色々と面倒ごとはあったが、ついに目的地であるキカトリーク塹壕跡にたどり着くことができた王子御一行。多少身なりがズタボロなのは主にレティの魔法被害によるものである。だが誠心誠意に惜しみなくレティがケアルガかけまくったのでなんとか皆には許してもらえたことに内心ほっとしていた彼女。コルはまったく動じることもなくレティの魔法攻撃を軽やかにかわし無傷のままであることから、イグニスに「さすが不死将軍と呼ばれる方だ」と畏敬の念を抱いている様子に「いや違うだろそれ」とすかさずグラディオラスに突っ込み仕掛けられていたのは余談である。
さて、自由気ままにやってきたレティだが、まさかコルにあんな事を言われるなんて想像もしなかっただろう。
コルの見極めは無事終わった。コルは入口前で歩みを止めズボンのポケットから何かを取り出し先頭に立つノクトへと放り投げた。ノクトは「おわ!」と驚きながらもうまくキャッチ。
「王子、同行はここまでだ。その鍵で他の墓所の扉が開く」
「……わかった」
やや強引ではあるが口うるさいコルから解放されるとあって、少し表情が緩んでいたノクト。だがすぐにコルの鋭い視線に慌てて表情を引き締め暗い塹壕の方を向き直す。ノクトを先頭にクペを肩に乗せたレティも続こうとした時、コルがレティを呼びとめた。
「姫、これよりは先は王子たちにまかせ、私と共においでください」
「……なぜ」
不機嫌そうな声でゆっくりと振り返ったレティの顔は、凍てつくような表情だった。側でその顔を見てしまったプロンプトは「ひっ!」と情けない悲鳴をあげて思わず仰け反るくらいに。だがコルはまったく動じることなく、はっきりと理由を告げた。
「御身には危険すぎるからです」
だがそれくらいの理由でレティが納得するわけがない。
不愉快だと言わんばかりにコルを睨み付けると、声音を強くしてはっきり告げた。
「今まで危険な所も一緒でした。私もノクト達と共に行きます」
強気な態度のレティにコルは珍しく眉を下げて懇願するように言った。
「……姫…、どうか私と共に」
「私は、ノクトたちと共に行きます。その力もクレイから教わりました。心配は無用です」
だがそれでもレティの考えは変わらず素気無く断った。
むしろ苛立ち彼女の内でボコボコと沸いていた。
どうして今になってそんなことをいうのか。
まだこのような状態の中で自分を姫扱いするのか。
色々と受け止めて自分なりに考えて行動しているというのにまだ私を縛り付けるつもりなのか。
彼なりにレティの身を案じての進言だというのはイグニスやグラディオでさえ理解できたことで当人のレティも分かった。だがすんなりと受け止めることなどできない。そこまでレティは器用な大人ではないのだ。だから肩を震わせ怒りを必死に抑えようとした。唇を噛んで必死に耐えようと。
だが、再度コルがレティに言い聞かせるように言葉を重ねようとした瞬間、ついに苛立ちが爆発してしまった。
「我儘はいけません。姫、貴方の御身は」
同じ言葉ばかり繰り返すコルに、レティは
「私は!ただのレティーシアでいい!もう、縛られたくないのっ!」
大声で大きく手を横に振り払う動きをして声を張り上げてコルを睨みつけた。
皆レティの変わりように目を見張って言葉を失った。クペはレティを宥めようと「レティ!落ち着くクポ!」と声を掛けるがレティには聞こえていない。
コルは、少し驚いた様子でレティの言葉を黙って受け止めた。
「……」
レティはその冷静な態度が、そのいかにも澄ました顔で王族だから姫だからと理由を並べて拘束しようとするコルが気に入らなかった。腹立たしかった。
なぜ?
