そして、やっとここで『クロスオーバー』のタグが仕事をします。
弥生達が中継室に閉じ込められてしまう数分前。
セシリアは人込みを避けながら、やっとの事で千冬達がいる管制室へと辿り着いた。
「織斑先生!! 山田先生!!」
「オルコットさん!?」
「やっと来たか」
いきなりの訪問者に真耶は驚いて、千冬は予め想定していたかのような反応をした。
「ハァ……ハァ……早速……現在の状況を教えてくださいまし……」
「それもいいが、まずは水でも飲んで落ち着け」
「あ…ありがとうございますわ……」
千冬からペットボトルに入ったミネラルウォーターを貰って、それを一気飲みする。
よっぽど喉が渇いていたのだろう。
「プハッ……」
「落ち着いたか?」
「はい…。それで、状況は?」
「これを見ろ」
千冬が真耶に目配せをして、彼女がコンソールを操作してモニターに映像を出す。
「現在、凰が一人でなんとか頑張って教師部隊が来るまでの時間を稼いでいる」
「鈴さんが一人で……!? 織斑一夏は……」
「あのバカなら、今は端の方で大人しくしている。あの機体も織斑の事は眼中にすらないようで、完全に無視をしている。こちらとしてはありがたいがな」
余計な事をして被害が増えるよりは、ああして大人しくしていた方が賢明だ。
行動する事がいつでも事態を好転させるとは限らない。
「避難状況は芳しくないな。生徒会と他の先生達が避難をさせているが、未だに半分以上の生徒がアリーナから出られていない」
「あのパニックですからね……。無理もありませんわ」
「板垣と篠ノ之、布仏はどうした? 一緒にいたんだろう?」
「弥生さん達ならば、こちらに来る前に急いで避難するように言っておきましたわ。箒さんが一緒にいるから大丈夫だとは思いますが……」
「そうだな。いざという時の行動力はあるからな」
昔馴染みとして、箒の能力は高く評価している千冬。
決して身内贔屓と言う訳でなく、一人の人間として見た評価だった。
「オルコット。分かっているとは思うが、いくら凰でもいつまで持ち堪えられるか分からない。だから……」
「はい。今すぐでも増援に行く準備は出来てますわ」
「よし。ならば早速……」
千冬がセシリアを送り出そうとした……その時、真耶の表情が急変した。
「お…織斑先生!! 大変です!!」
「どうした!?」
「しゃ…遮断シールドのレベルが3から4に上がって、アリーナ内の扉が順にロックされていきます!!」
「な…なんですってっ!?」
おおよそ考えられる中で最悪の事態。
まだ避難が終わっていない状況での扉のロック。
間違いなく今まで以上の混乱が起きる事が予想されるだろう。
「くっ……! これでこちらに制限時間が出来てしまった……! 真耶! 緊急事態として政府に救援の要請を!」
「今やっています! 今の総理は『
「そうだな……」
現在の内閣総理大臣を心から信用している様子の二人。
セシリアは現在の日本の政府の内情をよく理解していないので、その心情はよく分からないが。
「それから、三年生の精鋭達が自己判断でシステムのクラックを実行しているみたいです!」
「流石は三年……! こちらが何も言わなくてもいい仕事をしてくれる!」
少しだけ希望が見えてきて心にも若干の余裕が生まれた千冬は、改めてセシリアの方を振り向いた。
「ここは私達に任せて、お前は隔壁が全て降りてくる前に凰の元へと向かえ!!」
「了解です!!」
力強く頷いてから、セシリアは再び全力疾走で管制室を後にして、鈴の元まで急いだ。
「これでなんとか……」
と思ったのもつかの間、事態はまた急変する。
『いやあぁぁぁあぁあぁあぁああぁぁあぁあぁぁあぁぁぁっ!!!!!』
『出してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!! ここから出してよぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』
『助けてぇぇぇぇぇええぇぇぇぇっ!!!! 助けてぇええぇぇぇええぇぇっ!!!』
スピーカーから、突如として謎の悲鳴が聞こえてきた。
「な…なんだこれはっ!?」
「えっと……これは……どうやら中継室からのようです!!」
「中継室だとっ!?」
「はい! ……そんなっ!?」
「今度はなんだ!?」
目を見開いた真耶が、冷や汗を掻きながら千冬に信じたくない状況を報告する。
「ちゅ…中継室に……まだ五人程生徒が取り残されています……。しかも、扉は完全にロックされていて……閉じ込められているみたいで……」
