イグニスside
オレがレティと初めて会ったのはノクトと顔合わせを果たしてから一年ほど経過した頃だろうか。あのテネブラエでの一件からノクトは向こうで出された菓子の味を忘れられないと言っていたのでオレは自分の腕でその味を再現できないだろうかと試行錯誤していた。元々料理は好きだった方なので空いた時間を見つけては城の厨房を借りてその味を再現すべく奮闘していた。丁度その日も試作品の菓子が出来上がったばかりの時だった。
ふとキッチンのカウンターをふと横目で見ると目深に深く被ったフードの怪しい子供がカンターに噛り付くように付いていて口元から涎を垂らしいたものだから思わず引いてしまった。
「美味しそう、食べたい」
「………」
オレよりも幼い声に年下で表情が上手く見えないが少女であることが伺えた。顔なじみのシェフの子供、もしくは城に仕えている使用人の関係者かと最初は考えた。
「君は、誰だ」
オレの問いかけに初めて少女はオレがいることに気づき、じゅるりと唇から滴り落ちる涎を袖口で拭いて慌てた様子で辺りを警戒するように見回した。だがオレしかいない事を確認するとふぅと深く安堵のため息をつき困ったように名前を名乗った。偽名だったがな。
「わたし?……えーと…サンドリヨン」
「『灰かぶりの娘』?」
「貴方、絵本詳しいの?」
身元不明の少女は声を弾ませてオレにズイっと近づいてきた。オレは少女の勢いに負け一歩後ろに下がりながらなんとか返事を返す。
「詳しいというか、有名だと思う」
「ふーん。……一個ちょうだい」
「え、いやこれは試作品で」
美味しいかどうか分からないと断ろうとした。だが少女は小さな手でオレの手を両手で掴んで「貴方が作ったの、食べたい」と訴えてきた。見ず知らずの少女に翻弄されオレはつい試食を許してしまった。
「……別にいいけど」
「ありがとう」
少女はお菓子を皿に乗せた。代わりと言ってはなんだけどと自分が着ているローブのポケットを探ってオレにある物を差し出した。それは美しい鳥の羽根だった。少女の手の上で光り輝く羽根は普通の代物とは思えないもの。
「これは?」
「んっとね、フェニックスの羽根。欲しいって言ったら何本でも抜いていいって言ったから抜いたの。お礼にあげるよ」
「……フェニックス?……冗談だろう。だってそれは」
そう、最初は冗談だと思った。いきなり信じられるか?フェニックスと言えば召喚獣の一種である。どうせそこらの鳥から抜け落ちた羽根だと思っていた。だがその羽根は虹色の輝きを放っていた。
「そう。妖精さんだよ」
「は?」
「はい、あげた。じゃあね。お菓子ありがとう」
無理やり少女から羽根を渡され、オレは呆けるまま皿に一つだけ乗せたお菓子を持って軽やかに走っていく少女の後ろ姿を見送った。
※
それから屋敷に帰り、厨房で不思議な少女に出会った経緯を話し、その輝く羽根をみせると父は目玉が飛び出そうなくらい驚いてこう言った。
「ああ、イグニス。その方に不敬な事はしてはいないだろうな」
「え、いえ。そのような事は……ただその少女の勢いに圧倒されてしまいましたが」
戸惑いながらもそう答えると父はオレと同じ目線に屈んで輝く羽根が本物であると教えてくれた。
「その羽根は間違いなくフェニックスの羽根なのだよ」
「ほんもの?ですが……」
「その御方が仰ったのだろう?フェニックスの羽根だと」
少女に対して敬意を払い敬ういい方にオレはあの少女がかなり身分が高い存在なのではないかと疑問を抱いた。だからこそ、誤魔化されないようストレートに尋ねた。
「……あの子が誰であるのか、父さんは知っているのですか?」
父は少し躊躇いを見せた後、誤魔化せないと思ったのかしばし間をあけた後、教えてくれた。
「………まだお前はお目通り叶った事はなかったな。……ノクティス王子の妹君であらせられるレティーシア王女殿下だ。御年九歳になられる。とても聡明で愛らしい御方だよ」
「あの子が!?」
