イグニスside
彼女が自分の出生について粗方情報を得ていると確信がついたのは、将軍との一方的な言い争いの最中だった。王族であることを毛嫌いしている、というよりも嫌悪感すら抱いていて何も知らぬノクトがいるにも関わらず、感情剥きだしに将軍を睨み付けるレティにオレは衝撃を受けずにはいられなかった。そういえば、ふとあの時のレティが言っていた言葉を思い出す。レガリアに給油している時のことだ。彼女の世間知らずな行動からオレが諫めた時、彼女はこういった。
『……好きで王女になったわけじゃないわ……』
辛そうに堪えるように呟いた彼女にオレは何も知らずに厳しい言葉をぶつけてしまった。
『だが君は王女だ。その身である限り王女と敬われる存在なんだ』
いつもの調子でそれが彼女の為になると思ってやったことだった。だが実際はどうだ?彼女が昔から背負い続けてきた苦しみを理解せず、断片的に彼女がこうなのだろうと勝手に決めつけ、彼女の本当の、姿を知らなかった。知ったかぶりに過ぎなかった。ああ、出来るならその時に時間を巻き戻させてオレを殴って止めてやりたいくらいに憤っている。自分自身の愚かさに。心もとないオレの言葉でどれだけ彼女が傷ついたことか。それでも笑って普通に振舞おうとする彼女がどれだけ裏で涙を零しただろうか。謝ろうとタイミングを計ったが、どうにも言葉に出せずに怖気づいてしまう。……彼女に嫌われるのではないかと、馬鹿みたいに怯えているんだ。情けなくて誰にも言えないが。……だがチャンスさえあれば、ちゃんと謝りたいんだ。――すまないと。
※
オレが運転するレガリアがコルニクス鉱油・アルスト支店へ到着した頃には日も沈み始めていた。いつものことながらプロンプトの催促により今日はモービルに泊まることになった。
「ねーねー!今日はここに泊まろうよ。夜は危ないし、シガイも出るし、姫も寝てるしさー」
「まーな。イグニスは?」
「その方がいいだろう」
「だな」
レガリアを給油所の前で停止させオレとプロンプトは先にレガリアから降りたが、グラディオが「おい、レティ。着いたぞ。レティ」と自分の膝で眠っている彼女の肩を掴んで揺り起こそうする。だがオレも気になって様子を伺うがレティに動く気配はない。
「駄目だこりゃ。熟睡してるぜ」
「っぷ。涎垂らしてるわレティ」
降りかけたノクトがまた戻ってレティの顔を覗き込んで笑いを吹き出しながらグラディオにそう言うと、「げっ!」と呻いて反射的にレティの頭をシートに落としてレガリアから飛ぶように降りた。ごすっとレティの頭がシートに落ちたのを見てオレは思わず
「おい!」「グラディオ、危ないだろ」
とその行動をとがめた。声が被って聞こえたがノクトも同時に声を上げていたようだ。タイミングまで被るとは……。オレとノクトに責められグラディオは
「不可抗力だろ…」
と頭を掻く。クペがレティの元まで飛んで行き
「……色々あったから疲れてるクポ。テントに寝かせるクポ」
とレティの頭を小さな手で撫でながら言った。どうやら先ほどの衝撃でさえも起きないらしい。本当に熟睡しているようだ。ならオレが運ぼうと声を出そうとしたが先にノクトが
「じゃあオレが」
とレティを抱え上げようとする。だがクペが
「ノクトはダメクポ!」
と叫びながらノクトの顔にぺたりとへばり付いた。
「おわ?!何すんだよ」
「ノクトはレティ運ぶ時雑すぎるクポ!イグニス!運んでクポ」
「な!」
ズバリ図星らしいな、クペの指摘に絶句するノクト。
「イグニス!早く運ぶクポ!」
「あ、ああ」
オレはノクトにぐいぐい顔を引っ張られてもめげないクペに急かされ、反対側のドアから寝ているレティを少し引っ張り上体を浮かせて腕を回して抱き上げた。ぐっと近くなる距離に不謹慎ながらも胸が一瞬早鐘を打つ。だが寝ている女性に何を考えるんだ!と邪な気持ちを振り払ってオレは冷静さを保とうとする。そうだ、別のことを考えよう。
レティはよく自分の体重を気にしているが、今抱き上げてみると平均女性の体重はあると思う。彼女の身長から計算して相応な体重ではないだろうか?
