レティーシアside
コルと別れた私達は、ダスカ地方へと向かうべくレガリアを発進させた。
出発前、電話でシドニーにダスカ方面へ行くことを告げると、寂しそうな声で『ちゃんと帰ってくるんだよ!危ない真似しちゃいけないからね』とまるで妹を心配する姉のようにアレコレと注意してきたり、何あったらすぐに電話してくることを半ば強制的に約束させられた。
でも私はシドニーのおせっかいが嬉しくて頬を緩ませて何度も相槌を打ってはありがとうと心から礼を伝えた。
初めて会った時から優しく接してくれた彼女の存在はもう私の中で消せないほど大切な存在だ。実は今度シドニーに会ったらプレゼントしようと思っているアイテムがある。
偶然、ゴブリンがプレゼントしてくれたものなんだけど『空力ワックス』っていうのかな?昔の王都製のものらしいんだけど、私では扱えないものだと思う。きっとワックスだから車用製品ね。シドニーなら喜んで使ってくれるんじゃないかと思って、今度会ったらとびっきり驚かせてあげるねと伝えてある。シドニーは笑いながら期待してるよって。
あ、それとシドさんにも一言よろしくって忘れずに言ったよ。
そしたら、なんだかすぐ近くに居たらしくてシドニーが面白がって私と話したそうにしてるよって代わってくれようとしたの。でもシドさんはぎょっとして慌てて逃げてったみたい。素直じゃないなぁ~ってシドニーは笑いを堪えてたけど、私はちょっと意外すぎて吃驚した。話す機会なんてあんまりなかったし、相手も近づくなオーラ出してたし私も敬遠してたから。お互い軽い挨拶する程度。
だからシドニーに、シドさんにも行ってきますって伝えてくれる?と頼むと快く承諾してくれて『……気を付けて。レティ。無理だけはしちゃだめだからね』と真剣そうな声で言った。だから私も『うん。……行ってきます』と言い返し名残惜しくも電話を切った。
それから『ノクト達から絶対離れないように』と何回も同じこと言うコル。
『どうかお気を付けください、姫様』と最後まで迷惑かけっぱなしで申し訳ないと頭下げたら逆に慌てて、『そのようなことなさらないでください~!』と半泣きになったから可愛いと思ったモニカ。そして『必ずコル将軍のように立派な騎士になって見せます!』と意気込むグレンに見送られてまずはコルニクス鉱油・アルスト支店へ向かうこととなった。
カラカラな大自然ばかり見ていたからゲート抜けてしばらく、緑豊かな大自然を目の当たりにした時は息を呑んだ。
本で読んだ知識なんか吹っ飛ぶくらい、大地の息吹を全身で感じたの。
「うわぁ……」
「スゲー!」
「広いクポ~」
感嘆の声が漏れる私とプロンプトそして、珍しくプロンプトの膝に座っているクペ。
シートから立ち上がってプロンプトが座るシートの肩部分に手を乗せて前のめりになって目の前の光景に見惚れる私にノクトがすかさず、「危ねぇぞ!」と叱ってきて私の腰元に腕を回して無理やり座らせられた。私は頬を膨らませてノクトに抗議した。
「むー!ちょっとノクト、せっかく大感動してたとこなのに」
「だからって立つなっつーの」
「自分だって後ろの方で座ったりするくせに」
「オレは慣れてるからいいんだよ」
ぶしゅっと膨らませた頬を両手で潰され意地悪い笑みを浮かべるノクト。しかもノクトだけじゃない、運転中のイグニスまで過敏に反応しては
「レティ」
と私の名前を呼んで釘を指してくる。私は
「あーはいはい。言わなくても分かってます!おねーさまぁ~。運転に集中してくださいませ~」
と適当にあしらってむすっとした顔でシートに背中を預けた。「誰がお姉様だ……」とのイグニスのぼやきは気にしない。隣で読書中のグラディオラスがぼそっと「止まってから楽しむことだな」と上から目線で言ってきたのがムカついたので、開いている本の前に手を差し出し視界を邪魔して読むのを妨害してやった。
「何すんだよ」
「別に~」
何食わぬ顔で妨害し続ける私に、グラディオラスがキレた。
「この、っほ、くっ!」
「てぃ!ほやっ!」
地味に二人の間で攻防が続いた、結果。
「なんでこうなるの?」
「大人しく寝とけ」
グラディオラスの膝に頭を乗せられて(抑えられて)、寝ろと強制睡眠。ノクトが「ズリぃ」とか羨ましそうな声出してるからグラディオラスの膝で寝たいらしい。私としてもぜひ、代わってあげたいけど、逃げられない状況なのでまたの次回にしてもらおう。
丁度眠たくなっていた私は大人しく瞼を閉じることにした。
「眠い」
「ああ、着いたら起こしてやる」
ポンポンと軽く頭を撫でられて寝心地は快適とは言えないが、妥協してやることにした。
※
