【ノクトの気持ち】
女が恋をすると化ける、という言葉を聞いたのはいつだったか。化けるといや、プロンプトも小学生の時は太っちょメガネの子供だったが、高校生の時はそのイメージをぶち壊すくらい均整のとれた体になったからな。そんな感じか。
そんなどうでもいいことを考えてオレはチェアにもたれかかるように座っている。
正直、現実から逃げたい。レティが恋をした。
普段じゃ絶対見せることのない、女の顔でレティは仲間に自分の想いを打ち明けた。理解を得たいという気持ちも一番だったみたいだが、何よりレティに同性の友達がいないこと。だがら恋の相談ができないことに不安を感じてオレにズズッと詰め寄っては、
「ノクトはいずれ結婚するんだから恋愛の一つや二つくらい経験あるんでしょ?恋のイロハ教えて!」
と乞われたりした。が、ある感情に気付いてしまったオレにその願いはぐさっと胸に突き刺さるものだった。
たとえ、レティに悪気がなくとも、そのやり取りを傍で見ていたイグニスも思わずオレに同情したほどだ。まさか、レティが、恋をするなんて。しかも相手が人間じゃなくて、召喚獣。しかも初恋。オレは額に手を当てて瞼を下ろして吐き出すように溜息をついた。
「………はぁ……」
これが落ち込まずにいられるか。兄ならば、妹の恋路を応援したい気持ちが自然と抱く、はず。だが、それが普通の関係ならばの話で。オレとレティは普通なようでいて普通ではいられない間柄だ。レティはオレを家族として想っている。そりゃ普通の感情だ。けどオレはそれとは別に違う感情をレティに対して抱いてる。レティが好きだ。異性として、……守らなきゃいけない大切な女として。
ああ、妹に抱いていい感情じゃない。オレはいずれは国のために結婚しなきゃいけねぇ立場だ。それはちゃんとわかっている。けど理性と感情は別物だ。好きだって気持ちは、誤魔化せられないんだ。
ダメだ!こういうのマジダメ。
オレはガッと瞼を開き、体を起こしてブンブンと頭を横に振った。
レティはオレが恋愛経験豊富そうに言いやがるけど、そんなにねえし!……逆に遠巻きに見てる女子とかウザかったし言いたいことあるなら直接話しかけてくればよかっただろうに、そういうのとあんまなかったしよ。プロンプトがいたからまだ楽しかったけど。やっぱりレティがいないとつまんねえから学校終わったらさっさと帰ってたな。プロンプト連れて。……親父にも頼んだっけ、そういや。
レティもオレと同じ学校に通わせてくれって。別にレティ自身が言ったわけじゃないからそこらへんは適当に誤魔化した。親父は訝しんでたけど。
でも結局はダメだった、一刀両断されたもんな。
レティはルシスの宝だ、ルシスの存亡にも関わるってな。
ッチ。なんだかんだ言ったって可愛がってんじゃんかよ。それをレティの前でも態度で現してやればいいのに。……オレの素直じゃないとこはぜってえ親父譲りだ。
……なんか、オレかっこ悪。
オレは力が抜けたようにまたチェアに背を預けた。
どうすればいいんだよ……。
応援することも見守ることもこの気持ちを伝える勇気さえない。レティとの関係を壊したくない。
今のまま、ずっと一緒にいれたならよかった。でもそれじゃあ満足できなくなっているオレがいるのは確かだ。じゃ、どうするか。
……とりあえず、寝る。
オレは現実から逃げて寝ることにした。
レティの顔、辛いからまともに見れねえし。顔合わせたら言うと思う。
他の奴のとかになんか行くな!オレだけの側にいろよって。
(恋情と疑似兄妹愛と男心と)
※
【プロンプトの考え】
結構わかりやすい性格かと思ったけどそうでもないみたい。オレは親友の滅多にみない落ち込んだ姿を見守ってはつられて溜息をつく。
「……ノクトって案外恋愛には奥手だよね」
「そういうプロンプトは積極的な方クポ?」
クペがオレの肩に乗っかって尋ねてくる。
結構クペとは性格があうみたいで普段は姫といるけど、つるめない時はオレのとこにくる。オレも最初に紹介された当時は目玉飛び出るくらい驚いたけど、今じゃ一緒にトランプとかで遊んだりしてる友達だ。