「なん……だと……!?」
密室に閉じ込められた生徒達。
唯でさえ精神をガリガリと削るようなシチュエーションだと言うのに、今そんな目に遭えば、最悪の場合はPTSDになりかねない。
「しかも……その中の二人が……板垣さんと篠ノ之さんのようです……!」
「なっ……!?」
よりにもよって、閉じ込められたのが色んな意味で
間違いなく、状況は最悪と言える。
『お…おい! なんか奴がこっちを向いているぞ!?』
『えっ!?』
スピーカーから聞こえてくる箒と弥生の声。
それを聞いて千冬と真耶もモニターに注目する。
すると、そこに映し出されたのは……謎のISがその腕に固定された銃口を中継室へと向けている光景だった。
「まさか……!?」
それを見て全てを理解した千冬は、機材を使ってセシリアに通信を送る。
「オルコット!! 急げ!!!」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
一方の鈴サイド。
彼女と一夏も、当然のように先程の叫び声を聞いていた。
「な…なんなの……さっきの叫び声は……。弥生と箒の声も聞こえたけど……」
「………っ!? 鈴っ!! 奴が!!」
「えっ!?」
一夏の声に反応した鈴は、急いで目線を乱入者へと戻す。
すると、目下の敵である異形のISはその腕に装備されたビーム砲の標準を声が聞こえてきた中継室にロックしていた。
「や…やめなさい!! あそこには弥生と箒が!!!」
鈴は急いでISに斬りかかり、その攻撃を中断させようと試みる。
しかし、謎のISは彼女の叫び声を当たり前のように無視して、鈴の持つ刃が己の身に触れる前に、その赤黒いビームを発射した。
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
時間はほんの僅かだけ遡って、ビームが発射される直前の中継室。
「やるしか……ない……!」
「や…弥生……?」
普段は絶対に見せない弥生の真剣な顔に、思わず驚いてしまう箒。
弥生はその場から移動して、敢えてISのビームの発射先に行った。
「な…何をする気だ!?」
「大丈……夫……!」
「弥……生……」
「私が……皆を…守る……よ……!!」
銃口が暗く光り、その高出力のビームがこちらに向けて無情にも発射される。
その直前に、弥生は自分の両腕を前に出し、今出せる一番の大声で叫んだ!!
「アーキ……テクトォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!」
「弥生ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!」
箒の慟哭が木霊する中、弥生の体が眩しく光り輝き、その光に中継室の壁を破壊したビームが直撃した……かに思えた。
「く……くあぁぁぁぁぁぁ……っ!!!」
光が止み、その中心にいた弥生は、その体に自らの専用機を身に纏ってからビームを辛うじて防いでいた。
「弥生……なのか……?」
その体は、必要最低限の装甲に覆われていて、お世辞にも強そうには見えない。
肘と膝を覆うパーツも、他のISと比べて非常に小さく、背部には何も設置していない。
灰色に染まったその機体は、ISと言うよりは軽装の鎧と言った方が正しいかもしれない。
それ程までに、弥生のISは弱々しい印象を与えているのだが、それを全て払拭する要素が他にあった。
まず、弥生の着ている紺色と黒のISスーツは他の生徒達が多用している物とは違い、額や耳の部分を通過して、そこから下の全ての体を覆い尽くすボディスーツのような構造になっていて、顔以外の肌を全く露出していない。
それに加え、両肩や腰の部分に青白いクリスタルが設置してあって、不思議なアクセントとなっていた。
「頑……張って……! インパクト……ナックル……!」
両腕の装甲に追加として装備されている巨大な機械の腕『インパクト・ナックル』の手を広げて、それを盾のようにしてビームを防御しているが、そのパワーの前に徐々に押され始めていた。
「ひ…ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
目の前で起きた非現実的な現象に恐怖し、箒以外の女子達が全員、入り口の方まで尻餅をつきながら後ずさりをした。
ハイパーセンサーでそれを確認した弥生は、心の中で少しだけ安心した。
(これで……少しだけ無茶が出来るようになった……!)