ああ、そういえば。
男の人に膝枕してもらうのってこれで二度目だと思い出す。
あの時は、確か。そう……ノクトと些細な喧嘩してイラついておまけに一部始終を耳にしていたと思うあの人からのちょっとしたお叱りの言葉。
カッと怒りに頭が真っ白になって自分の部屋に飛び込んで、絶対開けるな。開けたら死んでやる!とメイドや執事に脅しを掛けて絶対入らせないようにしてクペに身代わりを頼んでエルを伴って城を飛び出た。向かった先は彼の部屋。仕事疲れでクタクタな彼にドアを開けてもらって遠慮なしに彼のベッドに寝転んだ。
『何してんだ』
『別に』
『……泣いてるのか』
『泣いてない』
決していいベッドとは言えない。安物のベッドだ。
スプリングがギシギシ鳴ってるし彼が横に座ってへこむのも分かるくらいだもの。エルは私の傍をうろうろして「キュン」と悲しそうに鳴く。私は手を伸ばして大丈夫だよと撫でてあげる。けど、本当は大丈夫じゃない。
あの人はいつも私を見てくれない。
あの場所は私の本当の居場所じゃない。
それでも私の逃げ道はここだった。その時はそう思って駆けこんでしまった。
『……ったく。男の部屋に気軽に入るなっての…』
彼の困った声に、少し体を強張らせた。ここも、駄目なのと思ったから。
『……』
『ほら』
パンパンと何かを叩く音。怪訝に顔を少し上げて彼の方を見やった。
『……なに』
『膝、貸してやる。姫様には寝にくいベッドだろ』
私の身分を知ってなお、態度を変えない彼に私は多少なりとも救われた。
っていうか敬われたような覚えないかな。
『……痺れるわよ』
『鍛えてるからこれくらい大丈夫だ』
『ふーん。あとから叫んでも遅いから』
私は一度上体を動かして彼の近くに移動して再度彼の膝に頭を乗せ寝転んだ。
私の率直な感想。
『固い』
『だろうな』
苦笑する彼を真下から見上げていると、そっと目尻にそう指先。
私はその温かさと心地よさに瞼を閉じた。
『雨、降ってたのか』
『……そう。土砂降り状態』
外は全然雨なんて降っていない。私も濡れてなどいない。
それでも彼は全てを分かったうえでこういった。
『帰る頃には止むさ』
『そうなると、いいね』
私が泣き虫であると知っている彼の飾らない優しさが嬉しかった。
それからしばらくして彼は私をいつもの見送り場所まで送ってくれた。
『すっかり晴れたみたいだな』
『……うん』
『気を付けて帰れよ』
『ありがとう』
私が少し歩いた先で振り返って手を振ると、彼も手を上げて『またな』と微笑んでくれて嬉しくて『またね!』と返す。そして晴れた気分で城へと帰った。
逃げ道があるって、素敵だね。
※
まどろんでいく意識の中で今、彼はどうしているのだろうかと考える。他人のために何かをせずにはいられない犠牲心を持っていた彼だ。それでなくても彼は王の剣。インソムニアが襲われているのだから彼は、もしかしたら……。
いや、でもエルの加護がちゃんと彼を守っていると信じよう。
英雄はどんな屈強にも負けないはずだ。
ノクトも知らない。
グラディオラスもイグニスも、ましてやプロンプトも知らないこと。
私だけの英雄との思い出。
次の目的地までは時間があるんだ。少し思い出に浸ろうか。
【君の知らない物語】
※
二人だけの秘密。それは誰にも話していない出来事。
って言ってもクレイだけは知ってたんだけどね。私を迎えに来たのもクレイだったし。
あの人には言わない。だからもう二度としてはならないって迎えの車の中で厳しく諫められ私は頷くしかなかった。彼にも迷惑をかけるのは嫌だったから。
ぼんやりと車の窓ガラス越しに見慣れた景色に別れを告げた。
もう彼とは会うことはないんだと寂しさを感じながら、また私は檻の中へと帰った。
ニックス・ウリック。
王の剣に所属する若き英雄。辺境出身者でありながらその昔陛下にその身救われ力を得たいという一心から過酷な訓練にも耐え、晴れて魔法を得られるまでに成長。その後は仲間内でも目覚ましい成長ぶりから一目置かれる存在へと変貌。
っていう細かな情報は後から知った。
ただ大まかに王の剣だって教えてもらってたから。
それにしても私と出会う時は英雄ってよりも人の良すぎる青年?って感じだったかな。
だから色々と無理言っては困らせてしまったけど。
私が彼と出会ったのは、ほんの好奇心と閉じ込められることにいい加減嫌気がさしたから。だから冒険心から計画を立てて、召喚獣からの応援もあって私は見事城を抜け出すことに成功。クペは私の身代わりをしてくれているから、相棒に連れて行きなさいとシヴァに言われてカーバンクルと共に城を出た私。どうやって出たか?