これよりも軽くなってしまったら病気の可能性もあるかもしれない。まぁ、持ち上げる方の筋力も試されるわけなのだが、オレはそれなりに鍛錬を重ねているのでレティを運ぶくらいどうということはない。つまり、レティが今以上に重くなっても運ぶ自信はあるということだ。……何を考えているんだ、オレは。
よほど今の状況に混乱しているらしい。これは早々に部屋へと運ばなければならないな。
クペの方をみるとノクトにぺちぺちビンタを繰り出して果敢に応戦している。アレは地味に痛い。その小さな体からは到底想像つかないほどの目に見えぬ高速の速さで繰り出されるビンタ。だがクペの手自体が柔らかく気持ちがよいので痛みという痛みはない。むしろ癒し効果があるのではないかと期待すらしている。だが容赦ないその速さに首を左右に激しく振って脳がシェイクされている感覚に落とされる。本人の受け取り方によって効果は異なる。癒しを取るか、地獄を取るか、だ。どうやらノクトには残念ながら地獄のようだ。
「ぐえ!ぐほ!ぬは!」と呻くノクトに少し同情しオレはグラディオに向き直った。
「グラディオたちは先にモービルで休んでいてくれ」
「ああ、ノクトも連れてくわ」
「頼んだ」
そういうとグラディオは
「やるかコラ!」
とクペをもみくちゃにしているノクトの首根っこ引っ掴んで無理やりレガリアから引きずり降ろして有無を言わさず連れて行く。召喚獣相手にムキになるノクトを見てはため息しか出ない。クペは一瞬の隙をついて脱出しオレの肩に乗って
「まだほっぺが痛いクポ……」
と痛そうに頬をさすっている。オレは
「後で冷やすものを用意しよう」
と言うと
「お願いするクポ」
と先ほどよりも雰囲気が柔らかくなった。
「グラディオおまっ!裏切ったな!?」
「うるせぇ、疲れてんだよ。オレを早く休ませろ」
「だったらグラディオだけ先行けよっ!オレはレティを!」
「それはイグニスに任せろ」
「はぁ?!」
ズルズルとモービルに連れて行かれるノクトは恨みがましい視線でオレに「イグニス後で覚えてろ!」と王子らしからぬ台詞を吠えて行った。……王子としての品格は、ないな。
「イグニス」
「ん?」
ぽんと背中を軽く叩かれ、プロンプトの方を向くと、ノクトに聞こえぬような小さな声で
「送り狼にならないようにね」
と囁かれ、オレは「な!?」とわかりやすく動揺してしまった。
「じゃ後で!」
一言余計なプロンプトはオレが叱り飛ばす前にさっと逃げて行った。オレの頭の中でプロンプトの『送り狼』という言葉が何度もリフレインしクペに話しかけられても反応がなかったらしいので思いっきり頬を叩かれ我に返ることができた。……痛くは、なかった。
※
「まったく!ノクトは乱暴すぎるクポ!」
憤慨するクペが先導してテント内に入るとパッと照明が自動的に付く。
オレが中に入り切るとドアは勝手に閉まり、クペが手招きして「こっちクポ」とこれまたレティの寝室のドアが自動的に開く。まったく、初めて見た時から思うが便利なものだな。
中へ運ぶ最中、レティは色々と寝言を言っていた。
「金的蹴り~」だの「エルダメ!」と物騒なことを叫んだりして違う意味で驚かされた。
金的蹴り…だと?……どこでその言葉を覚えたんだ…。
城内の人間に吹き込まれたわけじゃないな。大体彼女の周りにはクリーンな人間しか配置されていないはずだ。秘密厳守が第一条件であるからそのタイプは限られてくる。
では誰だ?……もしや、グラディオか。ああ、アイツなら余計なことを教えていてもおかしくはない。自分の防衛のためだと言ってな。しかし、言葉がスマートじゃない。もっとぼかしを入れて言えないものか。寝言にしては内容が具体的すぎて少し気になった。だが今はレティを早く寝かせてやることを優先させよう。それにしても彼女の寝室に入るのは初めてだな。王都の部屋からそのまま全て持ち込んできたということらしい。道理で見たことある家具ばかりだと思った。……多少どぎまぎしてしまうのは仕方ない。これも男としての正常な反応だ。決してやましい考えなどない。クペは、レティのベッドを整えてながら、ぼやいている。
「大体ノクトの行動パターンは読めてるクポ。運んだついでに眠たいからって一緒に寝ようとするクポ。そうなると朝にはレティが締め上げられて苦しんでるお馴染みのパターンになるクポ。……今日くらいはゆっくり寝かせてあげたいクポ。イグニス、いいクポ、寝かすクポ」
オレは頷いてレティをベッドへとそっと横たわらせた。
するとレティは「……腰が、ぬけ…た…」と少し苦しそうに呻きながら身じろぎし反対側を向く。
一体どんな夢を見ているんだ?
クペが甲斐甲斐しくレティの靴を脱がして床に揃えて置くのを見守りながら、
「だからオレ、というわけか」
とクペがオレを指名した理由が判明して納得できた。
「イグニスは紳士だから安心して任せられるクポ!」
「……そうか」
クペが上掛けを掛けてやると「クペはシャワー浴びてくるクポ。寝顔見てるくらいならいいクポ」とオレに言うと、鼻歌交じりに機嫌よさそうに部屋を飛んで出て行った。
どうやら、オレは相当信用されているらしい。これがノクトだったら蹴りだされているのか…?