思い切り歯を食いしばり、本当ならばしたくはない命令を自分の愛機に下す。
「インパクト……ナックル………出力……最大……!!!」
インパクト・ナックルの各部から煙が吹き出て、その黒い装甲が真っ赤に赤熱する。
それと同時に、弥生が一歩ずつ前に踏み出した。
(怖いままでもいい……!)
ビームの熱量がアーキテクトのSEを少しずつ削っていく。
(臆病なままでもいい……!)
だが、自分のダメージなんてお構いなしに、弥生は自らの歩みを止めようとしない。
(それ……でも……!)
インパクト・ナックルの手甲部がビームに耐え切れずに融解し始める。
「ここで何も出来なかったら!!!! 私は私を一生許せない!!!!!」
左手だけでビームを僅かな間だけ防ぎ、その間に右手を全力で振りかぶり、ビームに向かってその鋼鉄の拳を叩きつける!!
「これでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
弥生の全身全霊を込めた一撃は高出力のビームを完全に相殺し、中継室を狙った攻撃は見事に雲散霧消した。
「はぁ……………はぁ……………はぁ……………」
だが、それによって弥生は自分の体力と機体のSEを全て使い切り、機体は強制解除、弥生自身もその場に倒れてしまった。
「弥生っ!!!」
急いで箒が駆け付けて弥生を抱き上げるが、完全に気を失っているのか、全く返事は無い。
「弥生……しっかりしてくれ弥生!! 目を開けてくれ!! お願いだから!!」
涙を流し、必死に弥生の名前を呼び続けるが、彼女は何の反応も返さない。
「誰かぁぁぁぁぁぁっ!!! 誰か来てくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!! 弥生を……弥生を助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
箒の嘆きが人の少なくなったアリーナに空しく響いた。
誰もそれを聞いていないように思えたが、その声を聞いている者達は確かに存在していた。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「……ぶっ潰す……!!」
鈴の顔が一気に憤怒に染まり、強烈なまでの殺気が体を覆った。
急激な鈴の変化を感じ取ったのか、ISはこの場から撤退しようと宙に浮く。
だが、そんな事を見逃すような彼女ではない。
「どこに行くのよ?」
ISの逃走経路に一瞬で回り込み、そのカメラアイを能面のような表情で見つめる。
「あんだけの事をしておいて……五体満足でいられるなんて思ってんじゃねぇよ!!!」
鈴の怒りの拳がISの顔面に直撃し、地面に勢いよく叩きつけられ、綺麗なクレーターを作り上げた。
「よくも……よくもあたしの大事な人達を殺そうとしたわね!!!」
迷わず追撃し、今度は急降下からの蹴りが炸裂!