それは秘密。
それと私の髪は目立つからってシヴァが用意してくれた黒のレースでできたフード付きポンチョを忘れちゃいけない。シヴァのセンスっていつも間違いないんだよね。
でも私の好きな白じゃなくて黒を選んだのには理由があるって。
『白は単純に目立ちすぎるわ』だって。なんかシヴァって普段からお洒落なイメージだねって褒めたら『あら、私だってセンスくらいあるわ。もしかしたらレティが気が付かないだけで傍にいるかもしれないわよ?』と可笑しそうに笑った。
変ないい方だよね。シヴァがいつも傍にいるだなんて。
出てくるときは突然なのに。
ああ、外じゃカーバンクルなんて言えないから、彼には偽名で『エル』って名付けた。即興で考えた名前だったけどエルは喜んでくれた。
フードは脱がないようにねと注意してくるシヴァとクペの見送りを受けて華麗に檻から脱出。私が都会的な所から下の階層に降りて行って迷った末にたどり着いたのは、移民たちが集中して住まうゾーン。活気と独特の文化が混ざり合っているところだった。
「うわぁ…」
「キュン!」『レティ、うろうろしてるとぶつかるよ!』
私と違う色の肌。私と違う言語が飛び交う広い異文化が広がる世界。
屋台では見たこともない料理や、独特の匂いに思わずリズム取ってしまいたくなるような音楽。見惚れてしまう私に肩に乗っているエルの注意を促す声は聞こえなかった。
案の定、人込みをすれ違う中、定番のフラグを踏んでしまった私。
「…きゃ!?」
「うわっ!」
ガラの悪い男に肩がぶつかってしまった私は、体をよろけながらも慌てて「スイマセンっ!」と頭を下げて謝ったが背後を別の男に塞がれてしまった。なんて手際の良さ。きっと最初から目を付けられていたのね。ガタイのいいネズミみたいな髭の男とまるまるっとしていて蹴とばしたらぽよんぽよん!って転がりそうな体系の男。ぶつかったのは、まんまるのほう。衝撃はすごかったわ。肉の弾圧が。
「お~い。いてぇじゃないの。え、お嬢さん」
「昼間っからフードなんか被っちゃって、怪しいねぇ」
絶対痛いわけないじゃない!と言い換えそうになったけどここで大事はマズいと判断した私は、二人に飛びかかりそうな勢いのエルを宥めて、
「あ、その本当にスイマセン。私、急ぐんで!」
そう口早に喋って隙間から強引に逃げようとした。けどねずみ男の方に腕を掴まれ動きを止められてしまった。
「ちょっと待った待った。焦って行かなくてもいいじゃん。オレ達にさ、詫び。忘れてるよ」
「…詫びって、ちゃんと謝ったじゃないですか」
身じろぎしてその腕を外させようとするけど、力じゃ叶わなった。
下卑た視線が私の体を嘗め回すように品定めしていて気持ち悪さから顔が歪む。すぐそばを行きかう人々は関心すら寄せるが助ける気はさらさないらしい。まるで無視だ。
なんだか嫌な感じがした。
「いやいや、どこの世間知らずのお嬢ちゃんだよ。いいかい、ここらへんじゃ金で詫びるって決まってんだよ。……もしくは、……自力で詫びるってのも選択肢にあるよな~?」
「ああ、そうだな……。お嬢さん、どっちがいい?」
ぐっと距離が近づいてくる男二人。
「そ、んな……どっちもやだ!」
私は後ろの男の腹に肩肘を腹に叩き込んで、「ぐっ!」と呻いた瞬間を逃さずいざという時の為にクレイに教わった男の急所。金的蹴り!を目の前の男にお見舞いした。
「ぐお!?」
まんまる男は自分の急所を前かがみになって抑え込む。その隙に私は駆けだした。
「……ぐぅう、いて……あ、おいこら待てぇ!!」
「誰が待つか!」
そう叫びなら、私は全速力で走る。一人が腹を抑えながら私の後を追いかけてきて遅れてあのまんまる男も足をもつれさせながら続いたようだ。気配を後ろでビシビシ感じながら私は屋台やら人やら倒しながら身軽な動きで逃げた。結構な距離を走ったがそれでも男二人は諦めず執念深く追いかけてくる、追いかけてくる!