どうしてか、複雑に気分にさせられる。信用を得ているというのは嬉しいが、その期待を裏切った時オレに待ち受けているのは、ノクトと同じ、クペのぺちぺちビンタということか。……少し期待する自分がいる。
「……」
オレは、ベッドの端にゆっくりと腰かけ今度は「…えいゆう…」と謎の寝言を連発しまくるレティを眺める。またこちらに寝返りを打ってその顔はニヤニヤと緩んでいる。オレはなんとも暢気な様子に笑いを殺しながら、レティの乱れた髪を直すために手を伸ばす。
さらりと指の隙間からすり抜けていく絹のような長く美しい銀髪に閉じられた整ったまつ毛も同じ色。白く透き通るような柔らかい肌。日焼けなどしないのではないかと思うくらいに色白で普段から化粧していないとおもえないほどの彼女の整った容姿。ぷっくりと吸い付きたくなるような赤い唇には思わず喉がごくりと鳴ってしまうほどで、オレは傾きそうな本能を自制させる。
駄目だ、これ以上と線引きの意味を込めて手をひっこめた。気軽に触れられる存在じゃない。
普段のお転婆姿からは想像もできないほどの秘密を抱えた王女。混血のプリンセス、か。
陛下がその御命賭けてまで守りたかった存在が今こうして目の前にいることの意味を、重要さを改めてオレは再認識する。いや、させなきゃならない。
ふと気を緩めればあっという間に彼女は攫われてしまうだろう。いや彼女自ら駆けて行ってしまうかもしれない。実際に、彼女はイクシオンの背に跨って魔道兵の大軍相手に容赦なく猛攻撃を仕掛けた。あの時の表現しがたい恐怖は今もオレの中で忘れることはできずにいる。オレは、思わず心の内を吐露していた。寝ているなら聞こえないという卑怯な考えも少なからずあった。聞いて欲しい、だが聞いて欲しくないという矛盾を抱えながら声を震わせてオレは口を開く。
「あの時、……怖かったんだ。……本当は君を失ったかと思ったんだ……。君がイクシオンと共に飛び出て行ってしばらくオレは現実を受け入れられなかった。グラディオに怒鳴られ乱暴にゆすられて初めて追いかけなくてはという気になった」
「……」
「君が、生きてるとグラディオが言ってくれなければオレは冷静になれなかった……。ノクトでさえ取り乱していたんだ。オレだってそうなりたかった、そうしたかった。…でもオレが取り乱してしまえば冷静な判断が下せなくなる。だから、オレは……」
「……」
「……君に、謝りたかったんだ……。すぐにでも謝ればよかったのものを……オレは、君に嫌われるのではないかという恐れから逃げてしまった。……すまない、レティ」
一気に口にから流れ出るように出てくるオレの気持ち。
「……オレ、は…」
口元に手を当てがって、言葉にすることでオレは今までが不安でたまらなかったんだとようやく認識できた。言うことが許されない立場だから自分を律し、其れゆえに吐きどころがなく溜まっていくしかない気持ち、想い。だがオレはレティの前だと素直に口に出せている。今も正直、驚いている。
「君の、お陰なのか……?」
自分の気持ちに、正直になれていることに。あれだけノクト達の前でそれらしく振舞っているが、彼女の前では、オレはただのイグニスでいられるこの安心さ。これは。
「君がオレの心の拠り所だから、か」
ストン、と何かが自分の中で落ち着いた。好きだ再認識したのは極最近で、告白も想いのまま先走ってしまった。結局はレティの中でカウントされていないようだが。
…ただの好きの継続じゃない。オレの抑えきった心を解放してくれる存在。精神安定剤。いい方は様々だろうが、オレにとってレティはそんな存在なのだと、今気づくことができた。
「……まったくもって、君の力は偉大だな」
苦笑してしまうオレの前で君は健やかに寝息を立てて眠り続ける。
こんなにも愛しいと思うのは、この先、彼女だけだろう。
「………」
少しだけ、……紳士の服を脱いでもいいだろうか…。今だけは。
オレは、眠るレティの顔のすぐ横に手をついて、遠慮がちにそっと額にキスをした。一瞬のような永遠のような、気にもなるくらい胸が高鳴った。
「おやすみ、レティ……。君の夢路が幸せなものに繋がっていることを祈ろう」
オレはゆっくりと彼女を起こさぬように気を付けながらベッドから降り、ベッドサイドに置かれた仄かなランプだけの明かりを残し照明を消してから静かに部屋を出た。
【部屋を出た瞬間から紳士に逆戻り】