「オレは結構女子にモテてた方だと思うよ。女の子の友達も多かったし」
でもノクトと知り合いになりたくてオレに近づいたって打算な考えの女子がいたのも事実。そういう子とはそれとなく距離を置くようにしたかな。ノクトは面倒ごとには関わりたくない方だったしオレも遠慮したかったし。ノクトとつるむようになって城へ帰るノクトに誘われて遊びに行くこともしょっちゅうだった。姫へのお土産でオレが好きなスナック菓子とかジュースとか色々姫が口にしたことのない物をあげたら滅茶苦茶喜んでくれて、それが姫の好物になるなんてその時は思わなかったけど。あとでイグニスから苦言されたっけ。
レティの健康管理に悪影響がでてるとかなんとか。
それくらい姫は、世間から切り離されて大事に育てられてたはずなのに。
「召喚獣に恋しちゃうとは…」
「仕方ないクポ。レティは秘密にしてたけど童話が大好きクポ。特に囚われの姫を救いにやってくる王子とか、騎士とか乙女チックな話に弱いクポ」
「へぇ~、童話か」
「……笑わないクポ?」
「笑わないよ、意外と姫のイメージにぴったりだしね。可愛いじゃん」
「……ここがプロンプトの女子攻略ポイントクポね」
「なにそれ!」
どこから取り出したのかわからないけど、クペの手に収まる小さな手帳とペンを握りしめて、カキカキと書き込んでいる。オレが覗きこもうもすると、
「ダメクポ!」
とパタン!と手帳を閉じた。オレは
「ケチんぼ」
と文句を言うとクペは、フン!と鼻を鳴らして(?)、
「これはクペのマル秘ノートクポ。レティにさえ見せたことないクポ!クペは情報収集は欠かさないクポ!」
とどこか胸を張って教えてくれた。どうやら、世間知らずな姫のために色々とクペなりに調べては手帳に書き込む癖が小さい頃からの習慣らしい。確かにその小さな手帳は随分と年月を感じさせるような使い古した感じがあったから納得出来た。改めて思うけど、クペは本当に姫が好きなんだなって。
だからだろうか、皆がレティの恋に難色を示してたけど(オレも含めて)クペだけは応援する気満々だったもんね。
「クペは召喚獣と人の恋ってどう思う?」
「無理クポ」
「即答!?」
「オーディンはレティの恋愛感情くらい見抜いてるクポ。でもレティのこと考えて率直に言うことは躊躇ってるクポ。レティが自分で気がつかなきゃいけないクポ」
「……初恋は実らないって?」
「レティは人間クポ。クペはレティの召喚獣だからいいクポ。でも本当はいるべき世界が違うクポ。レティはクペたちに依存しつつあるクポ。それは良くないクポ」
「……依存、なぁー」
クペなりに姫を心配してのことだと思うけど、オレ考えはちょっと違うかな。お互い持ちつ持たれつの関係が依存というのはちょっと大袈裟な気がする。
「姫はさ、本当に信頼できる人が少ないんじゃないのかな……。だからクペたち召喚獣に絶対の信頼を寄せてる。それって依存っていうのかな?」
「……………」
「それって友達っていうんじゃない?」
オレは自分の考えを伝えてみた。クペは少し黙ったあと、
「…………プロンプトはやっぱり女の子好きクポね」
とオレのイメージダウンに繋がりかねないことをプイっとそっぽを向いて言ってきた。確かに女の子は好きだけど尻軽とかそんなんじゃないし!好きな女子に出会えなかっただけの話。
「なんでそーなるの!?」
「クペも女の子クポ!」
オレは顎が外れそうなくらい衝撃を受けた。絶対男子だと思ってたから。
「マジで!?あだっ!」
ボコッと叩かれた。
「女の子に失礼クポ!」
プンプン怒ってクペは飛んで行ってしまった。ふとノクトの様子を見てみると、どうやらふて寝を決め込んだみたい。丸まって寝てる……。
ノクトのことはしばらく置いとこう。
オレはとりあえずクペの機嫌を戻しに『彼女』の元へと走った。
(予想外の女子二人と男子四人旅)
※
【イグニスの動揺】