その執念深さを別の方向に向ければちゃんとした仕事も見つかりそうなのに。
魔法を使おうと思って指先からサンダーセットしようと思ったけど、ぴったりと肩に身を寄せているエルが慌てて
『レティ!駄目だよ!ここは人が多すぎるっ』
と教えてくれたので私はハッと今は城内ではないことを思い出し手を引っ込ませた。
頭はもうパニック状態だった。
「もう!どうすればいいの!?」
『レティ!?前っ!!』
「え?」
後ろに気を取られ、しっかり前を見て走ることを忘れてしまっていた私。
エルの制止を求める声に間に合わず、顔面から誰かの体に勢いよく突っ込んでしまった。
「っ!?」
「ふんぎゃ!?」
鼻が痛い!
その人物も私が突っ込むとは思わなかったんだろう。受け身すら取れずにその人ごと私は盛大に地面に倒れ込んでしまい、エルはその反動で「きゅぅ」と悲鳴を上げて転がっていった。
「いたた……、エル!?」
「……つぅ……おい」
低い声で機嫌悪そうに呼びかける存在は頭から思いっきり無視して私は痛む鼻を抑えながら転がるようにその人物の上から起き上がってエルの方へ駆け寄りその小さな体を胸に抱き上げる。
「エル、エル……大丈夫?」
「きゅうぅぅ」『…うん、何とか』
私の必死の呼びかけに目を回しながらもなんとか返事を返してくれたエルに、ほっと胸を撫で下ろす。けど、すぐ後ろから迫っている存在に気づいて私はぶつかった相手に「ほんとスイマセン!さよなら」と視線を合わせず挨拶もおざなりにエルを落とさないようしっかり胸に抱いてまた駆けだした。
「あ、おい!?」
「ほんとスイマセン~!」
呼び止める声に誠心誠意謝りつつ、
「待ちやがれっ!!」
「誰が待つか~~~!!」
と言い返すことも忘れずに私は注目を集めていることも承知の上で必死に逃げた。
後ろから、もう一人追っかけが増えていることも気づかずに。
【あれ?なんか追って増えてない?仲間か!?】
※
初めての場所で私に完全に男たちをまくことはできずに、路地に追い詰められてしまった。体力的にも限界で息を切らしながら壁際に追い詰められ、迫りくる男二人を睨み付けるだけで精一杯だった。
「手こずらせてくれん、じゃん!」
「ぜってぇゆるさねぇぞおい!」
ここなら、魔法を使えるか!ああ、でも一般人には使うなってクレイにキツク言われてるんだった!?どうしよう……。
何処から調達したのか鉄パイプやら木の棒やらちらつかせながら、お怒りの御様子。
エルが私の腕から飛び降りて、威嚇して私を守ってくれるも男二人はエルの勇敢な姿に、ムカつくほど笑い飛ばしてきた。
「こんなちっさい体でご主人様守るってか?笑えんじゃん!」
「大した忠誠心だな、おい……。お嬢ちゃん、ちょっとオイタがすぎんだよ!」
男が鉄パイプをエルに振り落とそうとする。
私は悲鳴を上げてエルを守ろうと何も考えずに飛び込んだ!
「駄目ぇぇぇえええ――――!!」
私の伸ばした腕とエルが地面を蹴って飛びかかろうとするのと男が勢いよく振り下ろそうとする鉄パイプ。
全ては、一瞬で終わるかと思った。
けど、
「残念だが、終わりだ」
聞き覚えのない声が男たちの背後からしたと思ったら、目の前に見知らぬ男があっという間にごろつき二人を倒して呻いてばったんきゅー。
今なんか、テレポートしてなかった?いや、きっと私の見間違いだろうさ。落ち着け私。
「……」
エルは私の腕の中に飛び込んできて耳をピンとさせているけど警戒している様子はない。
危険人物ではないのかも。
その青年は頑丈そうなブーツを履いていて倒れ込んだ二人を一瞥して振り返った。よくよく彼の服装を確認してみると、制服のような恰好をしている。
「……あの」
「……困っていたんだろう、アンタ」
「……ええ、まぁ」
確かに困っていた。
ヤバかいとも思った。けど、どうして助けてくれたのか理解できなかった。
っていうか誰?
