ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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最終話 さらばアギト! 君はもう、あの輝きをみたか‼ 

 

   1

 

 乱暴に掘られたコンクリートの壁に預けた背中が痛み始め、わたしは大きく伸びをする。床に横になろうにも、床も壁と似たようなもので凸凹だ。放浪生活の間に固い岩場での野宿も慣れていたけど、流石に何も敷いていないコンクリートで寝ようものなら起きた時はまともに動けないだろう。

 天井はない。外へ繋がる唯一の天窓――といっても何も被ってはいないけど――見えるのはこの牢屋を作った部屋の天井で、素材はここの床や壁と同じだけど平坦になめされたコンクリート。

 ただ床に超能力で穴を掘っただけの粗末な牢屋だけど、深さは目測で5メートルは越えている。壁は乱暴に掘られたから凸凹と評したけど、手や足を掛けられそうな突起は目ざとく削り取られているからクライミングで登るのも不可能。アギトに覚醒した人なら空でも飛んで簡単に脱出できるだろう。作りは粗末でも、ただの人間はこんな場所からも脱出できないのだ。

 この穴に放り込まれてどれくらい時間が経ったのだろう。屋内だから日射しもなく時間の感覚がない。食事としてレーションを投げ込まれたのは2回だから、まだ半日程度なのだろうか。

 流石に空腹になってきたから、すぐに手を付けなかったレーションの袋を開けた。ブロック形をしたビスケットの原料は、確か大豆だっただろうか。作戦行動で数日間行軍した際にはお世話になったけど、保存性と栄養価を優先させた結果として犠牲になった味はできれば避けたい。

 ひと口齧った味はやはりというべきか、段ボールを食べたみたいだ。皆と一緒の時はこの不味さに愚痴を零し合っていられたけど、ひとりでの食事がこんなに虚しいとは。ビスケット生地だから、食べると口の中が乾く。投げた人の顔は見えなかったけど、気を利かせて水のペットボトルもセットで投げてほしかった。

 ――ほら千歌ちゃん、あんまりがっつかなくて大丈夫だよ――

 不意に、懐かしい翔一くんの声が脳裏によぎった。まだ平和だった頃、練習後に食べる晩ご飯が美味しくてお茶碗をかき込んでいたら、翔一くんにそんな事を言われた。こんな追憶は久しぶりだ。内浦を飛び出してからひもじい食事ばかりだったから、できるだけ思い出さないようにしてきたのに。