オレたちを驚かせようと、退屈凌ぎにレティが仕掛けた芝居だと思った。だからオレも悪乗りして芝居に付き合ったが、まさか本気で召喚獣に惚れたなどと言われるとは……。正直、参った。
だからと言って召喚獣に張り合うなどという気は無い。生身の体でどうこうできる相手ではなしに、そのやり方は非現実的だ。……だが男としての立場で言うのなら、すぐにでも挑みかかりたいぐらいだ。好きな女性を目の前で掻っ攫われたんだ。それくらいのことやったところで悪くはないだろう。
……レティがデートに行ったことでオレたちは留守番をすることになった。仕方ない、彼女を置いて探索に出かけるわけにもいかない。なにより、ノクトがああではな。
しかし喉が渇いた。オレはクペのテントに入り冷蔵庫ら冷やしておいたコーヒーのボトルとグラスを持ってまた外へ出た。チェアに腰掛け、グラスにコーヒーを注ぐ。これで多少頭もスッキリするだろう。
グラスを口元に持ってきて飲もうと口づける瞬間、
「イグニス。気持ちは分かるが、それ、コーヒーじゃなくて醤油だぞ」
「ぐふっ!?」
グラディオの冷静な指摘に救われた。危うく醤油を直で飲んでしまうところだった。
フム、オレとしたことが気が動転しているようだ。このままじゃいけないな。少し心落ち着けさせよう。
自分がトラップに引っ掛かったら終わりだ。
そう、これはレティへの気持ちを試させられているんだ。だったら屈してはならない。
冷静に対処するんだ。今はレティのことは考えないようにしよう。
そういえばクペが怒りながらオレのところへ飛んできたな。話を聞けばプロンプトに男扱いを受けたとか。
ああ、プロンプトは知らなかったらしい。クペが女子であると。オレは以前レティに教えてもらったので知っていたことだが。
だめだ、クペ繋がりでレティへと行き着いてしまう。他のことを考えよう。例えば、そう、今日の献立とかだな。幸いにもオレの手には醤油のボトルがある。今日の夕食は和食メインでせめてみるか。
……肉じゃがで大抵の男は胃袋を掴めると女性らの間で認知されているが、やはりレパートリーが無ければ飽きてしまうだろう。レティもノクト並みに偏食とまではいかないがレトルト食品に嵌ってしまっている。カップラーメンが美味しいだのレンジでチンしたレトルトカレーが食べたいだの冷凍食品が食べたいと我儘ばかり言う時もある。出されたものはちゃんと残さず食べるのだが夜食に隠れて食べるものだからなお悪い。ちゃんとカロリー計算をしてなおかつ満足させるボリュームあるものを作っているにも関わらず、だ。
女性というのはどうして間食に走るんだ?
太るとわかっていて食べてしまう心理がオレには理解できない。これで最後、これで最後と自分に言い聞かせながらそれで5個目という行動を間近で見たこともあるが、やはりわからない。
……レティは食べ終わった後で後悔しまくっていたな。八つ当たりにクペを撫でまくっていた。
フッ、そこは見ていて可愛いと思ったが。
……オレはなんでまたレティのことを考える方向に行き着くんだ。……重症だ。
少し横になるか。オレはグラディオに断って先にテントに入った。
「……?」
すると黒い塊が横になっている。先客が先に寝ていた。ノクトだ。体を丸まらせて隅っこの方で寝息を立てている。オレが来たことにも気づいていない様子から深い眠りに入っているようだ。
「……ふぅ…」
オレは起こさないように静かにいつもの定位置に腰を下ろした。眼鏡を床に置いて体を横たわらせる。
この眠りで少しでも元の冷静なオレに戻れているといいんだが。
(やっぱり彼女が頭から離れてくれない)
※
【グラディオラスの悩み】
色々と混沌(カオス)だな、ここは。レティからの衝撃発言から1日は経ったが、ノクトとイグニスの精神的ダメージがスゲーな。ノクトはふて寝ばっかだしイグニスは調子狂わせてばっかだし……。プロンプトは、クペに謝り倒してばっか。
クペが女子だと知らずに男扱いしたら機嫌損ねてからずっと無視されてるらしい。オレも最初は知らなかったからクペに怒りのポコポコ喰らったな。