理由など一つしかない。この男は自分の素性を知っていると睨んでいるからだ。
分かったうえで、のうのうと王族であることを強要させようとする。
偽者であると自分に。皮肉以外の何者でもない。むしろ、レティにとっては屈辱である。
だから言わずにはいられなかった。たとえノクトの前であったとしても。
勢いのままぶつけるようにレティは言い放った。
「コル・リオニス。貴方は私に関する事実を知っている側であったと認知しています。それでもなお、貴方は私が王女だというのですか!」
この発言にレティの素性を知るノクトを除いたメンバーに衝撃が走った。
「「「!?」」」
この言葉でレティが自分の素性に気づいていると知ったからだ。だがここには事情を知らぬノクトもいる。だからボロを出すわけにはいかないとグラディオが素早く二人に目くばせをして余計なことは言うなと釘を指す。イグニスはすぐにその意図を理解して浅く頷きプロンプトは自分の口元を手で覆うことでノクトに何とか悟られずにいることに成功。
一人事情を知らずに取り残され困惑するしかないノクトを置いて、険悪な雰囲気は続く。
レティの真向からの鋭い問いかけにコルは、迷う素振りも見せずにはっきりとレティを見つめて言った。
「貴方はまぎれもなくルシス王家の姫君であり、レギス様が命を賭してお守りなられた大切な御方です」
「……そう、あくまで貴方は私を王族と扱うのね……」
目をスッと細め、低い声でそう言い返したレティは、
「レティ、何言って」
レティはぴしゃりとノクトに言い放った。
「ノクトは口を挟まないで。これは彼と私の問題なのよ」
そのいい方にぐっとノクトは言葉を詰まらせ口を閉じるしかなかった。レティは言ってからマズかったと心内で焦った。双方どちらかが引かねば、現状は悪くなる一方で旅にも支障が出てしまう。コルと無言のにらみ合いのすえ、ここは自分が折れるしかなかった。
レティはわざとらしくため息をつくとコルの方に向かって歩き出した。
「……わかりました。今回は貴方と共に行動します」
「賢明な御判断ありがとうございます」
丁寧に頭を下げて礼をするコルの姿に思わず言い返すレティ。
「礼などいりません。……ノクトのためです」
「失礼いたしました。……朗報を期待している」
レティを誘ってノクトたちの戸惑いなど気にせずに立ち去ろうとするコル。だがノクトは納得いかないと言わんばかりにコルを止めよう動いた。
「おい!コル勝手に何決めてっ!」
「ノクト!よせ、今は墓所にたどり着くことだけを考えるんだ」
だがその前にノクトの肩を掴んで止めさせたのがイグニスだった。
レティが一時でも離れることに不安を感じたのだろうノクトは「だけど!」と言い募ろうとする。そんな感情に動かされるノクトにイグニスは、的確に自分たちにとって有利な点を述べた。
「将軍がお守りくださるんだ。逆に安心できる。中は何が待ち受けているかわからないんだ。そんな状況下でレティを守り切れるかわからない。少しでも安全な場所で待っていてくれたほうがオレたちには都合がいいんだ」
それに続けてプロンプトがわざと明るい調子でこう付け加えた。
「ノクト、さっさと終わらせて姫迎えにいけばいいじゃない。行こうよ」
「そーいうことだ。とっとと行くぞ」
ニカッと口角を上げバシッとノクトの背中を叩いたのはグラディオ。
仲間たちの前向きな言葉に押されてノクトは渋々納得した。
「……わかった……。レティ」
「ちゃんと待ってる」
「……すぐ終わらせて迎えに行くから」
「うん。気を付けて」
レティは軽く手を上げ微笑んでノクトたちを見送った。
彼らが完全にいなくなるまでじっと見つめながらレティは傍近くに控えるコルを見ようはせず呟くように尋ねた。
「……コル、あの人は…。どんな最後を遂げたんですか」
先ほどの強気な態度と一転し、その声は今にも消え入りそうなほど弱弱しいもの。
コルには真実を知るのが怖いと、怯えているようにも見えた。だがコルは嘘をつくことはなくありのままの出来事を伝えた。
「……最後まで王としてあり続けました。ノクトと貴方の身を最後まで御案じなされておいででした」
「娘、じゃないのに?」
皮肉を込め、ちらりとコルに視線をやりながらレティが自嘲めいた笑みを浮かべて言うと、
「……貴方はレギス様の御子です。血の繋がりは、あるのですから」
とコルは真摯に想いを込めそう伝えた。だがレティは顔を歪ませて頑なに拒んだ。
「嘘言わないで。私には王家の血なんて一滴も流れてなんかいないはず。だって私は…!」
「今はお伝えすることはできませんが、どうかこれだけは信じてください。貴方はレギス様に愛されていた」
「愛されていた?あれで?私を愛していたっていうの?……嘘、信じないわ。出鱈目いって私を惑わそうとしないで」
自分を守るように両耳を塞ぐ真似をしてまでレティはコルの言葉を受け入れようとしなかった。コルはこれ以上何も言えなかった。あまりにも苦悶の表情を浮かべて苦しむレティは見ていて痛ましいものだったからだ。
「……姫……」
「……なんで、今さらっ!私は、私、は……」
「レティ……」
色々な葛藤が彼女の中で交差しているのだろう。今まで愛されていなかったという思い込みをバネに反動させ必ず外の世界に出てやるという願いを支えだけにやってきた彼女。だが実際はちゃんとノクトと変わらずに愛されていたと言われたことで自分が創り上げてきたアイデンティティーは一気に崩壊してしまった。
信じたい!けれどそれを受け入れてしまっては今まで形成してきた自分はどうなる?