 すぐ近くに翔一くんがいるのに、わたしの今の食事は味気ないレーションだけ。何もかもが変わっちゃったんだな、と思うと涙が溢れそうになってきて、目元を乱暴に拭う。

「千歌ちゃん!」

 上から声が降りてくる。見上げると、曜ちゃんが顔を覗かせていた。

「曜ちゃん?」

「そのままじ、としてて」

 え、と口を半開きにした次の瞬間、身体が引っ張られるように上昇した。数メートルの高さを一気に上り、地上の床を拙い足取りで踏むと穴を囲むように皆が立っていた。

 「何で……?」と訊くわたしに梨子ちゃんが「助けに来たに決まってるでしょ」と返した。

「さっき千歌の処遇が決まって――」

 そう切り出す果南ちゃんは一度口を険しく結んだけど、意を決したように開いて続きを告げた。

「処刑することになった、て」

 ショックだったけど、それを噛みしめる間もなく鞠莉ちゃんが続ける。

「だから皆で決めたの。チカっちを連れて逃げよう、て」

「逃げる、て皆も?」

 わたしの問いにダイヤちゃんは「当然ですわ」と即答する。わたしはかぶりを振りながら、

「駄目だよ。皆まで逃げる必要ないじゃん」

 「あーもう何言ってんのよ!」と善子ちゃんに肩を掴まれる。

「これは皆で決めたことなの! 天界条例に乗っ取ったものなのよ!」

 後半は意味が分からなかったけど、何となく言いたいことは分かった。

「最初に逃げよう、て言ったのは善子ちゃんずら」

「千歌ちゃんも一緒じゃないと駄目なの」

 花丸ちゃんとルビィちゃんが言う。「でも、そしたら皆まで――」と声を震わせるわたしを梨子ちゃんが抱きしめた。

「シャゼリア☆キッスは――Aqoursは千歌ちゃんが集めた9人なんだもん。千歌ちゃんがいないと、わたし達が戦う意味なんて無いわ」

「チカっちを殺しちゃうような人たちは、もうお仲間じゃありマセーン!」

 おどけてみせる鞠莉ちゃんに苦笑しつつ、果南ちゃんが言った。

「一緒にここから出よう、千歌。またあちこち行って、いつもお腹空かせるような生活に逆戻りしちゃうけどね」

 どうやらわたしは泣いていたらしい。頬に暖かいものが伝っていて、それに気付いて拭っても拭っても止まる気配がない。梨子ちゃんが手拭いで拭いてくれたけど、それでも止まるのにもうしばらく掛かった。

「ねえ、ひとつだけお願いしても良いかな?」

「翔一さんも一緒に、ですわね?」

 わたしの我儘を見透かしていたダイヤちゃんが得意げに言った。

 

 既に時刻は日付が変わる頃になっていた。敵襲に備えてコロニーは常時警備が配置されているけど、深夜帯はそう多くない。その隙を突いて、皆は牢屋の見張りを無力化させてわたしを助け出してくれたらしい。

 翔一くんの居場所はダンスホールから移されていないらしい。ショッピングモールだった頃に使われていたのと同じ名で呼んでいるけど、今となっては大勢でのブリーフィングに使われる集会場だ。正面入口は警備員がいるだろうから、裏の職員用通路を通って侵入した。

 かつてはイベントに使われていた名残からか、壁や柱には瀟洒なレリーフや柄の入った壁紙が貼られている。今はもう整備なんてろくにされていないから汚れたり塗装が剥がれたりしている。わたし達も元はスクールアイドルなのだからこの場でライブを、と思った時期もあったけど、まだライブを楽しむほど人々の心に余裕はなかったからとうとう1度も開催できなかった。

 こんな寂れた場所の隅に、翔一くんは打ち捨てられたかのように鎮座していた。浜辺で彼を見つけた日を思い出す。家の目の前にある三津海水浴場でぽつん、と青年が横たわっていた。他には何もない。そこが世界の全てのような、どこか神秘性すら感じられたものだ。世界にはあの海岸しかなく、青年はそんな小さな世界に迷い込んだ別の世界の住人。

 当然、そんな事はなかった。青年はわたしと同じ世界で沢木哲也という名前で産まれ、紆余曲折あって津上翔一という名前で生きることになったに過ぎない。

「来ると思っていたよ」

 その冷たい声は決して大きくはなかったけど、音の反響も考慮されたホールの設計かよく聞こえた。翔一くんを覆う樹脂の陰から草加さんが出てくる。

「で、ここに何の用かな?」

 「どいて下さい」とわたしは毅然と言った。

「翔一くんも一緒に行きます」

 ふん、と草加さんは鼻を鳴らし、

「好きにすれば良いさ。戦えないアギトなんてお荷物だからね」

 予想外の返答にわたし達は拍子抜けした。でも草加さんは腰に出現させたベルトから剣を引き抜いて逆手に構える。皆も咄嗟に腰にベルトを出現させるけど、草加さんの剣はわたし達ではなく、すぐ背後にいる翔一くんに突き立てられた。

 剣は翔一くんの腹、丁度ベルトのバックル部分に刺さっている。アギトの中で最もエネルギーが集中する部位を貫いたからか、耳を突くほどの高周波が拡散し、振動が翔一くんを閉じ込めていた樹脂を砕き散らす。