痛くねえけど、地味に無視され続けるのは堪えた。機嫌戻させるまで相当苦労したからな、頑張れよと心でエールを送った。
それぞれに相応のダメージを与えた当人レティは、呑気にオーディンとのデートに洒落こんでる。
レティが恋愛面で初心者なのは分かってたが、そこでも召喚獣が絡んでくるとは……。
流石あのお方の娘といったところか。だが今回は憧れの方が強いのだろう。なんとなく、オレの勘だけどな。どうしてそう思うのか、理由は簡単だ。レティの外の世界への執着心は恋云々をすっ飛ばすくらい強いもんだからだ。でなければ普通のまともな神経の人間なら産まれてこれまで城のなかであーずぶとく生きてはいけないだろう。
だが逆に言えば今のレティにって幼い頃の憧れが支えになっている。今はノクトを王に!なんて人一倍以上に気を遣ってファントムソードの回収に忙しなくオレ達を戦わせて戦闘経験を多くでもつませようとしている。ま、そんなの言わなくても長い付き合いだ。すぐにわかるがな。
一つのことに集中すると周りが見えなくなるのは、書物室に篭ってる時とまったく同じだ。今は、ファントムソード回収に夢中だが、まだ腹の中じゃ隠してそうだな。
仮にその願いを達成したとしたら、どうなるか……。
正直考えたくもねえな。出来ればこのまま帝国との戦いを終わらせてクリスタルを王都に戻したらすんなりとインソムニアに帰ってくれればいいんだが……。
オレは門限ギリギリに帰宅する娘をひたすら待つ親父の気持ちでレティの帰りを待った。
夕食時、まともに調理もできない程ショックを隠せないイグニスに代わり、腕を振るったが各々反応が悪かった。
嫌なら食うな、コレが男の料理なんだよ。
まるで通夜のような晩餐を終えてしばらくオレは焚き火を前にしてチェアに腰掛けていた。オレ以外はさっさと寝やがった。精神的に打たれ弱いやつらだ。すると、ようやく我らがプリンセスがデートからのお帰りになった。夢から覚めやらぬ顔でテント付近でオーディンの手を借りてスレイニプルから降りてきたレティは、名残惜しそうに去っていくオーディンに手を振って見送った。しばしレティはオーディンが消え去った方向を見つめていたが、ふぅと息をつくと踵を返してテントの方へ歩いてくる。
「よお、お帰り」
「!?やだ、見てたの…?」
ぎょっとした顔でやっとオレの存在に気がついたようだ。気まずそうに視線を漂わせるレティに
「見たくて見てたんじゃねえけどな」
と一応言い訳をしてみた。レティはふうんと納得してなさそうだったが、気にするものでもないと判断したのか、メシあるぞと声を掛けるオレの前を素通りしながら手をヒラヒラさせた。
胸がいっぱいでメシも食えねーってか。
だが、忠告だけはしといてやらねえとな。
クペのテントに入ろうとするレティの背にまた声をかけた。
「……レティ、アイツは召喚獣だぞ」
オレの制止にレティは歩みを止めた。だがこちらを向くことはなかった。
「わかってる。けど好きになっちゃったんだもの。仕方ないわ」
「もし、奴に出奔するのをやめろと言われたらどうする?」
レティにとって予想だもしない突然の質問に呆れた声をだしながら、体を少しだけひねって振り返った。
「……いきなり何言うかと思えば…」
「答えられないか」
そう切り返せば、レティはしばし間をあけた後、弱々しい声で軽く首を振りながら
「……わかんない…」
と絞り出すように言った。
そのわかんないが、どう言った意味で言葉にしたのかオレにはわからん。結局決めるのは、レティだ。オレはアドバイスを送るだけ。
「……急いで答え出す必要、ないんじゃないか」
「……」
「まー、今はその恋とやらに全力で挑めばいい」
「なに、急に兄貴面しちゃって」
「一応兄貴だが」
「…だったね」
そう言って苦笑したレティは、寝るねと手を軽く振って今度こそクペのテントに入っていった。レティが入ったのを確認してオレも欠伸一つして火を後始末してからテントへと入った。
(明日は晴れるといいさ)