調を取ることはなかった。だから歳の近い男とは親しみを感じやすかったのだろう。男の訪問のたびに彼女は嬉しそうに出迎えていた。
『コル!見て見て、シヴァが氷のお花創ってくれたの』
彼女は召喚獣に創ってもらった特製の融けない花を嬉しそうに男に見せてはしゃいでいて、傍で黒髪の女性が両目を閉じてその様子をほほえましそうに見守っていた。六神の遣いと敬われる彼女は人間ではない。いつ現れ、いつ姿を消したかもわからないほど神出鬼没と噂されるほどなのだが、大抵は彼女の傍にいることが多い。
だが、たまに。騒動もあった。
ある日、男がいつもの様に彼女の元を訪れると、彼女の為に創られた庭の花々がなくなぜかそこにいくつもの尖った氷の塊がボコボコ生えていたのだ。いや、突き刺さっていたというべきか。一体何があったのかと男は慌てて花壇の前で跪く彼女の元へ駆けた。すると、彼女は、こう悲しそうに説明をした。
『そろそろ新しいお花を植えようかなってイフリートに話したらね。抜く手間省かせるために全部燃やしてやるよって。だから燃えちゃったんだけどそしたらシヴァが怒ってイフリートごと氷漬けにしちゃったの。ほら、その中にイフリート凍ってるでしょ?』
彼女が指さす方向に、確かにぬいぐるみサイズのイフリートがピキーンと氷漬けされていた。おとぎ話の中では裏切りものの六神の一身として語り継がれているが、彼女に言わせてみれば、イフリートは裏切りものではないらしい。
『イフリートはちょっとやんちゃなだけ。裏切ってなんかいないわ。それはおとぎ話の中のお話よ、コル。人が考えたお話が全て真実だとは限らないわ。真実はいつも覆い隠されるものだもの』
そう諭すように言った彼女はやんわりと微笑んだ。それから小さなタイタンが現れ、花壇を掘り起こし元の状態にせっせと戻したり、彼女が新しい鉢植えを持ってくればこれまた小さなリヴァイアサンが彼女の為に水やりを手伝ったりとひっきりなしに召喚獣が彼女の日常の中に溶け込んでいた。
それが彼女にとって当たり前の日々。
人と接する時間が少ない分、召喚獣が彼女に寄り添ってきたのだ。
『コル、知ってる?彼らは感情なんてないって言ってるけど違うのよ。本当は持っているの。彼らは人間の願いを叶えるためだけに存在しているわけじゃないの。彼らは彼らの意思をもってこの世界を見守っているわ。その力が与える影響は大きいだけに一線身を引いて冷静に判断を下す。そうでなければ彼らがいる意味はないと思わない?』
男は彼女と話すたびに常識を覆されてきた。世間から切り離された身でありながら、召喚獣から多大な知識とその力の根底、様々なものを与えられ彼女はそれを余すことなく誰かに分け与えようとする。そこに打算的な考えは一切ない。彼女は人を疑うことを知らない。
だがいつからだろうか。彼女との出会いから数年は経った頃。
お互いに精神的にも肉体的にも成長した大人と呼べる年代に入った時だ。
男の多忙な身により以前よりも面会すら難しくなった。戦も激しさを増してきていたから尚更だった。
久しぶりに彼女の元を訪れるとそこには、以前の記憶にある彼女よりも美しい銀髪が波打つように伸びていた彼女がいた。白い服装を好む彼女には珍しく黒のドレスを身に纏っていたのが男の中で強く印象づいている。挨拶を済ませお互いに会話を楽しむことあったが、彼女は話をしていても心ここにあらず。上の空でいつもどこかに想いを馳せているようだった。
『姫?』
『……ああ、コル。ごめんなさい……それで、なんだったかしら』
『……どこか具合でも?』
『いいえ、ねぇ、コル……。貴方は約束を絶対守る人よね』
彼女は優しい手つきでおなかをさすりながら遠くを見つめていった。
『……?ええ』
『そう、よね。約束は守ってこそ、約束だものね』
まるで自分に言い聞かせるように呟く彼女。その表情はコルが初めて目にするものだった。
まるで、自分の知らぬ『女』の顔を。
『何か気になることでもあったのですか』
『……いいえ。大丈夫、……無事に帰ってきてね』
『はい』
男が彼女の違和感に気づいた時は、すでに本格的に前線で活躍していて滅多に彼女と会うことはなくなってしまった。
そして、それが彼女との最後の別れになるとは考えもしなかった。
※
彼女が妊娠していたと話を聞いたのは、男が戦から帰ってきた直後。
丁度世継ぎ誕生を盛大に祝っている最中だった。
『……っ…!!』
男は着の身着のままある場所へ駆けた。我をも忘れるほど我武者羅に走った先に彼女が眠っていた。
『ミラ・ルシス・チェラム。ここに永久の眠りを約束する』
王家に連なる者が葬られる墓地。
そこに男が知る彼女の名が刻まれた墓石があった時、男はその目の前で呆然と崩れ落ちた。信じられなかった。何もかもが。
彼女が妊娠していたことも、今、目の前の墓石に掘られた名前も。
雷雲たちこめるどんよりとした空から冷たい雨がぽつ、ぽつと降り始めしだいに男を冷たく濡らしていく。雨脚が強くなり始めると男は完全に濡れネズミとなってしまった。だがそれでも男は膝をついたまま項垂れ動こうともしなかった。