 ようやく解放された翔一くんは膝を折り、変身が解けることもなく黄金の鎧が色彩を失っていく。草加さんが無造作に剣を抜いた。石のような灰色に脱色された身体は貫かれた腹の辺りだけが光を放っていて、その光を草加さんは掴み取る。

 最後の力を失ったかのように、翔一くんは倒れた。草加さんは哄笑する。耳の奥をまさぐるような、耳障りな笑い声に思わずわたしは顔をしかめた。

「遂に……遂に手に入れた! 最強のアギトの力を!」

 草加さんは掌に収まる光の球――翔一くんのアギトの力を口へと運び、一気に飲み込む。彼の腹に光るベルトがその輝きを一層増して、彼の身体をアギトへと変える。

「千歌ちゃん下がって!」

 梨子ちゃんに手を引かれ、強引に皆の後ろへと移動させられる。

「変身!」

 皆はアギトに変身した。一斉に向かう8人を、草加さんは余裕げに迎え討とうと剣を構える。ダイヤちゃんの発火能力で全身から炎が噴き出したが、意に介さないばかりかすぐに鎮火されてしまう。果南ちゃんの鉄拳が突き出されるも、彼の身体は臆すことなく立ち続けている。追撃に鞠莉ちゃんの蹴りが顔面に跳んだけど、それでも重心を崩さないまま草加さんは剣を一閃した。肉迫していたふたりは寸でのところで避けたけど、剣尖が生じさせる風圧が刃になって十分な距離を取っていたルビィちゃんの肩に創傷を与える。

 善子ちゃんの喉から放たれた声が槍になって飛んでいくが、いとも簡単に剣で斬り落とされる。花丸ちゃんが周囲の瓦礫を念力で集めて、高速で射出した。撒き散らされた粉塵が草加さんの姿を隠し、更に梨子ちゃんと曜ちゃんも天井を崩して叩き落とす。

 過剰なほどの攻撃だけど、安心はせずどう出るか皆で土煙が晴れるのを待つ。

「後ろだ」

 背後からの声に咄嗟に振り向いたと同時、剣先がルビィちゃんの胸を貫いた。無造作に抜かれると彼女の身体が崩れ落ち、「ルビィ!」とダイヤちゃんが妹に駆け寄って身体を抱き起こす。

「まだ力が溢れてくるぞ」

 酔いしれるように草加さんは言った。「どうして……」とルビィちゃんの傷口を手で圧迫しながら、ダイヤちゃんは問う。

「どうしてこんな事を……。ただ力のままに壊すのが、あなたの望みなのですか?」

「当然だ。お前たちこそ、何故そんな人間を護ろうとする? お前たちも力のない連中から追いやられたんだろう」

 裡に滾る憎悪に応えるように、草加さんの筋肉が隆起していく。

「何が化け物だ。何が悪魔だ。俺たちだって、望んでこんな力を手に入れたわけじゃない。変われない、変わろうともしない人間どもの身勝手さに踊らされた。奴らは自分達と異なる者を害虫扱いするだけ。そんな生き物は滅びてしまえばいい」

 隆起する筋肉が、草加さんの鎧を内側から砕いた。身体の変化は止まることを知らず、全身を覆う筋線維がホールの天井に届くほどにまで膨れ上がる。巨人の頭は体躯の割には極端なほど小さく、遠目からだと首無しに見えてしまう。

 何よりもわたし達を震え上がらせるのは、全身から放たれる瘴気だ。元は翔一くんの中にあった力とは思えないほど禍々しい。まるで草加さんの裡に渦巻く黒い感情に染まってしまったかのように、それは翔一くんのアギトが持っていた神秘性とはかけ離れていた。

 アギト――いや、怪物の腹がうねり、こねられた粘土のようにねじられ無数の触手を織り成す。まるでタコやイカの足のような触手は巨体に見合わない速さで伸びて、槍のような鋭い先端で皆の胸を貫いた。