「弥生はね……弥生はね……!」
拳と蹴りのラッシュが放たれ、先程まで優勢だった筈の敵機が一気に追い込まれていく。
「ちょっと臆病で……ちょっと人見知りで……でも!!」
いつの間にか鈴の目にも涙が溜まっていて、それが攻撃の度に撒き散らされる。
「誰にでも凄く優しくて!! とても思いやりのある女の子なのよ!!!」
全力のストレートが直撃し、壁に叩きつけられる。
「アンタが何処の何とか、そんなのどうでもいい……」
体中から火花を散らして起き上がろうとするISだが、ダメージが相当に深刻なのか、思うように動けないでいた。
「あたしは……お前を絶対に許さない……!」
辛うじて右腕を動かしてビームを撃とうとするが、それすらも鈴の背後から発射された青いレーザーによって右腕を撃ち貫かれて不発に終わった。
「私も同じ気持ちですわ……!」
「セシリア……」
鈴の後ろから飛んできたのは、同じように怒りに満ちたセシリアだった。
その体には既にブルー・ティアーズを纏っていて、いつでも戦闘可能状態になっている。
「弥生さんは……」
右手だけでレーザーライフルを支えて、それをISに向けて発射。
一陣の閃光は真っ直ぐに進んで、満身創痍となったISに無情な一撃をお見舞いする。
「アナタのような無粋な輩が無遠慮に傷つけていいようなお方ではないのです!!!」
レーザーの次はビットを射出し、ISにトドメを刺していく。
複数の細いレーザーがISを蜂の巣にして、身動きすら出来なくする。
「オラァッ!!!」
セシリアの攻撃が一旦止んだと同時に、鈴は自身の双天牙月をISの肩の関節部に突き刺し、そのまま壁に縫い付けた。
「鈴さん」
「セシリア」
二人は互いに目を見て頷き、衝撃砲とレーザーライフルを最大出力で連続発射した!
「これで!!」
「終わりですわ!!」
二人の攻撃をまともに受けて、あっという間に原型すら留めない程に見るも無残な姿となった。
全てのSEを使い切る直前まで攻撃した結果、敵ISは文字通り、完全完璧に沈黙。
全身から紫電を散らすだけで、もう攻撃は愚か、身動き一つしなくなった。
「お…おい!」
「「ん?」」
全ての怒りを吐き出した二人に後ろから話しかける一夏。
その顔はかなり焦っているようだった。
「そいつにムカつくのは分かるけど、そこまでする必要はないんじゃないかっ!? 中の人が死んじまったら……」
余りにも場違いな発言に、鈴とセシリアは再び顔を見合わせて大きな溜息を吐いた。
「アンタねぇ……。これは無人機よ?」
「はぇ?」
「この機体が無人である事は、かなり早い段階で気が付いていましたわ」
「な……なんで……?」
まさかの答えが返って来て、目が点になる。
「挙動に機体のデザイン。他にも色々あるけど、あたしはそこら辺で分かったわね」
「現在、様々な国で無人で動くISの研究は行われています。恐らく、コレもその研究で生まれた試作機の一機なんでしょう」
「多分、何らかのバグで暴走でもしたんじゃない? 完全に鉄屑になっちゃったから、よく分かんないけど」
「…………………」
『あんな事をした直後なのに、なんか冷静すぎやしないか?』と思う一夏だったが、それが代表候補生と言うものである。
因みに、国家代表はもっと凄い。己の姉を見ていればよく分かるであろう。
「それよりも! 今は弥生の所に急がないと!」
「そうでしたわ!」
二人は機体に残されたごく僅かなSEを使って、急いで弥生と箒達がいる壊れた中継室へと向かった。
「ちょ……待ってくれ!」
一夏も急いで後を追おうとするが、その直後に白式が強制解除されて、地面に転がってしまう。
「くそ……! こんな時に限って……!」
だが、往生際の悪さだけには定評のある一夏君は、この程度では諦めない。
彼はすぐに立ち上がり、弥生の元まで全力ダッシュで向かう事にした。
「待っててくれ!! 弥生ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
誰もいないアリーナを走る一夏の姿は、何とも言えない哀愁を漂わせていた。
つーわけで、弥生の専用機はフレーム・アームズ・ガールから『アーキテクト』でした。
ISスーツの方は、スパロボOGで新たにデザインされたリューネ・ゾルダークのパイロットスーツを参考にしました。
敢えてアーキテクトにしたのには深い訳がありまして、それは後々に明らかにしていきます。
弥生の実力が強いか弱いかは、まだまだ秘密です。
この辺りの調整が本当に難しいです……。