動けなかったのだ。目の前の真実に囚われてしまっていたから。
そこへ男に近づく者が二人現れた。
『コル』
『…へい、か…』
この国の王であり永遠の眠りについた彼女の兄でもある王。そしてその宰相。
腕に何かを大切そうに抱き上げている王に傘を差しだしている宰相は、コルの名を再度呼んだ。
『コル、立て』
『……』
だが男には立つ気力もなかった。だから王は黙って男の傍に膝をついた。そして自分が抱くものを生気のない顔をした男に見せた。
『ミラが遺した宝だ。名を、レティーシアと名付けた』
と男に伝わるようにゆっくりと伝えながら。
男は虚ろな瞳でその者を見た。
白磁の肌に銀髪の可愛らしい顔立ちですやすやと眠る赤子。
『……では……この姫が…』
『ああ』
王は、男に赤子を差し出した。男は躊躇ったのち、震える手で赤子に手を伸ばし自分の腕に抱きしめる。辛うじて絞り出した声は震えていた。
『……御母上に、よく似て、おいでで……』
自分の腕の中で健やかに眠る姫は、彼女のような瓜二つの容姿をもって産まれた。
ぎゅっと手を握りしめ、健やかに眠る姫は母親の存在を知らない。
そして、この姫も召喚獣に愛されるというのは想像がついた。
この国でその証は多大な意味を持つのだ。本人の望む望まないに関わらずに。
なぜ、彼女が死んでしまったのか。彼女の父親は誰だったのか。なぜ彼女を守ろうとしなかったのか。産まれてくる子になぜ名を与えなかったのか。なぜ、傍にいないのか。
怒りと悲しみと憎しみと寂しさ、ともかく様々な感情に心乱し正常にコントロールできていないまま、男はただこの小さな姫を守らなくてはいけないということだけを強く感じた。
受け入れたくない彼女の死とこの産まれたての憐れな姫の運命。
男はついに悲しみを抑えきれず、大粒の涙を零した。
『御守り致します……今度こそ、必ず……』
大事に大事に男は姫を抱いて、むせび泣き、王と宰相はその悲しみを黙って分かち合った。
男はこの時、誓った。
届かなかった想いの代わりに、姫は何があっても守り抜くと。
だからこそ、陰のように付き添い姫を守った。
大きくなっていくにつれて、自分の想い人に瓜二つになっていくことに葛藤を覚えながらも。時折、思い出の彼女と姫を重ねて思慕の念を抱いてしまうことも。
男は全て認めたうえで、姫に心砕き守り続けた。
だが男はふとある違いに気づく。自分が思い続けた彼女と今の姫との違いを。
その違いに気づいた時から、何かが男の中で変わった。
彼女の代わりとして見ていた姫を、いつの間にか一人の姫として見れることができたのだ。
娘のように彼女の成長を嬉しく感じられるように。
どうか、彼女のようなことにはならないようにと願いながら。
※
姫と将軍のとある会話。
いつもの魔法を盛大に使ったら案の定周りに被害が及んだ。
今回はブリザガ&エアロガ。結果広範囲に魔法が広がり二次被害発生。
レティ「コル、大丈夫だからそんなにピッタリくっ付かないでください」
コル「ですが姫。さきほどの魔法は威力が強すぎます。あれでは姫にも被害が」
主に男子たちに被害が出た。レティはコルに守られたので難を逃れた。
レティ「だから加減してるんです!自滅するほど馬鹿じゃないから心配しないで!」
コル「……」
コルは納得いかない様子でしかめっ面をしている。
レティ「……過保護すぎ…」
コル「……申し訳ありません」
レティ「……いや、そんな顔されると私が悪いような……ああもう!その顔禁止っ!」
コル「は?」
レティ「いいから笑いなさい。これは命令です」
びしっと指先突きつけてレティはそうキッパリ言った。
コル「……」
レティ「……」
しばし見つめ合うこと数秒間。
コル「……ぷっ……!」
レティ「笑った!」
コル「なんですか、その命令の仕方は……。ククッ…陛下でさえそのようなことはなさいませんでしたよ」
レティ「何よ!あの人と比べないで!それにどこが笑えるツボだったの?!」
コル「……申し訳ありません…、つい、貴方らしいと思ったので」
レティ「私らしい?」
レティは不思議そうに首を傾げた。
コル「ええ。オレが知る、姫だなと」
レティ「……変なの。昔から私一人じゃない」
コル「ええ、そうですね。……(あの人とは違う)」
レティ「変なコル。まぁいいわ。次行きましょう!」
コル「まずはノクト達を回復させないといけないのでは」
レティ「すっかり忘れてた!ヤバイ、怒られる回復回復!」
コルに指摘されレティは目を回して倒れている男子たちに慌てて駆け寄ってケアルガを惜しみなくかける。その様子を見守っていたコルは思わず笑いを抑えきれずこぼしてしまう。
コル「くくっ」
レティ「いつまで笑ってるのよもう!」
ついにレティが怒りだしたのでコルは表情を引き締め、ノクトたちの手助けに向かった。
[過去は取り戻せないが託されたものはある]