 一斉に皆の胸に空いた穴と、口から鮮血が零れていく。「皆!」と叫ぶわたしのもとにも触手は伸びてきたけど、それは何故かわたしを貫きはせず粘液で照りつく表面をうねらせている。

 巨人の首に乗っかっている顔が口元を歪めて笑っていた。

「千歌、よく見ておけ。俺がこの世界の人間を殺していく様をな。お前は何もできないまま人間が滅んでいくのを見るんだ。そして、生き残った最後のひとりとして絶望しきったお前をこの俺が殺してやる」

 怪物は笑い続ける。世界中にこの声が響いていくような錯覚を覚え、わたしは膝を着いた。このまま舌を噛み千切ってしまいたい。わたしの意図を悟ってか、細い触手が開きかけたわたしの口に突っ込んで中を塞いだ。太い方の触手が身体に巻き付いてわたしを持ち上げる。

 何もできない。皆が戦って倒れているのに、わたしは喋ることも動くこともできない。

 少し顧みれば、わたしの人生はいつだってそうだった。

 どんな困難でもきっと何とかなる、なんて根拠のない期待をして。自分に力がないから、別の誰かに頼りっぱなしで。

 そうやって他人頼りなのに気付かず努力していると勘違いして、何の結果も伴わなかったのを意地悪な神様に責任を擦り付けてきた。

 それは、高校生の頃に散々突き付けられてきたはずなのに。

 口から触手が離れた。もはや思考もろくにできないわたしは、誰にも届かない裡からの、ごくありきたりな欲動を絞り出した。

「………助けて」

 視界の隅で朧げな光が灯った。ひとつ、ふたつと光は増えていき、それぞれが強まっていく。その光は、もう動かない皆の身体から放たれていた。

 ――翔一さん。千歌ちゃんを……、千歌ちゃんを助けて――

 梨子ちゃんの声が聞こえた気がした。皆の身体が光の粒になっていく。崩れた砂糖菓子みたいになった骸が天の川みたいに宙を舞って、8人分の色の違う川が折り重なって虹のオーロラが闇を照らす。その虹の流れ着く先は、灰色になった翔一くんの身体だった。光を取り込む翔一くんも光を灯し、徐々に色を取り戻していく。でもそれは、元の黄金じゃなかった。桜色に、グリーンに、ブルーに、ホワイトに、レッドに、イエローに、ヴァイオレットに、ピンクにと色が重なり合っていく。

 異なる色同士は決して反発し合うことはなく、完璧な調和を果たしている。流れ込む全てを受け入れた器となって、そのアギトは立ち上がる。

 完全調和の虹(レインボーフォーム)を発現させたアギトが手をかざすと、その掌から虹色の光が刃となってわたしを掴んでいた触手を切断する。触手がクッションになったお陰で落下しても痛みはなかったが、急速に溶けていく組織が気色悪かった。

「貴様ああ!」

 怪物は咆哮した。生やした触手全てを束ねてアギトへと伸ばすが、寸前で半透明の障壁が現れて阻止される。その障壁もまた虹を帯びていて、まるで石鹸水の膜のように様々な色がたゆたっている。

 拮抗していた触手の全てが弾けた。粘液を撒き散らしながら飛散し、ダルマのようになった怪物は新たな組織を生産しようと肉体をうねらせる。

 アギトは深く腰を落とした。その身体は輝きをより増して、目の前に額から伸びる角に似た紋章を浮かび上がらせる。

「この、死にぞこないがあああああああっ‼」

 怪物の中から、肉を突き破って草加さんの変身したアギトが飛び出してきた。虹色のアギトは跳躍し、紋章に触れた右足が炎を纏う。草加さんもキックを繰り出し、両者の右足が宙でぶつかり合う。

 力の拮抗はすぐに崩れた。槍のように鋭く放たれた虹色のキックが草加さんの身体を貫き、更にその背後に佇む怪物の肉体を穿つ。

 草加さんの身体の内側から光が漏れていく。注ぎ込まれた力が禍々しいものを崩壊させ、崩れていく身体が光の粒子になって本来あるべきだったアギトの虹色へと組み込まれていく。