「……アンタ、この辺は初めてだろ。……無暗にうろつかないほうがいい。この辺の奴らはアンタらルシスの国民には快く思ってないからな」
ちょっとトゲのあるいい方?って感じてしまったがきっと気のせいだろう。
「……あの、ところで誰でしたっけ?」
コテンと首を傾げる私に、青年は愕然としたようだった。けどはぁっと重い息を吐いて、説明してくれた。
「………さっき倒されたもんだ。アンタに」
「ああ!確かにそういえば」
ぽんと納得したように手を叩く私に彼は背中を向けて、
「……上まで連れてってやる。行くぞ」
と歩き出した。どうやら案内を買って出てくれる様子に私はもちろん疑ったが、とりあえずは伸びてる二人の仲間ではないと判断。ずっとここにいるわけにもいかずに私もよっこらしょと腰を上げようとした。けど、上がらなかった。
どういうわけか、力が入らないのだ。
「……」
「……どうした。来ないのか」
私が立ち上がらないことを不審に思った彼が、少しだけ体を振り返らせていた。
「僭越ながらその、手を貸していただけると助かります」
「……は?」
「腰が、抜けた」
「……」
私の情けない声に青年は痛そうに頭を抱えた。でもすぐに戻ってきて
「手がかかる奴だな」
とぼやきながらも手を差し伸べてくれた。でもよく考えると今立てない私。
どうしたものかと悩んでいると、「悲鳴上げるなよ」と前置きされ、あっという間に逞しい腕に抱き上げられていた。私が知る周囲の人間とは明らかに彼の容姿は違っていた。肌の色が少し浅黒く鍛え上げられた体はなんとなくグラディオラスを彷彿とさせた。裏路地から出ると彼の瞳が青空のように綺麗な色であると分かった。
って冷静に分析してる時じゃない!姫抱き姫抱き!?
「ひえ!?」
「だから声を上げるな」
いやいや!そんな無理ですから!
至近距離で見知らぬ男性とその時は密着したことなどない私に落ち着けという方が無理だった。エルは警戒しておらず、彼の肩にちゃっかりと乗っている。
青年は気にした様子もない。割と動物は好きなのかな?
ってだから分析してる時じゃないって!突っ込む私。
「いや!でも私重たいし!いいですいいです!降ろして~」
「歩けないんだろう、アンタ。……オレが帰れなくなる。悪いがこのままだ」
ズンズンと元来た道を歩いていく彼。私の抵抗など皆無に等しかった。
けど不思議でしょうがなかった。なぜここまでしてくれたのか。
だから好奇心から尋ねてみた。
「あの」
「なんだ」
「どうして、助けてくれるんですか?」
「……さぁな。アンタが困ってた、から」
もっともな理由にして、もっとも理由にならない答えだ。
初対面である彼と私に接点などない。むしろ私が突っ込んで倒してしまった相手だ。いい想いをしていないのは承知なはずなのに、それでも困っていたということだけで助けてくれるなんて。
彼の、人柄はまさにアレだった。本で読んだ、
「……英雄だ」
初めて本物と出会えたことに一人感動してしまった。
英雄と会えるフラグ回収したのか私!?とその時はテンションMAX。
「……はぁ?」
「あ。いえいえ!ナンデモナイデス」
手をブンブンと降って慌てて笑って誤魔化した。彼は怪訝そうにしていたけど、歩みを止めることはなかった。真正面を向いて、人々からの好奇の視線さえも気にせずに進む。ああ、フード被ってて助かった!と心底ほっとしたのは後にも先にもこの瞬間ぐらいなものだったな。
「……」
「……」
「あの」
「……なんだ」
鬱陶しそうに受けごたえはしてくれる。かなりのお人よし。
ここは、チャンスだと私は意を決してこう質問した。
「貴方って移民の方、なんですか?」
「……ああ、そうだが」
ビンゴ!
私は嬉しさのあまり身を乗り出して距離が近くなったことにより、ぎょっとする彼にこう頼み込んでいた。
「外!」
「あ?」
「外の世界!教えてくださいっ!」
「はぁ?」
今度こそ、彼はピタリと歩みを止めてしまった。
「とりあえず自己紹介を。レティです。末永く宜しくお願いします」
「いやそれはない。……ニックスだ。ニックス・ウリック」
【これが彼との出会い】