つい声を上げてしまうほどオレは衝撃だった。確かに王女殿下がいらっしゃるのは知っていた。それは当然のことだが、まだオレはノクトの傍仕えとして学ぶ身である為、陛下から御許しがない限りお目通りは叶わないとされていた。まさかオレの前で涎を垂らしている食い意地はった少女がまさかルシスの王女だとは思わないだろう。父は何処か納得いかなそうにしているオレに苦笑しながら説明してくれた。
「ああ。たまにお部屋を抜け出されることがあると耳にしていたが、活発な御方なのだよ。ノクティス王子のように学校にも通われたいのだろうが、陛下がな。なんにせよ、イグニス。運が良かったな。その羽根は大切にしなさい」
「……はい……」
こんな出会いを果たしたが、後にノクト経由でまた顔合わせになるとはこの時オレは考えもしなかった。
※
クペのテント内に設置されているキッチンはオレの背丈でもすんなりと動きやすい仕様になっている。クペの説明では使いたい本人に合わせて変わるらしい。何とも便利なことだ。わざわざ宿泊せずともここで思う存分料理の腕を振るうことができる。
今日は久しぶりにあの菓子を作ってみることにした。材料は既に以前の街で購入済みだったがここの所戦闘続きで暇もなかったからな。
いつも通りの手順だが、今回はウルワートベリーを手に入れられたので加えてみた。
キッチンに備え付けられているオーブンからそそられるような甘い匂いが漂い、その匂いに釣られてプロンプト強化プログラムと称して遊び終えたレティがテントに戻って来た。今頃外ではいつも通りクペに介抱されて大の字に伸びているプロンプトがいるはず。同情の念を禁じ得ないな。
レティはオレがキッチンに立っていると大抵、何を作っているのか興味津々に覗きにくる。今日もそうだった。甘い匂いで勘付いたのか、オレの隣にやってくる。
「あ、これってあの時のお菓子ね」
「ああ、覚えていたか」
そう尋ねるとレティは口元に微笑を浮かべ、様になるウインクを一つした。
「忘れないわよ、私あの時からイグニスのお菓子のファンになったもの」
「嬉しい事を言ってくれるのはいいが、良からぬ企みでも抱いているわけではないよな」
「まさか!私の素直な感想ですわよ」
まぁ、涎垂らすくらいあの時は腹を空かせていたらしいからな。後で知ったことだがあの時家庭教師と粗利が合わずに城中逃げ回っていたらしい。まったく、予想外なプリンセスだ。
「ふふ」「フッ」
二人で顔を見合わせ笑いあっていると欠伸をかみころしながらノクトがやってきた。
「……ふわっ、ねみぃ~。……何二人して笑ってんだ?」
「あ、ノクト。また寝てたの?夜眠れなくなるわよ」
「お生憎様、全然寝れます」
「あっそう。眠れる森の王子様」
そう揶揄うレティの隣にやってきたノクトは、オーブンから取り出した出来立てのお菓子に目を光らせ注目した。
「また作ってたのか、ん、どれどれ味見してやる」
「あ、私も食べてないのに」
まだ熱も冷めないままの菓子に手を伸ばそうとするノクトの手をレティは軽く叩いた。
「別にいいじゃん。オレの為に作ってんだから。そうだよな、イグニス?」
「ズルい!イグニス私にも頂戴!」
まったく、この二人にはいつも手を焼かされる。だが悪くはない。
オレは苦笑しながら二人の意見をまとめた提案をした。
「そう急かすな、皆でお茶にしよう」
するとレティは瞳を輝かせてぱん!と一つ手を叩いた。
「それ名案!急いで準備しましょう。ほら、つまみ食いしようとしたノクトは皆呼んできて」
「うわ人使いあらっ!」
「いいから行った行った!」
レティに手で急かされノクトは渋々皆を呼びに外へと出ていった。オレとレティは小さな茶会の準備のため、専用の食器などの準備を始めた。
そんな中、ふとレティから名を呼ばれ振り返った。
「イグニス」
「ん?」
「私、貴方に出会えて良かったわ」
心からそう思うの、と最後に告げて彼女はまた茶器選びに戻った。
「……ああ、オレもだよ」
あの出会いがなければオレは君を穢れを知らない綺麗なままの王女だと誤解したままだろう。
【お菓子との出会いに感謝を込めて】