 光が広がっていく。どこまでも、止めどなく。世界を浄化していくような暖かな光が視界を塗り潰すけど、恐怖はない。ゆりかごに抱きかかえられているかのような心地良さが眠気を誘い、わたしの意識を薄れさせていく。

 

 

   2

 

 夢を視ていた。

 とても優しい夢だ。人間とアギトの戦いなんて起こらず、わたしは内浦で新しくできたレストランで働いている。わたしとシェフふたりだけで切り盛りしている小さなお店だけど、地域の人たちの憩いの場として、時には観光に来たお客さんからは穴場として愛されている。料理もさながら、ホールにも頻繁に顔を出すシェフの人柄があってこそだろう。

 そのシェフは、翔一くんだった。以前とまるで変わらない笑顔を周囲に振り撒いて、作る料理は時に独創的でお客さんを驚かせる。

 連絡船で淡島まで遊びに行くと、船着き場からすぐのダイビングショップで果南ちゃんと葦原さんが出迎えてくれる。わたしと翔一くんが新作料理の試作を手土産に持っていって、果南ちゃん達の方はお返しとして干物を渡してくる。

 十千万に帰ると、休暇にくつろぎに来てくれた氷川さんと他愛もない話に華を咲かせている。やがて夜も更けていって、翌日になると朝早くから翔一くんはお店に向かう。わたしは朝市で食材を買ってからお店に行って、開店前にふたりでおしゃべりしながら料理の仕込みをしていく。予約の時間になるとひとり、またひとりとAqoursの皆がお店にやって来る。皆すっかり大人になっているけど中身は高校生の頃のままで、変わっているようで変わっていない、なんて皆で談笑しつつ翔一くんの振る舞う料理に舌鼓を打ち語り合う。

 昔の思い出話。

 最近あった出来事。

 そして、未来の希望。

 何て優しくて残酷な夢だろう。こんな未来が、わたし達に訪れる可能性があったのだろうか。あるとしたのなら、それはどこが分岐点だったのだろう。何をどうしたら、この優しい未来へと往けたのだろう。

 何もかも過ぎてしまった。全部が遅すぎた。今わたしに残されているのは、頬に感じる彼の温もりしかない。

 目が覚めると、懐かしいバイクの駆動音と振動を感じ取った。意識はなくとも、前に居る彼の腰にわたしの腕はしっかりと回っていたらしい。ヘルメットを被っていなかったけど、恐怖はなかった。視界いっぱいにある大きな背中に身を委ねる。数年前と何も変わらない。服越しに伝わる体温も匂いも。

 このままふたりでどこかへ行ってしまいたい。できれば静かな場所がいい。誰もいなくて、誰も傷付くことのない場所へ。ただ傍に、この温もりがあればそれでいい。

 どれほどの距離を走ったのかは分からないけど、翔一くんはバイクを停めた。ひどく疲れたせいか身体が鉛のように重かったわたしはシートから降りることもできず、彼に抱きかかえてもらわなければならなかった。重い目蓋を持ち上げると、周囲には壊れた街の風景が広がっている。戦闘に巻き込まれてしまった廃墟だろう。もしくは、わたし達のコロニーが破壊してしまった街なのかもしれないが。

 翔一くんはわたしを近くの崩れかけた壁に背を預けさせた。わたしは怖くなった。彼の手を掴もうにも、腕が上がらない。声も出せない。全身の力が、全て心臓を動かすことだけに費やされているみたい。