追い込まれて取り乱す姿をただ見つめることしかできないコル。
だがレティはハッと自分のみっともない姿に我に返り、気まずさから逃げるように
「……行きましょう」
とコルを促して歩き出した。コルも余計はことは言わずに「……はい」とレティの後に続いた。
※
集落に到着した後、一旦休憩したコルはこの周辺区域を調べるとモニカに告げレティをモニカに託そうとした。レティは集落に着いてからずっと口を噤んだまま喋ろうとはせず、クペは黙って傍に寄り添うばかり。だから今はそっとしておくしかないとコルは判断したのだろう。
「姫、どうかモニカとここでお待ちください。私はこの地域を探索してまいりますので」
粗末な椅子に腰かけて顔を俯かせるレティにそう声を掛け、挨拶を済ませるモニカに姫を頼むと頼みコルは立ち去ろうとした。だが「私も行きます」という呼び止めにモニカもコルも耳を疑ってしまった。
歩みを止めたコルはゆっくりと振り返ると、椅子から立ち上がって真っすぐに自分を見つめるレティを厳しい視線で捉えながら
「……もう一度お聞かせ願えますか」
と低い声で威圧するように言った。レティは一般人なら確実に臆する視線もその態度にも負けることなくハッキリとした声で言いなおした。そこには先ほどまでの取り乱した様子は一切なく、彼女が嫌がる言葉でいうなら王族とした堂々たる佇まいさえも感じられるほどであった。
「私も行きますと言いました」
「……貴方をここに留まらせる意味は理解しておいでか」
「理解もしているし自分の立場も分かっています。けどあまりに一方的ではありませんか?私は物ではありません。自分で考え自分で動く手足はある。……貴方が私を置いていくというのであれば勝手に行かせていただきます。幸い、召喚獣はいつでも呼んでくれと嬉しいお誘いをしてきてくれていますし、前回のような魔力暴走も今のところありません。……共に連れて行った方が監視の目も行き届くのではなくて?」
挑発的な態度にまるで脅されているようだとコルは感じ取った。確かにレティの考えを無視し危ないからと自分の判断で自由を強いるのと彼女の意見を取り入れて行動を制限するのとでは明らかに違いがある。イグニスからレティの魔力暴走の件は既に報告を受けているのでまた起こらないとも限らない状況。はねっかえり娘の行動はさすがの不死将軍にも先読むことはできなかった。
なので今度はコルの方が仕方なく首を縦に振るしかなかった。
「……私から決して離れぬようにお願いいたします」
最低限の条件を伝えることは忘れずに。
それでもレティは納得した様子。
「分かりました。迷惑は掛けません。私には、コレがありますから」
そう言ってレティは、一瞬の間に自分の手に武器を出現させた。コルはその武器を初めて見て驚きを隠せなかった。レティは戦闘中は必ず杖で参加していたからだ。
「その、武器は」
コルがそう尋ねるとレティは寂しそうに微笑みながら、思い出すようにゆっくりと語った、
「クレイが、私には一番双剣が合う、相性がいいと褒めてくれたんです。この武器も私のイメージで創りだしたもの。ああ、今でも思い出せます。あの容赦のないクレイの一撃。
模擬戦闘でも一切加減しなかったクレイに最初は鬼だと思ったわ。幼子相手に本気で仕掛けてくるとか何って?でもそれがクレイの優しさだった。姫だからではなく、生きていく上で必要な術を私に叩き込もうとしてくれた。外へ行くと意気込む私を引き留めようとはせずむしろ背中を押してくれていた。私は、守られていた。自分が考えるよりもずっと大きなものに」
時に厳しい師匠として、時に父のように温かく抱擁してくれここまで導いてくれた。
両瞼を閉じで思い出に浸るようにそう語るレティ。
「……」
コルは黙ってレティの気持ちを受け止めた。
「……クレイは、死んだのでしょう?分かってるわ。誰も言わないし、グラディオラスもあえて語ろうとしないものね。……あの人を、置いて生きるなら舌を噛み切って死を選ぶような忠義心に溢れた人だもの。陛下を守って死ねたのなら本望でしょう。……私は、私の覚悟を持ってノクトを王にさせる。その行く手を阻むものは誰人足りとも許さない。生半可な覚悟で私はここにいるわけじゃないの。それだけは、どうか信じて」
レティの内なる覚悟を聞いたコルは、確かな姫の成長をまざまざと感じながらもこういわずにはいられなかった。
「……どうか、無茶だけはなさらないでください」
その覚悟がいつか姫自身に跳ね返ってくるのではないかと恐れてならないのだ。
だがレティはそれさえも受け入れる覚悟なのかもしれない。まるで先を見据えているかのように真っすぐな瞳でコルを見つめ、小さく微笑んだ。
まるで大丈夫だと言い聞かせるように。
「わかってるわ。じゃあ行きましょうか」
「はい」
そしてモニカ含む三人と一匹は北ダスカ封鎖線へ向かうことになった。