レギスside
私には息子と娘がいる。ノクトは小さい頃から物静かで人見知りをよくしていた。その逆にレティは活発なアウライアのように誰にでも人懐っこい子だった。だからよくノクトの方が弟じゃないかと思われていたらしい。
いつも追いかけっこをして逃げ回るのはレティでノクトは元気なレティに追いつくのが毎回必死みたいだとアウライアが笑いながら言っていた。
幸せだった。私とアウライアとノクトとレティと過ごす日々が夢のようだった。いつか訪れる別れを感じながらも。
ついこの間、ノクトと共にドライブに出かけたレティがイグニス達を置き去りにして二人でその場から逃げたと報告を受けた時は生きた心地がしなかった。……分かっている。クレイラスにも心配のしすぎだと注意されたものだ。王都内にいることは頭で分かっているものの、気持ちは落ち着かなかった。だからこそ、コルに連れられて私の所へ来たレティを見た時はほっとした気持ちをなんとか押し隠して謹慎処分を言い渡すのが精一杯だった。
王女としての仮面を張り付けたレティは私を父とは思わない瞳で見つめてきた。
『お前がノクトを嗾けたそうだな』
『間違いありません。今回は私の我儘で皆に多大なご迷惑をかけてしまいました。大変申し訳ありませんでした』
深く頭を下げて謝罪する姿に私はやはりレティとの見えない壁を感じて胸が苦しくなった。自分で蒔いた種だというのにな。昔はよく笑う子だった。暫く私はレティの笑う顔を見ていない。
『……もういい。レティーシア、お前に謹慎処分を言い渡す。許可が下りるまで部屋から出ることを禁じる』
『……レギス……』
玉座に座る私の隣でクレイラスが咎めるような声を出したが、私はそれを無視して顔を上げたレティを見下ろした。
『いいな』
念を押すように言うとレティは再度頭を下げて『………承知いたしました。御前失礼いたします』と口にすると素早く玉座の間から立ち去った。コルが私に目配せをしてそれに頷くと急ぎレティの後を追う為部屋から出ていった。私は極度の心配によるストレスと緊張から深く玉座に背中を預けた。
『レギス、今のはあまりに厳しすぎやしないか』
『仕方あるまい、レティの想いを汲んでやりたいがあの子はルシスの王女だ。皆に迷惑を掛けている事実をしっかりと受け止めさせなければ』
私は王として私は国を治める義務がある。
民を守り、国を守り、王としての責務を果たす。それは歴代の王達がこなしてきたことだ。だからそれを当たり前と受け止めている。そして立場的にルシスの王女であるレティにもその責務は乗っているのだ。私の言い分にクレイラスは顔を歪める。
『………それは分かるが、……レギス。やはりレティに真実を明かすべきではないのだろうか。このままではお前達の関係は壊れていく一方だぞ』
『……分かっている。―――分かっているさ』
私は目元を片手で覆いながら苦々しく言い返す。
言われるまでもない。私とレティとの家族としての絆はとうに絶たれている。あの日、私が幼いあの子に突きつけた諸刃の刃が全てを壊したのだ。そうだ、私の身勝手な想いなのだ。これは。
だがどうだ?いずれこの地を去ってしまうあの子が突然いなくなる現実を私は恐れている。だからこそ、私は謹慎処分だと言って過剰に部屋に閉じ込めさせる。王として命を出せばあの子が逆らえるはずがない。
なんという浅ましさだろうか。親としてあの子を守るべきだというのに、あの子に自由を与えるべきだというのに。
この地に二度と帰ってこないかもしれない。そんな恐怖心が私を襲うのだ。
私の可愛い娘。レティーシア。
遥か古に降り立ったという女神の名をもらい受け名付けた愛しい娘よ。お前は今の世襲制を不満に思っていることだろう。今の王の在り方に疑問を抱いていると密かに報告を受けている。その考えはこの閉鎖されてルシスでは異端扱いを受ける。なぜなら今の形を保っていられるのは王という犠牲あってこそなのだ。クリスタルの恩恵を授かるとは言っても代償がないわけではない。王という命を持って民を守る。
歴代の王たちがこなしてきたように。
……ノクトには正直今の世襲制を受け継がせるべきなのか悩むことがある。私も所詮人の子というわけだ。民の命よりも息子を生き長らえさせられる方法を求めている。
―――王は短命だ。
その命を持って魔力障壁を発動させているのだから。
私の老いもその代償にある。ニフルハイム帝国との膠着状態から時は流れ、こちらは劣勢に追い込まれている。仮初の平和の向こう側では日々王の剣が命の炎を燃やして王都の為に戦ってくれているというのに私は共に戦場を駆けることもできない。不甲斐ない王だ。私一人では何もできないとは。
ニフルハイム帝国を率いる皇帝。
イドラ・エルダーキャプト。アイツが真に欲しているのは、本当にクリスタルか。あの力を渡せば本当に見逃すと?いや、そんなことはない。あの男はそんなぬるい甘さは捨てるはずだ。なぜなら私は再三に渡って奴から提示された譲歩された条件を蹴とばしたのだ。
クリスタルの所有権とルシスの王女の身柄を引き渡す。
これがイドラが譲歩したと抜かしている条件。その代わりにルシスから手を引く。ニフルハイムに攻め入られた土地の返還もすると。ふざけた話だ。一人犠牲にするだけで民を守れるなら安いものだと?
娘を犠牲にする平和などいらぬ。―——私は、弱い王だ。
誰よりも強くあらねばならないというのに、家族を守る事だけを考えている打算的な王だ。民を国を守る立場にありながら、息子娘を守る方法を模索している。
どうにかしてレティを、ノクトを守る方法がないか。
日々そのことを頭の中で考え巡らせている。
『レギス』
『………すまない、少し一人にしてくれ』
『……あまり考えすぎるな』
クレイラスは気遣いの言葉を掛けてから階段を下りて静かに部屋から出ていった。玉座の間に私だけが取り残される。
静寂に包まれた空間で私はただ、レティを想う一人の父としての姿に戻る。この時だけは戻れるのだ。
『…レティ……すまない、すまない……』
直接謝ることができない愚かな父だ。許してくれなどと言わない。言えるわけがない。縋ることができない私が唯一縋りたいと願う妻は私の所為でその命を絶たれた。
顔を両手で覆い、己の罪の重さをひしひしと感じた。
『レティーシア……私は、……どうすればよいのだ?……アウライア、教えてくれっ!』
懇願する声が玉座に響く。
私は、弱い王だ。娘を守ることも息子を守ることも妻を守ることもできず、全てにおいて中途半端のまま無駄に時間だけを経過させている。これ以上の関係が壊れることを恐れ、いつか訪れる別れから目を背け今の形に縋ろうとする。
『愛している、レティーシア……』
直接告げられぬ父を憎んでくれ。嫌ってくれ。
私の想いはお前を傷つけるだろう。だがそれでいい。
お前が強く羽ばたいてくれるのなら。私はそれでいい。
どうか、私を憎んでくれ。
【どんな形であれお前の中に刻まれるのなら、それは私の幸福となるだろう】