 わたしの頭に、翔一くんの大きな手が優しく乗せられる。

「千歌ちゃん、生きて」

 そう告げる翔一くんの顔も声も、あの頃のままだった。嫌だ、という叫びをわたしの喉は絞り出せず、ただ裡の中に閉じ込められていく。

 もうどこにも行かないで。

 わたしを置いて行かないでよ。

 翔一くんは微笑むと、バイクに跨ってエンジンを吹かし始める。

「止まれ! 動くな‼」

 どこからか、怒号が響いた。翔一くんは眩い光と共にアギトへ変身すると、バイクを猛スピードで発進させる。フルオートの銃声が轟くけど弾丸は超常の戦士へ届くことはなく、光の尾を残しその影は小さくなりやがて見えなくなる。

 ふたりの野戦服を着た男性が、わたしの前に腰を降ろした。ひとりがピストル型の機器を額に当てて、ぴぴ、と電子音が鳴ると画面を一瞥し耳元のインカムに呼びかける。

「こちらブラボー3、要救助者を発見。アギト因子は検出されず」

 もうひとりの男性が「大丈夫ですか? もう安心ですよ」と呼びかけてくるが、わたしは返事をすることも頷くこともできなかった。報告はまだ続いていた。

「要救助者は若い女性1名。意識が混濁している。至急医療班を寄越してくれ。また発見地点にてアギトを発見したが逃走。追跡は不可能と判断。繰り返す――」

 わたしの視界に、1枚のピンク色の影がよぎった。眼球だけを動かして視線で追いかけると、それは桜の花弁だった。見れば、視界のあちこちで花弁が舞っている。季節は春だったんだ。ずっと戦いばかりで、季節の移り変わりなんて意識したことなかった。

 ああ、何て皮肉なんだろう。失って、手遅れになって初めて気付いてしまうなんて。

 スクールアイドルを始めたあの頃、わたしの裡は未来への期待に満ちていて、足掻きながらも前進する道程が、過ごした時間の全てが光を纏っていた。

 そうだ、それが輝きだったんだ。

 探していたわたしの、わたし達の輝きだったんだ――

 

 

   3

 

 全てを喪失して、ひとり世界に投げ出されてから10年が経過した。この10年の間にそれなりに世界は変わっていったから、この手記が終わりに近付いてきたところで簡単ながら経緯を綴ろうと思う。

 まず人間とアギトとの戦いだが、結果として人間側の勝利に終わった。わたし達がシャゼリア☆キッスとして活動していた頃には既に多くのコロニーが制圧されていて、殲滅も時間の問題だったという。

 G3-Mildの配備が世界中に普及したところで、人間側の進撃が始まりアギト達はことごとく蹂躙されていった。メディアは連日どこのコロニーが壊滅させられ、何人のアギトが「処分」されたかを報道するのに躍起になり、民衆はその度に安堵または歓喜した。

 やがて、程なくしてアギト達の暮らす全てのコロニーが壊滅し、そこの住人達は裁判に掛けられることなく殺されていった。報道したどのメディアは殺害という単語を使わず「処分」と表記していた。まるで、悪い病気に罹った家畜みたいな印象を受けた。まだ隠れているアギトもいるかもしれない、と疑心暗鬼な人々が魔女狩りのように執念深くアギトを見つけ出して殺していったのだが、その件数も年々減少しここ2年間は1度もそういった事件は起こっていない。因みにアギトの疑いをかけられ惨殺された一家が実は人間だったという事件も起こったのだが、それもアギトなる存在が生まれてしまった故の悲劇として世間は片付けてしまった。

 世界のアギトを一掃しても、人々の恐怖は晴れることはなかった。何せ、アギトとは人間が進化したとされる存在なのだ。人類という種が存在する限り、またアギトという種が蘇る可能性がある。それを防ぐための研究は急ピッチで進められた。各国の政府は国家予算をアギト対策へと優先的に割り振り、その成果を出した。

 政府の公表した情報によると、アギトに覚醒する人間は遺伝子の染色体に軽度の異常があるらしい。障害や疾患と呼ぶほどでもない、ごく微小な異常らしいのだが、調査した「検体」の全てにそれが発見されたという。

 その発見を経て政府は、妊娠した女性に対し胎児の遺伝子検査を義務化した。遺伝子の異常――アギト遺伝子と名付けられたものが確認された場合は可能ならば中絶。不可能ならば出産と同時に「処分」するという旨の法案が国会議員の殆どの賛成票を得て可決された。それは日本だけでなく国際連合に加盟している全ての国家が同じ法を作り、間もなく施行されていった。

 せっかく身籠った我が子をアギトとして処分を迫られた母親たちは気の毒としか言いようがない。でも、怪物を世に解き放ってしまうことへの恐怖が、彼女たちに「処分」という方法を納得させた。子に悲惨な人生を送らせたくない彼女たちにとっては、その選択が子にしてあげられる唯一の愛情だったのかもしれない。

 アギトという存在が産まれる可能性を絶ってからようやく、人間はかつての平穏を取り戻しつつあった。まだ政治的な混乱や経済的な打撃を受けている国は多いし、日本も長く恐慌状態が続いている。問題は依然として山積みだ。でもそれはお偉い方に頑張ってもらうしかない。ただの人間ひとりが変えられるほど世界が単純でないことは、散々思い知らされているから。

 わたしはというと、保護された人間の集落でしばらく過ごして、情勢が落ち着いてから故郷の内浦に戻ることができた。内浦もアギトとの戦闘に巻き込まれ破壊されていた。避難所として浦の星が使用されたのだけど、暴徒化したアギト達によって校舎が破壊され、避難していた住民たちは犠牲になった。犠牲者の中にはお母さんと志満姉と美渡姉もいて、生き残った人たちから遅れた訃報を聞いたわたしはその場で泣き崩れた。戦闘ではわたしの家族だけでなく、他の皆の家族も犠牲になっていた。確か鞠莉ちゃんと善子ちゃんの家族は無事だったみたいだけど、逃げるように遠くの地に移ったから連絡は取れていない。もし会えて、家族がまだ娘の帰りを待ちわびているのなら真実を伝えておきたい。それが、生き残ったわたしの責任だから。

 でもひとつだけ、嬉しい出来事があった。内浦に戻ったわたしのもとへ、スラム化した集落で飼われていた子犬が駆け寄ってきた。その子は混迷の時期を生き抜いた、しいたけの孫犬だった。既に亡くなっていたしいたけとその子供に託されたような気がしてならず、わたしは孫犬を「しめじ」と名付け引き取ることを決めた。

 今、わたしは十千万の跡地に小さな家を建ててしめじとふたりで暮らしている。ようやく復興を始めた内浦はかつてのように学校や水族館もない寂れた港町になったけど、海も空も太陽も変わらずある。漁船が海でたくさんの魚を獲って来て、山ではまたミカンの木が植えられ実りの季節を迎えるのもそう遠くはないはずだ。

 平穏な日々が続いているけど、時折奇妙なニュースが世間を騒がせていた。それはアギトとみられる高エネルギーが観測されるけど、何も起こることなくすぐに消滅するという。場所は散発的で発生時期も規則性がないという事が、余計に民衆の不安を煽っていた。

 アギトはまだ滅んではいない。またかつてのような混沌が繰り返されるのだろうか。一時的に不安感情が沸騰し、しばらくすれば落ち着きを見せて、やがて忘れた頃にまた正体不明のアギトは現れる。そして民衆はまた不安に踊らされる。そんな事が繰り返されていくうち、他の大多数と共にわたしも最初は怖がっていたのだが、やがてそのアギトが何者であるか大体の見当がつき始めていた。忘れた頃に、存在を示すように現れる理由も。

 その夜、わたしは家のテラスで食後のお茶を飲んでいた。内浦湾が一望できるテラスは新しい家でもお気に入りのスポットで、そこで星空を見るのが日課になっていた。いくら街の風景が変わっても、この星空は何百年、何千年、何億年が経っても変わらず存在し続ける。そう思うと少しだけ気持ちが安らぐのだ。

 いつものように見上げているその日の夜空は雲一つなかった。煌めく星々の合間を、黄金の光が尾を引きながら駆け抜けていくのが見えた。彗星かと思ったけど、彗星のような冷たさを感じさせない、暖かな光だった。やがて黄金に随伴するように、色の異なる無数の光が同じように尾を引いて現れた。

 サクラピンク

 エメラルドグリーン

 レッド

 ライトブルー

 ホワイト

 イエロー

 ヴァイオレット

 ピンク

 8色の光が黄金と溶け合い、オーロラのような虹色の燐光を振り撒いた。初めて見る現象に恐怖したのか、足元で震えるしめじの頭をわたしはそ、と撫でてあげた。

 あれは恐れるものじゃない。きっとメッセージなのだ。あの光の中で、確かに皆は存在している。もはやわたしの手が届かない領域へ至った皆が「元気だよ」と伝えに来たのだ、と確信できた。根拠はというと、確かに聞こえたからだ。あの虹のオーロラから、あの頃と変わらない、懐かしい皆と愛しい彼の笑い声が。

 何となく、わたしはもうあの光を見ることはできないんだな、と悟った。この世界にはもうアギトの居場所がない。遥かな次元へ飛び経つ翼を得た皆は、途方もない旅に出るのだろう。

 オーロラを撒くひとつの虹色になった光は、遠くの夜空に溶けようとしている。わたしは微笑を浮かべた顔を涙で濡らしながら、愛する人々の放つ光を手向(たむ)けの言葉と共に見送った。

「あなたも、生きて」

 

 

 

『シャゼリア☆キッス 24.7』 ―完―

 






 あとがき

 こんにちは、hirotaniです。
 突然の異説の開始に驚かれた方も多いかと思います。エイプリルフールネタとしてシャゼリア☆キッスを題材とした短編として以前から構想していたのですが、まさか1ヵ月も要するとは自分でも予想していませんでした。

 サブタイトルのハイテンションに反して中身がかなりハードでシリアスにしましたが、これは最初ギャグに全振りするつもりが挫折してシリアスへ転向した名残でございます。
 シリアス路線でいくにあたって元ネタとしたのは、『アギト』の後期OPである『仮面ライダーAGITO 24.7 version』です。OPの映像で演出されていた3人のライダー達の描写を元に構想しました。ギルスの運命に敗北し力尽きる涼、G3ユニットのバッジを捨て小沢さんに銃を向ける誠、そして真魚のもとから去る翔一。バイクの疾走シーンではアギトと別の道を行くG3-X、アギトと道が交わるギルス、しかし最後に走っているのはアギトひとりだけ。この映像は単なる演出ではなく物語がバッドエンドを迎えたライダー達の末路を示唆するもの、という話を聞き、その考察を今回シャゼリア☆キッスとクロスオーバーさせる運びとなりました。

 バッドエンド=人間対アギトという構成はすぐに決まったのですが、いざ書いてみたら『劇場版555』とモロ被りしてしまいました。別のシナリオも考えつかなそうなので、もう開き直ってゲストキャラとして草加雅人を登場させる事にしました。彼は書いていて結構楽しいキャラクターでした。公式が気に入るのも納得です(笑)。

 急ピッチで書いた短編なので色々と粗もありキャラクターの設定も少し無理がありますが、これはエイプリルフールネタなのであまり気にしないでください。『アギト』はハッピーエンドです。いっそのこと最後は千歌ちゃんの夢オチで終わらす案もあったくらいです。流石にそれはムードぶち壊しなのでやめました(笑)。

 さて、これからの予定ですがこの異説をもって『feat.アギト』は本当の完結となります。次回作の構想のためしばらく作品の投稿が止まりますが、何とか年内には発表したいと思いますのでお待ち頂ければ幸いです。因みに次回作は『ラブライブ!』でも『仮面ライダー』でもありません。正直ネタ切れです。
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